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二話 退屈と性悪


「あぁ、その占い師だったら、《夕暮れ通り》の端っこに店があるよ」


 王都に到着してすぐ、噂の占い師について尋ねると気の良い親父が答えてくれた。


「夕暮れ通り……?」

「おう、そうさね」


 《夕暮れ通り》というのは、酒場など日が傾いてから開く店が多く集まっていることから付けられた通称なのだと言う事まで教えてくれた。


 しかし、その後親父はリトゥスに、渋い顔で忠告した。


「なぁ、兄ちゃん……。もしかして、兄ちゃんもアイツに占って貰いたいって口かい? ……だったら、悪い事は言わねぇから、やめときなよ」

「……え? 何か、問題があるんですか?」

「有りも有りの大有りだよ! ……いいかい、兄ちゃん、よく聞けよ。おまえさんは、人が良さそうだから、絶対ぼったくられるよ。アイツ、金持ちにはいい顔するから持ち上げられてるけどなぁ、おれたち貧乏人には適当な事しか言わねぇ、とんでもねぇ詐欺野郎なんだからよぉっ!」


 故郷で行商人から聞いた話とは、全然違う。行商人の彼は、大絶賛していたのに。


 天と地ほどの差がある評価に、リトゥスはただ戸惑った。

 その間にも、親父の饒舌な語りは続く。


「借りた金は返さねぇくせに、酒は毎日浴びるように飲む。その上、いっつも違う女を侍らせてやがるから、気にいらねぇったら! あんだけ金持ちから貢がれておいて、あの野郎、いっつもすっからかんなんだぜ? なら飲むな遊ぶなって思うだろう!? なのに、女共は、いつもアイツの味方だ!」


 世の中理不尽じゃねぇか! と、肩を掴まれて、ようやく親父が酒臭い事に気が付いた。

 昼食時を少し過ぎたばかりだというのに、すでに出来上がっているらしい。

 自分の語りで興奮してきたのか、口調も徐々に熱を帯び力が入り、愚痴っぽくなってきた。


「おれのカカァも、いい年してあの詐欺野郎に入れあげちまってよぉ……! 顔かぁ!? 結局、顔が全てなのか!」

「いや、えっと……、どうですかね……? 男は中身で勝負するべきだと、僕の父は常々言っていましたが――」

「偉い!! 良いことを言うなぁ、兄ちゃんの父ちゃんは! そうなんだよ! 男ってぇのはさぁ、腕っ節だけでも顔だけで駄目でっ……――あいたっ!」」


 なおも語り出しそうな親父の輝く頭が、ぺしっと後ろから叩かれた。


「あんた! またお酒飲んで、若い子にからんで……! うちの亭主が面倒かけてごめんねぇ、お兄ちゃん。お酒が入ると、いつもこうなっちゃうんだよ。もう、行ってもいいよ。ヴァル様に用があるんだろう?」

「ヴァル様……?」

「あぁ、話が聞こえてきたけど、凄腕の占い師ってのを探してるんだろう? それなら、王都じゃ真っ先にヴァル様の名前があがるよ。さっき、店に戻るって言っていたから、追いかければ会えるんじゃないかね」

「あの、どんな人なんでしょうか?」

「そうだねぇ……例えるなら――惚れ惚れするようないい男さぁ!」


 まるで、乙女のように頬を染めてもじもじした女性。面食らっていたリトゥスをよそに、親父が振り返り女性に絡む。


「へっ! あんな、なよっちぃ男のどこがいいんだ!」

「男のひがみはみっともないよ!……お兄ちゃんも、なかなかお目にかかれない美男子だから、無事ヴァル様に占ってもらえたら、うちの店に顔を出しておくれよ」


 ヴァル様とやらの店への道順を教えてくれた女性は、行った行ったと手を振る。リトゥスは、二人に礼を言い、教えられた方へ走った。


◆◆◆


 《夕暮れ通り》……――教えられた場所は、その名に相応しく、日が高い今は閑散とした通りだった。

 まるで、この通りだけ昼と夜が逆転したかのようだ。寝静まっているかのようにひっそりとしている。


(ほんとうに人気が無い……)


 リトゥスはおっかなびっくり通りに足を踏み入れた。たまに猫が気ままに歩いているくらいで、奥へ進む程薄暗くなっていく。


 このまま進んでもいいのだろうか?


(このまま進んでも、大丈夫? ヴァル様っていったけ? それらしい人も、見当たらないし……)


 リトゥスが不安になりかけた頃、目の前を勢いよく何かが転がった。横の細道から、突然転がり出てきたのだ。


「わっ!」


 小さく悲鳴を上げるリトゥスの眼前で、その物体はもそもそと動き出す。


「……いっ、てて……!」


 人間だった。

 黒い髪に、黒い服。

 頭から、つま先まで真っ黒な男が、頬を抑えて呻いていた。


「ちくしょう、なにしやがるんだ、あの筋肉馬鹿! オレはこの面で女ひっかけてんだぞ……!」


 ブツブツと文句を垂れ流しながら、男は起き上がり服の汚れを軽く払う。

 そして初めて、リトゥスに気付いたように「うおっ!」と、驚いたような声を上げた。


「一体いつからそこにいた? ……まさかお前、連中の手下か!?」

「連中? いえ、違います。僕は、たった今、偶然通りかかっただけなので……」

「あぁ、そうか。ならいい。さっさとどっか行け、ガキ」


 言い終わる前に、男はぞんざいに手を振った。


「はい、失礼します」


 口の悪い人だなと思いつつも、リトゥスは軽く頭を下げて前に進もうとした。


「……? ……おい、ちょっと待て、ガキ」


 すると、追い払おうとしていた張本人から、怪訝な声で呼び止められた。

 振り返ると、黒ずくめの男は不可解そうにリトゥスを見ていた。


「……そっちは夕暮れ通りでも屈指の、玄人御用達店が揃ってる。お前みたいな、田舎から出てきた感丸出しのガキが行くような所じゃないぞ」


 言われた内容はよく理解できなかったが、田舎者という点は一切否定できなかったので、リトゥスは素直に己の目的地がこの先である事を告げた。


「でも、有名な占い師の店は、この通りの奥にあると聞いているので」

「うらないしぃ~?」


 顔にあざを作った男は、それを聞くなり器用に片方の眉だけを上げて見せる。


「はい。先ほど名前も教えていただきました。……あのご婦人は、ヴァル様……と」

「あぁん?」

「えっと、ですから、ヴァル様という占い師のお店へ行きたいんです」

「…………へぇー……お前が?」


 男は何を思ったか、リトゥスの方へ近付いてきた。

 上から下まで、じろじろと眺め回すような視線に、リトゥスは身を引いた。


「……何か?」

「そんなビクつくなよ。ははっ、生娘みたいな反応だな。おもしれー」

「…………失礼します」


 都会には、変な人がいるものだ。

 これ以上相手にしない方がいいだろうと、リトゥスは踵を返した。


「おいおい、失礼していいのか、ガキ? お前の言う、超絶有名な占い師ヴァル様の店は、そっちじゃないぞ」

「え……?」


 男は、ニヤニヤした笑みを浮かべながら顎をしゃくった。


「何を隠そう、オレが今飛び出してきた、この横道の奥だ」

「あぁ、そうだったんですか。ご親切に、どうも」


 リトゥスは、進んだ距離を戻し、横道に入ろうとした。

 巻き舌気味の怒声が聞こえたのは、リトゥスが男に礼を言った直後だった。


「ヴァァルエェェルゥゥスッ!! テメェ、この野郎! 貸した金を返すのは常識だろうが! なんべん言っても分らねぇなら、一回赤ん坊からやりなおさせてやろうか? あぁん!?」

「兄貴の言う通りだ、すけこまし野郎! 金を返せ!」


 ぷっくりとした小男が、後ろに筋骨隆々とした厳めしい顔の男を従え現れたのだ。

 とたん、黒髪の男は顔をしかめ、うるさげに手を振る。


「だーかーらー、ちょっと待ってくれって言ってるだろ」

「ちょっとぉ!? ちょっと、ちょっとってなぁ、何回目のちょっとだよ、それはっ! こちとら、慈善活動の一環で金貸ししてるわけじゃねぇんだよ! 借りた金は、期限内に返すっつー最低限の常識も守れねぇクズ野郎には、お仕置きが必要だよなぁ!」

「兄貴の言う通りだ! お仕置きだ! お仕置き!」


 小男の調子に合わせ、後ろの大男がぽきぽき指を鳴らす。

 すると、黒髪の男は鼻を鳴らした。


「おい、勘弁しろよ。お前と違って、オレの顔に傷が付いたら泣く女は大勢いるんだぜ?」


 煽るような皮肉を口にしつつも、じりじりと男は後ろに下がっていく。なぜか、リトゥスを盾にするようにして。


「……あの、何なんですか? なぜ、僕を前に押し出すんです?」

「だってお前、超絶有名で有能な占い師に会いたいんだろ? なら、あの豚野郎と大猿をなんとかしないと、道を通れないぞ」

「はぁ? …………あの、すみません。僕、その先にあるお店に用があるんです。ちょっとだけ、通して貰っていいですか?」


 リトゥスが声をかけると、指をぽきぽきならしていた大男が、これはうっかりしていたとばかりに慌てて道を譲ってくれた。


「どうぞ、どうぞ。ごめんね、今取り込み中で騒々しくて」

「ご丁寧に、ありがとうございます。僕の方こそ、お話中お邪魔してしまい申し訳ありません」 


 お互いに頭を下げて謝罪し合いながら、リトゥスは和やかに横道に入れるかに思えた。

 しかし、呆気にとられていた残りの二人が我に返り声を張り上げたのだ。


「おいこら、坊主、ちょっと待てぇーい!」

「待て待て待て! なに、しれっとした顔で、見捨てて行こうとしてんだよ!」


 止められたリトゥスは、困った顔で彼らを見た。


「なんだ坊主、お前この辺じゃ見ない面だが……。この踏み倒し野郎の知り合いなら、ここを通すわけには行かねぇぞ?」

「いいえ。僕は、通りすがりの無関係です」


 リトゥスは、小男の探るような視線に対し、きっぱりと否定した。

 すると、男が慌てて割って入り、リトゥスの肩を掴むと強引に自分の方へ向けた。


「ほら、この顔を見ろ! こいつらにやられたんだぞ! 可哀想だと思わないのか? 今、オレを見捨てるって事は、オレがこいつらにボコボコにされるのを容認するって事だ! 人として恥ずかしいとは思わないのか?」


 切々と訴えられても困ると、リトゥスは男の手を振り払う。


「あの……でしたら、借りたお金を返さないのは、恥ずかしいことではないのですか?」

「んなっ! お、大人には大人の事情があるんだよ! 返したくても返せない、そんな複雑な事情が……!」

「そうですか。でしたら、その複雑な事情とやらを正直に打ち明け、待って貰ったらどうです? 通りすがりの僕にここまで必死に訴えるくらいなら、取り立てに来ているお二人に事細かに説明した方がいいと思いますけど」


 男は、世界一まずい料理を口にしたような、すさまじい表情でリトゥスを見た。

 一方、小男の方は「この馬鹿に、複雑な事情なんてあるわけねぇ!」と腕を組み立腹している。


「お前……、イイコちゃんかよ! くそっ、世間知らずの青臭い坊ちゃんなら、流されるまま盾くらいにはなると思ってたのに!」

「……おい、こら……! まさか、無関係なオノボリさんを利用しようとしたのか、テメェは! 相変わらず最低だな、このろくでなし野郎……!」

「兄貴の言う通り! 最低! 最低! 占い師ヴァルエルスは最低!」


 占い師。

 その言葉を聞いて、リトゥスは弾かれたように顔にあざを作った黒髪の男を見た。


「……占い師?」

「ん……? おう。オレ様は占い師だぜ?」


 察したように、男は挑戦的な笑みを浮かべた。


「そういやガキ。お前、なんとか……っていう占い師を探してるんだってなぁ? たしか、超絶有名でさらには有能、挙げ句の果てに男前な、ヴァル様っていう占い師をよぉ?」

「…………」


 対してリトゥスは、嫌な予感がすると唇を噛んだ。


「奇遇だなー、オレもここら辺じゃちょっと有名な占い師でなぁ、ヴァルエルスっつーんだけど……、ご婦人方には、ヴァル様って呼ばれたりもしてんだよ」

「……………………うわぁ…………」


 自信満々な男から、真相が語れる。リトゥスの口からは、無意識に嫌そうな声がもれ出た。


「あぁ!? てめ、このクソガキ! 今、うわぁ……って言ったな? ものすごく残念な感じで、うわぁ……って言っただろ!」


 親切に教えてくれた親父さんの言う事は、ほぼ正しかった。

 しかし、占いの腕は確かなはずだ。

 リトゥスは、期待を込めて男……――ヴァルエルスを見た。


「僕、あなたに占って欲しい事があって、お店を訪ねる予定だったんです」

「ふーん? ……それで?」


 にやり、とヴァルエルスは笑った。


「お前、いくら払えるの?」

「――え?」

「金だよ、金。田舎者でも、店くらい見た事あるだろう? 店で品物を買ったら、金を払うのが普通だろうが。それとも、あれか? いまだに物々交換やってるような、ド田舎出身者か?」


 小馬鹿にしたような笑い方をするヴァルエルスは、人差し指を一本立てた。


「……1、ですか?」

「違うよ、馬鹿。100だ」

「100ジェニー? 占い料は、100ジェニーという事ですか?」

「ハッ、ガキの駄賃かよ。……桁が違う。100万ジェニーだ」


 リトゥスは、桁違いの金額に固まった。

 庶民の稼ぎ一年分をつぎ込まなければ、この男には占ってもらえないという事だ。


 リトゥスの格好は、何の変哲も無い旅装束だ。羽振りの良い人間には見えないだろう。 それでも、これだけの金額を口にされたということは、ふっかけられているわけではない。


 ――体よく、断られているのだ。


(……自分の事なのに、考える事を放棄して他人の手に委ねようなんて、やっぱり甘い考えだったって事なのかも……)


 これは、道を見失った今こそ、自身で足掻いてみせろという神様からの試練なのかもしれない。


 閉塞的な故郷を出たリトゥスは、少しだけ前向きな気持ちでそんな風に考えた。


「……ごめんなさい。僕は、そんなお金もっていません」


 ニヤニヤと、人の悪い笑みを浮かべているヴァルエルスに、リトゥスは頭を下げた。


「あぁ、そうかい。それなら、ちょうど金貸しがいる。こいつらに借りるかい?」

「いいえ」 


 リトゥスは首を横に振った。


「いい機会なので、自分の事を少し見つめ直してみます。失礼しました」


 三人に頭を下げると、リトゥスは歩き出した。

 今度は、先へ進むためではなく、来た道を戻るために。


「……ふんっ……つまんねーガキ」


 背中から聞こえてきた呆れ声には、振り返らなかった。

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