7・ポポポポポポポ!
武器屋だった。
アンコのない饅頭のような丸い形をした店内は、壁や天井にランプが点っていた。暖炉の近くにいるような暖かさがあった。
店の奥で武器を作っているのか、カンカンカン!と金属を叩く音が響いてくる。
店内は、剣、斧、槍、弓矢、杖、など様々な種類の武器があった。
剣だけでも、短剣、長剣、日本刀など何十種類もある。
ここにある全ての武器が売り物のようで、それぞれに値段が貼られてあった。
「武器によって攻撃力の違いがあるのか?」
「ここにあるの素材はみな同じっスねぇ。使い勝手で決めるといいっスよ」
「ロングソード、13500ギルス」
最初に使っていた武器を発見した。
「たっか。イブキさんが渡したものより、値段が一桁違いますよ」
「それだけあって、こっちのほうが出来がいいな」
名前は同じでも別物だ。持ちやすいし、刃の輝きが全く違う。
「ここのモグッポの腕はピカイチだからね」
「銃もあるんだ」
突き当たりのカウンターの先に、銃がある。どれもラッパ銃のような広い銃口をしていた。
カンカンとした音が止まった。
「お客っポね」
モグッポが顔を覗かせる。
ゴーグルを外しながら、カウンターにやってきて、
「いらっしゃ……ポポポポーっ!」
アイリスをみて、オバケを見たように絶叫していた。
「おまえっポかっ! 出入禁止だっポポポ! 塩まいたのに、なんでまた来るんだっポポ! ポポポ、ポポポ、ポポポポポポポ!」
以前になにかしたのだろうか。アイリスのことを、えらい剣幕で怒鳴りつける。
ぬいぐるみが怒っているようで、ぜんぜん怖くなかった。
「ポポポポポポポポーっ!」
「真似するなっポ! ポポ言えるのは、モグッポだけっポ! これだから妖精はポポポポーっポっ!」
「あははははは、興奮するとポポポしかいえないの。面白いっス!」
「ほっとけっポ! さっさと帰れ、おとといきやがれっポポっ!」
「まぁまぁ、今日はお客を連れてきたのよ」
アイリスは気にしない。むしろ、動物園のモグラを眺めているような、にこやかな表情を見せている。
人間嫌いでも、モグッポ相手ならば平気のようだ。
「お客……ポ?」
カウンターの上に飛び乗って、ゴーグルを外して、俺のことをマジマジと見る。
「んー、土の剣士っポね。レベルは10辺り、まあまあの腕っポ」
見ただけで分かるようだ。
「おめぇの彼氏っポ?」
「そうよ、わたしのダーリンなの。かっこいいでしょ?」
俺の腕にしがみつく。
「え、えーと……いつっ!」
話に合わせなさいと、尻を強くつねってきた。
「そうだ。アイリスの彼のイブキだ。よろしくな」
痛みを堪えながら、俺は営業用スマイルを送った。
「ぶっさいくっポよねぇ」
「あら、ありがとう。モグッポがそういうなら、うちのダーリンはそうとうカッコイイってことよね」
「このメスに発情するオスがいるなんて、世も末っポポ」
「最高だぞ。もっと、もっと強く抱いて、好き、好きぃー、っていい声で鳴くんだ、こいつ……」
ぎゅうと、さっきよりも強くつねってきた。
「変態」
ボソッと呟いた。
合わせろといったのはそっちだろ。
「おめぇら永住民になったポか?」
「愛は地球で育むものよ」
「昨夜は凄かったな」
「ダーリンったら眠らせてくれないんだもの」
アイリスの代わりに、セーラが「うぇっ」という顔をする。
「ノロケは店の向こうでやれっポ」
「ダーリンはね、エムストラーン1の剣士となる人なの。でも彼には足りないものが」
「作らないっポよ」
話を聞かずにキッパリだった。
「聞かなくたって分かっているッポよ。このオスのために最強の武器を作れといいたいんポね。ポポは天才だから、お茶の子さいさいで作ってやるっポよ。でも、ダメっポ。メスの頼みなんか聞かないっポ」
「そんなことを言わずに……ねぇ?」
アイリスは、モグッポに近寄って、ウィンクを送る。
「色目使いは、オスにするっポ」
「ダメ?」
「ダメっポ」
「どうしても?」
「どうしてもっポ。何を言おうが、ダメダメに決まっているっポ」
「オリハルコンでも?」
「ポ?」
「うち、オリハルコン持っているんだけどなあ」
「ほんとうっポか?」
武器職人の血が騒ぐようで、目が変わっていた。
「ええー、アイリスさん嘘はよくないっスよー。オリハルコン、今日ずっと探し回ったけれど、手に入らなかったじゃないっスかー」
セーラが口をはさんだ。
「ねぇ、イブキさん、そうっスよねー?」
「あ、ああ。そう聞いているけど」
つい、頷いてしまった。
「セーラ……」
殺しかねないほどのキツい目を向ける。
「あー、す、すまないっス」
セーラはシュンとする。
「ポー、ポポポポポポポポ!」
モグッポが笑い出した。
「オリハルコンなんて、ポポポポポ、ないのに、ポポポポポポ、あるふりして、ポポポポ、そんなバレバレの嘘を恥ずかしいっポポポポ、だからメスはバカっポポポポポポポ!」
モグッポは涙を流して笑っていた。
「あったらどうしたのよ?」
「ポポもオリハルコンには興味あるっポね。特別価格の300万ギルスで、オスのために最強の武器を作ってやるっポよ!」
「高い。タダにしなさい」
「いいっポよ! もし、見つけられたらの話っポね! 見つけられたら! ポポポポポポ! 見つかるまで、二度とポポの店に来るんじゃないポポポ!」
「その言葉、二言はないわね」
アイリスはニヤリとする。
「ポポポポ、モグッポ、メスのように嘘つかないっポよ!」
アイリスは、マントからビンを取り出すとそれをカウンターに投げつけた。
もくもくと白い煙が出て、大きな固まりが現れた。
黒い色をした金属だ。モグッポよりも大きかった。
「ポ、ポポポ?」
その固まりをモグッポは、マジマジと調べていく。
「オオオオオリハルコココココ、ポポポポポポポ! ポポポポ、ポポポポポポポ!」
モグッポは驚愕としていた。
「二言はないと言ったわよね。さあ、モグッポ。イブキのために、オリハルコンの剣を作るのよ。タ・ダ・で♪」
武器職人のモグッポが、アイリスを嫌っている理由がよーく分かった。
※
オリハルコンの剣は直ぐはできない。完成するのは一週間後だ。
エムストラーンの用事は無くなったので、俺たちは店を出てから、ロビーに戻っていった。
「どうやってオリハルコンを見つけたんだ?」
ロビーなら邪魔が入らないし、誰かに聞かれる心配もない。
尤も安全な場所だ。
俺は解散をして地球に戻る前に、アイリスに尋ねた。
「はいはーい。うちが見つけたんスよ。イブキさんのために、セーラはやりましたよ」
セーラが、手を上げた。
「あったのは、ヴェーダの木。思った通り、オリハルコンの破片が落ちていた」
「結局、下に降りていったんだな……」
「瘴気というの? 黒くて、モヤモヤとしたのが凄かった。ロットで光を出しても、まったくみえないし。風邪引いたように身体が寒くなった。それでいて、他にろくなもんなかったし。あそこは、もう二度と行きたくない」
無事に帰れたから良かったものの、危険な場所だ。
そうするべきだと、ルルが頷いていた。
「でも、不思議なんスよねぇ。アイリスさんの体調が悪くなってきて、諦めようとしたときに、まるで使って下さいとオリハルコンがあったんですよ。あそこ、何度も探した場所だから、なんか、急に出てきたって感じなんです」
「それも、武器として最上の状態でね」
「ヴェーダの巨像がプレゼントしてくれた?」
「うーん、どうなんでしょう。ルルさん、同じヴェーダの妖精として、なにか分かります?」
分からないと、フルフルと首を振った。
「危険を承知で、俺のためにわざわざ行ってくれたんだ。そして見つけてくれた。ありがとう、セーラ、ルル、それとハニー」
「やめて」
「さっきのダーリンはどうした?」
「あれはモグッポに、バカな女と思わせるため。恥ずかしかったわ」
「相手が俺で不満だらけだろうけど、恋人体験は楽しかっただろ」
「……まぁ」
否定すると思っていたけど、正直に頷いていた。
「イブキさんとアイリスさんがいつか夫婦になる日が!」
「それはない。ありえない。やめて」
こっちは否定した。
「セーラが、モグッポの前で『オリハルコンが手に入らなかった』と言ったのは、計画の内だったんだな」
「あはは、そうっス。アイリスさんにそう言えって言われてたっスよ。上手く言ったっス! ブイ!」
どうりで、あのときのセーラは棒読みだったわけだ。
「なんで俺にも内緒にしたんだ?」
こっちは何も聞かされていなかった。
「敵を欺くにはまず味方からって言うでしょ?」
「そうだけどよ……」
「エルザの酒場で、オリハルコンを見つけたなんて言ったら注目あびるじゃない。この世界では宝くじ3億円を当たったようなものなのよ。いいじゃない。上手くいったんだから。なんの不満があるわけ? 普通なら300万ギルスかかったの。払えるわけないじゃない。それが、タダよ、タダ? あー、タダって素晴らしいわ」
アイリスは、達成感から普段の口べたが嘘のように活き活きと喋っている。
「タダほど高いものはない、ともいうけどな。武器職人のモグッポがかわいそうになってきたぞ」
「そうでもないわよ。余ったオリハルコンはモグッポのものにしていいと言ってあるもの。武器作るだけで、オリハルコンを手に入ってラッキーよ。元は十分取れているから問題なし」
モグッポはモグッポでメリットがあったようだ。
「完成までの一週間は長いな」
「しょうがない。エムストラーン1硬い金属だもの。作る方は相当骨が折れるはず。あのモグッポの他に、オリハルコンの剣を作れる武器職人を私は知らない」
「イブキさんとアイリスさんは、剣が完成するまでの間は、バイラスビースト退治っスね。できる限りレベルを上げてったほうがいいっス」
「素材集め手伝ってもらうから。あいつを倒すには、用意するべきアイテムが沢山ある。一週間じゃ足りないぐらいよ」
「分かった。ダークドクロを倒すためにも、俺たちは一緒に冒険をして、絆を強めていったほうがいい」
「絆、か。まさか、こんな形でフレンドができるとは」
「嫌がってはいたけど、本心では一緒に冒険する仲間が欲しかったんだろ?」
口を閉ざしたのは、認めたようなものだった。
「はぁ、いま気付いたけど、なんでわたし、あなたの協力してるんだろ」
「俺に惚れたから」
「ごじょーだん。そっちこそ、惚れないでよね。迷惑だから」
上機嫌だから、言い返す余裕があるようだ。
「惚れるかはともかく、俺はアイリスのことを知りたい。地球で会っちゃだめかな?」
「またそれ?」
「信頼は大事だろ。俺に出来ることならだけど、アイリスが望むことなら、なんでもする」
「なんでも?」
「ビルから飛び下りてほしい、なんてのはダメだけどな。あと、見ての通り、金もない。だから、高級料理はエムストラーンでいっぱい稼ぐまで待ってくれ」
「できること、ないじゃない。でも、そうね、悪くないかな。頼みたいことはないわけではないし……」
小声でブツブツと言いながら、少しの間考える。
「分かった。イブキとデートしてあげる」
「おっ」
「でもそれは今じゃない。ダークドクロを倒した、ご褒美」
「それって、死亡フラグにならないか?」
この戦いが終わった後に○○をするんだといった、定番な死亡フラグだ。
「ならない。これはわたしたちが生き残るために必要な誓い。わたしが誰なのか知りたいなら、ダークドクロを倒して、そして、生きて地球に帰ってくるの」
俺が、死を覚悟の上で戦おうとしているのをアイリスは見抜いていた。
だからこそ、そんな提案をしたのだろう。
「分かったよ」
「エスコートよろしく。わたし、男の人とそういうの、初めてだから」
「任せておけ。忘れられない初体験にしてやるよ」
「本気?」
「まあ、勃てばの話だが……」
「なにそれ、かっこわるい」
「色々あるんだよ」
プッとアイリスは吹き出した。
「なにがおかしい?」
「本当の私を見たイブキがどんな顔をするか、今から楽しみになってきた」
「そうとうブサイクなんだろうな」
「ええ、わたし、すっごいブサイクだもん。びっくりするよ」
アイリスは、ブサイクには遠すぎる、美少女の顔で笑った。




