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四話 王都一の占い師について


 王都一の占い師、ヴァルエルス。

 彼は、下町の女性にすこぶる人気が高い。その分、男に敵が多いのだが、なんやかんやと女達が肩を持つので、男達も妬みそねみを声高に叫べない。


 次いで、貴族や商人。ヴァルエルスの占いの腕を信頼している、顧客達がこの筋だ。

 高い料金を一括で支払える彼らは、何かあるとヴァルエルスの店にやってくる。そして惜しげも無く金を払い、満足な答えを手に入れ帰って行くのだ。


(それなのに、お金がないってどういうことだろう……!)


 ほどよく日の光が差し込む店内で、箒を握りしめたリトゥスは渋い顔をした。


 ヴァルエルスの店に棚に並んでいるのは、鉱石や古い書物、瓶詰めの液体など、不思議なものばかりだ。見たことがない不思議な物という事は、普通ならば滅多に見る機会が無い希少な物と言うことだ。値段も、相応なはず。


 そんな品々があちこちに置いてあるのだから、この店もヴァルエルスという占い師も不思議だ。

 とても、あちらこちらで借金をしている人間の店とは思えない。


(……だいたい、なんで僕、ここで掃除なんてしてるんだろう……)


 あの日……――ヴァルエルスのせいで散々追いかけ回されたリトゥスは、結局彼の店に泊めて貰った。そして、一夜明け外に出れば、また男達に追いかけ回された。


 ヴァルエルスの言った通り、一括りにされてしまったらしかった。

 しかも、ヴァルエルスの店から出るところを見られている。無関係という言い逃れも、もはや通用しない。


 どうしたらいいのだと途方にくれたリトゥスに、あの性悪占い師は例の人を食ったような笑みを浮かべ、言ったのだ。


『仕方ねぇ。それなら、行く当てのない田舎者を、オレ様の用心棒にしてやるよ。ありがたく思いな』

『そもそもの原因が、なぜ偉そうに言うんですか』


 全くありがたくない。正直な気持ちで言い返したリトゥスに対し、ヴァルエルスは愉快そうな高笑いを響かせていた。


 それが、二週間前の事だ。


 取り立て屋達も、どうしてか、この店の中にまでは入ってこない。

 疑問をそのままヴァルエルスにぶつけると……――《夕暮れ通り》に並ぶ店では、揉め事禁止というのが王都の常識らしいのだ。仕事のあれこれを、夕暮れから華やぐ世界に持ち込むのは無粋なのだと言う。


 最初に会った時に揉めていた、あの身長差のある二人組。彼らもさすがに店内でぶん殴った訳ではないらしい。聞けば、彼らは幼なじみであるから、不問だという。

 諸々は暗黙の了解であり、ヴァルエルス曰く「結局、揉め事御法度云々も、仕事を忘れて騒ぎたい連中が考えたこじつけだからいいんだよ」ということらしい。


 つまり金貸しの彼らは、ヴァルエルスの友人なのだ。……それにしては、随分お互いを好き勝手言っていた気がするが。


 ともかく、ヴァルエルスの元で働く事が、一応の身の安全に繋がると学んだリトゥスは、その日から彼の用心棒になった。


(と言っても……借りたお金を返さない方に問題があると思うんだけど……)


 そんな問題のある雇い主の元、住み込みで働き、今日もこうして用心棒とは全く関係の無い雑用を押しつけ……――任されていたのだ。


 ちなみに占い屋の主人は、人々が元気に働き出している時間になっても、ぐーすかと奥の部屋で寝ている。


 一週間、二週間と雑用をこなしつつ観察していて、わかった事がある。

 この占い屋にやってくる客は裕福な人が多いが、毎日朝からひっきりなしに訪れるわけではない、という事だ。


 よって、店主は朝から起きている日もあれば夕方まで姿を消していたり……今日のように、日が昇っても起きてこない事の方が多いくらいだ。


(お金持ちのお客さんがたくさんいても、みんな毎日毎日占って欲しいことがあるわけじゃないから、お金がないのかな……?)


 だったら、リトゥスを雇う余裕なんてないはずだ。

 けれど、ヴァルエルスはそんな生活苦など匂わせない。


(――なんだか、よく分からない人……)


 窓の外を見れば、よく晴れた空を、ゆっくり雲が流れていた。


 ヴァルエルスのつかみ所の無い様は、あの雲に似ている。


 今まで出会ったことのがない系統の人間を思い、リトゥスは雲を追う目を細めた。



◆◆◆



 ――がちゃり、と扉の取っ手が回る音がした。


 音に釣られてリトゥスが振り返ると、大きな欠伸をした占い師ヴァルエルスが、店に顔を出すところだった。


「おはようございます」


 正確にはもう昼に近い。おはようという時間ではないが、リトゥスは今日初めて顔を見た雇い主に律儀な挨拶をした。


 しかし、当のヴァルエルスは、寝癖のせいで鳥の巣のようになっている頭をボリボリとかきながら「あー……」と気のない返事しかしない。


 起きたばかりのヴァルエルスから挨拶が返ってくるとは、期待していない。と言うのもこの男、寝起きがめっぽう悪いのだ。


 酷いときには裸で現れ、リトゥスは悲鳴を上げる羽目になったのだ。


 ――その絶叫は、ヴァルエルスの目を覚ます効果もあったようで、彼はぶつくさ文句を言いながらも服を着ていた。「ヤローの裸なんざ、テメェで見慣れてるだろうが。めんどくせぇガキだな」と、散々嫌味も言われたが、リトゥスは「僕の家族は、全裸で家をうろついたりしませんでした」と力説した。


 ヴァルエルスは舌打ちしたものの、一応それ以降は、どんなに寝起きが悪くても最低限下着は身につけてくれるようになったので、訴えた甲斐はあった。


 今朝の格好は、はだけていようがベルトを締めていなかろうが、上下とも服を着ているので、大分マシな部類に入る。


「…………おまえ、なんで店にいるんだよ……」

「最初に、掃除をするようにと言ったのは貴方です」

「…………オレの飯は……?」


 じとーっと睨まれて、リトゥスはため息をつく。


「朝食は、朝に起きて食べる物です。朝に起床しない貴方に、朝食を用意するわけないでしょう」


 一度、朝帰りしてきたヴァルエルスが腹が減ったと、あまりにうるさかったので、リトゥスは簡単な料理を食べさせた。

 それ以降、ヴァルエルスは思い出したかのように「オレの飯は?」と催促するようになった。


 しかし、不規則な人間の行動を見越して料理を準備しろと言われても、リトゥスだって困る。大半が無駄になるし、なによりあちこちからお金を借りている人の台所だ。自分が勝手に振る舞うのも気が引ける。


 そんな理由から、リトゥスは積極的に料理を作る事は無かったのだが……。


「じゃあ、お前は一人で食ったのか」

「食べてませんよ」

「…………なに?」


 リトゥスの雇い主は、恨めしげな視線を一転。不可解そうにリトゥスを見た。


「…………お前、昨日の晩飯はどうした」

「? 食べてません」


 なぜか、ヴァルエルスの表情がこわばった。


「………………一応、聞く」

「なんですか?」

「昨日の、昼は?」

「休憩時間に屋台で串肉を食べました」


 おいしかったです、と感想を付け加えると、ヴァルエルスはあらかさまにホッとした顔になった。


「~~っ、よかった……!」

「なにがですか?」

「飯だよ。飯! お前、ガキのくせになんでちゃんと飯食わないんだ」

「だから、食べてますよ」

「昨日の昼から、今まで何も食べてないんだろ。台所にあるやつ、好きに食えば良いだろうが。料理できるんだから」


 ふてくされたように言うヴァルエルスに、リトゥスはソレは違うと首を振る。


「でもあそこにあるものは、貴方のものです。僕は、雇われの身なので、許可無く使うわけには……」

「…………は?」

「それも、あちこちに借金しているような人の台所です。勝手気ままに食材を拝借し、雇い主の口には入らないのに、僕だけ腹を満たすなんて……」

「はぁ……? お前、どんだけイイコちゃんだよ!」


 信じられんとヴァルエルスは額に手を当てた。


「…………あー、もう信じらんねぇ。なんなんだ? ほんと、なんなんだよお前。田舎者って、みんなお前みたいなの? そんな、頭の固いイイコちゃん思想に染まってんの? 純真培養?」

「すみません。何を言っているのか理解できません」

「うるせぇ、クソガキ! とっと飯作れ!」


 突然、不機嫌になったかと思うと睨まれた。


(ほんとうに、よく分からない人)


 そんなことを思いながら、リトゥスは頷く。


「つーか、言えよ……! 腹減ったとか、飯食わせろとか、ちゃんと言えよ! 口あるだろ、馬鹿か!」

「…………え?」

「変な遠慮すんな、ガキのくせに。…………そりゃあ、気が付かなかったオレもオレだ。だけど、雇い主に改善案を伝えるのも、オレの店の従業員の大事な仕事なんだよ」

「? いつから、僕は用心棒から従業員に変わったのですか?」


 リトゥスが、真面目な顔で指摘すると、ヴァルエルスはカッと一気に顔を赤くして怒鳴った。


「細かい事はいいんだよ! お前は今日から、オレの用心棒兼、店の従業員! 飯作るのも、仕事の一環だ!」

「……はぁ、それは別に構わないんですけど……。貴方が食べないのに、僕だけ食べるのも……」

「っとに、めんどくせぇガキだな……! わかったよ! 今日から一緒に食う。どうしても駄目な時は、あらかじめ言う。これでいいだろ!」


 やけくそのように叫ぶヴァルエルス。何を照れる要素があるのだろうかというくらい、真っ赤な顔だ。


「…………オレが連絡なしでも、飯の時間に来なかったら、待たなくていいから食ってろ。いいな?」


 けれど、付け加えられた最後の一言は、どことなく思いやりが込められていた。


(気のせいかな?)


 彼を観察して二週間。

 リトゥスには、いまだにヴァルエルスという人間がよく分からない。


 けれど、顔を赤くしてぶっきらぼうに「飯作るぞ」と、扉の向こうにある住居の方へ歩き出す彼は、きっと悪い人間ではないのだろう。

「はい。わかりました」

 返事をしたリトゥスは、自分を押しのけ先を行くヴァルエルスを追いかけた。

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