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■6つのセリフの御題―「嫌いだった」 [プレ/ほのぼの]

 小さな村の、小さな出来事。

 そんなものでも、心に残るものはある。


 女の子が泣いていた。七歳ほどの女の子だろうか。村の端、木々しかないような場所で、しゃがみこんでしくしくと泣いていた。

 あまりに泣き声が小さいものだから、村人の誰もが気づかないらしい。

 それともこの子が泣くのは日常茶飯事で、もう誰も気にしないのだろうか。嘘つき少年とオオカミのごとく。

「どうしたんだ?」

 だが、シグリィは村人ではなく旅人で、そして少女が泣くのを見つけてしまったから、声をかけた。

 しゃがみこんで、頭を撫でる。

 彼の背後には、カミルとセレンもいる。下手に口を出さないように、彼らは何も言わない。

 ぐすっとすすりあげた少女は、目の前の少年を見上げた。そしてまた、ぐすっとすすりあげた。

「たびびとさん?」

「そう」

 小さな村だけに、噂は広がっている。

 この村はあまり友好的ではなかったが、寝床は貸してくれたので、できれば三日ほどは滞在するつもりだった。空気がいいのだ。

 ぐしゅぐしゅ、と鼻が心地悪そうにしている少女は、鼻声で、

「ママ、おこってた?」

 と言った。

 どうやらシグリィたちが、少女の母親に頼まれて呼び戻しに来たと思ったらしい。

 シグリィは首を振って、

「いや、君のママには会ってない。たまたま君を見つけたんだ。……どうしたんだい」

 少女はうつむいてしまった。きゅっと、かわいい唇を引き結ぶ。

 それを解くにはどうしたらいいだろう。分からないが、とりあえずふわふわの紅葉色した髪を撫で続けた。

 子供の警戒心を解くにはいつだって、こちらが緊張感をみなぎらせたりしないことだ。

「この村はいいところだ。植物は多いし、空気はおいしい。水もおいしかったな。あの山からの水だね」

 だから、とシグリィは微笑む。

「君もこんな村で育ったから、こんなにかわいいのかな」

 後ろでぶふっとセレンが噴き出したのが聞こえた。げほげほと咳き込んでいる。何でだ? 分からなかったが、無視。

 女の子はずっと視線を下に揺らしていた。

 まあ、泣いている理由はともかく、泣きやんでくれたのならいいか、とも思った。

 もう少し傍にいてから、退散しよう――そう決めた矢先、

「おにいちゃん……」

 女の子がつぶやいた。

 自分が呼ばれたと思い、「ん?」と返事をしかけた。

 彼女はゆるりと首を振った。

「リナの、おにいちゃん……」

 ああ、この子の兄か。

「お兄ちゃんがいるんだな。どうした?」

「おにいちゃんとね、けんかしちゃった……」

 口が解けてきたようだ。女の子はぽつりぽつりと話し始めた。

「だってね、だってね、おにいちゃんリナのことけっとばしたんだよ。おかえしにけとばしたらね、おまえのけりなんかきかないぜって」

「ああ。蹴飛ばすのはいけないね」

 お兄ちゃんにしても君にしても。シグリィは柔らかい紅葉色を手ぐしで梳きながら、優しくそう言った。

 少女の目尻に、また雫がたまってきた。しばらくして、ぐすんぐすんと元に戻ってしまった。

「おにいちゃん、きらい。だいきらい」

 と、少女はそう言った。

 きらい、きらい、きらい。

 あちこちに撒き散らすかのように、その言葉だけを繰り返す。

 白熱したかのようにそう言い続けた後――

 ――急にしぼんで、

「……でも、おにいちゃんをきらいっていう、リナのこともきらい」

 ぐすんぐすん。鼻をすすり涙をぼろぼろ流し、少女は葛藤の中で泣いていた。

「リナ、いやなこ。きらい」

 ぼろぼろ、ぽろり。

 頬を濡らす透明な雫には終わりがない。

 どうしたものかと悩んでいたそのとき、

 ふいに、背後でじっと聞いていたセレンが口を開いた。

「思い出すわねー。ねえ、カミル」

「……そうですね」

 シグリィは首をかしげた。二人の間で今まで何かの会話があったわけでもなかろうに、二人は通じ合っているらしい。

 つい振り向くと、ふふ、とセレンは意地悪く笑って、

「昔のシグリィ様。私たちのこと、嫌ってらっしゃった」

「………」

 きょとん、としてから、思い出した。苦笑して、

「今さら五年も前の話を出すな」

「本当のことじゃないですかー。それに、私たちを嫌っている自分のこともいやだ、と言ってる部分も一緒ですよ」

「そうだったかな」

 恥ずかしい、という、シグリィにしては珍しい感情がわきあがってきて、彼は首の後ろをかいた。くすぐったい。今よりもっと若かった頃の自分の話をされるのは。

 特に、そう、目の前の二人の連れを信頼していなかった頃の話をされるのは。

 カミルがくすくすと微苦笑している。あのときの記憶は、彼にとっても多少は恥ずかしいものではないだろうか。

 一人、あの頃の思い出を満喫できるのはセレンだけだ。

「ねえねえお嬢ちゃん」

 と、気楽に紅葉色の髪の少女に話しかける。「このお兄ちゃんもね、昔私たちのこと嫌いだったんだって」

 え、と少女がシグリィとセレンをかわるがわる見る。

 シグリィは苦笑いしながら、肩をすくめた。

 女の子は、シグリィを見つめ、

「そう、なの?」

 まったくストレートな質問だ。ああ、とシグリィはきっぱりうなずいた。

「嫌いだった」

 ぶっ、とセレンが噴き出した。続いて腹を抱えて笑い出す。

 少女はますます興味深そうに、シグリィに顔を近づけた。

「そんなじぶん、きらいだった?」

「嫌いだった」

 でもな、とシグリィは表情をやわらげる。

「嫌いでも彼らとは一緒にいなくちゃいけなかったんだ。君がお兄ちゃんとはいつも一緒の家にいるように」

 少女はさらに顔を近づけてきた。夜明けの太陽の色の瞳が、ぱちぱちとまばたいている。

「そうしている内に、私は二人を嫌いではなくなったよ」

「ほんと? どうして?」

 心底不思議そうに、またストレートな質問。

 シグリィは微笑んだ。

「さあ、どうしてかな。二人のいいところも悪いところも、分かってきたからかもしれない」

 子供にはちょっと難しい物言いだっただろうか。少女は考え込んでしまった。

 紅葉色の前髪を梳き上げて、

「そんなに深く考えることはないよ。大丈夫、お兄ちゃんを好きになることは必ずできる。君がそれを望めば」

「のぞむ?」

「好きになりたくない?」

 彼女はちょっと考えてから、こくんとうなずいた。

「おにいちゃん……すき」

 ほら、言ってることがひっくり返った。

 これだから人間は面白い。


 泣きやんだ少女を家まで送る途中、おろおろと少女を捜し回る女性を見つけた。少女の母親だ。

 少女が飛びついていくと、母親は強く抱きしめ、「心配したのよ」とほろほろと嬉し涙をこぼした。

 少女が、シグリィたちのおかげで助かった、というようなことを言うと、母親はとても喜んで、家まで招待すると言ってくれた。

 家に到着すると、頬に掌のあざのできた少年が出てきた。

「……ごめんな、リナ」

 どうやら事情を知った母親に叩かれたらしい。

 少女は満面の笑みを浮かべた。

「おにいちゃん、すきー」

 兄は多大に面食らったようだった。後ろで、シグリィたち一行は、噴き出した。


 まったく、人間というのは面白いもので。

 ころころと意見を変えるもので。

 ころころと動く感情は、だからこそ大切なもので。

 ころころとそうやって生きていくのだろう。


 その日の夕食。少女の母親のお手製ピザにサラダ。

 そして添えられたビワの実には、ぎっしり種が詰まっていて。

 まるで仲のよい兄妹が、離れるものかと狭いところに隠れているかのようだった。


 ―FIN―

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