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八話 実地調査


 ──城に忍び込む。

 その宣言通り、翌日の朝、まだ日が昇り切らぬうちにたたき起こされたリトゥスは、町外れの森に来ていた。


 先を歩いていたヴァルエルスは、岩壁の前に来ると茂みの中に消え、両手に兵士の装備一式を抱え戻ってくる。


「これ、お前の分だ」

「僕の……?」

「上に着ろ。そしたら、忍び込むぞ」


 見渡す限り、岩と木。

 しかし、ヴァルエルスの表情はごく普通だ。リトゥスを茶化している様子は無い。


(ここで、ぐだぐだ言ってても始まらないね。ヴァルさんについていこう)


 頷いて、リトゥスは渡された兵士の軽装備を身につけた。


「あぁ、兜は後で良いぞ。……準備できたな?」

「はい」

「よし」


 自身も格好を整えたヴァルエルスは、岩壁の前に立つと、ペタペタと触り始めた。

 最初は、急にどうしたのだろうと思ったリトゥスだったが、そのさわり方がいやに規則正しい事に気付く。


「……ヴァルさん、もしかして……」


 振り返ったヴァルエルスが、ニカッと笑った。


「開くぜ」


 最後に、ヴァルエルスはぐっと力を込めて飛び出している岩を押し込んだ。

 重い音と共に、岩が横にずれ、入り口があらわになった。


「すごい……」

「だろ? 秘密の通路ってやつだ。――ほら、行こうぜ」


 リトゥスが驚きの声を漏らすと、ヴァルエルスが得意げに笑った。

 促され中に踏み入ると、むき出しの岩が続く洞窟ではなく、人の手により整備された通路が奥まで続いていた。


「閉めるぞ」


 リトゥスが中に入ると、ヴァルエルスは内側の壁をむき、ごそごそと動いていた。すぐに、岩が入り口を塞ぐ。

 真っ暗闇に支配されると思いきや、暗くなると同時にポツポツと等間隔で灯が点った。


「すっ……ごい」

「あぁ? あれか? ……魔導石ってあるだろ? 魔術師が、重宝している石。あの石を使った応用技術だとさ。……魔導石、見たことないか?」

「……」

「そのアホみたいな面から察するに……、無いんだな」


 仕方ねーな、とヴァルエルスが呟く。


「お前みたいな田舎者に、聞いた俺が馬鹿だった。……これが、あの消えない灯の原料だ」


 ヴァルエルスは、腰から下げていた袋から、小さな石の欠片を取り出してみせる。


「小さいんですね。――それに、光ってない」

「当然だ。魔導石っていってもピンからキリまであるし、魔術師が加工しなけりゃ、ただの石ころと変わらない代物だ。……上物であればある程、扱いが難しくもなる。上にある灯に使われた魔導石は、最上級。手元のコレは、粗悪品」


 言いながらも、ヴァルエルスは大切そうに欠片を小袋に戻した。


「ヴァルさんは、占い師では無くて魔術師なんですか?」

「なんでそうなる」

「……だって、その石は、魔術師以外には意味の無い石だと言いながら、大事そうにしまったじゃないですか」

「……細かい事気にする奴だな、お前は。……占い師と魔術師なんて、似たようなもんだとオレは思う。……もっとも、これから行く場所で大手を振って歩いてる魔術師様方は、一緒にするなってぶち切れるだろうけどな」


 あまり触れて欲しい部分では無かったらしい。

 すこしだけ、ヴァルエルスの声がざらついた。

 彼の苛立ちを察し、リトゥスはそれ以上は追求せず、話題を変えた。


「これから行く場所って……やっぱり、王城ですよね?」

「おう。そのために、こんな格好したんだろうが」


 どこからどう見ても城詰の兵士だろう、とヴァルエルスは皮肉っぽく笑う。


「似合ってるぞ、ガキ」

「…………あんまり嬉しくないです」

「あぁ? なに腐れた面してんだ、行くぞ」


 ばしんと背中を叩かれて、リトゥスは軽く前につんのめった。


「いきなり叩かないで下さい、ヴァルさん」

「変な面してるからだ。褒めてんだから、喜べよ」

「……アリガトウゴザイマス」

「気持ちがこもってないな」


 軽口を叩きながらも、ヴァルエルスはすいすいと先に進んでいく。

 王城の忍び込むというのに、特別気負っている様子も無い。


(しかも、なんだか手慣れてる……)


 明らかに、初めてではなさそうな手際の良さと、迷いの無さ。

 前を歩く背中を、リトゥスはじっと見つめた。



 どれくらい歩いただろうか。

 突き当たりは行き止まりで、左右に道が分かれている。

 ヴァルエルスは、迷わず右に曲がった。まだ奥に続く道があるが、灯は点々としか存在せず、弱い。


「こっちの通路にあるのは、あんまり質が良くない石だ。見ろ、薄暗いだろ」

「はい」

「……オレが、ちょっと先に行って人気が無いが様子を見てくる。お前は、オレが呼びに来るまで、ここで待ってろ」

「はい、わかりました」


 リトゥスが素直に頷くと、ヴァルエルスは満足そうに唇の端を持ち上げた。


「おし。イイコにしてろよ」


 ぽん、と肩を軽く叩くと、薄暗い方へ歩いて行くヴァルエルス。

 その姿は、角を曲がって見えなくなってしまった。


(……秘密の通路かぁ)


 手持ち無沙汰になったリトゥスは、ぐるりと辺りを見回す。

 巧妙に目隠しされた入り口に、消えない灯。

 王城に通じているらしいこの通路は、もしかしたら有事の際に王族達が脱出に使う隠し通路という物なのかもしれない。


(だったら、この通路を知っているヴァルさんって何者?)


 それも、我が物顔で使用している。手慣れた様子のヴァルエルスは、間違いなくこの通路を何度も利用している。 


 ヴァルエルスという男は、本当にただの占い師なのだろうか?


 考えれば考えるほど、不思議な点が多い。

 雇い主について、ついつい深く考え込んでしまったが、答えが分かるはずも無い。


 ほどなくして戻ってきたヴァルエルスの顔をどれだけ見ても、やはり答えは書いていなかった。


「なに見てるんだよ?」

「いえ、別に」

「……別にって……、人を穴が空きそうなほど凝視しておいて、なに言ってやがる。なんだよ、オレはそんなにいい男か?」


 からかうようなヴァルエルスの問いに、リトゥスは歩く速度を落とさず頷いた。


「はい。ヴァルさんは、とても男前だと思います」

「――えっ……!?」


 少し速いくらいだったヴァルエルスの歩みが、ぴたりと止まる。


「ヴァルさん、どうしたんです?」


 急に立ち止まってしまったヴァルエルスでなければ、この後の行動がわからない。そのためリトゥスは、指示を求めるように後ろを振り返った。


「……っ……」


 いつまでも動く気配を見せない男は、なぜか口元を抑え俯いていた。


「……ヴァルさん?」

「~~っ、うるせぇ、こっち見んな」


 視線から逃げるように、なおも顔を背けるヴァルエルス。リトゥスは、内心不可解な行動に首をかしげつつ、思い当たる事をたずねた。


「もしかして、吐きそうなんですか?」

「アホか、お前はっ……! なんで、そうなるんだよ!」

「あ、元気だ」


 すぐさま言い返してきた所から、気分が悪いという訳ではなさそうだと、ひとまず安堵する。


「急に止まったので、心配したんですよ。……大丈夫なら、いいんです」

「誰のせいだよ、誰の!」

「はぁ……? 僕が何かしたんですか?」

「……罪の無い顔しやがって! お前は、ほんっと、どうしてこうっ……!」

「ヴァルさん? 何か、不満があるなら遠慮無く言って下さい。改善に努めますから」

「そんなもの、無ぇよ!」


 だったら、今の含みのありそうな言い方は何だったんだとリトゥスは懐疑的な視線を向けた。

 しかし、ヴァルエルスはへそを曲げてしまったようで、今度は大股でずんずんと先を歩き始めた。


「……変なヴァルさん」


 思わず呟いた一言は、ヴァルエルスの「早く来い」という催促と重なって、幸か不幸か彼の耳には届かなかった。

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