2・傷ついても腹は減るっスよ
山下を家に送ってから、俺は外をぶらついた。
目的は異世界転送機だったけど、意識してないときは至る所で目に付いたのに、探してみると中々見つからない。
かつて住んでいた町だ。
成人式の時以来なので7年振りとなる。
懐かしさはなかった。むしろ、居心地の悪さがあった。
あった店が潰れたり、新しくできたりしていたが、大きな変化はない。高校時代に良く通っていたお好み焼き屋が、チェーンのカレー屋に変わっていて残念に思ったぐらいだ。
実家には連絡してないし、帰るつもりはなかった。親に会ったところで、向こうが迷惑がるだけだろう。
俺は親から嫌われている。喧嘩したとか、なにかあったわけではない。なにかあったほうがまだマシだ。歓迎されない子だった。親子関係を修復しようにも、生まれてきた存在そのものを否定されているのだから、どうしようもない。
尿意を覚えたので、駅外のロータリーにある公衆トイレに入った。真っ暗闇だったのでスイッチを探そうとしたら、人感センサーが感知して照明が点いた。
清潔とは無縁のアンモニア臭の激しいトイレなのに、なぜか、男性用小便器の並びに異世界転送機があった。
誰かが場所を確認しながら置いているのではなく、ランダムで勝手に設置されているのかもしれない。
放尿しながら、ポケットからケータイを取り出した。こんな時にセーラが通信してきたら、「ひゃああああ!」と悲鳴をあげそうだ。いや、そうでもないか。異世界で野ションをしていたとき、興味深げにしげしげと観察してたっけ。
セーラ。
『ごめんな……さい……』
傷つけてしまった。
異世界に住む15センチの妖精であり、俺を手助けするのが仕事とはいえ、俺のために一生懸命に尽くしてくれた。
ダークドクロにやられた時も、大泣きして俺の身を心配をしていた。
あいつの涙のシャワーは、心地良かった。
俺のために泣いてくれる人は、他にいるだろうか?
思いつかなかった。
笑うしかない。
セーラに会いたくない。エムストラーンには二度といかない。絶対にだ。
と口にしながらも、人恋しさに異世界に行こうとする俺がいるのだから。
※
ロビー。
白い空間しかない殺風景な部屋だ。音も何も聞えない。一日中いたら、気が滅入りそうになる。
「んー、うまうま」
セーラは、ブルーベリーのような小さな果実を両手に持って、溢れる果汁で体中をベトベトにしながら、むしゃぶりついていた。
ごはんさえあれば幸せだという顔をしていた。どんな食べ物でも美味しそうに食う奴だ。
「あ」
俺に気付いた。
セーラは、俺が転送機でやってきたら、どこにいようとも、何をしている最中だろうとも、俺の元へと召喚されてしまう。
「えーと、あー、キブキ……さん……?」
タイミングの悪さに、気まずそうにしていた。
「引き籠もっていた息子が突然に外に出てきたときの母親のような顔だな」
「なんすかそれ。うち、おかんじゃないっスよ」
セーラは苦笑する。
「傷つけちまったから、落ち込んでるんじゃないかと心配してたけど、元気そうで良かった」
「傷ついても腹は減るっスよ。セーラちゃんのポジティブパワーをなめんじゃねぇス。イブキさんこそどうしたんですか。二度と来ないなんて言ってたのに、まだ一週間経ってないっスよ」
「無職していると金が減るんでね」
「そうっすよねぇ。イブキさん、ここ以外に働くあてがないっすから」
小馬鹿にした言いぐさが心地良かった。
「でも、今日はキマってますね。もしかして、ハローワークでしたっけ? そんな場所に行って仕事ゲットしたぜって、うちを見せびらかしにきたんですか?」
いつもの安物の服ではなく、スーツ姿の俺に物珍しげにジロジロと眺めていく。
「佐竹の葬儀に出たんだ」
言いながら俺は、黒ネクタイを外した。
「きつかったよ」
セーラは、なんともいえない顔をする。
「こういうとき、なんて言ったらいいんですかね。妖精にとって死はたいしたモンじゃないから、よくわからないです。お悔やみ申し上げます、で合っていますか?」
「そうだな、それでいい」
俺は深々と息を吐いた。
「家に帰りたくないんだ。なにか気分転換がしたい」
「では、弱いバイラスビーストを蹴散らしてストレス解消しますか?」
「戦いたくない。そんな気分じゃないんだ。スロットもなしだ」
「カルマカーズが残念がるなあ。お呼びでないと伝えておくっス」
妖精同士ならテレパシーで連絡が取りあう事ができるらしい。
「僕たちのアンデンティティーがーっ!と嘆いたっス」
直ぐに返事が来たようだ。
「ネオジパングにいきますか? あそこは広いから、まだまだ行ってない場所がたくさんあるっスよ」
「人がいる所はやめておきたい」
賑やかな場所は避けたかった。
「セーラのオススメのスポットはないか?」
「うちのですか?」
「ああ。疲れた心を癒してくれる、景色が良くて、静かなところがいい。セーラと一緒に、そういう所にいってみたい」
「うちを口説いても、なにもならんスよ」
「俺のこと嫌いか?」
「好きですよ」
考えることなくケロっと言った。
「どうかしましたか?」
「いや、本心では俺のこと嫌ってるかと思ってたから、意外だった」
「なんですか、テレたんですか?」
顔を近づけてニヤニヤとする。
「ほっとけ」
「イブキさーん、大好きっスよーっ!」
「調子に乗るな!」
俺は、ハエを払うように手を振った。
「イブキさんが、セーラちゃんの可愛さにメロメロになるのは無理ないけど、うちは妖精っスから、本気惚れちゃダメですよ」
「だから、いいんだよ」
セーラは首をかしげる。
「おまえといると気が楽なんだ」
だから、エムストラーンに戻って来た。セーラがいなければ、俺は二度と来ることはなかった。
「金が貯まったら、詫びとしてセーラが好きなもんをたらふく食わせてやるよ」
「わーお、なんの詫びか分かんないけどイブキさん大好きっス!」
俺の顔にひっついてきた。小さすぎて、女の子の感触は感じられない。パタパタと震える羽がくすぐったかった。
「それで、良い場所はないか?」
「うーん、エルザの酒場はどうっスか?」
「今の俺に金はないぞ。それと、人が集まる場所はNGだ」
「ですよねぇ……」
ご飯が食えなくて残念そうだ。
「エムストラーンの住民だろ。おまえが知る最高のスポットはないのか?」
「あるにはあるっスけど……」
セーラは考えていた。場所に悩んでいるのではない。
俺をその場所に連れて行ってもいいのだろうか、と迷いが浮かんでいた。
「そうっスね。イブキさんは知っておくべきです」
覚悟がついたようだ。
セーラはコクンと小さく頷いて、大丈夫だと自分に言いきかせる。
「ヴェーダの巨像に行ってみますか?」
「そこって、たしか……」
エムストラーンの下の下にあるという……。
「うちの家っス。ちきゅー人さんからみて絶景ですし、バイラスビーストが入ってこない安全な場所にあります」
「お前の家に、いっていいのか?」
「うちと一緒なら大丈夫っス。イブキさんが最初というわけではないけど、足では絶対に行けないので、ちきゅーじんさんが来るのは滅多にないです。それに……」
「なんだ?」
「ヴェーダの巨像にいけば、エムストラーンがどんな世界なのか、うちたちが、なんでちきゅーじんさんを異世界に連れてきたか、バイラスビーストを倒して欲しいのか、教えてあげられます」
「聞きたくないといったら?」
「見るだけでも、分かるっスよ」
この世界を知って欲しいから、セーラは俺にヴェーダの巨像に連れて行こうとしていた。




