十九話 めでたしめでたし?
例年以上に盛り上がった武神祭も終わり、後は家に帰るだけ……と思いきや、リトゥスはラルゴと共にヴァルエルスに連れられ、立ち入り禁止となっているはずの貴賓室にいた。
本来ならば、これほど近くで顔を見ることなど叶わない筈の王がいる、貴賓室にだ。
落ち着かないのはリトゥスだけではないのが救いだ。ラルゴは先ほどから視線があちこち泳いでいる。
ヴァルエルスは、王の侍従に小さく折りたたんだ紙を手渡した。素早く開かれたそれにざっと目を通した侍従は、そのまま王へと渡す。
「なるほど、姫を攫ったのはジナシーの差し金と」
「証人も、ここにいる」
言って、ヴァルエルスはラルゴを指す。
「オレ達に説明した事、もう一回話してくれ」
自分と同じく、ジナシーに雇われた男達が女を連れ込むのを見ていたと繰り返すラルゴ。その時はおかしいとは思わなかったことを謝罪する彼は、今更になって落ち込んでいるようだった。
なにより、姫もレイモンも犯人達の顔を覚えている。
事態を引っかき回してくれはしたが、手口自体はお粗末なものだった。
「なんなら、占いますか?」
「首謀者は誰だ、とでもか? ……必要ない。委細任せよ」
ヴァルエルスの軽口に、王は片眉を上げると言った。
「仰せのままに」
仰々しく頭を下げたヴァルエルスを一瞥すると、王はさっと立ち上がる。
「ではまたな、占い師ヴァルエルス」
侍従を伴い部屋を出る王と入れ替わり、姫がレイモンと共に入ってきた。
「貴方のおかげよ、ありがとう!」
入室するなり、脇目も振らずリトゥスの元へ駆け寄り、ばっと抱きついてくる。
「……私からも、感謝いたします」
後に続いたレイモンは、苦笑しつつも、姫の行動を咎めない。かわりに、リトゥスに向かって頭を下げた。
「レイモン。リトゥスがここまでお膳立てしたんだ、後は自分の力で上手くやれよ」
「はい。いただいた幸運を、決して無駄にはしません。……必ずや、姫様の夫に相応しい男になると誓います」
生真面目な騎士の言葉に、姫は頬を染めた。
そして、もう一度リトゥスに「ありがとう」と満面の笑みを向けてくれる
「本当はもっと話したいけれど……この後、武神祭の祝賀会があるでしょう? 準備があるから、わたくしも、もう城に戻らないといけないの。……ですから、後で、またね」
「後で、ですか?」
「ふふ、嫌だわ。御前試合に残った方々は、祝賀会に招かれますの。優勝者である貴方は、当然来なければなりませんわ。うふふ、話は通しておくので、是非そのまま来て下さいね」
楽しげに含み笑いした姫は、次いで棒立ちになっているラルゴを見た。
じろじろと眺め回し、目をつり上げる。
「ねぇ、この男が貴方の失恋相手ですの?」
「……は?」
言われたリトゥスでは無く、ラルゴの方が驚いた声を上げた。
「おい、馬鹿! なんで今言うんだよ……!」
ヴァルエルスの顔に焦りが浮かび、リトゥスは苦笑を浮かべる。
「一体、なんの話でしょうか?」
「おだまりなさい!」
困惑を顔に貼り付けたラルゴの鼻先に、びしっと指先が突きつけられた。
「女の子の髪を切るなんて、最っ低っです!」
言いたいことをまくし立てた姫は、嵐のように去って行った。最愛の騎士になだめられつつ、だ。
「女? 誰が?」
姫の言葉に目を白黒させていたラルゴは、困惑したように呟いた。
ばちりと、リトゥスと視線がかち合うと、もう一度、今度は確認するように呟いた。
「……女?」
「うん……一応……」
肯定すると、じわじわとラルゴが驚きに変わる。
「ちょっと待て……! だとすると、おかしいだろう? なんで男の格好を、いやまて、そもそも俺はずっとお前を男だと思って……――!」
「うん。だからもう、気にしないで」
「気にするだろう、普通!」
「本人が気にするなって言ってるんだから、いいだろうが」
ヴァルエルスが口を挟むと、ラルゴは噛み付くように言った。
「よくない! 部外者は黙っていろ!」
「誰が黙るか。オレは、リトゥスの雇い主なんだ。うちの店の働き手に、しつこくまとわりつく虫は、排除しなきゃならねぇ」
「誰が虫だ!」
「行くぞリトゥス」
「あ、はい。じゃあ、また後でラルゴ」
「待てリトゥス! 話はまだ終わってない、おい、待て! 待てってば!」
ばたん、と扉は閉じられた。
「アイツ、怒ってなくても、やかましいんだな」
耳痛いと顔をしかめたヴァルエルスは、そのままガイル達と合流した。
「……お前の言っていた男、あれは見立て通りやってるな。それも、相当の中毒者だぞ。匂いが酷い」
「だろうな。あれでも、一度は断ち切ろうとしたんだろうが……抜けれなかったみたいだな」
ヴァルエルスは苦い表情で、ジナシーが店を訪れた時の様子を思い出せとリトゥスに言った。
挙動不審で、ひどく汗をかいていた。
――いわく、それが禁断症状だったそうだ。
けれどジナシーはやめられなかった。結局また、禁制の薬に縋ってしまった。
「結果が、普段の本人なら考えも付かないような誘拐劇だ」
「……でも、失敗しました。……これで、終わったんですよね?」
リトゥスが不安に思い問うと、ヴァルエルスはガイルと顔を見合わせた。
そして、思い出すように目を細めガイルが言う。
「――尋常じゃない雰囲気だったぞ、あの男。……逆恨みされないように、気をつけろよ」
「なんだ、心配してくれんのか。優しいじゃねぇか。ついでに借金もチャラにしてくれよ」
「誰がお前の事なんざ心配するかヴァルエルス! こっちは、お前に巻き込まれてるリトゥスを心配してんだ! いくらこいつが腕の立つ坊主でも、まだガキなんだからな!」
茶化されて照れたのか、ガイルが怒鳴る。
しかし、最後の言葉でヴァルエルスどころか、弟分のルードにまで微妙な表情を浮かべられ、ひるんだ。
「な、なんだよ」
「あの、ガイルさん、僕言ってなかったことが……」
そう言えばそうだったと思い出したリトゥスが、誤解を解こうと口を開く。だが、素早くヴァルエルスの手で押さえられた。
「あ、悪い。オレ達そろそろ祝賀会に向かう時間だ」
「おい、今リトゥスが何か言いかけただろ。気になるだろ」
「じゃあ、またなぁ~ガイル、ルード」
「おいクソエルス。わざとらしい棒読みで、話をそらそうとしてるんじゃねぇ」
「うるせぇ、豚野郎。テメェこそ、しつこいぞ」
「あぁ!?」
睨み合う二人だが、ルードが間に入った。
「はいはい、行ってらっしゃいヴァルエルス、リトゥス。兄貴は落ち着いて」
見送られ、リトゥス達は王城へ向かった。
──二人を見送った後、ガイルは弟分を睨みつけた。
「おいこら、ルード。一体どういうつもりだ」
「兄貴、本当の本当に気が付いてなかったんだ?」
「だから、何をだ」
「何って……。兄貴、落ち着いて聞いて欲しい」
「あぁん?」
「リトゥスは、女の子だ」
ずばりと言われ、ガイルはあんぐりと口を開ける。
「……ま、待て、ちょっと待ってくれよ。でも、坊主は……!」
「男の格好をしている、女の子」
「お、おい、まさかそれ……ヴァルエルスも気付いてるのか?」
「うーん、最初は気付いてなさそうだったけど、今は分かってるみたいだ。……だって、ヴァルエルスの顔、デレデレだろ」
当然のように言われて、ガイルは考えた。
そういえば、男に接するにしては態度が随分と……。
「いや、あれはあれで、馴れ馴れしすぎやしねーか? ……女相手に、なぁ?」
「だってヴァルエルス、確実にリトゥスに惚れてるぞ」
「惚れ……っ!?」
存外鋭い弟分の指摘に、全く気が付いていなかった鈍感兄貴分は固まってしまい、しばらくそのままだった。




