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無職だけどちょっくら異世界で稼いでくる  作者: 折坂勇生
6話 ザムラーのアイリス
38/62

3・インディー・ジョーンズ

 セーラのいない、一人のエムストラーンは初めてだ。

 ネオジパングで水を調達してから向かった場所は、白骨の砂漠。

 黄金色のまっさらな大地に、何千年前に生きていた巨大原獣の化石。空を見下ろすユリーシャの光が、真夏の太陽のようにギラギラとしている。

 シャアナを失ったトラウマのある場所だ。

 だからこそだ。

 悲劇と向き合うためにも、あえてここを選んだ。逃げることはしたくなかったし、ダークドクロを倒すために、砂漠の土地に慣れておく必要がある。


「くっ!」


 相手はレベル15のドクロ。

 一体しかいないのが救いだ。複数だったなら、逃げるしかない。

 今日のスロットで上昇したレベルは5だったが、そのまえのバイラスビーストで切れてしまった。

 レベルが4も上の敵であるけど、ここで苦戦していたら、それ以上に強いダークドクロを倒すなんて夢のまた夢だ。

 ドクロの剣が真上から下へと振り下ろした。

 横に逃げられなかった。

 俺は、アイリスから借りたソールソードでガードする。

 金属をたたき合う音ではなく、粘土を叩くような鈍い音がした。

 衝撃で、刃の素材である砂がさらさらと落ちていくが、砂漠の砂に紛れることはなく、再び刃の元に戻ってくる。

 振り回すたびに、砂が散っては戻ってくるという、生き物のようなクセのある剣ではあるけど、ロングソードよりも威力があって力押しすることができる。

 接近して連続で剣をぶつけていくだけで、ドクロのほうが後退するなんて、前にはなかったことだ。

 ドクロの剣が弾かれた。宙を回転していき、ドクロの目線はそっちに注がれた。

 今だ!

 ジャンプをしてドクロの肩を目掛けてソールソードを振り下ろした。

 あばら骨の一部と二本ある右腕が砂漠に落ちた。ドクロの足が生命力を失っていき、ガクガクと身体がよろけていった。奴は残った左腕を藻掻いて、バランスをとろうと必死だ。


「とどめだっ!」


 頭蓋骨に打撃を与える。粉々に砕けていった。

 ドクロの光っていた目は、真っ黒になった。


「ふぅ……」


 何十分とかかったけれど、倒すことができた。


『イブキさーん、大丈夫でしたかーっ!』


 俺が戦っている様子を、ケータイで耳を澄まして聞いていたらしい。


「ドクロを倒した。これで三体目だ」

『無茶しないでくださいよ。自分よりもレベルの高いのに挑まないでください』

「前も戦った奴だ。どんな動きをするか把握しているから平気だ」

『あのときはシャアナさんがいたからですよ。今は一人なんですから、気をつけて下さい、絶対に、絶対に、無理は禁物っス!』

「分かった、分かった」


 セーラから頻繁に連絡が入るので、一人という気がしなかった。


『水をちゃんと飲んでくださいよ。この世界でも脱水症状は起こるのですから。それと、危ないと思ったら直ぐに逃げて下さい。イブキさんが何かあっても、うちがいる場所が場所だから、かけつけることができないんです。あと一体ぐらいで、ネオジパングに引き返して……』

「おまえはカーチャンか!」


 実の母親にもこんなに心配されたことはない。


『いや、だって、まさか白骨の砂漠に行くとは思わなかったですし』

「俺は、はじめてのおつかいをするガキじゃないんだ。お前は、お前の仕事をしてろ。オリハルコンは見つかりそうか?」

『アイリスさん無茶しすぎっス。巨像の頭部にはないと分かって、真下のヴェーダの木まで降りていくってうるさいんです。あそこは、バイラスビーストの瘴気が溢れているから危険なんですよ。ルルさんが今、必死で止めています』

「……といって、言うことを聞く奴ではないな」


 俺と同じく、だ。


『ちきゅーさんは無茶しすぎっス』

「まっ、おまえがなんとかしろ。切るぞ。もうかけてくるな」

『あっ、ちょっ……』


 俺はケータイを切って、ポケットにしまおうとする。

 痛みが走った。腕から血の川が流れていた。戦いに夢中で気付かなかったが、ドクロの剣が当たっていたようだ。

 大したことはない。毒は無いようで、身体の痺れは感じなかった。

 俺は、ケータイをしまってから、傷口を舐めた。 



 足跡があった。

 原獣やバイラスビーストではない。

 27センチの俺より少し小さいぐらいの靴の跡だ。くっきりと形が残っているので、ついさっき、ここを歩いた人がいたということだ。

 俺以外に、こんな人気の無い砂漠に来る人がいようとは驚きだ。

 なんとなく興味を引かれて、足跡をたどってみる。

 目的は5分ほど歩くだけで見つかった。

 化石の頭の上に乗って、砂漠を観察している男の後ろ姿がみえた。iPhoneにある望遠機能を使って、遠くにいる何かを観察している。

 人の気配に気付いて振り向いた。腰にあるソードに握ろうとしながら。


「おや、珍しい。こんな所に人が来ることがあろうとは」


 五十代の髭もじゃの男だ。ナビは連れていない。

 探検隊が着るサファリジャケットに帽子を被っている。


「その言葉。そっくり返したい」

「たしかに」


 表情こそ崩さなかったが、俺に敵意がないと分かり、ソードから手を離して警戒を解いた。


「なにをしているんだ?」

「調査だよ。私の下にある化石は、名はエレクザス。今も南の地域に活発に生息している原獣だ。うん万年前のものらしいのだが、骨の形は全く変わっていない」

「退化してないのか?」

「多少の違いはあるかもしれないが同じだ。地中に埋まってなく、剥き出しの状態で、ここまで保存状態が良い化石は地球上では存在しえない。それも、こんなたくさん。普通ならば、土に帰るはずのものなのだが。この世界のことは、調べれば調べるだけ分からなくなる」


 だからこそ興味深いと、楽しそうにする。


「バイラスビースト仕業か、巨大な魔法力が爆発して、この辺り一帯が砂漠化、生き物はみな石になったのかもしれない」

「ふむ、それは考えつかなかった。君の言う通りかもしれない。地球上の現実で考えてはいけないな」

「あなたは、フォルシュング?」


 俺は覚えたての名を口にした。


「そうだ。君はイェーガーだね?」

「ああ。この辺りのバイラスビーストを退治していた」

「それは感心なことだ」


 男は、俺に手をだした。


久保武則くぼたけのりだ」

「本名でいいのか?」

「私はSNSでも本名を使っている」

「浅田一吹」


 俺は彼の手を握った。


「君も本名でいいのか?」


 同じ事を聞いてきた。


「登録した名前も本名なんだ」

「それは羨ましい。私はインディー・ジョーンズ。そう名付けたのを後悔している」


 久保さんは笑って、握手した手を引っ込める。


「キミはオリジナルのようだ」

「オリジナル?」

「その顔は表のままだろ?」

「ああ」

「私もだ。初めて来たときはハリソン・フォードにしていた。しっくりこなくて、元に戻したよ。変えたのは白かった髪を、黒くしたぐらいだ。それと、この世界は腰痛に悩まされないから助かっている。家族がいなければ永住したいぐらいだ」

「若い人が多いと思っていたけど、そうでもないんだな」

「年配者は結構いる。エムストラーンに来る年齢層は、君が思っている以上に高いはずだよ」

「平均40ぐらいか?」

「そのぐらいだと私は予想している。この世界に来る人間について、私はひとつ確信を持っていることがある」

「なんだ?」

「君のように、本名とオリジナルの人間は信頼できる」

「理由が聞きたいな」

「簡単だ。後ろめたいものがない」

「俺の場合。カスタマイズするのが単に面倒だっただけだ」

「中には、変えざる得ない人もいる。犯罪者や、膨大な借金を抱えた者が、逃げるようにエムストラーンにやってきている。永住者はそんなのが多い」

「やっぱり、この世界に住んでいる人もいるんだ」

「ネオジパングから離れた所に、永住者の集落がある。変わった店があって興味深い所だが、行くのはオススメしない」

「どうして?」

「その名はヨシワラ。その名で分かるだろう? 地球でいう風俗街だ」

「この世界にもそんな場所があるんだな」

「女を抱きたいならいってもいい。だが、一生後悔することになるよ」


 セーラは、そんな場所があると言わなかった。

 行かせる気もないはずだ。

 永住者には、なにかあるのかもしれない。


「SNSでも、本名、顔写真のない者は怪しむものだろ? 自分を晒すのは、大きなステータスだ」

「俺はSNSをやってないから、よく分からない。アニメキャラクターの美少女より、無職ひきこもりの俺のほうが信頼できるのか?」

「無論だ。それに、バイラスビーストと戦っている剣士は、無職でもひきこもりでもない。地球でもやっていける。私は大学の教授をしているんだ。S大で考古学を教えている」

「ああ、だからインディー・ジョーンズなんだ」

「そうだ。彼のようにアクションはできないがね。レベルも8から止まっている」


 と彼は笑った。


「なら、この世界は宝の山だろ」


 調査の手がろくに入っていない未知の世界だ。

 新発見だらけだろう。


「ああ、といっても、この世界で発見したことを学会で発表したところで、ファンタジー小説を書いていろと言われるだけだ。なにも役に立たない」

「エムストラーンに来る者にとっては、役に立つだろ」

「だといいがね……むしろ、知らないほうが良かったと思うことばかりだ」

「知らないほうが良かったことって?」


 久保さんは、無限に広がっている砂漠を見回した。原獣の化石に、遠くにあるユリーシャの光。

 彼が見ていたのは、ユリーシャの光だったようだ。


「今の状態では、エムストラーンは近い将来滅びる。短くて3年、長く持って10年だ」


 彼はキッパリと言った。


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