補足―全ての始まり―
翌日、男は青年の自宅へ来ていた―
—翌日 4月7日(月) 昼—
—新宿区 御苑東 青年宅—
其処は、新宿には似つかわしくない程静かで、穏やかだった。
御苑傍にあるその邸宅は、純日本風庭園が備え付けられており、清廉された空気が漂っていた。
それを見るだけで、だいぶ金持ちなのか?と思ってしまう。
気が引ける—それが本音だ。
そんなちゃんとしている人間に、自分の助けなど要るのかと。
—昨日の出来事の後、助けてくれた青年に、自宅に来ないかと誘われた。
どうやら、そこで事情を説明するとのことだった。
よく解らない化物—
よく解らない力—
異常な花園神社—
そして、前を歩くこの二人—
…昨日の事が、嘘の様だった。
そんな事を、長い廊下を歩きつつ、穏やかな日本庭園を眺めながら感じていた。
男「…一つ聞いて良いかな…?」
青年「なんだ?」
男「キミの、本名は…? 確か、キミが名乗ったのは…」
昨日の事を思い出す。
―前日 4月6日(日) 夜―
―新宿区 花園神社―
全てが終わった後に、二人は名乗った。
"通り名"を―
青年「俺は"青い符術師"だ」
男「は…? 青い…?」
名前ではないそれに聞き返してしまう。
女性「私は"金鈴の巫女"」
男「はァ…?!」
その名前ではないどころか、適当そうでゲームに出てきそうな呼び名に、訝しんだ顔で答えてしまう。
金鈴の巫女「これにはワケがあって…」
青い符術師「まぁ、それも教えるよ 明日は空いてるかな?」
男「え?」
その唐突な問いに、戸惑った。
だが、答えは決まっている―
—戻り当日 4月7日(月) 昼—
—新宿区 御苑東 青年宅—
青い符術師「昨日は済まなかったな どうしてもウチに呼びたかったから、名乗っただけで終わって…」
男「いや、構わないんだけど、名前って―一応表札は視たけど、や―」
其処迄口にした所で、青い符術師が口を開く。
青い符術師「あぁ…別に君に教えたらいけないって事じゃないんだが、仕事柄ね」
男「仕事柄…?」
益々解らなくなった。
本名を教えても良いが仕事柄名乗らない―?
それだと個人情報じゃないが、教えられるけれど口にしないなんて―丸で昔色んな作品で見た、言霊じゃないか―
金鈴の巫女「あ、ごめんなさい、ややこしくて… 私達がこんな通り名で呼ぶのは、"真名"を使われないためなの」
男「まな…? マナ? 大地の力? それとも食事の事?」
聞き慣れない言葉に、知っている事を脳内で検索して、出す。
青い符術師「へぇ…! 知っているのか?」
驚きと共に喜びを含んだ言葉が出る。
男「え…? あ…そういう部類の事が好きで…昔チョットだけね」
そう言いながら右手の人差し指と親指でCをつくる。
金鈴の巫女「だったら、話は早いよ "真名"っていうのは、古語でいうところの諱とも言われるの 真の名前は相手を支配する…それを避けるために、私達が所属している組織では、本名を名乗らないの」
男「そうなんだ…でも、組織って…?」
自分でも驚く程に、その非科学的な内容を受け入れてしまっていた。
そして、新たな単語が飛び出したため、更に聞く。
青い符術師「ああ、俺達は、怪異専門の便利屋なんだ」
男「え…」
青い符術師「ストレート過ぎたか?」
金鈴の巫女「それはそうよ いきなりそんな事を言われても…」
…だが、
男「そんな事は無いよ そうなんだ…」
考え込む仕草をしながら、納得していた。
金鈴の巫女「え…!?」
昨日起きたあのこと、紛れもなく嘘じゃなかった。
服も汚れ、身体も傷付き、何しろ幻覚では無い。
あの時から、右手に違和感が在る―
右手の甲に…
それら全てを纏め上げれば筋が通る。
彼等は嘘を言っていないし、言うメリットが無い。
何より、自分が納得していた。
青い符術師「そうか…! 良かった! なら、話は早いな! 君の通り名も決めないとな!」
男「え…オレも…?」
急に言われて焦る。
自分も参加するのか…? 何も解らないのに…?
その不安が急に襲う。
そして、何故か青い符術師は意気揚々としている。
自分にはそれがよく解らなかった。
何がそんなに嬉しいのだろうか…
青い符術師「ここだ」
そうこう言っている間に、目的の場所である部屋に着いた様だった。
そう言って開いた襖の奥には漆塗りの高そうな座卓が置かれた、和室だった。
男「ぅわー…スゴ…金持ち…なんだなぁ」
青い符術師「父の土地だよ 父は作家で、その稼ぎでってところなんだ」
男「へぇ… そうなんだ」
こんな大きな邸宅を新宿に拵えているのだから、余程の有名作家なのだろうと思った。
青い符術師「じゃあ座ってくれ 始めよう」
彼がそう言い、オレのこの奇妙な物語が幕を開けた―…
―全ては、ココから始まる―
あれから二ヶ月経っていた―
二つの大罪を滅し、助けた女性と共に街に繰り出す―
僅かながらも、幸福を謳歌していた―