神はいない
“このネタ、温めますか?”という短編集においていた作品です。
ジャンル変更にともない、短編として投稿することにしました。
正月気分が抜けきらないまま突入した三連休も今日で終わりだ。
「ああぁぁ……、なんもやってねぇ」
本来なら年末にする予定だった大掃除も、休みに見ようとHDDいっぱいに録り溜めたドラマも、すでに本棚から溢れ出して久しい積本も、何一つ手を付けていない。……もちろん、“連休にちょこちょこやってれば週明けが楽だよな”と持って帰って来ていた仕事もだ。
「俺、この三日何して過ごしたんだっけ?」
炬燵にホットカーペットという最強のリラックス空間で、今にも溶け出しそうな脳みそから休み中の記憶を呼び起こそうとするが、出て来るのは気の抜けた欠伸ばかりである。
まあ、必要な物が全て炬燵から出なくとも手の届くところにあるこの部屋の状況を見れば、彼が自堕落な連休を過ごしたことは明白であったが。
「……仕事、行きたくねえなぁ」
しみじみと呟いてみるが、厳しい現実は変わらない。
「金があればなぁ。仕事なんか辞めて毎日好きなだけゴロゴロできんのに」
人はそれをニートという。
どうやら、彼は社会人五年目を迎えても一向に勤労意欲が湧かないどころか、炬燵の魔力でニート願望が強まっているようだ。
しかし、そんな彼を神は見捨てていなかったらしい。
「……ん?」
何気なく視線を向けた先にあったのは、お札サイズの袋だ。
――――年越しジャンボ宝くじ。
そう、夏と冬にうるさいくらいCMが流れている、日本で最もポピュラーかもしれない国公認のギャンブルである。
「そういや、こんなの買ったっけ」
普段はこの手のものには一切興味がないので買ったりしないのだが、今年は――正確にいうと去年だが――“年末くらいデッカい夢見ろよっ!”という宝くじ信者な上司への義理立てで連番を一袋だけ購入していたのだ。
そのことを今まですっかり忘れていた彼はダルそうに匍匐前進して、その夢が詰まっているとは思えない薄っぺらい袋を手に取る。
「あっ、もう当選番号の発表終わってるじゃん」
年越しジャンボというだけあって、抽選日は当然一二月三一日だった。すでに二週間近く過ぎている。
「ええっと、なんだっけ? 連番だと最低でも三百円は当たるんだっけ?」
上司から熱く語られた宝くじの知識をぼんやりと思い出しながら、床に置きっぱなしにしているPCを自分の方へと手繰り寄せた。
若干、埃で汚れているような気がする画面を服の裾で拭いてから、手早く電源を入れる。
「えー、年越しジャンボ宝くじっと」
カタカタとキーボードを叩いて検索をかけると、そのサイトはあっさり見つかった。
――――第651回全国自治宝くじ当選番号。
「1等……23組、130916番」
当たる訳がないと分かっていながら、ついつい一等から確認してしまう。
「……って、うおっ!? 23組!?」
自分の持つ宝くじに書かれている組が当選番号のそれと同じであると気づき、途端に彼のテンションが跳ね上がった。
先程よりも遥かに慎重な手つきで十枚しかない宝くじの番号を一つ一つ確かめていく。
「130916、130916、……1、3、0、9、1、……6」
自分がみっともなく喘ぐような呼吸になっているのが分かる。口の中がカラカラなのは数十分前まで炬燵で眠っていた所為だけではないだろう。
微かに震える彼の手に握られている宝くじの番号は――――23組130916番。年越しジャンボの一等である五億円の当選くじだった。
「マ、マジか……。えっ、何コレ、ドッキリ? それとも遅い初夢とか!?」
思わず、意味もなく周りを見回してしまう。当然ながら、ただの庶民である彼の家にドッキリカメラが仕掛けられているなんてサプライズはなかったが。
「夢じゃねえよなっ!? マジで五億当たったんだよなっ! この俺にっ!! ……うおおぉぉっしゃあああぁぁぁっ!!!」
そうして、彼は五億円の当選宝くじを握り締め、盛大なる雄叫びを上げた瞬間――――異世界トリップした。
……この世に、神なんていない。
作者が言いたいこと(書きたいこと?)は一つ――――こんな異世界トリップは嫌だ。