4・選ばれし妖精っスね、えっへん
「到着っス。お疲れ様でした」
とはいうが、ナビが一瞬で連れてきてくれたので疲れることはなかった。エムストラーンに入った後にいつもあった、軽い眩暈も起こらない。
空気が綺麗だった。息をするのが楽だ。
「…………」
俺は、目の前に広がっている光景に呆気となった。
「すごい」
言葉を失った俺の代わりに、アイリスが呟く。
「ちきゅーさん?」
「うわぁ、ちきゅーさんだ」
「おなつかしい」
「おっきいなあ」
「なにたべたら大きくなるんだろ」
妖精たちのパラダイスだ。闇に染まった空を、数え切れないほどの妖精たちの羽が、ホタルのような輝きを放っている。
目を細めるような眩しくなはなく、やわらかい光だ。羽から発する色は、黄色、ピンク、青、緑など様々だ。
無数にいる妖精の光が、幻想的な光景を作っている。
「こんにちは」
「こんばんわじゃない?」
「おはようでもいいよ」
「ちーす」
「この子かわいいね」
「戸惑っている、戸惑っている」
「ようこそ、ヴェーダの巨像へ」
賑やかだった。それでいて静かでもある。妖精たちの声は、セーラと違って、声が小さく、ベルの小さく鳴らすような心地良さがある。
妖精は、形こそ人と同じだけど、ルルのように触覚が生えた昆虫だったり、動物のような顔だったり、人と同じ顔だったりと、それぞれが違っていた。全身の肌は、ピンクだったり、青だったりと色々だ。
それでも、奇形に感じる気味の悪いのはいない。
妖精らしく、どれも可愛い。
裸でいたり、服を着ていたり。女だけでなく、男もいるようだ。ただ、男の形をした妖精でも、生殖器は付いてはいない。
妖精に性別はないのかもしれない。
と思ったけど、セーラは紛れもなく女だ。
「掴んでみるといいっス」
セーラも、他の妖精と同じように黄色い光を発していた。
俺は言われたとおり、近くにいる妖精を掴んだ。セーラの時とは違って肉の感触がなく、綿のような柔らかい。
「ちょっと強めてみてください」
握る手を強めてみると、妖精の姿が消えた。
「死にました」
「お、おい」
俺が慌てると、
「じゃじゃじゃじゃーん」
なぜ知っているのかベートーヴェンのメロディーを口ずさんで、握りつぶしたはずの妖精が現われた。
なにもなかったように、バイバーイと、上空へと飛んで行ってしまった。暗くてよくわからないけど、山のような大きなものが見えた。
「妖精はこんな感じなんですよ。実体があるようなないような、生きているような生きてないような。直ぐに死んで、直ぐに生まれ変わることができます。ヴェーダの巨像の精なので、死の概念がない。または、ヴェーダの巨像が死が、うちの死なのかもしれません」
「妖精はここに、どのぐらいの、数いるの?」
アイリスが聞いた。
彼女の体中に妖精達がひっついていた。指を立てると、その上に妖精が乗った。
妖精にも好みがあるようで、俺には頭の上に三人の妖精が乗っているだけだ。
「どうでしょう? よくわかんないっス。妖精は、ちきゅーさんのように、男性と女性が生殖行為をして時間をかけて生まれるわけではなく、パッと生まれてパッと死にますしね。この辺りなら五千ぐらい。ヴェーダの巨像全体なら百万はいかないんじゃないと思うです」
途方のない数だった。
「だからうちのようにナビをする妖精は、ほんのほんのほんの一握りです。選ばれし妖精っスね、えっへん」
「こいつらは、セーラと違うな」
「同じだったらナビできませんよ。うちやルルさんのようなナビは、存在を強化してあります。そうでなきゃ、エムストラーンに入った途端にすぐに死んじゃいますから」
「だから声が大きくて、口数が多くて、大食いなんだな」
「声の大きさと口数はそうだけど、大食いはうちの個性っス。あと、ちきゅーじんさんが馴染みやすいよう、姿、格好もちきゅーさんに合わせてますね」
「元の姿は違うのか?」
「元がこうですよ。イブキさんが異世界に来たことで、セーラちゃんは誕生しましたんで。でも、本当の姿といわれると良く分からないっス。妖精の真の姿なんてあるんすかねぇ……。少なくとも服は変えられるけど、この姿を変更するには一度死なない限り無理です。できれば、もうちょっと胸を大きくしたいんですけどねぇ」
セーラは自分の胸を触る。
「ちっちゃいもんね」
「ちっちゃい」
「ちっぱい」
「絶壁」
妖精たちがからかっていく。
「うるさーいっ! Cはあるっス!」
セーラが怒鳴ると、妖精たちが逃げていった。
「がるるるる! シッシッ、あっちいけ! シッシッ!」
俺に他の妖精が寄ってこないのは、セーラが傍いるからなのかもしれない。
「ふふふっ」
笑い声。
アイリスが両腕を横に伸ばして、身体をくるりと回していく。ぱぁっと妖精たちが散っていった。
立ち止まると、妖精たちはアイリスの身体に集まってくる。
アイリスはまた同じように、身体を回していって、妖精たちもさっきと同じように散っていった。
楽しいのだろう。アイリスは、その行為を繰り返していた。
彼女の顔に笑顔がこぼれていた。中身は違うかもしれないけど、見た目相応の姿を晒している。
美少女が、妖精たちと戯れる光景は絵になっていた。
「たしかに悪くないな」
憂鬱な気分が癒されていく。
重力が殆どなく、身体が軽かった。地面を意識しなければ、足がふわりと浮いてしまいそうになる。
涼しくも穏やかな風が、下から上へと吹いてくる。空にいる妖精たちは、風の流れに乗っているようだ。みんな勢いよく上昇していっていた。帽子を被っていたなら、妖精と一緒になって飛ばされていただろう。
「ここの空はずっと暗いのか?」
「ユリーシャの光がないですので、昼も夜もないです。うちら妖精がいなくなれば、真っ暗闇。なにもない世界になりますね。ここにある植物などの生命は、妖精の光で育っているんスよ」
俺は地面に腰掛ける。
地面は土や石ではなく、鉄のような硬さだ。長時間座っていたら、尻が痛くなってきそうだ。手で叩いてみると、金属のような音がした。
このような地面でも植物はなるようで、所々に草や木が生い茂っている。遠くには巨大な壁があり、ツタのような植物がびっしりと覆っている。
壁のある所から、ルルがやってきた。彼女の羽は水色に光っている。
両手にかかえた赤い果実を、アイリスにあげていた。
俺がロビーに来たときに、セーラが食べていたものだ。
アイリスは戸惑いながらも、その果実と眺めて、思い切ったようにかじった。美味しかったようだ。その後は、口から果汁をこぼしながら勢いよく食べていく。
「食べたいですか?」
「興味はあるな」
「じゃあ、持ってき……」
セーラはちょっと考える。
「一緒に、行きましょう。この上からのほうが、よく見渡せるはずっス」
「なにが見えるんだ?」
「ヴェーダの巨像。それと……」
セーラは間を置いた。
「バイラスビースト」




