九話 噂話収集
秘密の通路を抜け出た先は、城の裏庭だった。
ヴァルエルスは、兜を被るよう指示した後は、迷う素振りも無く「こっちだ」と歩き出す。
顔の部分は上に押し上げているため、視界は良好だが、この格好でガチャガチャ動き回って大丈夫だろうかという不安がリトゥスに付きまとう。
「……あの、隠れたりしなくていいんですか?」
「あのなぁ、何のためにこんな汗臭い鎧を着たと思ってる?」
「でも……!」
「小心者め。いいから、お前は黙ってオレの後ろにいろ」
堂々とした様子で歩き出すヴァルエルス。
「待って下さい、今度はどこへ行くんですか……!」
忍び込むと言われたときは驚いたが、実際に成功すると、今度は生きた心地がしない。
こんな所で置いてけぼりをくらうのはごめんだと、リトゥスは慌ててヴァルエルスの背中を追う。
「まず、兵士共の休憩所だ。この時間なら、何人かいるだろ。そいつらから、姫さんと依頼人に関する情報を聞く」
「そんな事して、気付かれたら……!」
「だったら、一目散に逃げればいいだけだろうが。問題無い。だから、いちいちビクビクすんな」
開き直ったかのような言葉に、リトゥスは問題大有りだと内心で叫ぶ。
「逆に、どうしてヴァルさんは、そんなに堂々としていられるのか聞きたいですよ……!」
ふん、とヴァルエルスは尊大に笑った。
「オレ様は、国一番の占い師だぞ? なにをするにしても、上手くやるに決まってるだろ」
「な、なるほど……!」
無駄なまでに自信に満ちあふれている言動が、今はやけに頼もしく説得力に溢れている。
なるほど、ここまで堂々とされると自分の心配は杞憂ではないかと思えてくる……――これが国一番の占い師の顧客を掴む手段なのかとリトゥスは感心した。
「その後は、厨房の勝手口だ。おしゃべり雀たちは、あそこら辺を好むからな」
「…………」
大人しく彼の後に続きながら、リトゥスはまた一つ気が付いた。
(――迷いが無い)
潜入に手慣れた感。
城の内部を把握しているような行動。
彼は、城の色々な事に詳しすぎる。
――リトゥスの物言いたげな視線に気が付かない筈が無いのに、ヴァルエルスはそれ以上なにも言わなかった。
真っ直ぐに兵士達が数人くつろいでいる場所へ近付くと、人好きのする笑みを浮かべ彼らに軽く挨拶をしている。
「おう、お前達も休憩か?」
「いや、オレ達は巡回だ」
「巡回? この辺を?」
「あぁ。……新人の教育中だから、息抜きも教えないとな」
ヴァルエルスが笑うと、声をかけられた兵士達も笑った。
「おいおい、先輩。早々にサボり場所を教えるなよ。真似したらどうする」
「悪影響だぞー」
「いやいや、大丈夫。こいつ、くそ真面目だから。……頑張って出世して、姫様を近くでお守りしたいんだと」
途端、そこにいた兵士達は一斉に気の毒そうな顔をして、リトゥスを見た。
「あ~、姫様に憧れたクチか~……」
「青いな、さすが青少年。でも、諦めろ」
リトゥスが戸惑っていると、横のヴァルエルスがもっともだと言うように頷く。
「だろ? オレも、オレ達みたいな下っ端じゃ無理だって言ってるんだが、頑として聞かないんだよ」
「まぁ、そういうもんだよな、新兵は。今度の武神祭で優勝でもすりゃぁ、話は別かもしれねーが……。レイモン様が出場するんじゃ、それも望み薄だしなぁ」
「レイモン様?」
リトゥスが思わず問い返すと、兵士達は血気逸る若者がムキになったと思ったのか、なだめるような苦笑を交えて言った。
「ああ、そうだ。お前も当然知ってるだろ。姫様付きの騎士、レイモン様。あの方がいる限り、姫様に近付くのは不可能だ」
「だ、そうだ。ほら、オレ以外もみんな同じ事言うだろう? いい加減諦めて、今の仕事に集中しろよ」
同調するような声を上げたヴァルエルスは、ぽんとリトゥスの肩を叩いた。
立ち去る合図だと気付いたリトゥスは、黙って頷く。
「休んでるときに、悪かったな」
「なぁに、気にすんな」
「気を落とすなよ、新入り。城勤めの兵士なら、誰もが一度は通る道だ」
リトゥスがしょげてしまった風に見えたのかもしれない。兵士達は全く不審がる事無く、激励の言葉で二人を見送ってくれた。
彼らの視界から、完全に外れたことを確認したヴァルエルスは表情を一変、またいつもの皮肉めいた笑みを浮かべ鼻を鳴らす。
「レイモンなぁ……予想通りだ」
「と、言うと?」
「まぁ、次の連中の話を聞けば分かる」
クックッとあくどく笑うヴァルエルスが足を向けた次の場所。
そこでは、二人の侍女がおしゃべりに興じていた。
黙って聞いていろ、というようにヴァルエルスは口元にひさし指を立てる。
侍女達は、聞き耳を立てているリトゥス達には気付かず噂話を続けた。
「姫様、最近ずっとレイモン様を避けてるって」
「え? 今までずっとべったりだったのに?」
「そう。どこへ行くにもレイモン、レイモンだったのに、近頃じゃ護衛すら別の人に頼んでるみたい。だから、レイモン様狙ってたコは、みんな好機だって目の色変えてるらしいわよ」
「へぇー、どうしちゃったのかしらね」
「やっぱり、婚約話も持ち上がってるから……大人になったんじゃ無い?」
ここでもレイモンという名前が出た。
(すごく強い騎士で、お姫さまの護衛を務めてて……でも、最近はそのお姫さまに遠ざけられてる?)
リトゥスが、頭の中で情報を並べていると、ヴァルエルスがわざとらしく咳払いをした。
「んんっ、君たち……あまり感心しない」
「あ……」
侍女達は、ぴたりとおしゃべりを止めると、ばつが悪そうな顔をした。
「どこで誰が聞いているか、わからないからね。――我々は、聞かなかったことにするけれど」
穏やかで紳士的な口ぶりのヴァルエルスに微笑みかけられ、二人の侍女は揃って頬を赤らめた。
「あ、ありがとうございます……」
「うん。もう行った方がいい」
ぽーっとした状態の二人は、ヴァルエルスにうながされるまま籠を抱えて頷く。
「さぁ、我々も仕事に戻ろう」
爽やかな笑みを向けられたリトゥスは、豹変ぶりに舌を巻きつつ素直に頷いて彼の後に続いた。