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無職だけどちょっくら異世界で稼いでくる  作者: 折坂勇生
第二巻 1話『悟りと復讐』
59/62

6・これは私の名前じゃない。彼女の名前だ



 サムーザの山脈。そこからアイラ樹海に行くことになった。

 メグミの案内で、ネオジパングからワープしてきた転送スポットは、山頂にあった。4000メートルもの高さがあり、真下には真っ白い雲の絨毯ができていた。

 酸素が薄くないし、雪は積もっておらず、むしろ熱帯のような暑さがあった。

 なにか柔らかいものを踏んだ。

 キノコだった。

 胞子をあびるだけで幻覚が来そうな、あやしい色をしたキノコがびっしりと生えている。柔らかいので、山を飛び下りたとしても、キノコがクッション代わりとなって助かりそうだ。

 転送スポットは、三メートルほどのオレンジ色の淡い光を発した柱だ。これにエムドライブをかざせば、一度エムドライブに登録をした転送スポットや、ロビーに瞬時に移動することができる。

 なので旅をするときは、転送スポットを探しながら移動したほうが、いつでもネオジパングに戻ることができる。RPGで例えればセーブポイントといったところだろう。

 そのお陰で、食料の用意が最低限で済むのはありがたい。


「人間っポ。なにか買ってくっポ?」


 転送スポットの傍にある大きなキノコの上に、モグッポが店を構えていた。

 ここで生活しているのだろうか。

 『おいしいキノコ』『気持ち良くなるキノコ』『スナックキノコ』『キノコ汁』『水』など現地で調達したのを加工した物を売っていた。


「来たばかりだからなんもいらないわ」

「スナックキノコくださいっポ」

「おまえな……」


 セーラが早速買っていた。しかも俺の金を勝手に使ってだ。


「まいどありっポ。黒っぽいきのこは気をつけるっポよ。バイラスビーストっポ」

「きのこの中にバイラスビーストが交じっているのか?」

「そうっポ」

「ありがとうっポ」

「ポ」


 メグミの姿がなかった。俺たちを無視して山を下ったようだ。セーラは高くあがって、メグミを見つける。俺は慌てて追いかけていく。

 キノコがブニブニとしていて、走りにくかった。


「たぁっ!」


 何かを斬りつける音がした。

 バイラスビーストだ。

 さきほどモグッポが注意していた、きのこ形のバイナスビーストに襲われていた。

 メグミは、10匹以上ものバイストに囲まれている。

 メグミの武器はソードだ。俺が持っているのよりも、大きくて重そうだった。そのぶん一撃のダメージは大きいが、大振りとなるので、攻撃にスピードがなかった。

 複数で攻撃してくるバイラスビーストには不利だ。

 そのための先ほど購入した短剣なのだろう。大きなソードを地面に捨てて、短剣に持ち替えた。動きが速くなる。剣を振った。何回か切り刻んで一匹を倒した。切り口が黒っぽくなるのは毒属性の特徴なのだろうか。

 きのこの形をしたバイストの動きが止まった。メグミの動きが変わったことに動揺しているようだ。

 隙だらけだ。

 奴らがメグミに注目している間に、俺は4匹のきのこ形バイラスビーストを片付ける。


「強いな」

「そっちこそ」


 3分足らずで戦闘終了。

 俺は腰にある鞘にヴェーダの剣をしまった。


「まぁ、レベル10以下の弱いバイラスビーストっスからねぇ。お疲れさっス。んー、うまうま」


 セーラは、スナックきのこをポリポリと食べていく。


「やっつけたきのこも食べていいぞ」

「バイラスビーストは泡になるから食べれないっス」


 ならないなら食べたのだろうか。


「先を急ごう。今みたいに襲ってきたのはともかく、凶悪原獣やバイラスビーストは無視したほうがいい」

「山を降りるだけでも、半日はかかりそうだな」

「登るよりは早い」

「メグミさんは、こんな山を登ったの、なにか理由があるっスか?」

「上に行けば、なにか見えると思った。だが、なにも見えなかった。今回の件があると分かっていたら、もうすこし先までは行っていた」


 だから、山を渡ろうとせず、山頂から転送スポットで帰っていったらしい。

 霧が濃くなってきて、自分の靴すら見えなくなってきた。


「こっちっス」


 セーラは羽の光を強めて、俺たちを案内してくれる。


「こういうとき、妖精の存在はありがたい」

「ナビはどうしたんだ?」

「無駄だからやめとけ、としつこかったから捨てた」

「無駄って?」

「この世界での目的だ」


 なにか言おうとしたら、


「静かに、音を立てるなっス」


 セーラがやってきて、人差し指を立てて「しぃー」とジェスチャーする。


 霧で先がよく見えないが、巨大なゴツゴツとした岩があった。上の方には2つの光が見える。巨大原獣の目だった。

 普段は岩のように静かな原獣ではあるが、自分のワナバリを荒らすと凶暴化するから、気をつけた方が良いとのことだ。

 俺たちは、音を立てないように気をつけながら、原獣に見つからないようにソッと歩いて行った。



 下り坂が緩くなっていき、霧が晴れてくると、キノコ地帯を抜けたようで、周囲は地球にもある変哲も無い岩や石だらけだ。岩の隅に草花の姿が見える。

 鹿のような原獣の顔が覗いた。俺たちを興味深そうに眺めている。襲ってはこない。人間を知らないようで、逃げようともしなかった。


「あー、アイリスさん来ちゃったっス」

「もう、そんな時間か」


 学校の下校時間を過ぎていた。


「まさか、ここに来ることはないだろうな?」

「アイリスさん、この地帯、登録してないっスよ。お迎えしないかぎり来れませんけど、最寄りの転送スポットを発見次第、連れてきましょうか?」

「呼ぶ気はない。用事ができたから今日は一緒に冒険できない。危険な場所には行くなよ、そして早く帰れ、と伝えてくれ」

「バーカ」

「え?」

「だから、返事です。バーカ! ベーっ! イブキなんて死んじゃえっ! とのことっス」

「怒っているのは分かった」

「ぺっぴんの戦士さんと一緒に冒険していると言ったら、ますます怒ったっス」

「余計なこと言うからだ」

「さらに、女戦士さんの巨乳にデレデレしている、と言ってみたらもっと面白いことになったっス」

「余計な火を付けるな」


 胸甲の形からだと、さほど大きいという程でもない。Cぐらいだろう。揺れがないからデレデレしようもない。


「ヤキモチ、ヤキモチっスよ。いやぁ、アイリスさんは可愛いっスねぇ」


 愛利をからかうのはいいが、被害を受けるのは俺なんだから勘弁してほしい。アイリスに会ったら、まずは機嫌を直す努力をしなくちゃならなくなる。


「彼女かい?」


 やりとりを聞いていたメグミが口を開いた。


「そうっスよ」

「いや、違う。世話をしている子だ」

「それ言うと、アイリスさん怒るっス」

「いないから良いんだよ」

「彼女と受取ってよさそうだ」


 俺たちの会話でそう判断されてしまった。


「好きであるなら、大切にするべきだ」

「大切にしているさ。妹や姪のような家族愛のようなものだけど」

「女の子は早いよ」

「ん?」

「女になるのが」

「…………」

「後悔ないよう、大切にするべきだ」


 メグミはもう一度言った。


「大切にして裏切られたことがある。それで後悔した」

「いつまで元カノ引きずってるんスか?」

「ほっとけ」

「裏切られたとしても、その時に好きになった気持ちは本物だろ。後悔ではなく、誇りに思っていいんじゃないかな」

「そうは思えないな」

「彼女は裏切った。でも、自分は裏切らなかった。どっちがいいかは、考えるまでもないと思う。失ったことで自分の間違いに気付くよりかは、遙かにマシだ」

「彼氏さんを失ったことがあるんスか?」

「彼氏というか彼女。私は男だからね」


 あっさりと暴露した。



 転送スポットは至る所にあるわけではない。

 サムーザの山脈から、何時間も歩き続けようとも、見つかったのは1箇所だけ。

 最後にチェックしたスポットから、4時間は経っただろうか。

 エムストラーンの空は薄暗くなり、丸い地球の姿がみえていた。星々は俺たちの世界で見えるよりも大きかった。綺麗だった。バイラスビーストや襲ってくる原獣がいなければ、夜の方が好きかもしれない。

 星光りのおかげで照明がなくとも、周囲の情景をなんとなく見渡せる。少なくとも、巨大原獣から避けて通っていくぐらいには。

 とはいえ、歩いて戦って歩いて戦っての繰り返しだ。体力の限界が来ていて、ヘトヘトになっていた。


「次のスポットは?」

「ないっスねぇ。近くにある場合はエムデバイスが反応を示してくれるんですけど……」

「その近くって、どれぐらいだ?」

「だいたい3キロ園内ってとこっスかね」


 広大なフィールドだ。圏外を歩いて、幾つかのスポットを見逃していそうだ。


「今日は野宿だ。いいか?」

「ダメとも言えないだろ。オッケーだ」

「野宿っスか、なんかワクワクしてくるっス」

「おまえは小学生か」

「うち、枕投げしてみたいっス」

「枕がないわ」


 寝場所にしたのは、湖の付近だ。

 ほのかにエメラルドグリーンの色をした透き通った湖水だ。魚がいるようだ。水上にいるクチバシの長い鳥が、それを穫っていた。


「ここは安全なのか?」

「そこにカルバがいるだろ?」


 カバを真っ白くしたような原獣のことだ。湖の付近で群れをなしてくつろいでいる。


「攻撃しなければ大人しい生き物だ。私たちが敵意を向けなければ大丈夫。バイラスビーストが近づいてきたら、カルバが大きな反応をするはずだ」


 メグミは荷物を置くと、服を脱ぎ始める。カチャと金属が触れあう音がする。


「水浴び。一緒に入るか?」

「ご冗談を」

「うん、できるなら見ないでほしい」

「分かった」


 裸になると、湖の中に入っていった。

 尻ぐらいは見てもいいかと振り向くと、ムッとしたセーラの顔のアップがあった。

 カルバの近くに行ってみる。眠ってはいなかったようだ。目が開かれた。危害を加えないと分かったのか、再び目を閉ざした。

 体に触れてみても、カルバは反応を示さなかった。

 カバとは違って細かな毛が生えている。柔らかくて、毛布のような肌触りだった。

 俺は、カルバの胴体の前に座って、背中を預けてみる。カルバの呼吸の振動。息も聞えてくる。

 心地良かった。このまま眠ってもよさそうだ。


「極楽極楽、んー、カルバはよい寝心地っス」


 セーラも、カルバに寄りかかっていた。


「取ってきた」


 ウトウトとしていたら、俺の前に何かが投げられた。ピチピチと跳ねている。

 魚だった。15センチほどの地球でいう鮎のような姿だが、紫色をしていて、美味しそうな見た目ではなかった。

 楽に取れるようで5匹あった。

 メグミは鎧ははずして、白いシャツにズボンの姿になっていた。塗れた髪の毛を、タオルで拭いている。


「食えるのか?」

「焼けばな」

「おおお、美味そうっス!」


 その辺にあった木の枝や落ち葉を一カ所に集める。俺たちは魔法力がないので火は出せない。メグミは、荷物からマッチを取り出した。


「マッチって普通に売ってるのか?」


 ハリーがマッチで葉巻に火を付けていたのを思い出す。


「ああ。火は旅に必要なものだろ。ネオジパングの道具屋なら、ない店がないぐらいだ。ただ生産は少ないようで、地球よりも割高だ」


 メグミは野宿慣れしているだけあって、なんの苦労もなく火をつける。

 バチバチと燃えていくなか、香ばしい魚のにおいがしてくる。

 カルバは、焚火の暖かさが心地良いのか、周りに集まってくる。

 俺たちは、カルバに囲まれての夕食となった。


「美味いっス! 焼き魚、うち食べるのは初めてっス、メグミさん、最高っス! おかわりっ!」


 セーラはご機嫌だった。

 追加で取ってきた魚を、カルバの口元に置いてみる。食べれるようで、モグモグと口の中に入れていった。


「おや、アイリスさん、地球に帰るそうです」

「遅いな。あいつは今日、なにをやっていたんだ?」


 エムデバイスで時刻を見ると、夜9時を回っていた。


「言うなと言われているので言えねぇっス。なんか男の子とデートしてましたよ」

「言ってるじゃないか」

「あ」


 しまったという顔をしていた。


「男の子って?」

「浮気っスかねぇ。気になるっスか、気になりますか? やっぱ気になるっスよねぇ」


 ニヤニヤとする。うっかり言ったのではなく、わざとだったようだ。


「アイリスさんが男の子とデートしたと知って、イブキさんはやきもち焼いちゃいました、と伝えたッス」

「捏造するな」

「バーカ」


 アイリスからの伝言のようだ。


「そればかりだな」


 苦笑する。


「今回のは嬉しいニュアンスのあるバーカっス。女剣士さんの水浴びをニヤニヤ覗いていたと教えたら、アイリスさんからどんなバーカが返ってくるか楽しみっス」

「あいつで遊ぶな」

「あと、ひとつ伝言っス」

「あん?」

「気をつけて」


 目的があっての旅であり、決して裏切ったわけではないと、アイリスは分かっていた。

 ただ、自分を連れていかなかったこと、子ども扱いされていることに、怒っているのだろう。


「俺からの伝言。バーカ」

「了解っス」


 焼き魚に、後は寝るだけだ。疲れはあるけど、目をつぶっても睡魔は襲ってこなかった。

 焚火の火も弱まってきている。カルバに寄りかかって、パチパチと揺れる火を眺めていく。

 セーラも疲れたのだろう。

 子どものカルバをベッドにして、大の字で眠っていた。

 俺はその上にハンカチをかけてやる。


「イブキさん……うち、食べ物じゃないっス……」


 どんな夢を見ているのやら。

 メグミは、焚火用の枝を火の中に投げていく。竹のように中身が空洞になっている植物だった。

 ふと思ったのだろう。

 彼女は短剣を使って、笛を作っていく。


「ふむ」


 軽く吹くと、良い音が鳴った。

 彼女は納得いかなかったようだ。音が悪いと、短剣で削って調整をしていく。


「大切な人がいた」


 笛を作りながら、彼女は言った。一人言ではない、俺に向けてだった。聴いていようが、いまいが、関係ないのだろう、返事をしなくても彼女は先を続ける。


「イブキとは逆だ。裏切ったのは私のほうだった。悲しい事故があって彼女を失った。それで、彼女を傷つけてしまった。さらに傷つけることになった。後悔している。裏切らなければ、私の隣には今も彼女がいたはずなんだ」


 メグミは、自分の頬を撫でていく。


「メグミ」


 と自分の名を口にする。


「これは私の名前じゃない。彼女の名前だ。この顔は彼女なんだ」

「メグミ、いや、メグミの彼は、エムストラーンではメグミの姿となって、メグミと一緒に冒険をしているんだな」

「そうだ」

「私の顔を知っているか? と聞いていたのは何故なんだ?」


 暫くのあいだ、歌口を眺めていく。


「彼女は、エムストラーンに来ていた可能性がある。この顔を知っている者がいるかもしれない、と思った」

「彼女を失ったって、もしかしてバイラスビーストに?」


 殺されたということなのか。


「メグミを発見したのは私なんだ。酷かったよ。思い出したくない。だけど、忘れてはならないことだ」


 浮かんでくる感情を殺すように、彼女は口を当てて笛を吹いていく。

 心地良い音色だった。クラシックだろうか。聞いたことのあるメロディーだ。

 俺は目をつぶって、メグミの笛に耳を傾ける。周囲にいるカルバは、それに合わせるかのように、小さな鳴き声をあげていた。


「わっひゃあっ!」


 セーラが大声を発した。笛の音も止まった。

 俺は目を開ける。

 ティラノザウルスかと疑うほどの巨大な原獣が、俺たちのことを覗き込んでいた。

 二本足をした鳥形の原獣だ。羽毛がフサフサに生えている。オウムのような尖ったくちばしで、メグミの笛をツンツンとつついた。



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