第十一話
犯人と対面する橙の女―
語られる言葉とは…
十四
―11月3日(金)朝―
―東京都八王子市、高尾警察署面会室―
アクリル板越しにグレーの服を着た灰磐瞼と対面する。
彼の態度に変化は無かった。
瞼「やぁ…おれに会いに来るなんて…何の用?」
橙の女「今日は、二、三聞きたい事と、渡し…」
瞼「幾らくれる?」
被せ気味にそう言われ、面食らう。
橙の女「…は?」
瞼「お金… くれるならいくらでも話すよぉ…」
橙の女「お金は渡さない…その代わりに答えてもらう 渡す物も在るしね」
瞼「何ぃ~…? それなら話したくないよ~…そもそも拘留中の身にこんなことしていいのぉ…?」
不貞腐れた様にそう言うが、気にせず続ける。
橙の女「構わない 私は其処にも介入出来る場所から来ている…!」
瞼「なに…? そんなのあんの…?」
流石に立場を訝しんでしてきたその疑問に答えず、続ける。
橙の女「単刀直入に言いますけど、アナタ色弱ですね?」
瞼「何…? しき…?」
聞き慣れない言葉に聞き返す。
橙の女「ずっと気になってたんです…"灰色の世界"って… アナタは赤と灰色が一緒って言ってた」
瞼「え…? そうだけど…あんまり違いがないじゃん…そうでしょ?」
橙の女「そんな事は有り得ない 普通であればね…感覚としての無感動さ…色弱っていうのもそれに拍車を掛けてるのかも知れない」
瞼「?…キミが何を言ってるのかよく分かんないなぁ…?」
聞きながら首を傾げる。
橙の女「でしょうね…だから用意したんです 4日でコレを」
そう言って、持ってきたバッグの中から一つの眼鏡ケースを取り出し、アクリル板を介してだが、瞼の眼前に置いた。
瞼「…ソレ、何…?」
橙の女「掛けてみて下さい」
瞼「眼鏡…? いいけど…」
そう言うと警務官にケースを渡し、瞼の部屋に持っていった。
瞼「多分…何も変わらないよぉ…?」
橙の女「いいから掛けて」
その強い態度に負けると、受け取ったケースを開けて、ゆるゆると中の眼鏡を掛けた。
瞼「お…! おぉ…?」
少しだけ驚いた顔をする。
瞼「なんだぁ…? コレぇ…??」
そう述べながら周囲を見回し出す。
橙の女「…どう視得ます?」
瞼「スッゴイ…! 色が…増えた…! 明るい…! え? みんなにはこう見えてんの…?!」
橙の女「そうです…コレはどう感じます?」
そう言って、アパート周辺の景色の写真を見せる。
瞼「何コレ…! コレがおれの住んでたところ…?! スッゴイ…!」
橙の女「綺麗ですか?」
瞼「そうだね…! スゴイ…!」
では、コレは?
そう言って出した写真は、現場で撮影された被害者の写真だった。
瞼「コレ? あぁ! 殺した人達…! 内蔵ってこんな色になるんだァー…」
橙の女「…矢っ張り、アナタは1型2色の赤色盲ですね
…その上で、アナタは反社会性人格障害で、無感動に拍車を掛けたエゴイスト」
キッパリとした口調で侮蔑を込めていた。
瞼「え…? 赤ってこーゆー色だったの? へー…おれって赤が見えなかったんだぁ…で、誰の? コレ」
だが、そんなことには反応せず、周囲の変化に感心しながら、子供の様に無邪気に、指を指しながら軽く述べる。
橙の女「最後に手を掛けた妹の方です」
瞼「…妹?」
その言葉に、初めて、反応が、瞼の余裕が消えた。
橙の女「ええ…アナタのと同じ、妹です…」
瞼「最後が…妹?」
橙の女「…そうですよ? …今は生きているんですか?」
瞼「知らない…」
橙の女「知らないんですか? もしや既に?」
瞼「…違う」
橙の女「そうですか…まぁいいです 幸せだと良いですね」
最後の言葉は冷たかった。
橙の女「…この写真、もういいんですか? 良いですよ? じっくり見ても…」
瞼「…もういいよ…見たくない」
橙の女「そうですか…色が見えて良かったじゃないですか それに、色々知れて」
これで、この男はこの写真を見る度、妹を思い出す…生物が無機物になっていく感覚を。
瞼「…そうだね…でも、良い事の方が多いよ…!」
そう明るく振る舞おうとしても、色を得て苦痛も増えた事実は変わらない。
橙の女「…その眼鏡は返してもらいますから」
瞼「え!? くれるんじゃないの?!」
橙の女は立ち上がり、瞼の横の警務官が眼鏡を取り返すと、部屋から出て橙の女の方に向かい、手渡し、受け取った橙の女は、面会室を後にした。
一度も後ろを振り返る事なく。
3日後―
中華街の事務所で橙の女は思う―
一つの決意を胸に…




