6・これは私の名前じゃない。彼女の名前だ
サムーザの山脈。そこからアイラ樹海に行くことになった。
メグミの案内で、ネオジパングからワープしてきた転送スポットは、山頂にあった。4000メートルもの高さがあり、真下には真っ白い雲の絨毯ができていた。
酸素が薄くないし、雪は積もっておらず、むしろ熱帯のような暑さがあった。
なにか柔らかいものを踏んだ。
キノコだった。
胞子をあびるだけで幻覚が来そうな、あやしい色をしたキノコがびっしりと生えている。柔らかいので、山を飛び下りたとしても、キノコがクッション代わりとなって助かりそうだ。
転送スポットは、三メートルほどのオレンジ色の淡い光を発した柱だ。これにエムドライブをかざせば、一度エムドライブに登録をした転送スポットや、ロビーに瞬時に移動することができる。
なので旅をするときは、転送スポットを探しながら移動したほうが、いつでもネオジパングに戻ることができる。RPGで例えればセーブポイントといったところだろう。
そのお陰で、食料の用意が最低限で済むのはありがたい。
「人間っポ。なにか買ってくっポ?」
転送スポットの傍にある大きなキノコの上に、モグッポが店を構えていた。
ここで生活しているのだろうか。
『おいしいキノコ』『気持ち良くなるキノコ』『スナックキノコ』『キノコ汁』『水』など現地で調達したのを加工した物を売っていた。
「来たばかりだからなんもいらないわ」
「スナックキノコくださいっポ」
「おまえな……」
セーラが早速買っていた。しかも俺の金を勝手に使ってだ。
「まいどありっポ。黒っぽいきのこは気をつけるっポよ。バイラスビーストっポ」
「きのこの中にバイラスビーストが交じっているのか?」
「そうっポ」
「ありがとうっポ」
「ポ」
メグミの姿がなかった。俺たちを無視して山を下ったようだ。セーラは高くあがって、メグミを見つける。俺は慌てて追いかけていく。
キノコがブニブニとしていて、走りにくかった。
「たぁっ!」
何かを斬りつける音がした。
バイラスビーストだ。
さきほどモグッポが注意していた、きのこ形のバイナスビーストに襲われていた。
メグミは、10匹以上ものバイストに囲まれている。
メグミの武器はソードだ。俺が持っているのよりも、大きくて重そうだった。そのぶん一撃のダメージは大きいが、大振りとなるので、攻撃にスピードがなかった。
複数で攻撃してくるバイラスビーストには不利だ。
そのための先ほど購入した短剣なのだろう。大きなソードを地面に捨てて、短剣に持ち替えた。動きが速くなる。剣を振った。何回か切り刻んで一匹を倒した。切り口が黒っぽくなるのは毒属性の特徴なのだろうか。
きのこの形をしたバイストの動きが止まった。メグミの動きが変わったことに動揺しているようだ。
隙だらけだ。
奴らがメグミに注目している間に、俺は4匹のきのこ形バイラスビーストを片付ける。
「強いな」
「そっちこそ」
3分足らずで戦闘終了。
俺は腰にある鞘にヴェーダの剣をしまった。
「まぁ、レベル10以下の弱いバイラスビーストっスからねぇ。お疲れさっス。んー、うまうま」
セーラは、スナックきのこをポリポリと食べていく。
「やっつけたきのこも食べていいぞ」
「バイラスビーストは泡になるから食べれないっス」
ならないなら食べたのだろうか。
「先を急ごう。今みたいに襲ってきたのはともかく、凶悪原獣やバイラスビーストは無視したほうがいい」
「山を降りるだけでも、半日はかかりそうだな」
「登るよりは早い」
「メグミさんは、こんな山を登ったの、なにか理由があるっスか?」
「上に行けば、なにか見えると思った。だが、なにも見えなかった。今回の件があると分かっていたら、もうすこし先までは行っていた」
だから、山を渡ろうとせず、山頂から転送スポットで帰っていったらしい。
霧が濃くなってきて、自分の靴すら見えなくなってきた。
「こっちっス」
セーラは羽の光を強めて、俺たちを案内してくれる。
「こういうとき、妖精の存在はありがたい」
「ナビはどうしたんだ?」
「無駄だからやめとけ、としつこかったから捨てた」
「無駄って?」
「この世界での目的だ」
なにか言おうとしたら、
「静かに、音を立てるなっス」
セーラがやってきて、人差し指を立てて「しぃー」とジェスチャーする。
霧で先がよく見えないが、巨大なゴツゴツとした岩があった。上の方には2つの光が見える。巨大原獣の目だった。
普段は岩のように静かな原獣ではあるが、自分のワナバリを荒らすと凶暴化するから、気をつけた方が良いとのことだ。
俺たちは、音を立てないように気をつけながら、原獣に見つからないようにソッと歩いて行った。
※
下り坂が緩くなっていき、霧が晴れてくると、キノコ地帯を抜けたようで、周囲は地球にもある変哲も無い岩や石だらけだ。岩の隅に草花の姿が見える。
鹿のような原獣の顔が覗いた。俺たちを興味深そうに眺めている。襲ってはこない。人間を知らないようで、逃げようともしなかった。
「あー、アイリスさん来ちゃったっス」
「もう、そんな時間か」
学校の下校時間を過ぎていた。
「まさか、ここに来ることはないだろうな?」
「アイリスさん、この地帯、登録してないっスよ。お迎えしないかぎり来れませんけど、最寄りの転送スポットを発見次第、連れてきましょうか?」
「呼ぶ気はない。用事ができたから今日は一緒に冒険できない。危険な場所には行くなよ、そして早く帰れ、と伝えてくれ」
「バーカ」
「え?」
「だから、返事です。バーカ! ベーっ! イブキなんて死んじゃえっ! とのことっス」
「怒っているのは分かった」
「ぺっぴんの戦士さんと一緒に冒険していると言ったら、ますます怒ったっス」
「余計なこと言うからだ」
「さらに、女戦士さんの巨乳にデレデレしている、と言ってみたらもっと面白いことになったっス」
「余計な火を付けるな」
胸甲の形からだと、さほど大きいという程でもない。Cぐらいだろう。揺れがないからデレデレしようもない。
「ヤキモチ、ヤキモチっスよ。いやぁ、アイリスさんは可愛いっスねぇ」
愛利をからかうのはいいが、被害を受けるのは俺なんだから勘弁してほしい。アイリスに会ったら、まずは機嫌を直す努力をしなくちゃならなくなる。
「彼女かい?」
やりとりを聞いていたメグミが口を開いた。
「そうっスよ」
「いや、違う。世話をしている子だ」
「それ言うと、アイリスさん怒るっス」
「いないから良いんだよ」
「彼女と受取ってよさそうだ」
俺たちの会話でそう判断されてしまった。
「好きであるなら、大切にするべきだ」
「大切にしているさ。妹や姪のような家族愛のようなものだけど」
「女の子は早いよ」
「ん?」
「女になるのが」
「…………」
「後悔ないよう、大切にするべきだ」
メグミはもう一度言った。
「大切にして裏切られたことがある。それで後悔した」
「いつまで元カノ引きずってるんスか?」
「ほっとけ」
「裏切られたとしても、その時に好きになった気持ちは本物だろ。後悔ではなく、誇りに思っていいんじゃないかな」
「そうは思えないな」
「彼女は裏切った。でも、自分は裏切らなかった。どっちがいいかは、考えるまでもないと思う。失ったことで自分の間違いに気付くよりかは、遙かにマシだ」
「彼氏さんを失ったことがあるんスか?」
「彼氏というか彼女。私は男だからね」
あっさりと暴露した。
※
転送スポットは至る所にあるわけではない。
サムーザの山脈から、何時間も歩き続けようとも、見つかったのは1箇所だけ。
最後にチェックしたスポットから、4時間は経っただろうか。
エムストラーンの空は薄暗くなり、丸い地球の姿がみえていた。星々は俺たちの世界で見えるよりも大きかった。綺麗だった。バイラスビーストや襲ってくる原獣がいなければ、夜の方が好きかもしれない。
星光りのおかげで照明がなくとも、周囲の情景をなんとなく見渡せる。少なくとも、巨大原獣から避けて通っていくぐらいには。
とはいえ、歩いて戦って歩いて戦っての繰り返しだ。体力の限界が来ていて、ヘトヘトになっていた。
「次のスポットは?」
「ないっスねぇ。近くにある場合はエムデバイスが反応を示してくれるんですけど……」
「その近くって、どれぐらいだ?」
「だいたい3キロ園内ってとこっスかね」
広大なフィールドだ。圏外を歩いて、幾つかのスポットを見逃していそうだ。
「今日は野宿だ。いいか?」
「ダメとも言えないだろ。オッケーだ」
「野宿っスか、なんかワクワクしてくるっス」
「おまえは小学生か」
「うち、枕投げしてみたいっス」
「枕がないわ」
寝場所にしたのは、湖の付近だ。
ほのかにエメラルドグリーンの色をした透き通った湖水だ。魚がいるようだ。水上にいるクチバシの長い鳥が、それを穫っていた。
「ここは安全なのか?」
「そこにカルバがいるだろ?」
カバを真っ白くしたような原獣のことだ。湖の付近で群れをなしてくつろいでいる。
「攻撃しなければ大人しい生き物だ。私たちが敵意を向けなければ大丈夫。バイラスビーストが近づいてきたら、カルバが大きな反応をするはずだ」
メグミは荷物を置くと、服を脱ぎ始める。カチャと金属が触れあう音がする。
「水浴び。一緒に入るか?」
「ご冗談を」
「うん、できるなら見ないでほしい」
「分かった」
裸になると、湖の中に入っていった。
尻ぐらいは見てもいいかと振り向くと、ムッとしたセーラの顔のアップがあった。
カルバの近くに行ってみる。眠ってはいなかったようだ。目が開かれた。危害を加えないと分かったのか、再び目を閉ざした。
体に触れてみても、カルバは反応を示さなかった。
カバとは違って細かな毛が生えている。柔らかくて、毛布のような肌触りだった。
俺は、カルバの胴体の前に座って、背中を預けてみる。カルバの呼吸の振動。息も聞えてくる。
心地良かった。このまま眠ってもよさそうだ。
「極楽極楽、んー、カルバはよい寝心地っス」
セーラも、カルバに寄りかかっていた。
「取ってきた」
ウトウトとしていたら、俺の前に何かが投げられた。ピチピチと跳ねている。
魚だった。15センチほどの地球でいう鮎のような姿だが、紫色をしていて、美味しそうな見た目ではなかった。
楽に取れるようで5匹あった。
メグミは鎧ははずして、白いシャツにズボンの姿になっていた。塗れた髪の毛を、タオルで拭いている。
「食えるのか?」
「焼けばな」
「おおお、美味そうっス!」
その辺にあった木の枝や落ち葉を一カ所に集める。俺たちは魔法力がないので火は出せない。メグミは、荷物からマッチを取り出した。
「マッチって普通に売ってるのか?」
ハリーがマッチで葉巻に火を付けていたのを思い出す。
「ああ。火は旅に必要なものだろ。ネオジパングの道具屋なら、ない店がないぐらいだ。ただ生産は少ないようで、地球よりも割高だ」
メグミは野宿慣れしているだけあって、なんの苦労もなく火をつける。
バチバチと燃えていくなか、香ばしい魚のにおいがしてくる。
カルバは、焚火の暖かさが心地良いのか、周りに集まってくる。
俺たちは、カルバに囲まれての夕食となった。
「美味いっス! 焼き魚、うち食べるのは初めてっス、メグミさん、最高っス! おかわりっ!」
セーラはご機嫌だった。
追加で取ってきた魚を、カルバの口元に置いてみる。食べれるようで、モグモグと口の中に入れていった。
「おや、アイリスさん、地球に帰るそうです」
「遅いな。あいつは今日、なにをやっていたんだ?」
エムデバイスで時刻を見ると、夜9時を回っていた。
「言うなと言われているので言えねぇっス。なんか男の子とデートしてましたよ」
「言ってるじゃないか」
「あ」
しまったという顔をしていた。
「男の子って?」
「浮気っスかねぇ。気になるっスか、気になりますか? やっぱ気になるっスよねぇ」
ニヤニヤとする。うっかり言ったのではなく、わざとだったようだ。
「アイリスさんが男の子とデートしたと知って、イブキさんはやきもち焼いちゃいました、と伝えたッス」
「捏造するな」
「バーカ」
アイリスからの伝言のようだ。
「そればかりだな」
苦笑する。
「今回のは嬉しいニュアンスのあるバーカっス。女剣士さんの水浴びをニヤニヤ覗いていたと教えたら、アイリスさんからどんなバーカが返ってくるか楽しみっス」
「あいつで遊ぶな」
「あと、ひとつ伝言っス」
「あん?」
「気をつけて」
目的があっての旅であり、決して裏切ったわけではないと、アイリスは分かっていた。
ただ、自分を連れていかなかったこと、子ども扱いされていることに、怒っているのだろう。
「俺からの伝言。バーカ」
「了解っス」
焼き魚に、後は寝るだけだ。疲れはあるけど、目をつぶっても睡魔は襲ってこなかった。
焚火の火も弱まってきている。カルバに寄りかかって、パチパチと揺れる火を眺めていく。
セーラも疲れたのだろう。
子どものカルバをベッドにして、大の字で眠っていた。
俺はその上にハンカチをかけてやる。
「イブキさん……うち、食べ物じゃないっス……」
どんな夢を見ているのやら。
メグミは、焚火用の枝を火の中に投げていく。竹のように中身が空洞になっている植物だった。
ふと思ったのだろう。
彼女は短剣を使って、笛を作っていく。
「ふむ」
軽く吹くと、良い音が鳴った。
彼女は納得いかなかったようだ。音が悪いと、短剣で削って調整をしていく。
「大切な人がいた」
笛を作りながら、彼女は言った。一人言ではない、俺に向けてだった。聴いていようが、いまいが、関係ないのだろう、返事をしなくても彼女は先を続ける。
「イブキとは逆だ。裏切ったのは私のほうだった。悲しい事故があって彼女を失った。それで、彼女を傷つけてしまった。さらに傷つけることになった。後悔している。裏切らなければ、私の隣には今も彼女がいたはずなんだ」
メグミは、自分の頬を撫でていく。
「メグミ」
と自分の名を口にする。
「これは私の名前じゃない。彼女の名前だ。この顔は彼女なんだ」
「メグミ、いや、メグミの彼は、エムストラーンではメグミの姿となって、メグミと一緒に冒険をしているんだな」
「そうだ」
「私の顔を知っているか? と聞いていたのは何故なんだ?」
暫くのあいだ、歌口を眺めていく。
「彼女は、エムストラーンに来ていた可能性がある。この顔を知っている者がいるかもしれない、と思った」
「彼女を失ったって、もしかしてバイラスビーストに?」
殺されたということなのか。
「メグミを発見したのは私なんだ。酷かったよ。思い出したくない。だけど、忘れてはならないことだ」
浮かんでくる感情を殺すように、彼女は口を当てて笛を吹いていく。
心地良い音色だった。クラシックだろうか。聞いたことのあるメロディーだ。
俺は目をつぶって、メグミの笛に耳を傾ける。周囲にいるカルバは、それに合わせるかのように、小さな鳴き声をあげていた。
「わっひゃあっ!」
セーラが大声を発した。笛の音も止まった。
俺は目を開ける。
ティラノザウルスかと疑うほどの巨大な原獣が、俺たちのことを覗き込んでいた。
二本足をした鳥形の原獣だ。羽毛がフサフサに生えている。オウムのような尖ったくちばしで、メグミの笛をツンツンとつついた。




