3・インディー・ジョーンズ
セーラのいない、一人のエムストラーンは初めてだ。
ネオジパングで水を調達してから向かった場所は、白骨の砂漠。
黄金色のまっさらな大地に、何千年前に生きていた巨大原獣の化石。空を見下ろすユリーシャの光が、真夏の太陽のようにギラギラとしている。
シャアナを失ったトラウマのある場所だ。
だからこそだ。
悲劇と向き合うためにも、あえてここを選んだ。逃げることはしたくなかったし、ダークドクロを倒すために、砂漠の土地に慣れておく必要がある。
「くっ!」
相手はレベル15のドクロ。
一体しかいないのが救いだ。複数だったなら、逃げるしかない。
今日のスロットで上昇したレベルは5だったが、そのまえのバイラスビーストで切れてしまった。
レベルが4も上の敵であるけど、ここで苦戦していたら、それ以上に強いダークドクロを倒すなんて夢のまた夢だ。
ドクロの剣が真上から下へと振り下ろした。
横に逃げられなかった。
俺は、アイリスから借りたソールソードでガードする。
金属をたたき合う音ではなく、粘土を叩くような鈍い音がした。
衝撃で、刃の素材である砂がさらさらと落ちていくが、砂漠の砂に紛れることはなく、再び刃の元に戻ってくる。
振り回すたびに、砂が散っては戻ってくるという、生き物のようなクセのある剣ではあるけど、ロングソードよりも威力があって力押しすることができる。
接近して連続で剣をぶつけていくだけで、ドクロのほうが後退するなんて、前にはなかったことだ。
ドクロの剣が弾かれた。宙を回転していき、ドクロの目線はそっちに注がれた。
今だ!
ジャンプをしてドクロの肩を目掛けてソールソードを振り下ろした。
あばら骨の一部と二本ある右腕が砂漠に落ちた。ドクロの足が生命力を失っていき、ガクガクと身体がよろけていった。奴は残った左腕を藻掻いて、バランスをとろうと必死だ。
「とどめだっ!」
頭蓋骨に打撃を与える。粉々に砕けていった。
ドクロの光っていた目は、真っ黒になった。
「ふぅ……」
何十分とかかったけれど、倒すことができた。
『イブキさーん、大丈夫でしたかーっ!』
俺が戦っている様子を、ケータイで耳を澄まして聞いていたらしい。
「ドクロを倒した。これで三体目だ」
『無茶しないでくださいよ。自分よりもレベルの高いのに挑まないでください』
「前も戦った奴だ。どんな動きをするか把握しているから平気だ」
『あのときはシャアナさんがいたからですよ。今は一人なんですから、気をつけて下さい、絶対に、絶対に、無理は禁物っス!』
「分かった、分かった」
セーラから頻繁に連絡が入るので、一人という気がしなかった。
『水をちゃんと飲んでくださいよ。この世界でも脱水症状は起こるのですから。それと、危ないと思ったら直ぐに逃げて下さい。イブキさんが何かあっても、うちがいる場所が場所だから、かけつけることができないんです。あと一体ぐらいで、ネオジパングに引き返して……』
「おまえはカーチャンか!」
実の母親にもこんなに心配されたことはない。
『いや、だって、まさか白骨の砂漠に行くとは思わなかったですし』
「俺は、はじめてのおつかいをするガキじゃないんだ。お前は、お前の仕事をしてろ。オリハルコンは見つかりそうか?」
『アイリスさん無茶しすぎっス。巨像の頭部にはないと分かって、真下のヴェーダの木まで降りていくってうるさいんです。あそこは、バイラスビーストの瘴気が溢れているから危険なんですよ。ルルさんが今、必死で止めています』
「……といって、言うことを聞く奴ではないな」
俺と同じく、だ。
『ちきゅーさんは無茶しすぎっス』
「まっ、おまえがなんとかしろ。切るぞ。もうかけてくるな」
『あっ、ちょっ……』
俺はケータイを切って、ポケットにしまおうとする。
痛みが走った。腕から血の川が流れていた。戦いに夢中で気付かなかったが、ドクロの剣が当たっていたようだ。
大したことはない。毒は無いようで、身体の痺れは感じなかった。
俺は、ケータイをしまってから、傷口を舐めた。
※
足跡があった。
原獣やバイラスビーストではない。
27センチの俺より少し小さいぐらいの靴の跡だ。くっきりと形が残っているので、ついさっき、ここを歩いた人がいたということだ。
俺以外に、こんな人気の無い砂漠に来る人がいようとは驚きだ。
なんとなく興味を引かれて、足跡をたどってみる。
目的は5分ほど歩くだけで見つかった。
化石の頭の上に乗って、砂漠を観察している男の後ろ姿がみえた。iPhoneにある望遠機能を使って、遠くにいる何かを観察している。
人の気配に気付いて振り向いた。腰にあるソードに握ろうとしながら。
「おや、珍しい。こんな所に人が来ることがあろうとは」
五十代の髭もじゃの男だ。ナビは連れていない。
探検隊が着るサファリジャケットに帽子を被っている。
「その言葉。そっくり返したい」
「たしかに」
表情こそ崩さなかったが、俺に敵意がないと分かり、ソードから手を離して警戒を解いた。
「なにをしているんだ?」
「調査だよ。私の下にある化石は、名はエレクザス。今も南の地域に活発に生息している原獣だ。うん万年前のものらしいのだが、骨の形は全く変わっていない」
「退化してないのか?」
「多少の違いはあるかもしれないが同じだ。地中に埋まってなく、剥き出しの状態で、ここまで保存状態が良い化石は地球上では存在しえない。それも、こんなたくさん。普通ならば、土に帰るはずのものなのだが。この世界のことは、調べれば調べるだけ分からなくなる」
だからこそ興味深いと、楽しそうにする。
「バイラスビースト仕業か、巨大な魔法力が爆発して、この辺り一帯が砂漠化、生き物はみな石になったのかもしれない」
「ふむ、それは考えつかなかった。君の言う通りかもしれない。地球上の現実で考えてはいけないな」
「あなたは、フォルシュング?」
俺は覚えたての名を口にした。
「そうだ。君はイェーガーだね?」
「ああ。この辺りのバイラスビーストを退治していた」
「それは感心なことだ」
男は、俺に手をだした。
「久保武則だ」
「本名でいいのか?」
「私はSNSでも本名を使っている」
「浅田一吹」
俺は彼の手を握った。
「君も本名でいいのか?」
同じ事を聞いてきた。
「登録した名前も本名なんだ」
「それは羨ましい。私はインディー・ジョーンズ。そう名付けたのを後悔している」
久保さんは笑って、握手した手を引っ込める。
「キミはオリジナルのようだ」
「オリジナル?」
「その顔は表のままだろ?」
「ああ」
「私もだ。初めて来たときはハリソン・フォードにしていた。しっくりこなくて、元に戻したよ。変えたのは白かった髪を、黒くしたぐらいだ。それと、この世界は腰痛に悩まされないから助かっている。家族がいなければ永住したいぐらいだ」
「若い人が多いと思っていたけど、そうでもないんだな」
「年配者は結構いる。エムストラーンに来る年齢層は、君が思っている以上に高いはずだよ」
「平均40ぐらいか?」
「そのぐらいだと私は予想している。この世界に来る人間について、私はひとつ確信を持っていることがある」
「なんだ?」
「君のように、本名とオリジナルの人間は信頼できる」
「理由が聞きたいな」
「簡単だ。後ろめたいものがない」
「俺の場合。カスタマイズするのが単に面倒だっただけだ」
「中には、変えざる得ない人もいる。犯罪者や、膨大な借金を抱えた者が、逃げるようにエムストラーンにやってきている。永住者はそんなのが多い」
「やっぱり、この世界に住んでいる人もいるんだ」
「ネオジパングから離れた所に、永住者の集落がある。変わった店があって興味深い所だが、行くのはオススメしない」
「どうして?」
「その名はヨシワラ。その名で分かるだろう? 地球でいう風俗街だ」
「この世界にもそんな場所があるんだな」
「女を抱きたいならいってもいい。だが、一生後悔することになるよ」
セーラは、そんな場所があると言わなかった。
行かせる気もないはずだ。
永住者には、なにかあるのかもしれない。
「SNSでも、本名、顔写真のない者は怪しむものだろ? 自分を晒すのは、大きなステータスだ」
「俺はSNSをやってないから、よく分からない。アニメキャラクターの美少女より、無職ひきこもりの俺のほうが信頼できるのか?」
「無論だ。それに、バイラスビーストと戦っている剣士は、無職でもひきこもりでもない。地球でもやっていける。私は大学の教授をしているんだ。S大で考古学を教えている」
「ああ、だからインディー・ジョーンズなんだ」
「そうだ。彼のようにアクションはできないがね。レベルも8から止まっている」
と彼は笑った。
「なら、この世界は宝の山だろ」
調査の手がろくに入っていない未知の世界だ。
新発見だらけだろう。
「ああ、といっても、この世界で発見したことを学会で発表したところで、ファンタジー小説を書いていろと言われるだけだ。なにも役に立たない」
「エムストラーンに来る者にとっては、役に立つだろ」
「だといいがね……むしろ、知らないほうが良かったと思うことばかりだ」
「知らないほうが良かったことって?」
久保さんは、無限に広がっている砂漠を見回した。原獣の化石に、遠くにあるユリーシャの光。
彼が見ていたのは、ユリーシャの光だったようだ。
「今の状態では、エムストラーンは近い将来滅びる。短くて3年、長く持って10年だ」
彼はキッパリと言った。




