1・仇を討つ
佐竹の葬儀は、社会的には自死扱いとなったこともあり、家族以外で参列したのは、山下と俺だけだった。
姉の桜さんの悲しみも涙もなく、魂が抜けたような表情が辛かった。まだ若いのに、憔悴しきって五十代のようになっていた。
俺の責任だ。俺が代わりに死ねば良かった。俺は生まれたことを、歓迎されない子だった。死んだとしても、喜んだりはしないだろうが、桜さんのように悲しむ家族はいない。
謝罪したかった。
だけど、謝ることはできない。なぜ謝ってきたのか理解できないだろうし、エムストラーンのことを話したとして、頭がおかしい奴としか思われない。
異世界の存在を証明する証拠を何一つとして持って来れないのだから、俺や佐竹のように体験した者にしか理解できない。
焼香するときに、親族に向かって、深々と頭を下げることが精一杯だった。
「おかしいですよ。あれはおかしい。自殺じゃない。あんな死に方。どうやったら、自分で自分を殺せるというんですか!」
山下は酒の力がなければやっていけないのだろう。葬儀場を出ると、午後2時という明るい時間であっても、目に付いた居酒屋に入っていって、メニューを見る前にビールを注文する。
俺はアルコールを摂取すると、酔うよりも吐き気が強くなる体質だ。一滴も酒が飲めない。俺の分のビールを取り消してもらい、代わりにウーロン茶を頼む。
「おかしい! 絶対におかしい! あんなのが自殺だなんて、絶対に嘘だ! あいつは、死ぬような奴じゃない。親父さんが死んで、俺は絶対に親父のようにはならないと言ってたんだ。なのに、警察はあいつのこと自殺だなんて、絶対に嘘だ! ちゃんと調査してくれよ! ヒロがかわいそうだ……うわあああああ」
親友の無残な死体を見たショックから感情が制御できなくなっていた。葬儀場ではグッと堪えていたけど、アルコールによってスイッチが入って、赤ん坊のように泣き出している。
「分かってるよ。すまなかった」
山下の号泣が静まってきて、テーブルに頭を付けて、眠ったようになってから俺は言った。
「浅田さんが謝ることじゃない」
テーブルに伏せたまま山下は言った。
「山下にいかせるべきじゃなかった。俺が、佐竹の無事を確かめなきゃいけなかったんだ」
そうするべきだった。
俺なら、佐竹がどんな姿になっているのか知っている。覚悟ができているぶん、山下のようなショックは無かったはずだ。
「ダメです。浅田さんに、あんなムゴいの見せたくない。俺で良かったんだ。俺で……」
少しは落ち着いたようだ。
ビールを飲み干して、涙をおしぼりで拭いながら、山下はここがどこなのか思い出すように店内を見回した。
壁の隅にあるテレビをみたのは、たまたまだろう。
テレビは国会中継を映していて、総理大臣の伊藤三郎が答弁をしていた。
毒舌キャラとして人気があったのに、総理になってからは失言キャラとしてバッシングを受けるようになった。支持率が30%という低さだけど、任期満了が近づいていて、ここ数ヶ月で解散を余儀なくされているという詰んだ状態だ。
「ああ。あいつがなってからだ」
なにかに気付いたように、山下がぽつんと言った。
「なんだ?」
「んなわけないって、俺も笑い飛ばしたんだけど、ヒロのことで、笑えなくなった。本当のことのような気がする。いや、本当なのかもな、噂は」
「なんのことだ?」
「自殺と行方不明。めっちゃ増えているの、知ってます?」
「そんなニュースを見たことがある」
「ここ数年、若者が理由もわからず自殺したり、突然いなくなったりしているんです。その原因が、伊藤政権の政策の失敗によるものだと言われていて。こじつけだと思うし、『今の若造は根性ねぇな、誰もが金玉じゃなくて女のモンつけたがる』なんて言ったから、マスコミが火を付けているのもあるだろうけど」
「総理がいうセリフじゃないな、それ」
支持率が低くなるわけだ。
「俺の友達の知り合いの知り合いという、非常にうさんくさいソースだから、信じてなかったし、笑い飛ばしたんだけど、改めて考えると、俺と同じなんだ」
「同じって?」
「ヒロと似た死に方をした人が他にもいる」
「いつの話だ?」
「えっと2年ぐらい前かな。だから、忘れてたんだけど」
「身体が真っ二つになっていた?」
思い出したのだろう。怒られた子どものように、泣き出しそうになっていた。
「すまない」
「いえ。全く同じではないけど、似たような感じだった。顔の半分と肩が無くなっていて、まるで何か巨大なものに食いちぎられているかのようだった、と」
「たしかに、ありえないな」
「それを発見したのは同棲中の彼女。転がっていた目玉を踏んづけてしまったとか……」
「事実なら恐ろしいな」
「まあ、B級ホラーじゃないんだからと、うさんくせぇと思ったんですけどね。でも、俺が見たのと同じように、部屋の鍵はかかっていたし、窓も全部閉まっていた。なのに警察は……」
「自殺として処理した」
そういえば、大家も、ありえない身体の曲がり方をして死んでいたと、似たような話をしていたのを思い出す。
その人も、エムストラーンで死んでいったイェーガーなのだろう。
「同じなんだ。そして、俺が見たことを、誰も信じてくれないのも同じ」
「俺は信じるよ」
むしろ、俺の話のほうが、山下は信じてくれないだろう。
「ヒロは何かに殺されたんだ。それは間違いない。でも、人じゃない。人間が、あんな殺しを出来るわけがない。なにか大きな、恐ろしいものが、佐竹をやったんだ」
「密室の中を入り込んで、残酷な殺しをするバケモノか……」
ホラー映画以外には考えられないことだ。
「政府はそれがなにか知っている。だけど、国民が知ればパニックになるから、自殺として片付けている。俺の知り合いは、伊藤三郎が黒幕で、日本を滅ぼすために悪魔と取り引きをした、みたいなことをほざいていたけど、それはない。伊藤総理は口は悪いけど、日本のためにやっている人だ」
彼を支持しているようだ。
「なんで伊藤総理が黒幕なんだ?」
「そいつが言うには、ヒロのような事件が起きるようになったのは、伊藤政権が発足されてからだそうなんだ」
「総理になって何年だっけ?」
「3年」
つまりは、エムストラーンに地球人が行くようになって、最長でも3年は経っているということだ。
テレビに映る総理は、原稿を目にしながら、長々と読み上げている。内容は分からない。俺たちが気付かない所で、エムストラーン関連の法案を提出しているのかもしれない。
黒幕でないにしろ、総理がエムストラーンと関わりを持っているのは間違いない。
エムストラーンという未知の世界とコンタクトを取り、異世界転送機の設置させ、ギルスという通貨を流通させて、素質のある日本人を異世界に行かせることを許可した。
憶測でしかないが、少なくとも、エムストラーンでお金を稼ぐシステムを作り上げた張本人と言えるのではないか。
それがなんのためかは分からない。多くの日本人を亡くす結果となっているし、これからも増えていくはずだ。
日本にとって、メリットのあることではなかった。
※
山下は酔いで足がふらついていた。真っ直ぐに歩けないし、気がつけば壁の近くでしゃがんでしまう。俺が肩を貸さなければ、地面で眠ってしまうだろう。
「浅田さんは、どうするんですか? 家まで遠いでしょう。今日は泊まりは。俺の家、よければだし、汚いけど、良いですよ?」
「ホテルを取っているから心配しないでいい」
俺は嘘をついた。
「おかしい、絶対に自殺じゃない。この世界に、今までに無かった、良からぬことが起きている。ヒロはその事を知ってしまい、口封じにやられてしまったんだ。
きっとそうだ。そうじゃなきゃ、あんな死に方ありえるわけがない」
山下はずっとブツブツと口にしている。
「なあ、山下。そこにATMみたいなの見えないか?」
「えぇ?」
自転車置き場に、異世界転送機を見つけたので、俺はそれを指さした。
「なにもないですよ」
「これだ」
俺は転送機の前にいって、『エムストラーンへようこそ!』と表示された台を叩いていく。ドンドンと音が鳴った。
「なにいってるの。浅田さんも酔ったんだあ。酒がなくても酔うんですね」
山下はその方向に手を振ると、転送機をすり抜けてしまった。
「そっか、なにも見えないか。俺の気のせいだ」
運が良いのか悪いのか、山下は素質がなかった。
いくら佐竹の死の原因を突き止めようとしても、肝心なのが見えない限りは、見つからないままだ。
「浅田さん、だから、そこはなにもなくて。なにを見ているんですか?」
転送機を黙って見続ける俺に怪訝としていた。
「なあ、もし、佐竹がなにか未知なる存在に殺されていたとしたら、おまえはどうする?」
「仇を討つ」
迷いもせずに、山下は言った。酔いで顔が真っ赤となっていても、本気の目をしていた。
俺がその仇だとしたら、真っ先に逃げたほうがいいほどに……。
「仇……か」
ダークドクロ。
レベルが27の、8メートルはある巨大なバイラスビーストだ。
シャアナの命を一瞬で奪った強敵だ。あのガイコツを倒すなんて恐ろしくて考えもつかなかった。
だけど。
「そうだな、それしかない……」
俺が佐竹のためにやれることは、それ以外にない。




