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無職だけどちょっくら異世界で稼いでくる  作者: 折坂勇生
5話 ヴェーダの巨像
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4・選ばれし妖精っスね、えっへん


「到着っス。お疲れ様でした」


 とはいうが、ナビが一瞬で連れてきてくれたので疲れることはなかった。エムストラーンに入った後にいつもあった、軽い眩暈も起こらない。

 空気が綺麗だった。息をするのが楽だ。


「…………」


 俺は、目の前に広がっている光景に呆気となった。


「すごい」


 言葉を失った俺の代わりに、アイリスが呟く。

 

「ちきゅーさん?」

「うわぁ、ちきゅーさんだ」

「おなつかしい」

「おっきいなあ」

「なにたべたら大きくなるんだろ」


 妖精たちのパラダイスだ。闇に染まった空を、数え切れないほどの妖精たちの羽が、ホタルのような輝きを放っている。

 目を細めるような眩しくなはなく、やわらかい光だ。羽から発する色は、黄色、ピンク、青、緑など様々だ。

 無数にいる妖精の光が、幻想的な光景を作っている。


「こんにちは」

「こんばんわじゃない?」

「おはようでもいいよ」

「ちーす」

「この子かわいいね」

「戸惑っている、戸惑っている」

「ようこそ、ヴェーダの巨像へ」


 賑やかだった。それでいて静かでもある。妖精たちの声は、セーラと違って、声が小さく、ベルの小さく鳴らすような心地良さがある。

 妖精は、形こそ人と同じだけど、ルルのように触覚が生えた昆虫だったり、動物のような顔だったり、人と同じ顔だったりと、それぞれが違っていた。全身の肌は、ピンクだったり、青だったりと色々だ。

 それでも、奇形に感じる気味の悪いのはいない。

 妖精らしく、どれも可愛い。

 裸でいたり、服を着ていたり。女だけでなく、男もいるようだ。ただ、男の形をした妖精でも、生殖器は付いてはいない。

 妖精に性別はないのかもしれない。

 と思ったけど、セーラは紛れもなく女だ。


「掴んでみるといいっス」


 セーラも、他の妖精と同じように黄色い光を発していた。

 俺は言われたとおり、近くにいる妖精を掴んだ。セーラの時とは違って肉の感触がなく、綿のような柔らかい。


「ちょっと強めてみてください」


 握る手を強めてみると、妖精の姿が消えた。


「死にました」

「お、おい」


 俺が慌てると、


「じゃじゃじゃじゃーん」


 なぜ知っているのかベートーヴェンのメロディーを口ずさんで、握りつぶしたはずの妖精が現われた。

 なにもなかったように、バイバーイと、上空へと飛んで行ってしまった。暗くてよくわからないけど、山のような大きなものが見えた。


「妖精はこんな感じなんですよ。実体があるようなないような、生きているような生きてないような。直ぐに死んで、直ぐに生まれ変わることができます。ヴェーダの巨像の精なので、死の概念がない。または、ヴェーダの巨像が死が、うちの死なのかもしれません」

「妖精はここに、どのぐらいの、数いるの?」


 アイリスが聞いた。

 彼女の体中に妖精達がひっついていた。指を立てると、その上に妖精が乗った。

 妖精にも好みがあるようで、俺には頭の上に三人の妖精が乗っているだけだ。


「どうでしょう? よくわかんないっス。妖精は、ちきゅーさんのように、男性と女性が生殖行為をして時間をかけて生まれるわけではなく、パッと生まれてパッと死にますしね。この辺りなら五千ぐらい。ヴェーダの巨像全体なら百万はいかないんじゃないと思うです」


 途方のない数だった。


「だからうちのようにナビをする妖精は、ほんのほんのほんの一握りです。選ばれし妖精っスね、えっへん」

「こいつらは、セーラと違うな」

「同じだったらナビできませんよ。うちやルルさんのようなナビは、存在を強化してあります。そうでなきゃ、エムストラーンに入った途端にすぐに死んじゃいますから」

「だから声が大きくて、口数が多くて、大食いなんだな」

「声の大きさと口数はそうだけど、大食いはうちの個性っス。あと、ちきゅーじんさんが馴染みやすいよう、姿、格好もちきゅーさんに合わせてますね」

「元の姿は違うのか?」

「元がこうですよ。イブキさんが異世界に来たことで、セーラちゃんは誕生しましたんで。でも、本当の姿といわれると良く分からないっス。妖精の真の姿なんてあるんすかねぇ……。少なくとも服は変えられるけど、この姿を変更するには一度死なない限り無理です。できれば、もうちょっと胸を大きくしたいんですけどねぇ」


 セーラは自分の胸を触る。


「ちっちゃいもんね」

「ちっちゃい」

「ちっぱい」

「絶壁」


 妖精たちがからかっていく。


「うるさーいっ! Cはあるっス!」


 セーラが怒鳴ると、妖精たちが逃げていった。


「がるるるる! シッシッ、あっちいけ! シッシッ!」


 俺に他の妖精が寄ってこないのは、セーラが傍いるからなのかもしれない。


「ふふふっ」


 笑い声。

 アイリスが両腕を横に伸ばして、身体をくるりと回していく。ぱぁっと妖精たちが散っていった。

 立ち止まると、妖精たちはアイリスの身体に集まってくる。

 アイリスはまた同じように、身体を回していって、妖精たちもさっきと同じように散っていった。

 楽しいのだろう。アイリスは、その行為を繰り返していた。

 彼女の顔に笑顔がこぼれていた。中身は違うかもしれないけど、見た目相応の姿を晒している。

 美少女が、妖精たちと戯れる光景は絵になっていた。


「たしかに悪くないな」


 憂鬱な気分が癒されていく。

 重力が殆どなく、身体が軽かった。地面を意識しなければ、足がふわりと浮いてしまいそうになる。

 涼しくも穏やかな風が、下から上へと吹いてくる。空にいる妖精たちは、風の流れに乗っているようだ。みんな勢いよく上昇していっていた。帽子を被っていたなら、妖精と一緒になって飛ばされていただろう。


「ここの空はずっと暗いのか?」

「ユリーシャの光がないですので、昼も夜もないです。うちら妖精がいなくなれば、真っ暗闇。なにもない世界になりますね。ここにある植物などの生命は、妖精の光で育っているんスよ」


 俺は地面に腰掛ける。

 地面は土や石ではなく、鉄のような硬さだ。長時間座っていたら、尻が痛くなってきそうだ。手で叩いてみると、金属のような音がした。

 このような地面でも植物はなるようで、所々に草や木が生い茂っている。遠くには巨大な壁があり、ツタのような植物がびっしりと覆っている。

 壁のある所から、ルルがやってきた。彼女の羽は水色に光っている。

 両手にかかえた赤い果実を、アイリスにあげていた。

 俺がロビーに来たときに、セーラが食べていたものだ。

 アイリスは戸惑いながらも、その果実と眺めて、思い切ったようにかじった。美味しかったようだ。その後は、口から果汁をこぼしながら勢いよく食べていく。


「食べたいですか?」

「興味はあるな」

「じゃあ、持ってき……」


 セーラはちょっと考える。


「一緒に、行きましょう。この上からのほうが、よく見渡せるはずっス」

「なにが見えるんだ?」

「ヴェーダの巨像。それと……」


 セーラは間を置いた。


「バイラスビースト」


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