結 第三話
鐘楼堂に着いた雄一は、又も有り得ない人物に出会う。
二十
―午後11時56分―
―裏 鐘楼堂前―
眼前には朽ちた鐘楼堂が在る。
時計に眼をくばせると、時間はあと4分しかない。
早くしないと―
自分を急かし、鐘楼堂に走り出す。
??「雄一―」
雄一「は?!」
不意に有り得ない声から名を呼ばれ、振り返る。
??「雄一―一緒に行こう―」
それは、忘れもしない―自分を置いて消えた―あの女だった…
雄一「お前―… 誰だ? なんでここにいるんだ…」
流石に不可思議な事が何度も起きているだけあってか、警戒心が働いた。
―有り得ない―
そう
有り得ない―
コイツが居る筈がない
絶対戻ってくるハズないのだから―
多少の怒りと不快感が湧き上がってくる。
何より自分の嫌な事を思い出させる対象なのだから―…
??「さぁ…」
女がそう言って近付こうと一歩踏み出したのと同時に、雄一の影から、先程"利剣の欠片"から出た龍の様なモノが現れ、その女に向かって雄叫びを上げた。
雄一「うわぁぁぁっ!」
その雄叫びは凄まじく、思わず耳を塞ぎ、眼を背けた。
雄一「う… !うわ…!」
眼を開いて雄叫びを上げた方向を見ると、その方向に在る物が消滅していた。
文字通り消滅。消えていたのだ。
雄一「ス…ゴイ…! なんなんだ…? お前…」
そう問うが答えは無い。
そんな事より、鐘を鳴らさなければ… 時間は無い。
??「雄一…」
今度は鐘楼堂の方から有り得ない声が聞こえた。
振り向くと、それは亡くなったハズの祖母だった。
??「雄一…こっちだよ…」
雄一「ば…ばーちゃん…」
異常とはいえ、向かうべき鐘楼堂に立ち塞がる祖母には戸惑う。
祖母?「選ばなくっていいんだよ…さ…一緒に行こう…」
その言葉は甘く、とても安らかだった。
雄一「ダメだよ…ばーちゃん…」
ハッキリと言い切った。
雄一「オレ…もう選んだんだ…! もう戻れないんだ…!」
既に心は決まっている
変える事は出来ない
―それが、今の自分だった。
もう揺るがない
自分は選んだ
その行動に責任を持つんだ―
だから…
雄一「だから、ばーちゃんとは行けないよ…」
身内を否定した罪悪感から顔を見られず、下を向いてしまう。
だが、ハッキリとした拒絶だった。
顔を上げた途端祖母の顔が急に眼の前にあり、驚く。
この距離を音も無く。
そして、その返答に笑顔を崩さず、左腕を掴む。
雄一「ッ…! 痛…い!」
老体とは思えない握力。
祖母?「行くよ…雄一…」
雄一「だっ…! ダメだよ!オレ…鐘を鳴らさなきゃ…!
ッて…! いててて…!」
無理矢理引っ張って参道に行こうと歩き出す。
が、再び、あの小さい龍が祖母の顔の横に現れ、問答無用で雄叫びを浴びせる。
雄一「ぅうわっ…!」
その凄まじい衝撃に、片手で片耳を塞ぎ、眼を伏せる。
雄一「う…なんのフリも無く急に…」
静かになり愚痴りながら顔を上げると、そこには祖母の顔と握られている手とは反対の腕が根刮ぎ無くなっていた。
雄一「ぅッ…! な…ッ!」
余りの杜撰な状態に口を手で押さえる。
だが、握られている手の力は抜けていない。
どころか、歩き出したのだ。
雄一「え?! ちょッ…!」
祖母だった"モノ"が歩き出す。
祖母?「行くんだァァ…雄一ィィィィ…!」
その声は吹き飛んだ肩口から聴こえた。
雄一「え…?!」
その異様な状況に、全身から脂汗が吹き出るのがわかる。
吹き飛んだ肩口から筋肉が動く様なギチギチとした異様な音が鳴り始め、その部分から祖母の顔がズルリと現れ、こちらを向く。
その"モノ"の歩みは止まらない。
祖母の顔をした"モノ"は異常だった。
眼球は左右別の方向を向いており、定まっていない。
呂律も回らず口は半開きで涎を垂らし、ただ、その決まった言葉を垂れ流し続ける機械の様だった。
雄一「!やっ…! やめッ…! はッ…! はなっ…!」
その見知った顔の異形に対する恐怖で混乱し始める。
??「雄一ィィィィー… 来てへェェェー…!」
その声は、またも"見知った"声だった。
雄一「え…?!」
またもギチギチとした嫌な音と共に首から少しズレた場所から、
女の首が現れた。
忘れる事が出来ない、自分を捨てた、さっき"消えた"ハズの。
?女?「ユウイヒィィィィ…! きもヒよくしへあげるゥゥ…!」
最早言葉を発する事もままならない状態。
雄一「ぃッ…あ…! あッ…! ぁああぁぁぁぁ!!!」
顔が二つ在る"ソレ"は、明らかに"異形"だった。
それはもう祖母ではなかった。
あの女でもない。
ただの異形な"何か"だった。
その事に、過去の二人の事が脳裏をよぎる。
大事だった祖母。
一緒にいた彼女だった女。
良い事も悪い事も。
それが眼前に、
同じ"顔"をして、
異形な"モノ"として、"在る"
それが、混乱と成って、絶叫として発せられる。
それは、知っている筈なのに知らない"モノ"
もう人ではない。
でも知っている人達の顔―
涙が溢れ、恐怖と共に整理が付かない感情が湧き出る。
雄一「ぅっ…! あっ…!ぁっ!ぁぁあああぁあぁぁあ!!」
子供の様に、その掴んだ手を離させる為に、踠く。
だが、ビクともしない。
離れない事に焦りを感じ、更に暴れるが、離れない。
雄一「オレ…! 鐘…! 鐘を…っ! 鳴らッ…! 鳴らさないと…ッ! 時間がぁッ…!ない…! 無いんだッ…!」
泣き叫ぶ様な嗚咽の中、辿々しく目的を口にし、暴れる。
それは誤魔化しだった。
異常な事への。
対抗借地、
やるべき事で、
目的を口にする事で、
ギリギリの精神が飛ばずに、
気が触れない為に、
本質的に選んだ、前へ進むと言う事の為の、
無自覚の抗いだった。
そこへ、三度あの小さい龍が横から現れ、雷撃の様な強力な雄叫びを、その"モノ"へ浴びせる。
雄一「!ッ…! ぅあッ…! あっ! ぁぁあッ…!」
急激に発された轟音に流石に驚きつつも、引っ張られる力が無くなった事で、尻餅をついてしまう。
慌てて離れつつ、少し冷静になり、後ろを振り向くと、
其処には何も無くなっていた。
見知った顔をした"モノ"も。
少し落ち着き、鐘楼堂を見遣るも、左腕に違和感を感じ、眼を落とすと、そこには捕まれていた"腕"だけが、そのまま残っていた。
雄一「!!! ぅっわぁっ!」
大焦りで左手を振るい、掴んでいる"腕"を落とそうとする。
だが、中々離れないので掴んでいる指を一本一本外す。
非常に気分が悪い。
外した"腕"がボトリと落ちる。
それだけで少し落ち着いた。
雄一「…あ!」
先程まで、そうこう困惑していた時間も、数秒に満たなかった。
冷静になった分、思考が働く。
―時間が無い―
腕時計を見ると、あと2分しかなかった。
急いで鐘楼堂を見遣るが、崩れ過ぎていてそもそも入れない。
鳴らすのは到底不可能だった。
雄一「そんな…」
絶望的な気分になる。
折角選択したのに…失敗した…
その敗北感が自信を苛む。
そこに、あの小さい龍が現れ、急激に光を発した。
雄一「うわっ! 眩し…!」
またも眼を覆う様な光を発する。
雄一「! コレ…!」
眼を見開くと、そこには元の鐘楼堂が在った。
雄一「なん…で…」
??「我がその御仁を通して、こちらの不動の一部を同期させたのよ それで、鐘は効力を持つ」
それは、小さい龍から発せられた。
雄一「しゃべ…った…?!」
正直言われた内容より、この小さい生物?が喋った事の方が衝撃で、言われた事は頭に入ってきていない。
??「我は矜羯羅よ! 早く鐘を鳴らせ! 時間が無い!」
雄一「あああ! ハイハイハイ…!」
急かされ、目的を思い出し、鐘楼堂に向かう。
―午後11時59分―
―裏 鐘楼堂―
鐘楼堂の中に入り、鐘の前に立つ。
雄一「よし…!」
撞木を力を込めて引き、
雄一「せーのっ!」
撞座を勢いよく突いた。
雄一「コレでどうだ…!?」
重く響く長音で、反響しているかの如く、拡がった様だった。
腕時計に眼をやると、残り20秒だった。
安堵の溜息と共に、時計から顔を上げると共に、周囲の風景が崩れ始めた。
空間にヒビが入り、砕け散った。




