―思惑― 青い符術師編
青い符術師=トシは、居なくなった黒い男に対し、何を思うか―…
―2004年2月―
―新宿某所―
眼鏡の優男は洗面台の鏡を前に立ちつつ、その鏡面に映る自分から眼を離さないでいた。
それは、自分への自問自答。
薄暗い部屋に、蛇口からは水滴が落ちる音しか聞こえない。
―どうすれば良かったのか―
その思いが、彼の心を逡巡し、支配する―…
6年前、彼が居なくなった後、膨大な喪失感に飲まれ、その事を忘れるかの如く、お互いを渾名で呼び合うという取り決め毎をした。
それには、協会に所属するというのは打って付けだった。
そこでは本名を名乗らなくて済む。
あの時の彼との記憶を思い出さずに済む。
あの時の彼との別れを思い出さずに済む。
協会に所属してからは順調だった。
その時の事も思い出さず、自分達二人もお互い距離を取り、その事に深く干渉しないで済む様になった。
だが、約1年前に彼に酷似する雰囲気の男に会った…
彼は6年前に別れた彼とは性格や行動は全く似ていない…だが、醸し出す雰囲気が彼と同じなのだ。
それに自分は歓喜してしまったのだ。
再会に。
出会い頭で仲間に誘うなど…
彼はその誘いに乗ってくれた。
だが、日が経つにつれ、自分の中に罪悪感が募る。
彼は一般人だ。
何故誘った?
お陰で危険な道に連れ込んでしまった。
これ以上干渉する訳にはいかない。
冷静に対処し、距離を取らねば、彼を危険に陥れてしまう。
これは、代償行為だ。
自分は彼を彼に重ねている…
だが、彼に言われてしまった。
バレてしまっていた。
誰を視ているのか?―と。
そうだった…
だが、どうすれば良かったのだ?
ハッキリ言えば良かったのだろうか?
でも、そうしたら、今度は彼に死という永遠の別れが来てしまうかもしれない…それには堪えられない。
二度もなんて無理だ。
…答えは出ない。
だが、彼には会わなければ…
会って話さなければ…
彼は昨年八月の三宅島以来何処かへ姿を消した…
携帯もメールも繋がらない…
もう半年だ…
彼が居なくなってから。
思考を張り巡らせていると、後方の入り口に一人の女が現れる。
「彼が見付かったかも知れない」
その一言に、表情を変えず、鏡越しに彼女を見遣る。
「わかった」
そう一言だけ答える。
「先に行くよ…"トシ"…」
「…後で行くよ "スズ"…」
"トシ"…そう呼ばれてもう6年…"仕事"以外では極力お互い会わない様にしていた…それはこれからもだろう。
…だが、彼が居てくれれば…或いは…
その為にも彼と会わなければ。
会って、今までの関係に戻さないと…
だが、彼に何があったかは解らない…それでも、もう一度会わなくちゃならない。
仲間として。
今、彼が今何をやっているか判らない。
判らなくても、これはやらなければならない事だ。
謝らなければ…!
その思いを抱き、眼鏡の優男は踵を返して、洗面所を後にする。
去り際にはもう、蛇口から水滴は零れていなかった。




