其の六 ―単独―
一つ目の教会を破壊し、竜尾鬼と別行動を取ってから三時間―
黒い男は歩いていた―
只ひたすらに…
―午前11時―
―三宅島、阿古地区―
竜尾鬼と別れて行動を始めてから三時間以上経っていた。
確認してみたが、ガスマスクとガス計測器は問題無い。
問題なのは、無線だった。
異界化が進んだ場所になると、無線が通じ難い。
赤い大地の傍だと、極端に電波が悪い。
さっきから竜尾鬼側に何度もノイズが走っている。
あっちの移動速度に比べたらこちらは徒歩だから仕方ないが、こっちはまだ目的地に着いていないのだ。
最初の神着地区の偽教会を竜尾鬼と二人(主に竜尾鬼)で破壊し、今は別行動を取って西回りに阿古高濃度地区―薄木粟辺地区―に向かっていた。
伊ヶ谷地区に入る辺りで、逆方向を飛翔する何かを見たが、あれは多分、Sさんなのだろう。
人では無い姿―魔人―となって、上空を通り過ぎた。
その姿は羽が生え、昆虫系甲殻類の様な中世の鎧に似た様でもある生物的な風貌だった。
あの姿を見るのは先月以来二度目だった―
先月のSさんと組んでの仕事で自分が失敗して助けて貰って以来―
あの時は本気で凹んだ… 情けなくて、悔しくて…
そして、何よりSさんのその姿に一瞬たじろいでしまったことに…
でも、Sさんは何も言わずにその姿を解いて、初めて魔人化の事、人為らざる力とその使い方、家族の事を教えてくれた。
そして、これからの協会やこの世界のことを―
その時に、刀"閻魔"を渡された。
何故自分に渡したのかは解らないが、渡す前に話した息子達の事に関連しているのだろうか…?
そうだとすれば、これ以上に嬉しい事は無い。
家族の正常な関係を知らない自分にとっては―
…しかし、持って来たこの刀が、何時か自分の"力"になると言われた…でも、未だにそんなものは感じられない。
只の刀だ―
それが自分の正直な感想だった。
普通と違う事といえば、刀身に梵字が刻まれているという所か。
それ以外は紺色の鞘と真っ白な柄のいたって普通の太刀だった。
阿古地区まで歩いてきて、未だ使う機会は無かったが―というか、それまでの地区を通ったSさんがついでに其処に在った教会も壊してくれたのだろう。
その証拠に、異常だったその周囲の土地が、元に戻っている。
…とはいえ、火山ガスの影響で枯れた草木は元に戻ってはいない。
だが、自分は未だ、一つも教会を壊していない。
…なんて無力なのか…
その自分の内なる弱さに挫けそうになるが、しなければならない目的を思い出し、前を向く。
黒い男「彼女を助けるんだ…」
その思いだけで、前へ進む。
しかし、今起きているこの状態はなんと表現して良いのか―…
噴火している雄山から上に赤い光が上空に延び、教会が配置されているであろう場所は草木が焼け続け、赤い地肌を晒し、川などの水源は赤く染まり、まるで血の川と化し、強烈な硫黄臭を放つ。
地肌を晒した大地は、所々肉塊のように盛り上がったり、何かの膜を形成し、何故か脈動している。
丸で生きている何かの様に。
丸で何かの肉体の様に。
そして、その異界化した地には、様々な異形の存在―"悪魔"が跋扈している。
―それは、さながら地獄の様な…否、その光景は地獄そのものだった。
そもそも、今報道されている三宅島の状況とは、全く印象が異なる…
常人であれば、耐えられる様な状況ではない。
けれども、進まなければならない。
もう少しで阿古地区を抜ける…
眼の中には、異界化した赤い大地が見え始めていた。
ガス高濃度危険地域である、薄木・粟辺地区"だった"場所へ―
黒い男は、渡されたガスマスクに手を掛けた。
同時刻―
別方向へ向かった竜尾鬼は、一つ目の高濃度地区へ着いていた…
 




