十五話 祭のはじまり
武神祭、当日。
会場の周りには出店がたくさん並び、見物人で賑わっていた。
そんな人混みの中を、時折面構えの違う者達が通り抜けていく。
彼らは一様に、武神祭に出場する参加者達であった。
武神祭に参加する者達は、先に会場の中に入る事が出来る。
中は、参加者用の通路と観戦席に続く通路で二手に分かれており、受付を済ませた参加者は案内兼警備役を担っている兵士たちから柵を開けて貰い、奥へと進む。
同行者は一名までと決まっているが、だいたいが名を売りたい傭兵団や、王国騎士であるため、見知った顔同士で固まって参加する。そのため、自分に何かあっても他の仲間が後の対応をしてくれると暗黙の了解が出来ていたので、あえて同行者を連れてくる者はいない。
単独で参加している流れの武芸者の中に、少しだけいるかどうか……だった。
もっとも、武神祭に出場する者達は、自分の対戦相手になるかもしれない相手が同行者を連れていようがいまいが、さして気にならない。仲間と談笑する者、鍛錬をする者、目を閉じ瞑想にふける者と、思い思いに過ごしている。
リトゥスとヴァルエルスもまた、その中に含まれていた。
「……あー、男臭ぇ~……野郎しかいねぇ……」
「受付では、女性も何人か見かけましたが……、通される部屋が違ったみたいですね」
「まぁ、総当たり戦ってわけにはいかないからな。一回戦は、大部屋ごとの乱戦だ」
「……え?」
「で、数を絞ったら今度は抽選会だ」
「抽選会、ですか? なにか、当たるんですか?」
「アホか。順番を決めるんだよ。箱の中から数字が書かれた紙をひく。そしたら、あらかじめ決められている“試合表”を見て、自分がひいた番号の所に名前を書いて貰う。……後は、隣り合っている番号者同士がやり合って、勝った奴が上に繰り上がっていく、勝抜戦だ」
「……はぁ……。僕はてっきり、参加者が一斉に戦うのだと……」
「田舎者、参加人数を考えろ。そうなったら、小規模な戦の域だろうが。泥臭さが一気に増すだろ。……王家が観戦するんだから、ある程度見栄えってやつを考えてんだよ、この祭りも」
言って、ヴァルエルスは壁に寄りかかる。
「まぁ、王や姫が観戦するのは、勝抜戦からだ。武神祭は、そこからが本番って言われてるくらいだからな」
「…………」
話を聞いたリトゥスは、きょろきょろと大部屋を見渡した。
「どうした?」
「――いえ、ラルゴがいないな……と」
「あ?」
リトゥスが幼なじみの名前を口にした途端、ヴァルエルスの顔が歪んだ。
「……なんで? あんな脳筋――いない方が、静かでいいだろ」
声も、先ほどよりも一段低くなっている。
「それとも、なんだ? お前、あの野郎の面が見たいのか?」
隣り合って壁により掛かっていたリトゥスに、ぐっと眉間に深く皺を刻んだヴァルエルスの顔が詰め寄ってくる。
「い、いえ、そういうわけじゃ……」
「なら、どういう訳だ? この男だらけのむさ苦しい空間に、あのやかましい野郎がいたら、もう地獄だぞ。オレ様は絶対にごめんだ」
心底嫌そうに呟くと、ヴァルエルスは立ち上がった。
「ヴァルさん……?」
「行くぞ」
「ど、どこにですか?」
「外の空気を吸いに行くんだよ。なにも馬鹿正直に、開始時間までこの部屋に閉じこもってる必要ないだろ。……会場自体が大がかりな作りになってるから、観覧席側に行かなけりゃ、部屋から出ても問題無い」
ほら、いくぞと急かされて、リトゥスは慌てて立ち上がった。
――たしかに、一歩部屋の外に出れば、ちらほらと人がいた。
吹き抜けの廊下は、風通しも良く空気も良い。中央は緑溢れる広場になっていて、木陰で休む者、真ん中の噴水に腰掛けて食事を取る者もいる。
「……余裕の度合いとしては、こっち側の連中に軍配があがりそうだな」
「え?」
「内にこもってるのと、外にいるのとじゃ、精神的な余裕に差があるんだよ。中にいる奴らは、表面上は平気そうに振る舞ってるかもしれないが、内心ガチガチに緊張してたり、不安があったりする。……お前みたいに、勝手が分からないっていうのもあるかもしれないな。だから、知った顔で連んでるとかな」
言われて、リトゥスは頷いた。
(僕も、ヴァルさんに外に出るって言われなかったから、ずっと大部屋にいた……)
なんだかんだ言って、緊張していたのだ。
「……じゃあ、こうして外を自由に歩いている人達は」
「見て分かる通り、余裕ありありの連中だ」
「…………」
「まぁ、何回も参加してるから勝手が分かってて余裕がある奴もいるだろう。……腕っ節はいまいちだとしても、基本お祭りだから、そういう酔狂な参加者もいる」
「……なんだか、すごいお祭りですね」
怖くないのだろうかとリトゥスが問えば、ヴァルエルスは不敵な笑みのまま「祭りだから、血が騒ぐんだろ」の一言で片付けた。
「お祭りで、血が騒ぐ?」
「武の神様に捧げる祭りだぞ。ケンカ好きやら馬鹿騒ぎ好きは、ノリと勢いで参加するんだ」
「……ごめんなさい、ヴァルさん。僕、ちょっと理解が追いつきません」
大真面目に悩み、頭を抱えたリトゥスを見て、ヴァルエルスが吹き出した。
「だから、ノリと勢いだって言ってるだろ」
「それが、よく分からないんですよ」
「あれだ、男の世界ってヤツだ」
「……ますますわかりません」
リトゥスが沈んだ表情を浮かべると、ふにっと頬をつままれた。
止めて下さいと抗議しようと顔を上げたリトゥスだったが、喉まで出かかって止まってしまった。
「おう。わかんなくていい」
頬から手を離したヴァルエルスは、なぜだかとても嬉しそうな顔をしていた。
「お前は、わかんなくていいんだよ」
「……嫌です。ヴァルさんが分かってるのなら、僕もちゃんと理解したいです」
「男ってのは単純だ。……まぁ、それだけ覚えときゃいい」
楽しそうなのに、リトゥスにはその理由が分からない。
それが、とても残念だった。
不満はそのまま、顔に出てしまった。
しかし、ヴァルエルスの表情は、ますます嬉し気になるだけだ。
「……僕が分からない事が、そんなに楽しいですか」
リトゥスは、意図せず恨めしげな口ぶりになってしまう。
「おう。もの凄く、楽しい」
満面の笑みで断言され、伸びてきた手がリトゥスの髪を乱さない程度に撫でた。
(なんだろう、なんか変だな……)
落ち着かない、とリトゥスは俯く。
そわそわする。でも、嫌では無い。
ふわふわと、心が空に浮いているような、不思議な気分だ。
ヴァルエルスの顔をうかがい見ようとすると、穏やかな色を宿した双眸と視線が交わった。リトゥスは、息をするのも忘れて見つめ返す。
見惚れていたとリトゥスが気付いたのは、二人の間に流れた親密な空気を蹴散らすような、苛立たしげな声がしたからだった。
「こんな所で、ぼけっと突っ立ているなんて、余裕だな。状況も理解できない木偶め」
突き刺さるような剣呑な声に、ぎくしゃくと顔を向ければ、ラルゴがいた。
顔を強張らせたリトゥスを、さりげなく後ろに隠すように立ち位置を変えたヴァルエルスが、皮肉めいた口調で言い返す。
「おいおい、ご挨拶だな。わざわざ嫌味言うために探してたのか? そっちこそ、随分と暇なんだなぁ? ――あんまり余裕こいてると、速攻潰されんぞ」
「……その上、保護者連れか? 本当に情けないな、アーヴィ族の面汚し」
ちらりとヴァルエルスをみたラルゴは、鼻を鳴らしてリトゥスを嘲り笑った。
「一人前であるべき男が、軟弱な都人に尻尾を振って庇護してもらうなんてな、語るに落ちるとはこの事だ」
「はぁ? 男ぉ?」
大仰に、ヴァルエルスが顔をしかめる。
じろじろとラルゴを上から下まで眺め回し、心底呆れたというような表情を作る。
「一人前の男とか、何言ってんだ?」
「……関係無い奴は引っ込んでろ」
「おいおい、もう忘れたのか? 関係なら、十二分にあるんだよ。オレ様はこいつの雇い主だ。従業員に付きまとうおかしな輩は、追っ払うのが筋だろう。それとも、ボーヤには言葉が難しすぎて、理解できませんかねぇ?」
それまで冷静を装っていたラルゴの目がつり上がる。頭に血が上った彼は、ヴァルエルスに掴みかかろうとして、ひょいっと避けられた。
「やめてください、ラルゴ。……相手は、僕でしょう? 僕は逃げも隠れもしない。正々堂々、武神祭の場で決着をつけよう」
リトゥスに止められたことが、気に食わなかったのか、ラルゴの顔は心底憎たらしいと言わんばかりに歪む。
ぺっと唾を吐き捨てると、何も言わず踵を返した。
「……あれ」
その姿を何とはなしに目で追っていたリトゥスは、ラルゴが向かった先を見て声を上げた。
「……こりゃまた、柄の悪い連中とオトモダチだな」
ヴァルエルスもまた、渋い顔で呟いた。
苛立たしげに歩いて行った先には、明らかに堅気ではない、危険な雰囲気を漂わせた三人の男達が待ち構えていた。
しかも、なにやら言葉を交わしている。
ニヤニヤとした笑みがリトゥスに向けられる。しかし、何か仕掛けてくる様子も無く、反対側の通路へと歩いて行った。
一度だけ、ちらりと振り返ったのはラルゴだ。
その目には、やはり怒りが色濃く浮かび、爛々と危うい光を放っているように見えた。
「……ちょっと、気をつけて見ておいた方が良さそうだな」
ヴァルエルスの言葉には全面同意だと、リトゥスも頷いた。普段のラルゴならば、決して交流をもったりしない類いの男達。あの顔は、武神祭を楽しみにしている……と言うわけでもなさそうだ。
なにかある、と感じたリトゥスの背中に、何かが突進してきた。
「あぁ、やっと見つけましたわ!」
鈴を転がしたような、少女の声。
腹に回された手は細く、白いレースの手袋をしている。
「げっ……!」
ヴァルエルスが、途端嫌そうな顔をした。
「――姫様……どうして、こんな所に」
「うふふ、驚きまして? お忍びですの。どうしても、貴方やわたくしの騎士の勇姿を、この目で見たくて」
「さっさと貴賓室に戻れよ」
「ヴァルエルスには話しかけておりませんわ!」
「うるせぇ。リトゥスから離れろ。お守りはどうした」
リトゥスを間に挟み、やいのやいのと言い争いをする二人。
気安い、仲が良いと以前思ったが、ヴァルエルスの父が国王だとすれば、二人は兄妹になる。
姫もその事実を知っているのだ。そうでなければ、一介の町占い師を自室に呼んだりはしないだろう。
つまりこれは、兄妹ケンカだろうか、とリトゥスは二人を見比べ笑った。
「……何笑ってんだ」
めざとく気付いたヴァルエルスに、こつんと額を小突かれる。
「いいえ。楽しそうだな、って」
「はぁ? このじゃじゃ馬の相手が、楽しいわけ無いだろ。あのうるせぇ野郎が消えたと思ったら、また邪魔が入るとか……。二人でいられねぇじゃん。……おい、本当に子守はどうしたんだよ」
照れ隠しだろうと、リトゥスが微笑ましい気持ちでいると、姫は目をこぼれ落ちんばかりに見開いてヴァルエルスを凝視していた。
「なんだよ? ……おい、オレ様の話、ちゃんと聞こえてんのか?」
「……気持ち悪い」
「あ?」
「ヴァルエルスがデレデレとか、貴重を通り越して気持ち悪いです……! ねぇ貴方、わたくしと逃げましょう……! ここにいてはいけません、食べられます!」
ぐいぐいとリトゥスの手を引っ張る姫は、酷く慌てている。
「たべ……! 変な事言うな! こいつは、すぐに何でも信じるんだから!」
「野蛮な殿方は、しっしっ! ですわ……!」
片腕は姫、反対側はヴァルエルスに捕まれたリトゥスは、おろおろするだけだ。
「あ、あの、二人とも落ち着いて」
「リトゥスを離せ。これは、オレん所の従業員だ」
「まぁ! そんな理由で人の行動をしばるなんて……!」
離せ、離さないで言い合う二人に、そろそろ人目が気になり始めた頃、救世主があらわれた。
「……お嬢様、何をしておいでですか」
ぱっと、姫の手がはなれる。
誰だろうとみれば、白銀の軽鎧を身につけた騎士が渋い顔をして立っていた。
お嬢様と呼びかけたのは、正体が露見しないための気配りに違いない。
つまり、彼は姫をよく知る者だ。
「……もしかして……“レイモン様”……?」
姫様付きの騎士であり、武神祭の優勝候補。そして、姫の想い人。
思わずリトゥスが名前を口にすると、騎士からは冷えた視線を向けられた。
「そうですが……貴方は?」
声も、感情を一切排した事務的なものだ。
いつの間にか姫を自分の背中に隠したレイモンは、明らかにリトゥスを警戒しており、良い感情を持ってはいない。
(え? え? 僕、なにかしたかな?)
初対面で嫌われるような事をしただろうか、と内心首をひねるリトゥスの横で、呆れたようにヴァルエルスがため息をつき、レイモンの後ろで姫が笑い声を上げた。
「おいおい、子守。お前のお嬢様に振り回された被害者に、圧力かけるんじゃねぇよ」
「もう、レイモンったら何を心配しているの。……この方は、女性ですわよ」
二人の言葉を聞き、レイモンの表情からようやく険が抜ける。
今度は戸惑うような視線を向けられ、リトゥスは曖昧に笑い軽く頷く。
「女性……? そう言えば、体つきが……」
「どこみてんだ、テメェ」
「――レイモン?」
反対に、今度はヴァルエルスが険のある声を上げ、姫が氷のように冷ややかな一声を放つ。途端、騎士の背中がピンと伸びた。
「は、はい! 申し訳ありません! ……そちらの剣士殿も、失礼な態度をお詫びいたします」
胸に手を当て浅く礼をする騎士に対し、リトゥスは「お気になさらず」と答えた。しかし、ヴァルエルスの方が気になったようで、二人の間に割って入ってくる。
「まさか、ヴァルエルス殿も参加されるのですか……?」
「馬鹿言うな。オレは、付き添いだ。コイツのな。……しかし、あんたが今年も出るなら、優勝はあんたかコイツかの二択になるな」
「……なるほど、楽しみです。自分はお嬢様にお目にかける、最後の機会となります……。全力で挑む所存ですので、互いに正々堂々、悔いが残らないようにしましょう」
最後の機会と言った時、レイモンは目を伏せた。
自分で言ったことに、自分で傷ついている。そして同時に、さきほどまで花が咲くような笑みを浮かべていた姫の心も、傷つけていた。
揃って沈んだ表情が、全てを物語っている。
二人は好き合っている。
リトゥスが、一方的にラルゴを抱いていた、押しつけがましいものではない。
互いに思い合っているのに、どうして悲しい顔をしなくてはいけないのだろう。
やるせない、とリトゥスは拳を握る。
「まぁ、武神祭の優勝者には女神からの祝福の口付けと、王からの褒美が与えられるっていうからな。前者はともかく、後者は是が非でも欲しいな」
空気を変えるように、ヴァルエルスがわざと企むような笑みを浮かべて言った。
「金か、宝石類か、迷うとこだな、リトゥス!」
「……ヴァルエルス、戦うのは彼女なんですから、望みの品は彼女が好きに選ぶべきですわ」
あきれた、と口を尖らせる姫に、いいじゃないかとヴァルエルスが笑う。
「オレ様のものは、等しくオレ様のもの。でもって、こいつはオレ様の従業員だから、こいつのものも、オレ様のものって事で」
「はい、そうですね。全部、ヴァルさんのものです」
努めて空気を変えようと振る舞うヴァルエルスの気遣いに、リトゥスは笑顔で同意した。
すると、ヴァルエルスはびっくりしたようにリトゥスを見て……――口元を手のひらで隠すと横を向いてしまった。その顔は、じわじわと耳まで赤くなっている。
「……殺し文句ですわね」
「お嬢様、あまりそう言った事を指摘するのは……。そっとしておきましょう」
そのわりに、レイモンは爽やかな笑みを浮かべ、ヴァルエルスの肩をぽんと叩いた。
「心中お察しいたします、ヴァルエルス殿」
「~~っ、野郎の同情なんていらねぇ……! さっさと、そいつ連れてどっか行け!」
「はい、ご要望通りに。……さ、お嬢様、参りましょう」
「えぇ? せっかく会えましたのに……」
「これ以上邪魔をするのは、野暮というものですよ。……それではお二方、また決勝戦でお会いしましょう」
姫の手を取り優雅に立ち去る騎士。
さらっと決勝戦まで残ると宣言していく、自信に満ちた姿は凜々しい。
姫がうっとりと頬を染めていたのが、可愛らしかった。
「……本当に、好きなんですね」
二人の後ろ姿を見送りながら、リトゥスは口元を緩めヴァルエルスに話しかける。すると、大げさなまでに彼の肩が跳ねた。
「す、好きぃ!? だだだだだだれが!?」
「え? ……姫様が、レイモン様を……」
「あ……、そっち……?」
片手で頭をガシガシとかいて、気まずそうに視線を泳がせたヴァルエルスは「まぁ、そうだな」とどこか気の抜けた返事をした。
「……二人が一緒にいられる方法はないんですかね」
「…………無い、……訳でもない」
「えっ!?」
「これは賭けだがな、武神祭で優勝して、自分の望みはこれだって王に突きつけりゃいいのさ」
「……なるほど」
「もっとも、あのかっこ付けが、そんな形振り構わないマネ出来るとは思えないけどな」
「……好きなのに、ですか?」
リトゥスがおずおずとたずねると、ヴァルエルスは苦笑いを浮かべ、頷いた。
「男ってのはな、意外に臆病なんだよ。……“あぁ、こいつのことが愛しい”……なんて思ったら最後、それまで当たり前に出来たことが、途端に全部怖くなる。……だから、レイモンも同じ所で足踏みしっぱなしなんだ」
足踏み、と呟いたリトゥスは、ふとある事を思い出した。
(そういえば、ラルゴも……)
誰に対しても、臆する事無く物を言う幼なじみも、ミモザにだけは別人のように口下手だった。
俯いて、目も合わせず、それでもリトゥスがミモザと話していると、ずっとそばから離れなかった。
ラルゴもずっと、足踏みしていたのだろうか。
そして、勇気を出して踏み出した一歩が、ここまで拗れた。だから、ラルゴの足はまた止まってしまった。いいや、リトゥスという存在が、足止めしているのだ。
(……だから、僕を探しに来た)
全部終わらせるために。リトゥスという足かせを断ち切って、進むために。
(それなら、僕がする事は決まってる)
幼なじみが本気で来るなら、自分も本気で受けて立つ。
止まっていた足を動かして、一歩踏み出したい。そう思っているのは、ラルゴだけではないのだから。
「……ヴァルさん、僕……」
――カーン、カーン、カーン!
大きな鐘の音が響いた。
「この音……」
「始まるぞって合図だ。部屋に戻るか。……で? 何を言いかけたんだ?」
「僕、頑張るので……その、一生懸命頑張るので……!」
「ああ」
「……見ていて、くれますか?」
「――っ! あ、当たり前だろ! 変な心配してるんじゃねぇよ! オレ様は、一番近くでお前を見ててやる」
だから不意打ちはやめてくれ――ヴァルエルスは、最後に小さく小さく付け加えた。




