4・ここはゲームの世界じゃない。現実。
「イブ……さん……イ……さ……イブキ……さ……ん……イブ……キ……さん……!」
誰かか俺の名を呼んでいた。女の子の声だ。
それに、顔に温かな雫を感じた。
俺のために、泣いている人がいるのだと思った。
家族から見離された俺に、そんなやつは、いないはずなのに……。
空凪が浮かんできた。丸みのある顔で、細くカットされた眉に、ぱっちりとした一重の、ショートカットの童顔の女性。彼女に出会ったとき、高卒で入社してきた年下の子だと思っていた。本人はおむすびみたいと良くからかわれると、自分のことを嫌がっていたっけ。
裏切られたはずなのに。それでも、女性といえば、あいつが浮かんでくる。
結局、俺はまだ空凪のことが好きなままなのだろう。
「イブキさんっ! イブキさん! イブキさぁーーんっ!」
だけど、俺を呼ぶのは空凪ではない。もっと年下の、金髪の少女だ。
俺はうっすらと目を開いた。
星空が広がっていた。
綺麗だった。空に浮かんだ大きな地球が幻想的だった。
ここは、エムストラーンか……。
「良かった。無事だった、ほんと良かったです」
セーラの泣き濡れた顔があった。
「俺は……どうなったんだ……?」
何時間かは分からないが、暗くなるまで眠っていたようだ。
何があったのか分からない。いや、分かっている。現実に起きた悲劇を、夢であったと否定したがっている。
だけど……それは……。
ダークドクロに斬られた光景がフラッシュバックした。
「シャアナはっ!」
俺は飛び起きた。
「あいつは……あいつはどうなった……っ!」
「シャアナ……さんは……」
言いづらそうにしている。セーラは目をつぶって、首を横に振った。
「現実……なんだな……」
シャアナが真っ二つになった光景は……。
「はい」
「どうやったら……」
「…………」
「どうやれば……生き返る?」
セーラは黙っている。
「なにかいえっ!」
「ちきゅーさんの世界では、死んだ人は、生き返ることができるんですかっ?」
「できるわけねぇだろ!」
「こっちも同じです!」
「魔法でなにか、生き返る術とかあったりするんだろ! その方法を教えろ! 今、直ぐに! この世界ではそういうのがあるんだろ!」
俺はセーラを掴んだ。
「いえよっ!」
潰すように力を強めて、顔の前に持ってきて叫んだ。
「ありません!」
痛い!と苦しそうにしながらセーラは、激しく否定をする。
「なぜ助けなかった! あいつの方が危険な場所にいた。なんで、俺ではなく、真っ先にシャアナの所にいって早く逃げるよう伝えなかったんだ!」
「うちは、イブキさんのナビです! イブキさんのパートナーであり、イブキさんに尽くすのが仕事であって、シャアナさんではありません! なんで、シャアナさんまで面倒みなくてはならないのですか!」
「あいつにナビはいないんだ!」
「自分で解雇したんでしょ! うちは関係ないです!」
「そうよ、この子の……言う通り……」
近くに誰かがいた。
少女の声。
一瞬だけ期待してしまうが、シャアナではなかった。
大きな宝玉がついた長い杖を持った、三角帽子にゴスロリの格好をした少女。彼女の肩には、妖精が座っている。
アイリスだ。
「ナビは案内人じゃなく、て、一緒に冒険してくれる大切なパートナー。30%の取り分が多すぎると、思う人、多いみたいだし、一緒にいるとザコと、バカにされる。でも、私には、ナビの取り分が80%でも、安いぐらい。別れることは絶対に、しない」
相変わらず、下手な喋り方をする。
「なんで、お前が……?」
「セーラはあなたを助けたの。この子にするのは感謝であって、怒りをぶつけることじゃ……ない……」
杖をこっちに向ける。これ以上、セーラを責めれば、敵だといいたげだ。
手を緩くして、セーラを解放した。
セーラは俺から離れることなく、悲しみを浮かべながら、俺の傍にいる。
「うちがアイリスさんに助けを呼んだから、来てくれたんです」
「どうやって呼んだんだ?」
フレンド解除されてないとはいえ、通信は拒否しているので、呼びようがないはずだ。
「アイリスさんにはルルさんがいますから。妖精同士なら、テレパシーで通信することができるんです。だから、ルルさんを通してヘルプしました。不幸中の幸いにも、アイリスさんはこの世界にいて、直ぐにやってきてくれて、イブキさんを救ってくれました」
「なんであんな凶悪なバイラスビーストと戦ってたのよ。あなたを助けるために、時間と苦労をかけて素材を集めて作り上げたアイテムをたくさん消耗することになったんだから。そうでなきゃ、こっちの命も、危なかった」
マントを開いた。その中のポケットにあったアイテム類が空になってしまったと不満げだ。
「アイリスさんが来てくれなければ、イブキさんも、シャアナさんのようになっていました。ありがとうございます」
「もう、感謝は聞き飽きた。黄色のバイストを倒そうだなんて、死に行くようなものなのに。いえ、死にに行っちゃったの……あ……ごめんなさい……」
失言だったと素直に謝った。
アイリスは、俺がダークドクロに殺されるのを、命を張って守ってくれたのだ。いくら文句を言っても言いたりないだろうし、こちらは礼を言わなきゃならない立場だ。
だけど、そんな気になれなかった。
「お前は知ってたのか? エムストラーンで死んでも、生き返ることはないってことを?」
「誰かが死ぬのは、見たことはないけど」
アイリスは頷いた。
「ここはゲームの世界じゃない。現実。死んだなら、当然、死ぬ。それを重く受け止めなくてはいけない」
俺はゲーム感覚でこの世界を見て、浮かれていたのかもしれない。22万のサラダルスを倒す決意したときも、やられても、セーブした所からやり直すような、甘い考えを持っていた。
それで、このザマだ。
22万もの大金と思っていた。その考えは間違っていた。たかだか22万を得るために命を失ったんだ。
後悔しようがない。シャアナはもう帰ってこない。
俺の責任だ。
俺がシャアナを殺したようなものだ。
「セーラ、この世界で人が死んだらどうなる? 肉体は? もし、シャアナの遺体があるのなら、俺は取りにいって供養したい」
「危険ですよう。あのガイコツがまだいるんですから。それに、シャアナさんの遺体は、すでにエムストラーンにはないっス」
「どこにいくんだ?」
「すでに、ちきゅーに転送されています」
「異世界転送機の前に捨てられるのか?」
「そうなると遺体がゴロゴロ放置されることになって、ちきゅーの世界がパニックになるから、家に送られるシステムになっています。希望があれば、エムストラーンで埋葬しますけど、みなさん地球に帰って眠りたいでしょうから」
俺が黙っていると、
「なにか?」
と聞いてきた。
「ゴロゴロということは、エムストラーンで死んでいった人間がかなりいるんだな」
嘘はつけないと判断したんだろう。
「イブキさんが想像するよりも、ずっと多く、います」
セーラは正直に答えた。
※
異世界転送機から、地球に戻っていく。早く帰りたかった。なにもかも忘れて、眠りにつきたい。
そうでなければ俺は、後悔の念で精神がどうにかなりそうになる。
家まで歩けるかも分からない状態だ。
『イブキさん』
セーラの声がした。
「なんだ?」
ケータイを取り出して、弱々しい声で俺は聞いた。
『転送機で所持金を見て下さい』
「なにを?」
『いいから』
言われたとおり、ケータイを転送機にタッチする。
所持金・174698ギルス。
大量の金が入っていた。
昨日まで4万ギルス程度しかなかったというのに……。
『シャアナさんの遺産です。シャアナさんが蓄えていたお金は、エムストラーンが半分を回収して、その残りは仲間に相続されることになります』
なんてことだ。
こんな形で10万円が入ってしまうなんて……。
「かは、は、はははははは……」
俺は壁に背中を付けて笑った。笑ううちに涙がこぼれて、それがとまらなくなった。
『イブキさん……』
「なにもいうな!」
セーラは黙った。
「もう、お前とは会いたくない。二度と、エムストラーンには行かない。絶対にだ!」
『ごめんな……さい……』
涙声になっていた。
「消えろ! 声を掛けるな! 二度と俺の前に姿を現わすな!」
なにも言わず、セーラは通信を切った。
こいつが悪いわけでないのは分かっている。
セーラは俺のために尽くしていたし、彼女がいなければ生きた状態で地球の土を踏むことはできなかった。
それでも、セーラの声を聞きたくないし、二度と会いたい気持ちもない。
異世界で金を稼ぎにいって、最悪な結末を迎えてしまった。
「くそっ!」
俺は、異世界転送機のモニターを殴った。
モニターは壊れることなく、
『ようこそエムストラーンへ! お金稼ぐなら異世界にGO!』
の文字を表示していた。




