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貴賤

 聖堂にて司祭への謁見を終えたライデルたちは内心に(くすぶ)る不満を抱えながらも政庁へと足を向けた。

 復路の道中では未だに熱狂冷めやらぬ市民たちの盛大な歓迎を受けた。

 政庁前の広場には既に兵士たちの為に幕屋を張る資材などの提供があり、商人や市民による出店なども出現していてお祭り騒ぎとなっていた。

 ライデルが親衛隊副隊長のマンデスに露営設営の指揮を指示していると政庁から足早に出てくる一行があった。先頭に立つのは往時で見かけた市長だ。鷲鼻が特徴的な彫の深い顔立ちに長身痩躯の壮年であるのですぐに分かった。後に続くのはその従者たちだろう。

 ライデルとジネディーヌが市長と相対するとザカーリン騎士団長が仲介の体で両者の間に立った。そして市長の口上を述べようとした矢先、市長は手を胸元であげてやんわりと制する。少し目を見開いたザカーリンだったが、(うやうや)しく頭を垂れると一歩後ろに退いた。

「遠路はるばるの御足労、誠にありがとうございます。私がイースルング現市長のルディ・サルガーニです。一度政庁に戻ってしまい、お出迎えが遅れたことを深くお詫びいたします」

 腹から出ている快活とした声だった。ライデルと握手を交わした自らの手を下に返し、半歩下がる素振りを見せて若干の前かがみになりながら非礼を詫びる市長。最高礼とまではいかないが自分の子ほどの年齢の青年たちにとっては随分な敬礼であった。完全に相手を立場境遇で判断した行動である。聖堂へ向かう道中にも感じたがサルガーニ市長は気品があり、商人の出とは思えない優雅さがあった。 

 ライデルも市長の手を軽く持ち上げる仕草をしてその礼に応えた。手を離し、握手した手を自身の胸に添える。それを見て市長も嬉しそうに微笑んだ。

「トルドレン方面防衛派兵隊司令官のライデル・マクラインです。わざわざの御足労に感謝いたします」

 続いてジネディーヌもライデルと同様の敬意は払った。しかし言わなければならないことがある。歓迎を示している市長に対して少しばかり心が痛むが、知っておいて貰わねばならない事がある。

「同じく、トルドレン方面防衛派兵隊イースルング防衛担当部隊長のジネディーヌ・リーチャーです。司祭様への謁見が類を見ないほど早く終わってしまいましたので行く宛を無くしてしまいました。返って御手を煩わせてしまい失礼いたします」

 ジネディーヌは皮肉を込めて挨拶をした。ただし八つ当たりがしたいわけではないので淡々と言う。

 市長の顔が一瞬強張った気がしたがライデルはジネディーヌを制さなかった。身分の差こそあれ、先の聖職者たちの対応はあまりにも礼節に欠けていたからだ。総司令である自分ではなくジネディーヌが言う事にも意味があった。ここで毅然と不服を申し立てておかなければこの都市の防衛を担当するジネディーヌの立場が軽んじられる恐れがあるからだ。だから指揮官は制さない。それだけで同調の意思表示になるので言葉はいらなかった。

「……きっとお疲れのことでしょう。少しでも長く休めるようにと女神の御計らいがあったに違いありません。もちろん部屋の支度は整っております。祝賀会まで、どうぞおくつろぎ下さい。祝賀会では東西の逸品を選りすぐりましたのできっと御満足いただけると思います。そこで我らの結束と、マクライン殿の御武運を祈願して大いに杯を酌み交わしましょう」

 市長も何かを察したようで一度ライデルの顔を伺ってからジネディーヌに対し深々と頭を下げた。気分を害して嫌味を返すわけでもなく、必要以上に(へりくだ)るわけでもなくただただ全うな返答だった。

「とても楽しみです。宜しくお願いいたします」

 伝わるものは伝わった。だからこれ以上余計な事を言う必要はないだろう。

 ライデルはほっと肩を撫で降ろした。

 伝わった、ということは市長も何か教会に対して思うところがあるのだろうか。

 踵を返して先を案内する市長の背中を見てジネディーヌは微かな疑念を抱いていた。




 政庁はイースルングの中で最古の部類に入る建造物だ。建設当初はかつてこの地方を治めていた貴族の居城としての役割を担っていて、その歴史は聖堂よりも古い。現在は政庁としてのみ使用されており市長は別にある住まいから毎日通っていた。

 長い年月をかけだいぶ改築されたとはいえ基本的な区画はそのままだった。そこが砦としての機能を果たしていたことは容易に想像できる造りである。武装解除で表面上は随分と牙を抜かれてしまってはいるが組織的な暴動でも起きない限り乗り込むことすら難しいことは容易に想像できた。

 祝賀会までの休憩を挟みつつジネディーヌは会の準備に取り掛かっていた。

 宛がわれた部屋は随分と豪勢だった。聞けばかつての貴賓室がそのまま貴賓室として利用されているらしい。広い床には見事な絨毯が敷かれ、天井にはイースルングの栄光の歴史が隠喩を施されながら描かれていた。調度品も金銀の装飾が施されているが決して嫌らしい悪趣味さがなく重厚である。

 聖都生まれ聖都育ちのジネディーヌにとっても驚くべき絢爛さであった。

「こんな部屋がいくつもあるんだろう?凄いね」

 充分に休憩を取った後、平服から礼服に着替えながら話しかけると支度を手伝う小間使い達は互いの顔を見合わせながらはにかんだ。妙に扇情的な仕草だったが()()()()を狙っていることが見え見えなのでジネディーヌは気づかないふりをする。政庁の使用人らしく恰好こそ格調があるが、胸元を少しはだけさせていたり触れるか触れないかの加減で体を撫でてきたりと行動が浅ましい。純潔は着飾れないものだな、とジネディーヌは嘆息した。

「ああ、もういいよ。あとは自分でやるから」

 ふと思い立ち小間使いを振り払って部屋を出て隣の部屋へ行く。入室確認をしないのは不躾だがジネディーヌは敢えておもむろに扉を開けた。

 そこにはやはり小間使い達に情欲の気を向けられ珍妙な顔で硬直するライデルがいた。

 ジネディーヌの登場に気づきはっとして目を泳がせるライデル。随分と混乱しているようだ。

「マクライン殿、礼服のお召しにずいぶん手間取られておりますな。まだ肌着ではありませんか」

 ジネディーヌが茶化すと狼の群れに囲まれた羊は哀れな目で助けを求めてきた。あの武辺者は良い齢して非常に奥手なのだ。助けてやるのは容易だがこのような場に出くわす機会はそうそうないだろう。ジネディーヌは楽しむことにした。

「あれ?おお、凄いな」

 苦笑して斜め上を見上げたジネディーヌが独りごち、ライデルは怪訝な顔をする。

「なにが」

「まあずいぶんとご立派ですこと」

「りっ……何が!?」

「上を見なよ。俺のほうの部屋にはイースルングの歴史が描かれてたんだけど、こっちは聖書の一節だ。凄く凝ってる。著名な絵師に描かせたんだろうね。金かかってるなぁと思ってさ」

 慌てて腰を引くライデルに飄々と返すジネディーヌ。ライデルは天井とジネディーヌを何度も交互に見返していたが次第に理解したようでみるみる顔が紅潮していった。小間使い達も笑った。

 こりゃあマルローさんやアスタッドさんに楽しい報告が出来そうだ。

 ごゆっくり、と扉を閉めようとすると「ジネディ、てめぇ!」と裏返った声が後を追ってきた。

「あ、そうだ。立派って言われてどんな勘違いしたかは分からないけど、あんまり自信持たないほうがいいよ」

 止めを刺してから退室するジネディーヌ。なんだか妙に意地悪をするのが楽しい。ライデルの顔を思い出し吹き出すと廊下の隅に立っていた衛兵が不思議そうな顔で眺めてきた。


 一方その頃、庁舎の裏手。

 薪などを保管したり廃材を焼却したりする雑多な空間がある。政庁本館のある場所とは内壁によって仕切られており、そこを行き来するのは通常は塵処理を担う使用人くらいだ。そしてその区画には外壁を掘って作られた裏口があった。

 元々が城だった頃の名残りの避難経路の1つである。普段は鉄格子によって閉ざされているいわば搦め手のような場所だ。昔は他に幾つかあったが、不要との判断で順次埋められていき今はここだけしか残っていない。つまり政庁へ通り抜け出来る場所は正門かこの裏口の2箇所だけだが警備の兵は置かれていなかった。

 警備は無用だった。

 悪意を持って政庁へ乗り込もうとする者など未だかつていなかったし、鉄格子の管理は行き届いているので錆びて壊れていることもない。それに例え万が一何者かに鉄格子を突破されそうになったとしても傍には使用人が暮らす小屋がある。異変があったらすぐに誰か呼ばれてしまうだろう。

 この日も使用人の老人は小屋の中にいた。

 老人はご満悦だ。偉い人間が来訪する都合で廃棄捨て場が宝の山だったからだ。普段からも良い食材を拾うことが出来ているが今日は格別なのである。昼食の時間をずらしてまで調理場から残滓(ざんし)が出るのを待った甲斐があるというものだ。自然と白髭に覆われた頬が緩む。

 釜戸に枝をくべている矢先、窓辺に吊るされた鳴子(なるこ)が揺れた。これは裏口の格子と連動した仕掛けである。鉄格子は2重になっていて1つ目が開けられると鳴子が作動する仕組みになっている。2つ目を開錠されている間に確認に行けるという寸法だ。

 老人は溜息をついて枝をぞんざいに放った。火をつける前で良かったが興を削がれて面白いわけがない。

 緩慢な動作で立ち上がり背後を振り向き、老人は心臓が止まりそうになるほど驚いた。

 小屋の扉は空き、既に目の前に男が立っていたからだ。




 日も傾いてきた時分、通常なら業務を終えた人々が退庁する時刻。政庁には続々と人が集まっていた。

 正門には馬車が何台も到着し、着飾った老若男女が優雅に降り立っている。集まっているのは貴族たちだ。

 イースルングに住まう貴族たちはそれなりに華美だった。流石は商業都市と言うべきか聖都の流行りもしっかりと取り入れてられている。格上の家柄の者より目立たずに、かつ足元を見られないよう意匠をこらさねばならないので大変に神経を使ったことだろう。皆澄ました顔をしているが宴とは服装を選ぶ前から始まっている戦いでもあるのだ。

 宴の名目は聖都から派兵された防衛部隊長と親睦を深め運命共同体となるというものだ。約16年に1度訪れる、大聖堂お墨付きの貴族とお近づきになれるかもしれない貴重な場である。貴族たちがの機会にかける情熱は並々ならぬものがあった。

 日没後には晩餐会が始まり夜が更けるまで宴が続く。長いようで短い時間だ。自分の存在を印象付けねばならないし、情報交換や他の市内の貴族との縁故を繋げる場にも利用できる。それ故に会場がまだ開いていなくても人々は庁舎内の至る所に集まるのだった。

「おー、すごいな。ジネディ見ろよあれ。あんなにごてごての衣装で体力持つのかな」

 貴賓室隣の来賓用の談話室は正門側に面しており、入口までの道を見下ろすことが出来る。ただし窓ではなく横長の木枠に囲まれた穴だ。外から見るとその部分は政庁の外壁を彩る彫刻壁画の一部であり、訪問者は自分たちが見られていることが分からないようになっていた。これも城だった頃の名残りである。

 ライデルが見ていたのは随分と着飾った貴婦人だ。帽子には宝石の類が散りばめられ礼服も色とりどりの布を重ねた派手なものだ。相当重いのだろう、歳もそれほど若くないであろうに女性は歯を食いしばり渾身の足取りをしていた。

「ほんとだ。あれだけ着飾れるってことは結構この都市でも身分の高い貴族なのかな。目立つには目立つけどあれじゃあ悪目立ちだよね。金山慈姑(きんさんじこ)の家紋か。知ってる?」

「いや、知らん。初めて見た」

「宴が始まる頃にはいなくなってるか別の衣装になってるね。賭けてもいい」

 ジネディーヌは覗くのをやめ椅子に深く腰を下ろし、机の上に置かれた葡萄を一粒摘まんだ。

 ライデルも覗き穴の蓋を嵌め直し同様に対面の椅子に座った。

「当然だけどウルムウンテの時より規模がでかいよな」

「ウルムウンテは小さいしね。それに宴は3日間やらなきゃいけないから当然1日の規模は小さくなるよ。トルドレンは腐っても支聖都だし1日に集約されるからきっと凄いんじゃない?」

 ライデルも葡萄を食べる。ウルムウンテでの控室でも出てきたが比ではないくらい粒が大きく甘かった。他にも種類様々な果物や軽食が用意されておりこれだけでも宴が出来そうだ。

「どうかな。トルドレンってここより寂れてるんだろ?」

「そう聞くけど。でも聖支都だからなぁ」

「お前はいいよなぁ、さっきちょっと覗いてみたけど凄いぞ。明日もあんな感じの会場で飲み食い出来るんなら俺も残りたいよ」

「見てきたの?主賓がうろちょろするもんじゃないよ。あと飲み食いしたいならここで腹を満たしておいた方が良いよ。ウルムウンテではアスタッドさんが全部やってくれたけど今回は俺らが貴族たちの相手しなきゃいけないんだから。たぶんあの時よりもご飯食べてる暇はないよ」

「面倒くせぇなぁ」

 ライデルが天井を仰いで椅子に沈み込むと扉を叩く音が聞こえた。

 入ってきたのは市長だった。

「お早い準備ありがとうございます。軽食は御口に合いましたでしょうか」

「ええとても。果物もとても甘いですしこの肉料理なんかいくらでも食べられます」

 立ち上がる2人に寛ぐよう促し市長は周囲を見渡した。給仕や小間使いがいないからだ。ライデルは落ち着きたいから退室してもらった経緯を伝えた。

 市長は至らない点について恐縮したが、ライデル達にとっては飲み物やらを自分で持って来たり注いだりしたほうが楽だった。普段なら召使いたちの存在など気にならないのだが小間使いの妙に卑猥な所作や給仕の冷ややかな視線が気になって落ち着かなかったのだ。

 聖都で他人の屋敷に遊びに行った時やウルムウンテでもこんなことはなかった。やはり守役のアスタッドがいないという緊張がそうさせるのかもしれない。

 ライデルは今更ながら口煩い老人の存在をありがたく噛みしめていた。

「夜の訪れを告げる鐘が鳴りましたら宴を始めます。その前に今から会場脇の控室に移動して頂きます」

「早いですね?まぁ、部隊長殿が大丈夫なら私は構いませんが」

「総司令殿の御判断にお任せしますよ」

 急に判断をなすりつけてきたライデルを睨みジネディーヌも言い返す。仲の良い丁々発止だが市長は首を振るばかりで愛想笑いもしなかった。

 控室でも寛げるだろうしそこにも軽食は置かれているはずだ。別にこの場所に(こだわ)る必要もない。2人は了承した。先ほどライデルが不用意に徘徊したから出待ちの貴族が現れてしまい、その対策かもしれない。

「少々早いがね、お2人は会場脇に移動してもらうよ」

 市長に説明された衛兵が深く頭を垂れた。


 談話室を出て廊下を行き、階段を降り、市長に先導され別室へ向かう。

 道中あわただしく準備に追われる召使いたちを見たが貴族たちはいなかった。まだ正面玄関の大広間あたりにたむろしているのだろう。

「あれ?」

 しかしライデルはすぐに気づいた。先ほど会場を覗きに行ったので途中までは知った道だったが市長が行こうとしている廊下は別方向である。明らかに違う場所へ連れて行こうとしていた。

「こっちは会場ではないのでは?」

 ライデルの問いに市長は答えなかった。

 知らない廊下についてからは衛兵はおろか召使いの姿すら見えない。装飾品の花瓶などもなくなり殺風景になってくる。心なしか埃っぽく汚らしい感じもした。

 市長は躊躇いもなく進んでいくが2人はいつでも逃げだせるよう警戒していた。

 全く身に覚えがないが、まるで騙されて牢獄に連れて行かれるようなきな臭さがあったからだ。

「市長殿、こちらは会場ではありませんよ。私は知っています」

 いよいよ辛抱出来なくなってライデルが立ち止まる。ジネディーヌもそれに倣った。

 数歩歩いてから2人の足音が止まったことに気づいた市長が振り返った。そっと耳に手をやり何かを考えている。人の気配を気にしているようだった。

 誰もいないことを確認できたのか程なくして市長は観念したかのように呟いた。

「会って頂きたい方がおります」

「会ってもらいたい人?」

 ライデルとジネディーヌは顔を見合わせた。市長が個別に誰かを仲介しようとしている事にどう反応して良いか分からなかったからだ。

 ウルムウンテで宴会までの時間を過ごしていた時も市長がアスタッド含め自分たちに誰かを紹介するなどということはなかった。

 基本的に市長は都市の代表であり公平性が求められる存在だ。宴席の場で挨拶をしに来た貴族の素性を紹介する立場に回ることはあっても誰かを抜け駆けさせて目通りさせるなどあってはならない立場である。

 もちろんそういった不届きな市長もいるのかもしれない。しかしルディ・サルガーニという男は選挙の時から公正を掲げ商人を贔屓にする市政は行わない事を公言し、市長に当選した折にもその公約を守った人物である。当初は期待していた商人らの大反発にあったものの約束を頑なに守る姿勢を評価され今では多くの支持を勝ち取り市長選も4選を果たしていた。

 ただその事はライデルたちは知らない。それでも真面目そうな市長が「寛げ」と言っている時間に誰かを手引きしてくるような無粋な人間には見えなかった。

 それにしてもわざわざ自分が会いに行くとはどういう了見か。ライデルは眉を(ひそ)めた。ここは支都市だ。聖支都ならまだしもライデルのマクライン家よりも家格が上の貴族などいるわけがない。

 何故自分が出向かわなくてはならないのか。

「どうぞ、お会いすれば分かりますので」

 案内された扉の先は外だった。

 正確に言えば政庁本館とは内壁で区切られた敷地内の一角である。

 しかしそこはどう見ても来賓を案内するような場所ではなかった。

 手入れもされず鬱蒼(うっそう)と生い茂る木々。壁の縁にはがらくたが溜まり腐敗臭と共に蠅が飛び交っている。そして何故かあばら家が建っており、それは今にも崩れそうなほど汚らしかった。

「あそこです」

「まさか!」

 ライデルは絶句しジネディーヌが悲鳴に似た声を上げた。

「あそこは下人の小屋でしょう?人が入るような所じゃない!」

 だがどうやらそのまさかだったようだ。小屋の戸が開き、中から出てきたのはザカーリン騎士団長だった。

「お静かに」

「騎士団長殿!何故こんな所に!」

「お静かに。何かに入られよ。重要な話があるのだ」

「あり得ない。何が重要な話ですか」

「人の来ない場所とはいえ万が一ということもある。早く、中に」

 有無を言わせぬザカーリンの物言いに2人は怯んだ。時代遅れの台詞口調で楽しんだ時とは全くの別人のような凄みがあった。

 騎士団長に背を押され2人は渋々と小屋に入る。中は薄暗く変な臭いがしてジネディーヌの全身に鳥肌が立った。

 小屋の中はそう広くはなくすぐに一望できる。部屋の仕切りもなく、土間に寝台が置かれているだけの簡素なものだ。

 そこでライデルとジネディーヌは信じられない光景を見た。

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 中には1人の人物と賤民がいた。

 1人は脂ぎって縮れた黒色の長髪で、細面に無精ひげを生やした男だ。汚らしい服を纏っており見るからに下賤であることが伺えた。もしかしたらこの小屋に住まう下人かもしれない。

 しかしそんな者はどうでも良かった。普段なら寄られるだけで無礼討ちにしても構わない存在だが、そんなことがどうでも良くなる程の存在がそこにいた。

 寝台に腰かけていたのは頭巾のついた質素な外套を羽織った老人である。2人はその人物に見覚えがあった。


「司祭様……」


 廃屋同然の下人の棲家にいたのは確かに司祭その人であった。

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― 新着の感想 ―
ジネディーヌだけ男性かなのか女性なのかわかりませんが、もっと立派なナニを持っているのか、それとも見たことがあるのか、気になるところです。 途中、彼らは市長に消されるのかなってドキドキしてしまいました…
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