十七話 一つの終わり
姫の安全も確保され、誘拐などと言う大それた事をしでかした実行犯達も騎士団の手に引き渡された。
犯人達は、攫った女の身元までは知らされていなかった。姫がレイモンを近くで見るために、お忍びの格好をしていた事も功を奏した。
どこぞのご令嬢とは思っていたようだが、王族だとは思い至らなかったようだ。
しかし、騎士達はそうはいかない。
事情を知った彼らは、レイモンの敗北原因が犯人達にあると知り、そろって腹を立てていた。
――それでも、もう勝敗は覆せない。
決勝戦は、勝ち上がった二人……ラルゴとリトゥスで決まった。
リトゥスがラルゴと剣を交えるのは、じつに数年ぶりになる。
族長から、遠回しに二人で稽古するのをやめてくれと言われたことが切っ掛けだった。
リトゥスに勝てないから、ラルゴが腐り始めたのだと。
ラルゴも男だから、女に負けっぱなしなんて恥ずかしいのだと、父にもたしなめられた。
――けれど、本当はそういうことではなかったのだと思う。
二人とも、間違えていたのだ。
ラルゴにとって、リトゥスは女ではない。
父親に引き合わされただけの、競争相手。まして、好きな少女ととりわけ親密な“男”でしかなかった。
重なる誤解。
それを最後まで解こうと努力しなかったのは、リトゥス自身だ。
結局逃げて、王都まで来て……それで、ようやく一歩踏み出せる。
用意された舞台の上。
盛り上がる観衆の声。
一切の喧噪が耳に入っていない様子で、真っ直ぐ自分を睨み付けてくるラルゴ。
――リトゥスもまた、真っ直ぐに幼なじみを見据えた。
「覚悟はいいな?」
舞台中央に歩みをすすめると、ラルゴから声をかけられた。
リトゥスは迷い無く頷く。
「うん。……決着を付けよう、ラルゴ」
終わらせなくてはいけなかった。
自分たちは、ここで決着を付ける。
そうする事で、ようやく歩き出せるのだと、今はもう理解していたから。
◆◆◆
盛り上がる観客席。
武神祭の決勝戦、ついに剣を抜き激しく打ち合う二人から視線を外し、ガイルは舞台の外で、目立たないように立っている男を見ていた。
「……やれやれ、心配そうな面しやがって。日頃のふてぶてしさはどこ行ったんだ、ヴァルエルスの奴」
「兄貴?」
「見ろ、ルード。ヴァルエルスだ」
「あ、本当だ。……変な顔してるな、ヴァルエルス」
「ああ、心配で心配でたまらないって面だな」
でも、大丈夫だろうと、ガイルは独りごちる。
リトゥスは、出会った頃とは面構えが違う。
「坊主のあれは、覚悟を決めた男の顔だ」
「……え?」
ガイルが感慨深く呟けば、隣でリトゥスに声援を送っていた弟分が、ぎょっとしたような声を上げた。
「なんだよ?」
「あの、兄貴……、もしかして…………気付いてない?」
「だから、なんだよ?」
「……リトゥスは……」
もごもご呟く弟分に気を取られていると、一際歓声が大きくなった。
「げっ! 見逃した!」
「どうなった!?」
揃って勢いよく視線を舞台に戻せば、一振りの剣がくるくると宙を舞って……――地に落ちた。
そして、剣を失った者に、勝者の切っ先が突きつけられる。
しん、と全体が静まりかえった。
「――……負けました」
潔く敗北を認める声がして、最後に――。
「やったな、リトゥス!」
勝者を讃える、ヴァルエルスの声が響いた。
それをきっかけに、舞台は大歓声に包まれたのだった。




