其の十六
覚醒したスズと別れ半月―
トシは東京へと戻っていた…
十六
―9月17日(金)夜―
―東京都台東区上野 東京国立博物館 収蔵庫―
室長「こちらになります」
静謐なその空間に招かれると、眼鏡を掛けた優男は、そう言ってトシを促した。
目前に在る錆だらけの塊―博物館に珍蔵された刀―を、トシは見下ろした。
丁寧にケースから取り出され、剥き身で置かれている。
室長「…本来は、このままの状態で外気に触れさせるのも憚るのですが…国からの特例とあらば…致し方在りません」
その態度には、相当に不満であるのが読み取れた。
トシ「…本当に…申し訳ありません」
申し訳なく、その顔を伺いながら伝える。
そして、刀へと視線を降ろした。
…正直、落胆している。
岡山、京都、名古屋、箱根、長野…田村麻呂伝説に縁在る場所は片っ端から訪れてみた…しかし、期待するような事は、起きなかった。
何も起きなかったのだ。
愛刀を探せと天佐具売命に言われたが…それも、手掛かりは無かった。
縁在る物、者達を探し、接触せども…だった。
その上で、目前の錆びた鉄塊を前にして、落胆するのは必然としか形容しようがなかったのだ。
トシ「…触っても?」
聞かれた室長は、大きく溜息を吐きつつ、口を開く。
室長「…本来であれば、絶対に許可しませんが…どうぞ」
生真面目で職務に実直な男なのだろう。
トシ「…直ぐ、済むので…」
愛想笑いで返す。
そう、直ぐ済むはずだ。
どうせ、これも外れだろうから。
そうしたら、次は東北まで向かわねばならない。
田村麻呂伝説―阿弖流為討伐は東北の地なのだから。
…そもそもこんな事をしている間にも、アイツを追った方が良いのではないか?
こんな無意味な真似をしている事よりも、一分一秒早く、追った方が、効率が良いのではないか?
スズは"力"を解放したのだから、自分の"力"を解放なぞ出来なくても、十分なんとかなるのではないか?
…そう思うほどに、トシは己の探求に、希望を持てなくなっていた。
一息大きく深呼吸すると、右手の人差し指と中指に意識を集中し、ゆっくりとその錆びた刀へと降ろしていった。
二本の指が軽く刀身に触れた。
トシ「…!」
眉間に皺を寄せ、カッと眼を見開く。
トシ「…」
何も起きない。
それはそうだ…当然だ。
ただの錆びた刀に何かが起こせるハズが
―そう思った時だった。
―目覚めよ―
トシ「―えっ」
脳内に、声が響いたのは―
―目覚めよ―
その声が脳内で繰り返され、反芻されていく。
しかし、それは気にならない程に、視た事の無い懐かしい記憶が脳内を駆け巡りだす。
―何処かの山奥―
平安時代の武士「…鈴鹿…済まぬ…!」
そう言って、刀に手を掛け、抜刀の型をとる若い武士―に相対する長い髪の天女の様な女性は口を開く―
天女の様な女性「よいのです…俊宗…こうしなければならないのです…早く、私を…!」
平安時代の武士「ッ…御免ッ…!」
苦悩の言葉と同時に抜刀し、その女性へと刃を振り下ろす―
ああ…そうだ。
これは、自分の記憶だ。
遙か昔の。
生まれる前の。
あの二人は自分達だ…
俺達の過去…
―東京都台東区上野 東京国立博物館 収蔵庫―
ゆっくりと目を開く。
室長「…あの、大丈夫ですか…?」
刀に触れたまま動かなくなり、心配したのか声を掛ける。
俊「…俺は…俊宗の…」
ぼそりと呟く。
室長「え?なんですか…?」
その行動に不安を感じたのか聞いてしまう。
俊「いえ、なんでもないです ありがとうございました!」
室長に顔を向け、そう述べると、頭を深々と下げ、出て行ってしまった。
室長「そう…ですか」
呆気に取られてそう返した。
―9月17日(金)夜―
―東京都台東区上野 東京国立博物館 外―
人がいなくなった博物館の外に出てきた俊は、自らの左手に視線を遣りつつ呟いた。
俊「オン・バザラ・ダラマ・キリク・ソワカ…」
それは、先程刀へ触れた瞬間に、脳内を駆け巡った言葉に在った一言。
呟いた瞬間、微かな光と共に、左手へと鞘に収まった太刀が顕現した。
僅かな反りが在り、鞘は金色の装飾が施されている。
そして、重さはほぼ無く、驚くほどに軽い。
俊「粗速丸…」
その刀を握り締め呟くと、前を向いた。
その眼に迷いや曇りは無く、俊はハッキリとした足取りで、走り出した。
遂に覚醒した二人と対峙する黒い男―
襲い来る二人の刃はその怒りを抜けるのか―




