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六話 各々の事情

 リトゥスが里を出て数日、父親であるシデロスは招かざる客と家の外で対峙していた。


「シデロス……ラルゴが、行方をくらませた」


 突然やってきた族長の一言。門前で追い払う気満々だったシデロスだが、思わぬ内容にギョッと目を瞠ってしまった。


 ラルゴというのは、目の前にいる男……――この里の長であり、自分の幼なじみで親友である男の息子だ。

 シデロスにとっては、娘にあらぬ嫌疑をかけ傷物にしてくれた……――何度殺しても殺したりない相手(クソガキ)である。


「どういうことだ?」

「……頭が冷えるまでと思い、部屋に軟禁していたのだが……」


 今朝様子を見に行くと、もぬけの殻。そして机には書き置きがあったという。

 激情に任せて書き連ねたと分る、勢いがあるものの乱れた文字で、己の正当性を証明してやると記されていたそうだ。


「正当性だと?」


 シデロスのこめかみに、くっきりと血管が浮かぶ。

 親友の息子の言うところの〈正当性〉が何を意味するか、察したくは無いがありありと分ってしまった。


「……すまない、シデロス」


 アーヴィ族の男にしては、穏やかな気性の持ち主である族長は、深刻な顔で謝罪の言葉を口にした。

 シデロスは、今すぐ目の前の親友を殴りつけ、あの馬鹿息子を自分の前に連れてこいと怒鳴りつけてやりたかったが……――耐えた。

 こうなる切っ掛けを作ってしまったのは、自分達に責任があると分っていたからだ。


 自分達夫婦は、娘に甘えた。そして、族長である男も、甘えたのだ。

 息子の成長を手助けする存在として……――切磋琢磨し、心を通わせ……そして、いずれは二人を――そんな風に考えていたのだ。

 才に恵まれながらも、あまり自己主張しない娘につけ込んだ……その自覚があるから、族長はシデロスに謝罪するのだ。


「ディアゴ、お前……息子に説明しなかったのか」

「…………」

「リトゥスの性別を、言わなかったのか……!?」


 お前が暴走した正義感で髪を切った相手は、邪心など一片もなかった女だ。

 そう言ってやれば、これ以上の暴走は防げたのではないか。

 思わず、責めるような口調で詰め寄ってしまう。


「落ち着いてから、順を追って説明しようと思ったんだ」

「何を悠長な!」


 血気に逸りがちなアーヴィ族のだが、ディアゴは昔から、その枠組みから外れていた。里の誰よりも頭が良く、揉め事の仲裁に入る事が常。双方の話をよく聞く彼は、若い頃から人望厚く、族長を継いだときも、みなが喜んだ。


 だが……――。


(息子可愛さに、目が曇るとは……!)


 ここまで判断が狂うとは、思ってもみなかった。

 しかし、追いかけ連れ戻す事をしてないところをみると……時はすでに遅いのだ。

 あるいは……――。


(時間を充分に稼いでから、ここに来たか……!)


 シデロスと妻カルラが怒り心頭な事を、ディアゴもすでに把握している。特に、シデロスはラルゴが視界に入ろうものなら首を取るとまで思っている事を知っていた。


 傷ついた娘が、これ以上の傷を負わないように――シデロス夫婦が、そう思って泣く泣く娘の旅立ちを許し、こっそりと逃がしたように、ディアゴもそうしたのだ。

 シデロスと己の息子が、鉢合わせして決闘沙汰にならないように。


 ――そうすると、シデロスに残された出来る事は二つしかない。

 娘とあの若造が二度と出会わないように祈る事と……。


「ディアゴ、歯を食いしばれ」

「え――っ」


 一度自制した怒りを解き放ち、馬鹿息子の醜態をノコノコ謝罪しにきた親友に拳を一発入れる事だけだった。



◆◆◆



 占い師ヴァルエルスの店。

 しかし本日は、肝心の主が不在。


 雇われ者であるリトゥスが一人、掃除を終えて所在なげにたたずんでいる。

 ――さて、これからどうしよう……と考え込んだところで、思い切りよく扉が開いた。


「おう、邪魔するぜ」

「邪魔するよ~」

「あ、いらっしゃいませ、ガイルさん、ルードさん」


 店先に付けていた呼び鈴が、扉の開閉にあわせてチリンチリンと軽快な音を立てる。

 顔を上げたリトゥスは、背の低い男と大きな男を見ると挨拶した。


 ヴァルエルスと出会った時、彼を追いかけていた金貸しの二人だ。その後二人は、何度かこの店を訪れていて、リトゥスが雇われたと聞くと妙に安心した顔で自己紹介をしてくれたのだ。

 二人はヴァルエルスの幼なじみで、今も何かと心配して様子を見に来ているのだ。


「すみません。ヴァルさん、昨日の夜から出かけていて、まだ帰ってきてないんです」

「はぁ? 坊主を一人置いてか? ……感心しねぇな」


 兄貴分であるガイルの言葉に、大男のルードが同調して頷く。


「兄貴の言うとおり! ……せっかく、夜遊び癖がなおったと思ったのに……」


 ここ数日、ヴァルエルスはまた夜に出かけるようになっていた。


「全くだぜ、ルード。……悪いが、待たせて貰っていいか? あの馬鹿には、もういっぺん、きっちり説教しとかねぇとな」

「じゃあ、僕お茶を入れてきます」

「おう。なら、これを茶請けにしてくれ。……あの馬鹿は、甘いもんは毒とか言ってるクチだから、ろくな菓子ねーだろ」

「そうそう。ヴァルエルスの甘い物嫌いは、筋金入りだから」


 一緒に食おうぜと差し出されたのは、香ばしい香りのする紙袋だった。

 ガイルはふっくらとした顔に、ニヤリとした笑みを浮かべていて、そのリボンまでかかっている可愛らしい紙袋には似合わない。

 しかし、リトゥスは気にせず笑顔で受け取った。


「いいんですか、ありがとうございます」

「俺達も食いたかったんだ。気にすんなよ」

「気にするな-」


 どちらかというと、悪人面と言われる系統の顔をしているガイルと体格がよく厳つい雰囲気のルードだが、その実、ガイルは面倒見が良く、ルードは気性が優しい。

 金貸しなどという商売をしている二人だが、商売抜きだと非常に気持ちの良い人物達だ。

 今も、わざわざリトゥスの分のお菓子まで買ってきてくれた。

 お客様をまたせてはいけない。

 リトゥスは、いそいそとお茶の準備に走った。



 チリンチリンと、軽い音が鳴る。

 お茶を入れに行ったリトゥスを待っていたガイルが客かと振り返れば、そこにいたのは店の主人であるヴァルエルスだった。

 ただ、常に人を食ったような雰囲気の男にしては珍しく、目にくっきりと隈ができているのだが……。


「おう、夜遊び男。最近控えていたと思ったら、どうした。テメェの出入り口は向こう側だろ」 

「――」


 住居側の出入り口から入れと、たっぷりと肉のついた顎でしめしたガイルだったが、いつもは軽妙な皮肉を返してくるスケコマシ男の様子が妙だった。


「…………おい、ヴァル? どうした?」

「ヴァルエルス、顔、青い」

「おいおい、ねーちゃんに相手してもらって、スッキリしたんじゃねーのか? ……遊びすぎか?」


 この軽口にも、反応しない。

 ふらふらとおぼつかない足取りで店内に入ってきたヴァルエルスは、ガイルの肩をがしっとつかんだ。


「…………った…………」

「あ?」

「…………ったんだ…………」

「聞こえん。なんだと?」


 項垂れていたヴァルエルスが、ぐっと顔を上げる。

 付き合いは長いはずのガイルとルードだが、そんな二人がちょっと怯えるほど、ヴァルエルスの目は血走っていた。


 尋常ではない様子だ。

 さながら、この世の終わりを前にしたかのような男に、一体どうしたのだと、幼なじみ二人も体に力が入る。


 ――二人分の視線を受けたヴァルエルスは、唇を震わせながら、青い顔で言った。


「……たたなかったんだ……!」


 男三人の間に、沈黙が流れる。

 一体、ヴァルエルスの身に何が起ったのかと緊張していたガイルは、自分の肩を掴む手を、ぺっと無造作に払い落とした。


「アホくさ」

「全然アホくさくないだろ! 男として、死活問題だ!」

「ただのヤリ過ぎだ、自重しろ」

「自重~」

 

 心配して損をしたと、ガイル達は一言で切り捨てる。


「そんな事より」

「はぁ!? オレのムスコの一大事が、そんな事だと!?」

「テメェの下半身事情なんて、心底どうでもいい。……ちょうど良いじゃねぇか。役に立たなくなったムスコを労るついでに、夜遊び控えろよ。あの坊主は、まだ王都に慣れてねぇんだから」

「…………」


 ガイルが、もうすぐ戻ってくるだろうリトゥスを気にしつつ言うと、ヴァルエルスが固まった。

 そこに引っかかりを感じて追求する。


「なんだ? 夜遊びが再発した原因は、坊主とケンカしたからか?」

「ケンカなんかするか」


 間髪入れずに、否定が返ってくるのだが……。


「それにしちゃ、不機嫌な面だな」

「…………なぁ、ガイル」

「あん?」

「ちょっと、ほっぺた触らせろ」


 言うやいなや、ヴァルエルスはガイルの肉がたっぷりと付いた頬に手を伸ばし……――つねった。


「いってぇ! いきなり何しやがる!」

「…………やっぱり、何も感じねーよな」

「はぁ!? 痛いに決まってるだろうが! いででっ、おいこらっ! 痛みを訴えてるのが聞こえねーのか!」


 次いで、ヴァルエルスはルードの頬もつねった。


「痛! なにすんだ!」

「テメェ、こら……! いい加減にしろよ!? いてててっ!」

「あいたたたっ!」


 痛いと訴える二人を見て、ヴァルエルスはようやく、ため息交じりに手を離す。


「……うん。やっぱり、何も感じない。オレはまともだ」

「しまいにゃ、ぶん殴るぞ」

「あー悪い悪い。ちょっと確かめたかったことがあって」


 睨むガイルとルードに、ヴァルエルスは手を振りつつ謝罪した。

 ほどなくして、扉が開く。


「おまたせしました……、あれ? ヴァルさん、帰ってきてたんですか」

「……おう」


 カップ三つと茶菓子をのせた盆を手にしたリトゥスが姿を見せた。

 ヴァルエルスの顔を見ると、僅かに目を大きくする。すると、これまで饒舌だったヴァルエルスが不機嫌な面構えになり、ぶっきらぼうに答えた。しかし、リトゥスはそんな返事を気にすること無く、自然な笑みを浮かべ言った。


「お帰りなさい、ヴァルさん」

「――――っ! お、おう…………た、ただいま……」

「ヴァルさんも、お茶にしますか? それとも、なにか食事を?」

「おう」

「? あの……おう、だけじゃ分からないんですけど」

「おう」


 困惑するリトゥスが気の毒になったガイルは、片肘でヴァルエルスを突く。


「おい、坊主が困ってるだろ」

「おう」


 しかし、どうしたのかヴァルエルスは同じ言葉しか繰り返さない。

 それも、熱でもあるのかと思うほど真っ赤な顔で。


「……なに急にポンコツになってんだ、こいつ」

「まぁまぁ、兄貴。 あぁ、リトゥス。ヴァルエルスは、お茶が欲しいみたいだ」


 どうしたんだコイツと気味悪がったガイルにかわり、それまでヴァルエルスの表情変化を見ていたルードの方が助け船を出す。


「そうなんですか」

「おう」

「じゃあ、僕の分を……」

「リトゥス。ヴァルエルスは、こだわる奴でね、いつも使ってるカップじゃなきゃ駄目なんだよ」

「そうでしたか」

「おう」

「じゃあ、新しくいれてきます。お二人は、冷めないうちにどうぞ」


 ありがとうね、とにこやかにリトゥスを見送ったルードは、未だ気味悪がっているガイルと「おう」しか言わないヴァルエルスを見下ろした。


「ヴァルエルスも照れるんだね。おれ、はじめてみたよ」


 ひそっと兄貴分に耳打ちする。


「照れてる? うわっ、そうなのか? てっきり頭がいかれたかと……」

「だって、ヴァルエルスはずっと一人暮らしだったじゃないか。おかえりなさいとか、言われた事無いんだよ」


 なるほど、と納得したガイルとルードは、そろって生暖かい視線をヴァルエルスに向けた。

 図星だったのか、ヴァルエルスはいつもの皮肉も飛び出さず、絶句している。


「よかったねー、ヴァルエルス。リトゥスが来てくれて」

「美味い茶を入れてくれるし、言うことなしだな。大事にしろよ」

「はぁ!? だ、大事!? なんでだよ!」


 反発したヴァルエルスに、ガイルは何を怒ることがあると眉を寄せた。


「なんでって……、あんな出来た従業員はいないだろ。大事にするべきだ」

「従業員……? あっ……あぁ、なるほど、そう言う意味か。了解、了解」

「なんだと思ったんだ、お前。何時もに増して、おかしいな」

「うるせぇ!」


 その後、リトゥスが戻ってきて四人はお茶を飲んだのだが……、ヴァルエルスの様子はどうにもこうにもおかしかった。


 帰り道、ガイルはルードに話を振った。


「どうしたんだろうな、アイツ。説教する気も失せるほど、行動がおかしかったぞ」

「ヴァルエルス、リトゥスにお帰りなさいって言われたのが、よっぽど嬉しかったんだ」

「…………それで、あのぶっ壊れ方か。…………まぁ、上手くやってんのならいいけどな」「兄貴も、リトゥス気に入ってるよね」

「あの馬鹿に巻き込まれた、ある種の被害者だから。それなりに気にもなる。…………雇い主が、あの野郎なわけだし」


 それに、とガイルは言葉を濁した。


「…………あの坊主、左耳に耳飾りしてただろ」

「うん。羽のやつ」

「あれはな、アーヴィ族に昔から伝わってる、耳印っていうもんだ。以前、見た事がある」

「アーヴィ族? ……でも兄貴……。アーヴィ族は男も女も、みんな髪が長いんじゃなかったか? リトゥスは……」


 ルードは非常に言いにくい顔になり、声は段々と尻すぼみになっていく。

 だが、弟分の言いたいことを正確に汲み取ったガイルは、難しい顔のまま「それだ」と呟いた。


「ヴァルエルスの奴が、気付いているかどうかは知らんが、あの坊主は《訳あり》だ。短髪のアーヴィ族なんて、見たことねぇ」

「……リトゥス、悪い奴なのか?」


 不安そうな顔になった弟分に、ガイルは苦笑を浮かべ、首を横に振る。


「そうじゃねぇよ。あの坊主自身は、良い奴だ。……ただ、なにかしらの面倒事に巻き込まれて王都に来たんだろうと思っただけだ」

「もしかして……追い出されたのか?」

「さぁな。それは、わからん。俺達から聞くのも、筋違いだ。……ヴァルエルスが、うっかり坊主の古傷抉るような真似しなけりゃいいんだが……」


 普段のヴァルエルスなら、他人に深入りしないため下手を打たないと確信できた。


 しかし、リトゥスを前にした時の彼は、少々変だ。


 あの偏屈が、ようやく他人に心を開きかけているのだから、育ってきた親交の芽を自らむしったり枯らしたりするような真似はつつしんで欲しい……――そう思う、友達思いのガイルだった。

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