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無職だけどちょっくら異世界で稼いでくる  作者: 折坂勇生
第二巻 1話『悟りと復讐』
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8・美しい


 とどめを刺したのは俺ではなかった。

 猿たちだ。

 ミニクキモノは、俺たち以上に身体能力があり、攻撃力の高さは凄まじいものだった。

 ゴムのように伸びるリーチの長いパンチは大木を倒すほどの力だ。モロに食らえば、ひとたまりもなかっただろう。

 ユニークビーストなだけはある。

 だが、ミニクキモノは致命的なものが欠如していた。

 恐怖心だ。

 弱いものには強気になり、強い者にはへつらう、典型的なクズな性格をした奴だ。

 異世界からやってきたイェーガーと戦うのは初めてなのだろう。ミニクキモノは好戦的になっている俺たちにビビリ切っていた。攻撃をしてきたところでミスの連続。本気で挑めばこっちが不利なのに、ミニクキモノの頭の中は「このままでは死ぬ」という恐怖しかなく、逃げることだけを考えていた。

 畝川の魔法で何週間と氷漬けにされていようと、相当な体力が残っていた。氷の魔法で身動きを取れなくさせて、俺とメグミの剣による攻撃でミニクキモノにダメージを与え続けていく。


「クゲェ! グャ! ギャァ……」


 ダメージを受けるたびに、腹に付いた口から悲鳴を上げていたが、その声はか細いものになってきた。


「…………」


 声も動きもなくなった。

 1時間近くかかったが、これで終わりだ。

 そのときだ。

 後方で戦いを見守っていた猿たちが、ミニクキモノに向かって一斉に襲いかかった。

 何十匹もの猿が、瀕死となったミニクキモノを取り囲んだ。

 一匹の猿が、ミニクキモノの長い爪を剥がす。


「ギゲァァァーーっ!」


 ミニキクモノは悲鳴を上げた。さらに一本、一本と爪を剥がしていく。

 すべての爪を剥がしたあとは、複数の猿が綱引きをするように両腕を握って、ミニクキモノの腕を引きちぎった。

 猿たちは殺された仲間の恨みを晴らすべく、足を潰して、目玉を取り出し、鼻にクソを押し込み、口に岩をありったけに入れ、ケツの穴に枝を刺して、とミニクキモノの体を容赦なくズタズタにして、生き地獄を与えていった。


「グゲァ! ギャア! ビケギャア! グゲアァァァァァーーっ!」

 

 ミニクキモノは、残っている体力で絶叫を上げていく。悪夢を見そうな恐ろしい叫びだった。セーラは耐えきれずに、後ろを向いて「くわばら、くわばら」と耳を塞いでいた。

 助けてください、ごめんなさい、許してください、もう二度といたしません、死にたくない、などと猿たちに懇願しているのだろう。

 慈悲など与えるわけがなかった。

 ミニクキモノが殺してきた猿たちも、同じように懇願をし、その姿に喜びながら殺していったのだから。

 当然の酬いあるし、これだけでも足りないほどだ。


「………………」


 ミニクキモノの声が消えた。

 原形が留めないほど体がバラバラになっていた。もぎ取られた右の腕がピクピクと動いている。それも止まった。復讐を遂げた猿たちの下は、黒い血の池ができていた。

 死んだのだろう。

 少しして、ミニクキモノの死体から泡が出て、空に向かって上昇していき、跡形もなく消滅していった。

 残ったのは、黒い球だ。

 ビーストハート。

 ユニークビーストの心臓だ。

 猿たちの間から、まるで逃げるかのように、俺たちの所へと転がってきた。

 俺はそれを拾う。


「ほれ、食べていいぞ」


 セーラに渡した。


「いいんですかねぇ。うーん、なんか、申し訳ねぇっス。持ち帰るにしてもアレですしねぇ……」


 律儀なものだ。ダークドクロを倒した時に、次はルルさんに差し上げると言ったのを気にしていた。


「残しておくと復活するかもしれないんだろ。さっさと食べとけ。ルルにやるときは、アイリスと一緒に戦った時でいいだろ。向こうだってそうするはずだ」

「ういっス、食べるっス、でも、あの野郎のビーストハートと思うと、あまり食べたくないなあ」


 クンクンとにおいを嗅いでいく。


「猿のキンタマと思いながら食えば、精力がつくかもしれないぞ」

「余計、不味くなるわっ!」


 セーラは自身の顔以上に大きく口を開いて、ビーストハートをひと飲みする。喉、胸、腹と体が膨らんでいき、胃の中でボン!と音を立てて爆発をした。

 体は直ぐに元通りになった。


「うーん、味は同じっスねぇ。ウマウマなのが悔しいぐらいですよ」


 納得がいかないと複雑な顔をする。


「うどんとどっちが美味かったか?」

「比べるもんじゃねぇっス。妖精にとって食事は、味覚を楽しむためにありますんで」

「ビーストハートは?」

「栄養分といったところっスね。うちというか、ヴェーダの巨像に、ビーストハートのエネルギーが流れていってるんじゃないかな。そんな感覚があるっス。普通に食事しても、そんな感じになりませんからねぇ」

「もしかして、セーラって食べなくても平気なのか?」

「ヴェーダの巨像が元気でいれば、100年飲まず食わずともへっちゃらっスよ」

「おまえ、今後は食事抜きな」

「うちの楽しみを無くす気かっ!」


 突如、森が震えた。全方向から雄叫びが聞えてくる。

 激しいざわめきだった。森が、生きているかのようだ。

 ミニクキモノが消滅したことで、魂が抜けたように呆然としていたテナジカザルが、いつの間にか周囲の木の上に登っていた。

 枝を両手で掴んで、大きく揺らしていく。


「クケギャ、キギャ、クギャー」


 ヒステリックな叫びだ。

 人間の耳には不快となる嫌な響き。

 ミニクキモノによって殺された仲間への追悼であり、復讐を遂げたことへの歓喜なのだろう。

 泣いているようにも、喜んでいるようにも見える。

 テナシナザルは、内部に溜まっていた感情をありったけに吐き出していく。感情の高ぶりがピークとなって、踊りだけでなく、殴り合いをしたり、木の実を投げ合ったり、自慰や交尾まで始めていた。


「どこにいく?」


 メグミは、畝川に剣先を向けた。

 畝川は背中を見せている。

 自分の力で歩ける体力はなく、木の枝を杖代わりにして、ぎこちなく歩を進めていた。

 

「帰るだけだ」

「逃げるつもりか?」

「地球だ」

「その体力でか?」


 と俺は聞いた。


「役目は終わった」


 畝川は、木の上にいる猿たちを眺めていく。


「後は帰るだけだ」


 満足げだった。人を殺してきた男とは思えない晴れやかな顔をしている。


「分かった」


 俺は、畝川に肩を貸す。感謝もなく無言だった。彼の体重が俺にかかった。


「自首するんだろ?」

「ああ」

「ならいい」


 俺たちは、テナシナザルを背にして、アイラ樹海を歩いて行く。

 少しして、猿たちの騒ぎがピタリとやんだ。

 ざわめいていた森が、時間が止まったかのように静寂に変わった。

 ちらっと振りむいて見る。木の上にいるテナシナザルたちが俺たちに向けて、深々と頭を下げていた。



 アイラ樹海を出た。

 緑の原っぱが広がっている。爽やかな風が心地良かった。透き通った真っ青な空が俺たちを迎えていた。

 空に浮かんだユリーシャの光を見つめ、畝川は眩しそうに目を細めた。体を預けていた俺から離れて、ふらふらとしながらも、走るように前へ進んでいく。


「美しい」


 足を止めて、彼は呟いた。


――それが最後の言葉だった。


 メグミが、彼の背中に短剣を突き出していた。

 モグッポの武器屋で購入したものだ。斬れ味が良いだけあり、刺身を切るように骨を貫通させて内蔵部に入っていく。

 抜くと血が滲んでいき、ドッと溢れていった。

 さらに鎖骨の部分を刺して、直ぐに抜き、右肺の部分を刺して、直ぐに抜いた。


 ドサッ。


 畝川はスローモーションのように倒れていく。

 メグミは、畝川に馬乗りになった。

 ミニクキモノにとどめを刺したテナシナザルのように、畝川の体をめった刺しにしていく。

 畝川は、抵抗しない。悲鳴も懇願もあげなかった。人形のようにメグミのされるままになっている。


「なにをやっているんだ!」

「止めないでくれ!」


 メグミは短剣を振って、俺の動きを封じた。


「君がやらないなら僕がやる! いや、やらせてくれ! ここまで猿に免じて我慢していたんだ!」


 猿の前で殺さなかったのがせめてもの慈悲と言わんばかりだ。


「こいつは地球に戻って自首しようとしていた。それは俺たちを騙すための嘘じゃなかった。殺す必要はないんだっ!」

「ないわけがない! 僕こそ、こいつを殺す権利がある!」

「どうして!」

「こいつがメグミを殺したからだ!」


 彼女から涙が散った。恨みを晴らすべくさらに短剣を突き刺した。


「なにが悟りだ! ふざけるな! こいつがなにを悟ろうが、ブッタやキリストだったとしても、僕はこいつを許さない! メグミにあんな残酷な、ムゴいことをして……どんなに苦しんだか、辛かったことか……たとえ世間が許そうとも僕は許さない! いくら反省しようが、メグミは帰ってくることはないんだ……」


 メグミは心臓部を突き刺した。

 刃を深々と入れていった。


「帰ってくることは……ない……」


 その手が止まった。


「…………」


 息が切れたのだろう。

 畝川はピクリともしなくなった。


「僕がエムストラーンでメグミの姿になっていたのは、メグミを殺した奴を探すためだった。メグミの顔でいれば、犯人は気付いてくれる、そう思ってのことだった」


 メグミは嗚咽をあげる。


「なのに……なのに……」


 心臓部を突き刺していた短剣を抜いた。握る気力がなくなり、草の上に落ちていった。


「こいつは、メグミのことを覚えていなかった。自分が殺した女の顔を分かっちゃいなかったんだ!」


 音もなく、畝川の死体が消えていった。

 バイラスビーストのように泡になることはなかった。血のあとを残して瞬間的に姿を消した。

 地球のどこかにある、畝川が住んでいた家へと帰っていったのだろう。


「ああああああああああああっ!」


 メグミは馬乗りとなった体勢のまま、むせび泣いている。返り血を浴びて体中が赤く染まっていた。

 俺は黙って見ていた。できることはない。メグミの慟哭が収まるのを待つしかなかった。

 目をつぶった。

 畝川の死に顔が目に焼き付いている。

 このことは、メグミに言うべきではないだろう。

 畝川の死に顔は、あまりにも安らかなものであったということは……。



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