十三話 望まぬ再会
姫の部屋を出て、二人は無言のまま出口に向かって通路を歩く。
「あの、ヴァルさん……勝手をしてすみませんでした」
沈黙を貫くヴァルエルスの背中に向かって謝罪の言葉を投げかけたリトゥスだが、ヴァルエルスは振り返ることはおろか、足を止める事すらしない。
「二度と、あいつには近付くな」
ただ、息を呑むほどに鋭い一言が返ってきた。
「……すみません。でも……」
「でも、じゃない。近付くなって言ってるんだ。いくら物知らずな田舎者でも、向こうの身分は、理解してるんだろう?」
「……はい」
「なら、ほいほいついていって、二人きりになんてなるんじゃねぇよ」
「でも、ヴァルさん、姫様はすごく悩んでいるみたいなんです。武神祭の事で……」
「知ってる」
またしても、短くばっさりと会話を打ち切られた。
リトゥスは、そうですかと小さく呟いたが、意を決してヴァルエルスの隣へ並んだ。
「姫様が言っていた武神祭に関心が無いはずの公爵家っていうのは、もしかして依頼人の事なんじゃ?」
「――あ?」
ようやくヴァルエルスはリトゥスを見たが、返事は地を這うように低く、視線はすぐにそらされる。
「……あの、姫様と一緒にいた事は、謝ります。でも、彼女はヴァルさんを知っていたので、大丈夫だと思って……」
「――そうだな。俺がいなくても、楽しくおしゃべりしていたわけだもんな」
「……え?」
「人が心配して探してりゃ、あの部屋で二人きり。それも仲良く秘密のおしゃべりときた。――楽しそうで、良かったな」
刺々しい言葉に、リトゥスは引っかかりを覚えた。
(なんだか……変だな。何が変なんだろう?)
まるで、二人でいたことを咎めている……いや、拗ねている?
(――まさか、ヴァルさんは……)
拗ねたような姫と、それを相手にしたときのヴァルエルスの様子を思い出した。
彼は、とても気を遣っていた。苛立ちを滲ませないように、姫と接していた。
(姫様のことが、好き……?)
二人は、どういう縁があったのかはわからないが顔見知りだ。
城の内部にも詳しいヴァルエルスを不思議に思っていたが、王族と親しく会話するほどの仲ならば頷ける。
「ヴァルさんは、姫様と親しいんですか?」
「関係無いだろ」
まさに一蹴。
リトゥスは、素っ気ない態度に「やっぱり」と確信を深めた。
そして、自分がラルゴの時と全く同じ状況に置かれていると気付く。
(ヴァルさんは、僕と姫様が二人で楽しそうに話していたから、嫉妬しているんだ。……僕を、男だと思ってるから……!)
二度と、同じ間違いはしない。正直に打ち明けて、ヴァルエルスに安心して貰おう。
リトゥスは、瞬時に判断し、心配は無いと告げようとした。
だが、先にヴァルエルスが口を開いてしまう。
「行くぞ」
「……え? どこへ、ですか?」
「今まで興味を示さなかった武神祭に、今回に限って突然名乗りを上げた、公爵様のお家だよ」
「あ……、もしかして、姫様のためですか?」
彼女は優しい人だった。
出来るなら、好きな人と結ばれて欲しいと思うリトゥスは、知らず声が弾んでしまう。
すると、じろりとヴァルエルスに睨まれた。
「ご、ごめんなさい」
「――さっさと行くぞ」
ヴァルエルスが舌打ちする。
わしゃわしゃと自身の頭をかき回す彼は、なにかに非常に苛立っていた。
◆◆◆
気まずい雰囲気のまま、ヴァルエルスの後に大人しくついて行くと、彼は大きな屋敷の前で足を止めた。
(大きいな)
ここが例の公爵家なのだろう、とリトゥスは屋敷を見上げる。
姫は、腕利きの武人を雇ったと言っていたが……と何気なく門の方へ視線を動かすと、丁度人が一人出てくる所だった。
(……え?)
その姿を認めた瞬間、リトゥスの心臓がどくりと大きく脈打った。
相手も、リトゥスの姿に気付いたらしい、驚きをあらわにしたが、すぐに大股で近付いてきた。
「――こんな所で、こそこそしていたのか、卑怯者」
嫌悪感いっぱいの声で吐き捨てるのは……――。
「……ラルゴ……」
「貴様のような卑劣な男に、名を口にされると、怖気が走る……!」
ラルゴは、里にいるはずだ。
どうして、王都にいるのだろう。
里を出れば二度と会うことは無い。その筈だった相手なのに。
「……なんで、ここに……」
「なんだ、その顔は? 俺が王都にいるのが、そんなに不思議か? ――それもこれも、全て貴様のせいだろうが……!」
語気荒く吐き捨てたラルゴは、リトゥスに掴みかかってこようとした。
しかし、一拍はやく、ヴァルエルスが間に割って入った。
「おい兄さん、うちの従業員に妙な因縁付けられちゃ困る」
「……なんだ、貴様は?」
「今、あんたが喧嘩売ってるコイツの、雇い主だ。何か話があるなら、オレを通して貰いたいね」
「部外者は、引っ込んでいろ!」
「うおっ!」
ラルゴは、強引にヴァルエルスを押しのけた。
体勢を崩したヴァルエルスは、その場に尻もちを付く。
「ヴァルさん……!」
リトゥスは、助け起こそうと手を伸ばしたのだが、ヴァルエルスを引っ張り上げる前に、ラルゴにより手首を捕まれた。
「俺は、貴様に決闘を申し込む……!」
力任せに握られた手首には、当然相応の力がかかる。
さらに、怒りからか爪も立てられて、痛い。
リトゥスの顔が歪むが、ラルゴは全く意に介さなかった。
「け、決闘って……」
「言葉通りだ。貴様という薄汚い卑怯者を成敗したというのに、父は讃えるどころか俺に腹を立てている。そのうえ、不義理を成したのは貴様の方なのに、貴様の父へ何度も謝罪のため足を運ぶ始末だ! 挙げ句、俺は族長に相応しくないだと……!? 勝ったのは俺だぞ!? 父が目をかけてきた貴様は、ただの卑怯者で、俺が間違いを正したのに、何故俺がだまし討ちまがいの卑怯者になる! ……ミモザまで、俺をあんな目で見て……!」
ラルゴは、怒りに満ちた目をリトゥスに向けた。
認められると思っていたのに、真逆の結末を迎えた事への動揺と不安が入り交じっている。
「武神祭に出ろ。俺は、自らの行いが正しかったと証明し、名誉を回復しなければならない。……貴様に、まだアーヴィ族の誇りが残っているのなら、逃げたりはしないだろう」
「ふざけんなよ、コラ! 冗談じゃねぇぞ……! うちの従業員は、そんな野蛮なもんに出ねーよ! さっさと、そいつを離しやがれ!」
自分勝手なラルゴの言い分に腹を立てたのは、突き飛ばされたヴァルエルスだ。
彼は起き上がると、リトゥスの手首を掴む無骨な手を引き剥がそうとする。
ラルゴは、鼻を鳴らすとリトゥスを突き放した。ヴァルエルスが、リトゥスの肩を支える。
「野蛮だと? 軟弱な男は黙っていろ。これは、誇りあるアーヴィ族の次期長として、卑怯者を正すための戦いだ」
「はぁ? 戦いでしか真偽を証明できない脳筋なんざ、誰が相手にするかよ、さっさと消えやがれ!」
「ふん! 物を知らない、軟弱な男はこれだから困る。……リトゥス、俺は正々堂々と、貴様に宣戦布告をした。逃げれば、貴様は戦いから逃げた臆病者として、二度と里に足を踏み入れることは許されん。……貴様の両親も、臆病者の血として失望されるだろうな」
「…………」
リトゥスは、一度逃げた。
もしここで、ラルゴから逃げれば、故郷にいる両親はどうなる。
ただでさえ、髪の事で心配させて、迷惑をかけたのだ。
「……わかった、その決闘を受ける」
リトゥスが答えると、ラルゴは満足そうに頷いた。
「ならば、せいぜい首を洗って待っていろ」
嘲笑を浮かべ、ラルゴは悠然とした足取りでリトゥス達から離れていった。
「……この馬鹿……!」
唸るような声がした。
見れば、ヴァルエルスが怖い顔をますます怖くして、リトゥスを睨んでいた。
「……ヴァルさん――」
「あんな奴、相手にしなくていいだろ……。って、お前らアーヴィ族は、そうもいかねーのか……! あぁ、くそ、めんどくぇ! 一回、店に戻るぞ」
いらいらと髪をかき乱しながら歩き出すヴァルエルス。リトゥスは無言で後に続いた。




