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きんいろのねこ―3 [プレ/コメディ]

 クチナシって言うの、とユアは言った。

「――あの子の毛色、くちなし色……だから。クチナシって呼んでるの。似合わないねってみんな言うけど」

「きれいな毛色なんだな」  

 彼女の隣を歩きながら、シグリィは独り言に近い声音で呟いた。

 くちなし色と言えば、うすい橙色のような、黄色のような――とにかくそんなような色のはずだ。

「クチナシはね、私のたったひとりの兄弟なの。私には弟がいたんだけど……赤ん坊のときに、死んじゃったから」

 ぽつ、ぽつと少女は語り続ける。 彼らが出会ってすでに数時間。ようやく彼女はシグリィに打ち解け始めていた。

「弟が一年前に死んじゃって――私泣いてばかりで。私を慰めるために、近所の人が生まれたばかりの小猫……くれたの」

 それがクチナシ、と少女は呟く。

 その横顔を、シグリィは黙って見つめた。

 ――彼らは今、ユアの飼い猫“クチナシ”を見つけるために、村中を歩き回っているところだった。

 昨日の朝からいなくなったというクチナシ。その捜索は、主に村人に話を聞くことで進められた。というのも、クチナシはひどく暴れん坊で村でも評判だったらしいのだ。村の誰に聞いても通じるのである。

 昨日今日、クチナシの姿を見た――という人間ならば、少なからずいた。

 けれど、それをたどってみても途中で途切れてしまうのである。クチナシの足跡が――

「見つかるかなあ……」

 弱気な声をこぼしながら、ユアがあの猫のお守りを目線に持ち上げてため息をつく。

 村のほとんどを回ってみても見つからなかった今―― 彼らは村はずれに向かおうとしていた。

 二人並んで歩く村。のどかな風景が両脇に広がっている。

 人間が少ないせいもあるのかどうか。この村では、時間がゆったりと流れているような気がした。村中で見られた猫たちも、大半は座り込んでひなたぼっこだ。

 大陸でも南南東に位置するこの村は、きわめて自然が豊富である。おまけに海も近い。気候も温暖で、実りも多いだろう、猫にとってはさぞかし居心地がいいに違いない。

 何も見落とさないよう周囲を目をやっていたシグリィは、ふと口を開いた。

「……この辺りには、猫はいないんだな」

「あ、うん」  

 ユアはこくりと頷いた。「ここら辺ではご飯があまり見つからないだろうから。猫って賢いもの」

「ご飯が見つからない?」

「……猫にご飯をあげる人がいなくて」

 この先に住んでる人も――とユアは進行方向を指差す。

「猫、あんまり好きじゃないみたいなの。お昼時には村でお店やってる人なんだけど、前は魚とか扱ってたから――うちのクチナシとかも、散々迷惑かけちゃって」

「ああ」

「……教えてくれないだろうなあ……」

 視線の先に見えてきたこじんまりとした家。それを見つめて、ユアは寂しそうに言った。

 クチナシのことを知ってても――

「これで最後なんだから」  

 シグリィは軽い調子でそう言った。「そのお守りがある。大丈夫」

 ユアは彼の横顔をふと見つめて――

 それから、ふふっと笑った。

「変なの。お守りの効力、信じてなきゃいけないのは私のほうなのに」

「でも、効力があるんだろう?」

「ん……。でもこれは、本当は――」

 言いかけながら、少女は小さなお守りをきゅっと片手で握りしめた。と、

 ちょうど目指す家から、中年の男がぶらりと出てくるのが見えた。

 水汲みに出てきたらしい、桶を持っていた男は――ふと少年少女の姿を見つけ、ぎょっと立ち止まった。

「あ、ジオリさんっ」  

 慌ててユアが声をかける。「すみません、ちょっとお聞きしたいことが――!」

「わしは忙しいんだ!」  

 開口一番、男はがらがら声を放ってきた。彼に駆け寄ろうとしていたユアは、ひるんで立ち止まった。

「で、でも……」

「邪魔だ邪魔だ! お前なんぞとしゃべっている時間はない!」

「ジオリさん……!」

 せっぱつまったか、ユアはジオリから少し離れたその位置のまま声を上げた。

「うちの子見ませんでしたか……! クチナシがいなくなっちゃったんです!」

「――あんなドラネコのことなんか、知らん!」

 ジオリはつばを飛ばしそうな勢いで怒鳴り返してきた。

「………」  

 ユアの顔が泣きそうにゆがんだ。ジオリの言葉を信じたのだろう。

 だがシグリィは、男の行動の不自然さに気がついていた。自分たちの姿を見たときに見せたぎょっとした態度、知らないと否定する直前のわずかな間……

 ジオリは背中を向けて行ってしまおうとする。 その後姿に、シグリィは声をかけた。

「嘘をつくと、“きんいろのねこ”から罰を受けますよ」

 ぎくりと、男の大きな背中が震える。

 意外と気が小さいらしい。  

 軽い調子のまま、シグリィは続けた。

「このお守りはすごい力があるらしいですね。あなたが嘘をついたから、怒っているみたいだ――鳴きましたよ。聞こえましたか?」

「う――嘘をつくな!」

「嘘じゃありませんよ。ほら」  

 呆然としているユアの手から小さなお守りを受け取り、ジオリの元まで歩いて行くと、それを男の目の前に突き出す。

 ジオリは一歩後退った。汗をたらしてお守りを凝視している。分かりやすい男だ。

 二人の間で“きんいろのねこ”が揺れた。

 シグリィはたたみかけた。

「どうしてそんなに怯えるんです? やましいことがないなら平気でしょうに。――ああ、まだ鳴いてる。ほら、怒ってますよ――」

 囁くように言ったその時、

 ――にゃおう……  

 ジオリが凍りついた。  

 えっ!? とユアが辺りを見回す。だが、そもそもこの辺りには猫はいないはずなのだ。

 ――フーッ

 猫が威嚇のために立てる音。

「ほら……聞こえるんでしょう」

 シグリィはにやりと笑んだ。彼が持った小さな猫が揺れる。

 ジオリは顔面蒼白だった。

 目を細めて、かわいそうなまでに分かりやすい男を見返し、

「……これ以上怒らせないために、今のうちに言ったほうがいいんじゃないですか?」

「あ――あの猫なら人にやった!」  

 ついにジオリは白状した。

「あのドラネコ、またわしの商売の邪魔をしたからな……! 壷につめておいたら欲しがった物好きがいたから、やったんだ!」

「……壷につめて?」  

 シグリィは呟く。  

 ユアがぱっと表情を明るくした。ジオリの言葉の内容自体はともかく、無事だと分かったことが嬉しかったのだろう。ぱたぱたとジオリとシグリィの元まで近づいてきて、「それでクチナシは今どこに……!?」と必死なまなざしでジオリを見上げる。

「だから、人にやったと……!」

「誰にあげたんです?」

 シグリィは低く訊いた。あげた人間によっては、クチナシの身はユアの希望通りにはならないかもしれない。

「知らん!」  

 ジオリはぶんぶん首を横に振る。

「知らないってことはないでしょう。この村の人間なら、商売人のあなたはすべて知っていてもおかしくないくらいだ」

「だから、知らん女だ! あれは旅人だ……! 旅人のすべてまで把握してるわけがあるまい!」

「……商人だったら、旅人も把握できて当然だと思うんですがね」

 シグリィは呆れた。この村にくる旅人は多くない。商人同士の情報網というものもあり、数少ない旅人のことくらい把握できてしかるべきだった。

 ジオリは顔を真っ赤にして反論してくる。

「わしは他の商人どもと馴れ合うのは嫌いだ!」

「……力強く言うことでもないでしょう」

「うるさい!」

「まあ、こんな所に住んでいるんですからね。それはいいとしても――」

 旅人か、とシグリィは呟いた。  

 今現在、この村に滞在している旅人と言えば――

「あの……シグリィ、分かる?」  

 とユアが不安そうに彼を見る。

「とりあえず、宿に私たち以外の旅人の姿はなかったな」

 この村に“宿屋”という設備はない。ただ村の空き部屋を借りているだけなのだ。その了承を得る際、「旅人なんて久しぶりだねえ」と村人のひとりが言ったのを彼は覚えている。

 と言うことは。

「……ああ、まあ、想像がつくな……」

 おそらく彼女・・は、その壷に猫が入っているのを知っていたのだろう。猫がかわいそうで、後先考えずにその壷を譲り受けたのに違いない――

「……今ごろ宿でケンカかな」

「え?」

「とりあえず、クチナシは無事君の所に帰ると思うよ」  

 シグリィはユアに微笑みかけた。

 ひょっとしたら、この結果こそがお守りの効力なのかもしれない。

 ユアが今度こそ嬉しそうに、こくりと頷いた。

 ずっとジオリに突きつけていたお守りを下ろすと、中年男は真っ青のままシグリィたちから離れた。

「くそっ……お守りの効力なんか、わしは信じていなかったぞ! 化け物!」

 吐き捨てるように言って、それから逃げるように姿を消す。やれやれ、とシグリィは腰に手を当ててそれを見送った。

「ねえ……さっきの、幻聴?」

「ん? いいや」  

 思い出して不安そうに言うユアに、シグリィは少し離れた場所の草むらを示した。

「?」

 少女がそちらに目をやって――あっと声を上げた。

 草むらから、ひょっこりと一匹の猫が顔を出した。

「ここに来る途中にいたんでね。ちょっと、手伝ってもらったんだ」

 お守りをユアに返してから、その猫に歩み寄りかかんで頭を撫でる。

 雑種の猫は、シグリィの手に鼻っ面をおしつけ何度も頭をこすりつけてきた。

「手伝って……?」

「“青龍”の力には、動物と心を通わすっていうのがあるんだよ」

 いたずらっぽく言って、シグリィは自分の首筋をとんとんと叩いた。

 襟で隠れていて何も見えなかったが、ユアには伝わったようだ。

「そっか……シグリィって青龍だったんだ」

 言いながら彼女も歩いてきて、かがんでシグリィにじゃれつく猫を眺める。

「ねえ、動物の心が分かるなら……動物に聞けば、クチナシの居場所すぐに分かったのかな?」

「あいにく、こっちが動物の心を分かるってわけじゃあないんだ」

 シグリィは苦笑した。「ただ、動物のほうにこちらの願いを聞いてもらうってだけでね。――さて」

 ひとしきり撫でてやった後、シグリィは立ち上がり、ユアに向かってにっこりと微笑んだ。

「クチナシを迎えに行こうか」

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