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無職だけどちょっくら異世界で稼いでくる  作者: 折坂勇生
第二巻 1話『悟りと復讐』
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4・あれは猿じゃないっスか?


 ヨシワラは、長屋や町屋のような木造建築物が密集された町だ。

 永住者が増えてきたことで、彼らの住居を急ピッチに拵えたという、外見は壁とドアと屋根に小さな窓が一つ、中に入ればワンルームの部屋があるだけの単純な作りとなっている。

 通りに、物干し竿に洗濯物が干してあり、生活感をうかがわせる。

 今も、新たな永住者のための施設を建築している最中であり、人の指示を受けながら、モグッポや原獣使いの原獣たちがせっせと大工工事をしている。


「魔法でドーンと家を建てることはできないのか?」


 塗装されてない土の道を歩いて行く。雨が降れば直ぐに泥濘として歩きにくくなりそうだ。


「それができりゃ、苦労しませんわ。ヨシワラは、できて一年もたってないですし、まだまだ開発途中なんですよ」


 井戸の辺りに小さな男の子がいた。俺たちを見て、指をさして笑っている。


「笑われてるぞ」

「イブキさんの面白い顔を笑ったんですよ」

「セーラがうどん臭いからだ」


 うどんに浸かりながら食事をしていた影響で、セーラの肌はうどんのつゆで染まってしまい、甘ったるいにおいが漂っていた。


「あっは~ん、うどんもしたたるいい女っていうじゃないですか」

「いわねぇよ」


 まったく気にしていなかった。むしろ、うどん色になったことに喜んでいる。

 うどん屋のタコボウズは、セーラのことをえらく気に入ったようで、セーラが食べやすい小さな丼ではなく、ゆっくり浸かれるようもっと大きな丼を用意するとまで、言っていた。


「というか、この世界にも子どもっていたんだな。愛利が最年少だとばかり思っていた」

「エムストラーンに来るちきゅー人さんとしてなら、アイリスさんは尤も若いんじゃないっスか」

「つまりあの子は、地球から来たんじゃないのか」

「イエース、エムストラーンでおぎゃーと産声をあげた子っス」

「地球人の子どもは、どれだけいるんだ?」


 エムストラーンで産まれたのだから、血はそうでも地球人とは言えないのかもしれない。


「どうだろう、100人はいるのかな。まだまだ数は少ないっスねぇ」


 セーラも、詳しくは知らないようだ。


「子どもの最年長は?」

「5歳ぐらいじゃないっスかねぇ。実のところ、ちきゅーの子どもさんがどう成長していくか分かってないんですよ。イブキさんは、さっきのお子さんは何歳ぐらいに見えました?」

「5歳かな?」

「いやぁ、あの子は2歳ぐらいっスよ」

「それにしちゃあ大きくないか?」

「つまりそういうことっス。地球よりもズッと成長が早いんです。5歳の子は、今では10歳ぐらい。すでに、ちきゅーでのアイリスさんぐらいの大きさになってます」

「成長が倍も早いのか」

「そんで、寿命の方はどうなるのか。早く来ちゃうのか、それとも途中でストップしてくれるのか。ちきゅー人さんが来てから、それほど年数経ってないから判明していません。子ども時代が早くに終わる分、青年期は長いんじゃないかと推測する人もいますけど、こればかりは見守っていくしかないです」

「顔はどうなんだ? カスタマイズした同士がミックスした姿となるのか?」

「さっきの子を見てどう思いましたか?」


 さきほどの子を思い出す。

 黒い髪。愛嬌のない顔。どうみても日本人だ。


「いじった顔ではなかったな。よくいるガキだ」

「遺伝子は同じっスから、地球での本来の姿に似るっぽいです」

「その子をカスタマイズは?」

「できないっス。性別も成長も自然に任せろとなります。レベルアップはできますね。まだ必要ないものですけど、そのうちユリーシャの加護を授けることになると思うっスよ」

「エムデバイスは?」

「機械だからあれば持つことができす。ただ、ケータイはこの世界にはないし、作られることもないです。だから、地球から持ってこなければいけない。でも、地球のものは、こちらに持っていくことができない。どうしようかって、話になっているっス」

「今は無理でも、子どもの成長によっては、ルールが変わるかもしれないんだな」

「そうっス。近い将来、地球とエムストラーンの一部の物が移転可能となるかもしれないです。うちは、お菓子を希望するっス!」

「飯屋の殆どが地球の物を再現していることだし、食材ぐらいは持ち運び自由にしていい気がする」

「そうっス! そうっス!」


 髪の毛からうどん汁を飛ばしながら、力強く頷いた。


「子どもが増えたら賑やかで明るくなって、エムストラーンの希望となるっスから、もっともっと増えるといいっスねぇ」

「そうだな」


 久保さんが、エムストラーンは短くて3年、長くて10年も持たないと言っていたのを思い出す。


「そうならないといいな」


 子どもたちに未来を与えてやりたいものだ。


「それにしても、どこ探しても猿なんかいないな」


 一時間近く歩き回っているけど、それらしき猿は見つからなかった。


「お猿さーん、いませんかーっ!」

「叫ぶな、恥ずかしい」


 セーラのおかげで、住民たちにジロジロと注目されていた。

 タコボウズが言うには、手の長い猿であるから直ぐに分かるとのことだが、ヨシワラをウロウロしてもそれらしき姿はない。

 住民たちに聞き込みをしても、屋根の上を駆け回ったり、家の中をかき回したり、服を引っぱったりとしていたが、あるときパッタリといなくなったとのことだ。


「町を離れたんじゃないか?」

「怪我をしているから、どっかでくたばったのかもしれませんねぇ」

「というか、猿を探したって、畝川は見つからないだろ」

「そうなんっスけどねぇ。だからといって、他に当てがあるわけでもないし、とりあえず探してみてもいいんじゃないっスか? ヨシワラの土地勘が付きますし、損はないはずっス」

「俺をヨシワラに行かせたがらないと思っていたけど、そうでもないんだな」

「初心者の時はカモにされるので絶対NGっス。今のイブキさんなら永住者になるようなバカなことしないでしょうし、実力ありますから、大丈夫だと判断したんですよ。実際、ナビが付いていても、イブキさんのこと誰も襲ってこないでしょ。見た目は軟弱で甲斐性なしの童貞臭いロリコン野郎でも、腕の立つイェーガーだと警戒されてるんですよ」

「セーラが俺をどうみているのかよーく分かった」

「おや?」


 セーラは足を――宙に浮いているのだから、この表現は正しくないのかもしれない――を止めた。

 目をやる方向を見ると、長屋の裏側に、女剣士が三人の男たちに絡まれていた。

 タコボウズのうどん屋にいた女性だ。

 彼女の腕には、なにか小さな生き物を抱えている。


「あれは猿じゃないっスか?」


 たしかに、それっぽかった。


「それを寄こせ」

「断る」

「こいつらは、ここを荒らしてたんだ」

「怪我をしている」

「俺のメシを奪ったんだ」

「助けてやることはない」

「治療が先だ」

「おまえの原獣なのか?」

「私は原獣使いじゃない」

「じゃあ、よこせ」

「どうする気だ?」

「メシの代わりにするんだよ」

「渡せないな」


 やりとりを聞くに、俺たちが探している猿のようだ。

 ここで倒れていた猿を女剣士が見つけ、手当てをしようとしたら、長屋に住む男たちに、猿を渡せと絡まれたということのようだ。


「どうしますか? 助けますか?」

「うーん」


 どうしようか迷ってしまう。


「俺、地球ではこういう場面に遭遇しても、見て見ぬ振りをしてるんだ」


 だから、助けるべき場面と分かっていようとも尻込みしてしまう。


「ヘタレっスねぇ」


 誰もが巻き込まれたくないと思うものだ。


「おまえたち、私の顔を知っているか?」

「なんだ?」

「知らないようだ。ならいい」


 女剣士は猿を、近くにあった荷車の上に置いた。その猿は大事そうに何かを持っている。


「おい、なに……いてててっ!」


 先を続ける前に、男の手首を掴んだ。手の甲を下へとひねりつつ、後ろに回り、膝を蹴ったらあっさりと倒れていった。


「やろう!」


 もう一人がつかみかかろうとするのを、女剣士は手の平で鼻を突き上げる。男は目をつぶって何歩か後退していった。


「そこまでだ」


 そのタイミングで俺は、残った一人の喉元に剣を近づけた。


「俺さ、バイラスビーストとしか戦ったことないんだ。人間相手の手加減を知らないから、殺すかもしれない。そのまえに行ったほうがいい」


 彼らとて本気でやりあう気はなかったのだろう。


「おぼえてやがれ」


 と、いそいそと去って行った。


「助かった」


 聞えないほどの声で言った。恐怖心を味わったわけではないだろうし、それが素なのだろう、表情は固かった。

 女剣士は直ぐに猿の怪我を調べていく。


「治療できるのか?」

「一応。看護師をやっていた」


 なら、任せてもいいだろう。


「助かりそうか?」

「手遅れかもしれない」


 呼吸するのが精一杯で、虫の息の状態だった。

 俺のことが見えたようだ。

 一メートルはある長い手を伸ばして、俺の服を掴むと、弱々しく引っぱった。

 かすれた声で、なにか言っている。訴えているかのようだった。

 耳を近づけてみるけど、「クケ……ケェ……」という鳴き声でしかない。俺たちに猿の言葉は理解できない。


「セーラ、分かるか?」

「わたしも猿語は分からないっス。やっぱり、テガシナザルじゃないですか。なんでこんなところにいるんですかねぇ。おりゃ、テガシナザルが持っているってエムデバイスですよ。なんでこんなものが。ああ、壊れてますね。でも、なにか手かがりがあるのかも」


 セーラは、猿が持っているエムデバイスを調べていく。


「フレンドの白魔法使いを呼んだほうがいいか? 回復魔法を使うことができる」

「ダメだな。もう助からない」


 治療しようもない状態のようだ。女剣士は首を横に振った。


「うわああああああっ!」


 突如、セーラがビックリと飛び上がった。


「どうした?」

「いっいっいっいっイブキさん、テガシナザルが持っていたIDを調べてみたんです、そっそっそ、そしたら、403246××なんです。そのID! 人相書きのIDと一致してるっスよ!」


 畝川総司のエムデバイスだった。


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