即 第十九話
青い男は向かう―
生き残った少女の元へ…
二十六
―新宿 病院 三階―
エレベーターのドアが開くと、側にある地図を確認し、迷わず308号室へ向かう。
早朝とはいえ起きている人が居るかと思ったが、ほぼ居ない。
―都合が良い…
その迷いのない足取りで病室まで来ると、救急車の中からくすねてきたメスを取り出す。
青い男「…あんなに苦しんでいたんだから…その前に取り出せば…」
苦エフ『そう、これは救済だ』
―それにあの猿の血が在れば、"力"が手に入る―
全体が得をする―そうこれは―
苦エフ『"救い"なんだよ』
青い男「"救い"なんだ」
そう言ってベッドに横になる少女に近付く。
漸く願いが叶う…その事に、それから先の事に、笑みが溢れる。
??「何やってるんだっ!」
そう声を掛けられ、邪魔をされたと思い、一気に苛立ちが募る。
振り向くと、其処には雄一がいた。
息を上げながら…
…コイツ、もしかして階段で上ってきたのか…?
そこまでして…!
苦エフ『邪魔だな…! ホント…!』
邪魔を…!
青い男「別に…話そうと思って…」
そう言いつつ、手の中にメスを隠す。
雄一「話す…? 」
そう言いつつベッドに眼を向ける。
雄一「…ホントに?」
疑う眼で近付く。
雄一「…違うよね?」
断定する。
クッソ…! なんでなんだ…! いつもいつも巧く行かない…!
雄一「あんな非道い目にあったのに、それに追い打ちを掛けるかも知れない事を伝えるなんて…君がそんな事するわけ無いだろ? …なのにそんな事言うなんて…」
苦エフ『バレてる』
クソッ…!
青い男「…オマエにはカンケーねーだろぅ? 邪魔するなよ…!」
そうだ。邪魔はさせない。
コレは必要な事だから。
雄一「馬鹿な事言うなよ! 関係在るだろう! 彼女を助けなきゃ…」
はァ?! 助けるよ!
苦エフ『そうだ! 救うんだ!』
青い男「必要なんだよ…! 邪魔するなッ『どけ』ッ!」
雄一「?!うッ…! わッ…!?」
どけよ…!
その思いを込めたのか、雄一を"力"で壁まで吹き飛ばす。
雄一「ぐッ…! う…! 止めろっ! 」
青い男「必要なんだよ…!」
そう言いながらメスを握り近寄る。
雄一「なにがなんだっ…! 明らかに彼女を傷付けようとしてる!」
…そうだ
苦エフ『必要だからだよ』
それが必要なんだよ"力"を得るには…!
雄一「なんでそんな事をするんだっ!」
…なんで?
苦エフ『必要だからだよ』
…でも、やって良い事だったっけ…?
ピタリと足を止めてしまう。
『必要』だ…でもやってよかったっけ…?
ふと疑問が湧く。
青い男「…なんで…?」
雄一「ッ…! そうだろう?! 」
叩き付けられた痛みで、苦しみながらもそう言う。
…そうだ
…なんでこんな事になったんだっけ?
青い男「それは… ?」
思考が上手く働かない。
雄一の言っている事は正しい…
でも、"力"を得なければならない…
コレがチャンス…
でも…
このコは助けなきゃならない…
その為にはあの猿の子を取り出さなきゃ…
アレ…?
なにかおかしい
なんで…
なんでだっけ
苦エフ『そうでなきゃ手に入らないからだよ』
…そうだ
そうしないと手に入らなくなったからだ…
苦エフ『やらなきゃ君はダメなヤツになる…もうタダのお荷物だ 皆の 無力な役立たずに』
そうだ…
それはイヤだ…
だから
青い男「やらなきゃいけない…」
小声でそう述べながら、ユックリと少女のベッドに歩み始める。
青い男「コレでこのコを助けるんだ」
抑揚のない声で答える。
それを視て雄一の血の気が引く。
雄一「止せよッ! そんな事…! 素人でそんな事したらッ…!」
青い男「しかたないんだ 助けるために…」
だが、歩みは止めない。
雄一「そんな事をしたら彼女は…死んでしまう! 何を考えてるんだ?! ホントに!?」
青い男「そしたら猿を倒す」
雄一「はァ?! 彼女が死ぬ!」
青い男「苦しむくらいならその方が良いだろ」
雄一「な…! 支離滅裂だ…! 何の為にするんだッ!」
苦エフ『決まってるだろう?』
青い男「必要だから…」
雄一「ムチャクチャだ! 自分が何言ってるのか解ってるのか?!」
苦エフ『当然…♪』
青い男「もちろんだ」
"力"のせいか近付く事が出来ない雄一を無視し、ベッドに手を掛け、薬を投与したのか布団を被って反応のない少女。
その布団に手を掛けた。
が、
手を掛けた布団が吹き飛び、中から翼の生えた天使の様な女性が現れた。
雄一「?!え?!」
青い男「な…!?」
何が起きたか解らず、二人して驚愕の声を上げる。
苦エフ『お前は…!』
青い男「ネメシス…!」
雄一「え…?!」
苦エフ『何故お前が…?! 此処に…!?』
ネメシス『ヒュブリスよ…未だ人を拐かし、神への侮蔑を導くか…』
苦エフ『くッ…! おのれッ…!』
青い男「ヒュブ…?」
雄一「ひゅぶりす…?」
??「ハイ、そこまでー」
その声の後に、入り口から急に何かが耳元に飛んできた。
苦エフ『ゲァ…!』
急に苦エフが苦しみ出す。
脊髄反射で何かが飛んできたその方向に視線を向けると、先輩が立って、左手で携帯を弄りつつも、右手の裾からワイヤーが出ていた。
コレが飛んできたモノ…?
黒い男「オイ、クリフ アタリだ」
そう左手の携帯であの医者に伝えている。
携帯をハンズフリーにして胸部のポケットに入れる。
クリフ『そうですか…それなら良かった』
携帯からは、マスクを介した、くぐもった安堵の声が聞こえた。
ていうか…手術?! じゃ…あの女は…
視線を女に向けると、陽炎の様に揺らぎ、消えた。
その後には"宿霊元"の文字が刻まれた人形がゆらゆらとベッドに落ちた。
青い男「式…!」
黒い男「そ お前が来ると思ってな」
黒い男「人払いもしておいた」
青い男「な…!」
だから人が少なかった…!
まんまとしてやられた…!
バレた…! という思いと共に、焦りも生まれる。
失敗した…! もう手に入らない…!
一気にやる気が無くなる…脱力感が自分を支配する。
黒い男「薄々変だとは思っていたが、そのナニかを当てたのはクリフだった」
クリフ『彼の気配…雰囲気がささくれだっていましたから…事情を聞いて予測しただけです』
黒い男「それを、オレが"式"の手筈整えて、クリフが"召喚"の手筈を整えた
クリフ、手術に戻って良いぜー」
クリフ『解りました それじゃ、始めます…!』
そう言って電話は途切れた。
黒い男「さて… ほんじゃま、お前の問題からだな」
青い男「…」
そう言われても、心の中は、不満しか出なかった。
なぜ邪魔をするのか
なぜ!おれはやっているのに
なぜ!?ひとのことはいえないだろうに!
人の欠点が視得る。
どこを正せば良いか視得る。
その為の苦難や苦悩は必要だ。
それをなぜわからない!
皆苦しめば解るのに!
黒い男「…何やってんだ? お前は…」
青い男「…」
黒い男「助けるべき相手を傷付けてまで…なあ」
青い男「…スイマセン」
黒い男「…何を学んできたんだ? それが…三年間の結果か?」
青い男「…ッ」
歯痒い…!
黒い男「バカ野郎…! 何考えてんだ?!」
青い男「…」
その言葉は心に刺さる。
黒い男「…なんでこんな事した」
いたたまれない。
少しの沈黙の後に、口を開く。
青い男「狒々の血を…」
黒い男「だろうな… だがそれで"鬼が視得る"様になってどうする」
青い男「…そうすれば…少しは役に立てるかな…って」
その言葉を聞き、
黒い男「バカか! その為に人傷付けて、助ける者も助けねーで、何の為に戦ってんだよ!」
…その通りだ。
黒い男「だからヒュブリスなんぞに憑かれる…!」
…?
憑かれ…?
ヒュブリス?
青い男「…え」
その疑問を無視し、右手のワイヤーを思いっきり引いた。
苦エフ『ひぎゅ!』
という声と共に、耳元からワイヤーが戻っていく。
それと同時に、心が軽くなった気がした後、罪悪感が自分を襲う。
なんという事をしたのか
雄一「なん…ですか? それ…」
流石に口出ししなかった雄一も聞いてくる。
黒い男「ヒュブリスはギリシャ神話の『傲慢』を擬人化した存在だ」
雄一「! だから…!」
雄一が感嘆の声を上げる。
青い男「え…?」
黒い男「ヒュブリスは、侮辱や無礼な行為などへと導く極度の自尊心や自信を意味し、取り憑かれた人間は、限度を超えた野心を抱かせ、挙句、破滅に導くと考えられていた それはヒストリアにも記されている」
雄一「そのままじゃないか…」
自分に眼を向け、言う。
…それは、いたたまれない気にさせている自分に追い打ちをかけるには十分だった。
雄一「あの…じゃあ、『ネメシス』っていうのは…」
黒い男「ネメシスは、ヒュブリスに対する神の憤りと罰の擬人化 『義憤』の意であり、神罰の神の執行者 主に有翼の女性として描かれる だから…コレが効いた」
そう言いつつ右手を見せる。
雄一「それ…」
黒い男「コレは『ネメシスの鞭』だ」
雄一「…鞭?」
雄一が疑問に思うが、自分には、―そうだったのか― くらいにしか感じられなかった。
ただただ罪悪感で… 自分が情けなくて…
黒い男「そう 傲り昂ぶる者を懲らしめる その一部から抽出してる」
雄一「だから…ヒュブリスをバラバラに出来たんですね…」
黒い男「まあな…で、」
そう言って、こちらに顔を向ける。
黒い男「お前はサポートに回れ そっから考えろ」
青い男「…ハイ」
黒い男「冷静になって、何が問題だったのか、何をするべきなのか、それを見つめ直せ 解ったな 返事はいらん」
その言葉が、重く自分に突き刺さった。




