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7・証拠がなきゃ、妄想でしかないんだ

 中年の刑事は鶫山勇次つぐみやまゆうじといった。

 調査一課の警部。

 一週間近く剃ってなさそうな無精髭に反し、マメに美容院に行っているのか、サイドを刈り上げたベリーショートの髪が綺麗に整っている。老いの衰えを感じさせない、引き締まった身体をしており、力勝負したら、二十代の俺のほうが負けそうだ。

 口は悪いが根は優しいようで、警察署で取り調べを受けている俺の話をバカにせず、頷きながら聞いてくれる。それが嘘だらけであっても、その中に真実が紛れていると確信するかのような、真剣さがあった。

 もう一人の補助の刑事――昨日一緒にきた若い男ではなかった――が吹き出したので、「出てけ!」ともの凄い剣幕で追い出したので、俺は殺風景な取調室に鶫山警部と二人きりになっている。


「つまりはなんだ……ちっ」


 舌打ちしたのは、鶫山警部が胸ポケットから何かを取りだそうとして、何もなかったからだ。落ち着きなさそうに、冷たいテーブルを指で楽器を鳴らすように叩いていく。


「10万円を必要になった一吹さんは、異世界のエムストラーンで、モンスターを退治してお金を稼いでいた。お仲間の魔法使いのシャアナという男――いや女なのか――は高校時代の友人の佐竹広之。彼は、大きなガイコツのモンスターに真っ二つにされて殺された。その遺体を、異世界の管理している奴かなんかが、ご親切にも自宅に届けてくれた。それを、様子を見に行った山下繁が発見をした。でいいんだな?」


 彼は俺がいったことを要約する。


「はい。それと……」

「わかってるよ。アンタは佐崎守を殺したと自首してきたんだ。ああ、すまん、殺してなかったな。顎の骨に歯が3本折れた程度の、まっ、軽い怪我だ」

「軽い……ですか?」

「エムストラーンのモンスターにやられるよりかは軽いだろ?」


 皮肉るように言った。


「佐崎をぶん殴ったアンタは、異世界からピューンとワープして、たった5分で、30キロ先にある交番に財布を届けてアリバイを作った、と……。佐竹の方も調べたらな、その時間に、コンビニでスッ転んで棚にあった売りモンを盛大に落としていた。ペコペコと謝罪をして、売り物にならなくなった商品は律儀に弁償したらしい。店員は彼で間違いないと言っていたし、防犯カメラにもちゃんと映っている。佐崎が暴行された現場からコンビニエンスまで、100キロ近くもある。昨夜亡くなった佐竹が、共犯者であることはありえないんだよ。現実に考えてな」

「現実に考えなければ」

「ありえんよ。ここはアニメじゃないんだ。現実的に調査をし、現実的に出た証拠こそ全てだ。たとえ一吹さんが佐崎を殺して、それを認めたとしてもだ。俺は、あんたを逮捕することはできない。そのことに後悔しているなら、鉄壁なアリバイを作った自分を恨むんだな」

「でも、事実なんです。俺は、あいつのことを憎んでいて、佐竹と共に、恨みを晴らしたんです」

「晴れてよかったじゃないか」


 鶫山警部は両手を挙げて、笑い顔を作った。小さな子どもが見たら泣き出しそうな顔になっていた。


「納得できない顔してるな。そんなに逮捕されたいのか? 罪悪感か。友人を死なせてしまって、なにかしらの罪が欲しくなったんだろ? それなら、座っている椅子をブン投げて、俺を怪我させた方が確実だ。証拠もちゃんと残るぞ」

「…………」


 俺は沈黙する。膝の上にある拳を、痛くなるほど握りしめながら。


「逆に聞こう。一吹さんがエムストラーンに行く前の過去の自分に戻ったとする。その時のアンタは、今の話をきいて信じられるか?」

「信じない」

「そいつの頭がまともに思うか?」

「精神病院に行けと言いたくなるでしょうね」

「そういうことだ。んな話が事実であってもな。誰も信じねぇ。証拠がなきゃ、妄想でしかないんだ」


 鶫山警部は足を組んだ。


「じゃあ、佐竹はどうなんですか? 胴体が真っ二つになった死体があったんでしょう。あれは事実だ。証拠になりませんか?」

「自殺だ」

「え?」

「あれは自殺だ」

「ありえない。あんな死に方。どうやって自殺になるんですか?」

「それでも、自殺なんだよ。最近は、地球上にはない歯形の生き物に噛み殺されたり、完全密室の中で人間の体よりも大きい足にぺしゃんこにされてたり、高層ビルほどの高さから落ちて死んだ遺体が高層ビルの最上階の部屋で発見された、などといった、ありえない死体をよく発見するんだわ。あんたの友人もそれと同じだ」

「だったら!」

「自殺なんだよ」

「え?」

「おめえのいうエムストラーンという異世界が仮にあったとしてだ。俺たち警察はどうしろというんだ? エムストラーンにいって、バイラスビーストを殺人容疑で逮捕すりゃいいのか?」

「それは……」

「そういうこった。そうした現実的でない死体は全て、自殺として処理することになっているんだ。諦めな」

「え? でも、ちょっと待った」


 俺の中に一つの疑問が浮かんだ。


「なんで、バイラスビーストを知っているんですか?」

「あん?」

「俺、その名前を口にしていません」


 別に引っかけたわけではない。

 その名では通じにくいと、バイストのことをモンスターと言って説明していた。


「そうだったけなあ」


 マズッたという顔をしていた。

 この人はエムストラーンの存在を知っている。それどころか、行ったことがあるのではないか。

 だからこそ、俺の話をバカにせずに、しっかりと聞いていたんだ。


「もしかして、国はあの世界のことを知っている? そうに決まっている。知っているからこそ、エムストラーンで死んでいった人を自殺として扱うようにしたんだ。あなただってそうだ。イェーガーですね?」


 鶫山警部は、キスできるほどの距離まで、顔を近づけていった。口臭を気にしているのか、ミントの香りがした。


「なぜ、エムストラーンのギルスが、日本円に換金できるのか、考えてみれば分かることだろ?」


 小声で彼は言った。

 その意味は聞かずとも分かる。政府の加入がなければ、ギルスはただの数字だ。関わっているからこそ、俺はエムストラーンで稼いだ金を日本円にすることができている。異世界に通貨システムを持ってきたのは、国の偉い人以外にあり得ない。


「なぜなんだ?」


 大きな疑問だ。


「さぁな。俺が言えるのはそれだけだ」


 この人もだ。調査一課の警部というが、担当する犯罪はエムストラーン絡みなのだろう。

 鶫山警部は仕事の一環としてエムストラーンに行っているのか、国はどこまでエムストラーンの存在を把握しているのか、など、聞きたいことは山ほどある。

 だけど、取り調べは終わりだと切り上げられて、俺の疑問を答えることなく、警察署の入り口まで連れて行かれた。


「ここまでですまんな。俺も忙しいんでね」


 ドアを抜けて、外の階段を降りる手前で、警部は立ち止まった。


「あの世界のことを知っているなら、なんで俺を逮捕できないんです? 転送機を使えば、アリバイが崩れることは分かっているはずなのに」

「あんた、まだナビはいるんだろ?」

「セーラ?」

「事件を起こしたあと、転送機で向こうへ行った際、ナビはどう反応した?」

「見なかったことにしてくれました」

「それに助けられたんだよ。ナビがなにも報告しないなら、おまえは何も問題を起こしていない。感謝するんだな」


 鶫山警部はそう言って、警察署の中に戻っていった。

 きっと、大きな罪を犯した者は、鶫山警部のようなエムストラーンを知る人――それ専用の機関があるのかもしれない――に連絡が入ったのだろう。


「むしろナビがいるほうが緩いんですけどねぇ……」


 以前にセーラが口にしたことを思い出す。

 もし、俺にナビが付いていなかったならば、元上司に暴力を振るったあとに、エムストラーンに行ってアリバイを作った時点で、佐竹と共にこの手に手錠がかかっていた。

 転送機を利用した犯罪は想定内だった。佐竹の完全犯罪のアイデアは、エムストラーンのシステム上、上手くいかないように出来ている。

 それを、セーラが見逃してくれたことで、助かっていたんだ。

 苦笑するしかない。

 セーラが、俺のことを思って報告しなかったのは分かっている。あいつは優しかった。俺の人生で出会った女性の中で一番と言えるぐらいに……。

 だけど、逮捕されていたほうがマシだった。

 少なくとも、佐竹は死なずに済んだのだから……。



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