後編 ―縁―
男=現状、怪異に巻き込まれてしまった平凡な青年。何も起きない現状に鬱屈としている。突如謎の"声"を聴く。
青年=眼鏡で短髪の青年。怪異に巻き込まれた男を救う。
女性=巫女装束に大きな鈴を持つ青年女性。髪の毛の一部が脱色しているのか白髪の様になっている。
四
―新宿 花園神社―
男「…え?」
迫り来る"死"を覚悟した瞬間、それが訪れなかった事に違和感を感じ、覆った手の間から閉じた目を恐る恐る開き、目前で起きた事に目を這わせる。
男「死んでない…?」
もう死んでるのか? 解らず口から漏れる。
巨漢も驚いたのか、もう一度拳を振り下ろす。
男「ぅわッ!」
体制を立て直し、階段を上り始め、その拳を交わす。
激しい轟音と共に、自分が元いた階段が抉られている。
男「ぅ…!」
その光景を視て、背筋に薄ら寒いモノが走る。
―死んでた…
その事を想像して恐怖した。
逃げなければ…!
でも、何処へ?
その疑問が更に自分を絶望に落とす。
何度もさっきみたいな事は起きない。
それに、こんな怪物どうにも出来ない。
昔空手をやっていたとしても急に人や生き物を手加減無く手を出すなんて出来ないし、そもそもこんなヤツに自分の生半可な空手が効くとは思わない。
どう足掻いても絶望しか視得なかった。
でも、逃げない訳にはいかなかった。
死にたくなかったから―
まだ何もやっていないから―
それが、自分を突き動かしていた。
そうこうしていると、三度巨漢が拳を振り上げ始めた。
男「ヤッ…!」
ヤバい。
食らったら死ぬ。
食らわずとも恐怖を与えるには十分だ。
その時だった。
??「しゃがむんだ!」
男「え!?」
男の声だった。
脊髄反射で屈むと、慣性が働き、前方に倒れ込み、前転する形で倒れ込んだ。
その屈んだ頭上を、何かが空を切った。
それと共に、一人の眼鏡をかけた短髪の青年が自分を飛び越えて、巨漢に向かっていた。
青年「ナウマク・サマンダボダナン・エンマヤ・ソワカ!」
着地し、お経とかで聴く言葉を口にしたかと思うと、何時の間にか巨漢の胸部に張り付いていた紙切れから炎の様な光が溢れ出す。
それが効くのか、巨漢は苦痛と苦悶の表情と叫びを上げ始める。
青年「よし!今だッ!」
??「うん!」
男「え…?」
それは女の声だった。
こんな場所に? その疑問が口から漏れた。
声の方向を見ると、髪の長い女性が立っていた。
巫女装束と大きな鈴を掲げている。
一際目立つのは、髪の一部が脱色しているのか、白髪だった。
それを視た瞬間感じたのは"ガラが悪いのか?"という事だった。
そんな事を考えている間に、その女性が鈴を鳴らしつつ、巨漢に寄っていく。
女性「邪気…罪滅!」
鈴を数回鳴らした後、目前に突き出し、そう言うと、巨漢が光に包まれ、光の粒子となって消滅していった。
男「な…!」
その光景に驚愕しながらも、ただ、"キレイだな"くらいにしか思えず、自分はその状況下、全く動く事が出来なかった。
何をやっているのか全く解らなかった。
その不可思議な状況は、理解を超えていたのだ。
青年「…終わったか」
女性「なんとかなったね」
青年「そうだな…それより、早く直すんだ」
女性「あ、そうだね コレで…最後」
そう言いながら、その女性は鳥居横の神社の名前が刻まれている所に向かい、何かをしている様だった。
女性「コレで大丈夫だよ …で、彼は?」
その青年の傍に向かいながら此方に視線を向けて、青年に問う。
青年「ああ… 巻き込まれたのか…? だが、あの氣…」
女性「うん… 彼…なのかな あの"力"…」
二人で何かを話しているが、全く意味が解らない。
チカラってなんだ…?
男「あ…あの…どうも…ありがとう…」
蚊帳の外にいる様なその空気が苦手で、辿々しく礼を述べる。
青年が口を開く。
丁度街灯の光の逆光となっていて、二人の顔は見えづらかった。
青年「キミは… その"力"は一体…?」
その口からも出たそれは、思ったのと全く違う言葉だった。
男「え?! あ…いや…チカラって…? 何のことか… よく…」
突然の意図しない疑問にしどろもどろしてしまう。
青年「無自覚で…?」
静かながらも驚きが見て取れる反応だった。
その態度を見て、自分が戸惑ってしまう。
何かマズい返答でもしてしまっただろうか。
青年「今までに同じ様な事は?一度も?」
男「あ…いや…無い…ケド」
女性「止めよう 困ってる」
青年「あ…そう…だな」
その女性の言葉に、はっとして冷静さを取り戻したか、
青年「…済まない」
と、口元に手を当てた後、一言述べた。
男「あ…いや…」
逆にどうして良いか解らずに、曖昧な受け答えをしてしまう。
女性「あの」
男「はい?」
急に女性の方に声をかけられ、緊張する。
何かマズったかという自責から。
女性「あなたは…以前から何か不思議な事にあった事はないですか?」
男「は…? 不思議…?」
聞かれた奇妙な疑問に訝しんだ返答をしてしまう。
何言ってるんだ? この人…
女性「真面目に答えてほしいんです」
男「あ…」
その真面目なトーンに気圧されてしまう。
それは本気な、意思がこもった言葉だった。
男「あ…ぇと、運は…良くないかな…」
女性「いつから?」
男「それは…昔から… でも、98年の12月以降からは特に…」
青年「!…何?!」
逆光で余り見て取れないが、青年の顔が少し驚いた様に思えた。
女性「やっぱり… あなたは、"覚醒した"人」
男「…は? 目覚め…?」
女性「そう…それで、こんな事の後で、急に…本当に申し訳ないんだけど… 私達を助けて欲しいの」
それは戸惑いを含み、慎重に言葉を選んでいる様だった。
男「え…? オレが…?」
青年「そうなんだ 俺達は味方になってくれる人間を探してた」
その言葉には期待が籠もっている様だった。
男「あ…イヤ…でも、よく未だ解らないし…」
急な事が起き過ぎて、対処出来ず、そう返した。
青年「あ…そう…だな 済まない…」
その空気を察したか、その"期待"を引っ込めた。
男「あ…! でも…」
その純粋さに、自分の曖昧な返答が悪いと感じてしまい、言葉を続ける。
男「今日起きた事が何なのかは…知りたい」
女性「じゃあ…」
返ってくるとも思わなかったその言葉に驚きが在った。
男「ちゃんと説明してくれないかな…? それからでも良いかな? その…あなた達のやっている事の手助けは」
真っ直ぐと彼らを見据えながら、そう答えた。
女性「もちろん!」
その言葉には明確な喜びが見て取れた。
青年「よろしく頼む…!」
そう言って、青年は手を差し伸べた。
男「よろしく…」
差し伸べられたその手を、ゆっくりとだが、力強く掴んだ。
―これが、全ての始まり―
黒い"男"の初めての仲間―
困難の―
成長への―
未来への―
―希望―




