7・で、今はなにやってんの?
「シャアナというのは、紅のシャアナというアニメのキャラクターなんだ」
バイラスビースト狩りが一段落ついた頃、佐竹――いや、異世界ではシャアナと言うべきか――が革袋の水筒をごくごく飲んで、口から水をこぼしながら言った。
「5年前のなんだけどね。今も同人が活発なほど、根強い人気あるの。アニメは完結したけど、原作はまだ続いている。ピーク時は年に4本出ていたけど、今は一年に1本あればいいほうねぇ……。大石サムラにヤル気あるのかと問い詰めたいわ。まあ、一生分の印税を稼いだから、なくてもいいんだけど、読者としたら、早くしろおおおおっ! よ。知らない? あたしって、結構な有名人なんだけど」
こいつとネオジパングにいると「おっ、シャアナじゃん」と声をかけてくる奴がたびたび現われた。そのたびに、「いえーい、紅のシャアナ、ここにて参上!」と決めポーズを取っていた。
「俺。アニメ見ないから」
見たことある顔、という程度だ。
「だったわねぇ。エヴァも知らなかったし、こいつ、なんの楽しみに生きているのかって思っていた」
そういうキャラなのか、シャアナのときは辛辣だった。
「アニメ見ずとも生きていける。俺は、他の楽しみがあるんだ」
「この無職に、楽しみなんかあるんスかねぇ……」
俺はセーラを斬りつけた。本気ではない。当たらないようにゆっくりだ。セーラは「こっこでっすよー」と笑って、くるくるっと宙返りをして逃げていく。
「そーいや、イブキの趣味を聞いたら昼寝って答えたっけ」
「あはははははははは」
セーラは、ロングソードが届かない高い場所で、文字通り腹を抱えて笑っている。
「それは少し違うぞ。サッカー以外の趣味を聞かれたから、そう言ったんだ。俺は一つのことに打ち込むタイプだが、飽きるのも早い。野球、剣道、登山、サーフィン、スノボー、など色々とやってきた」
そのぶん、どれも中途半端。長続きしたのはサッカーで二年半だったけど、サッカー部に入っていて、部長をやらされたので、やめれなかっただけだ。
卒業してからは、一度もサッカーボールを蹴っていない。
「運動系が多いっスねぇ」
「囲碁もあるが、一か月しないで飽きた。ラーメン屋巡りは、腹壊して三日でやめたっけな……」
「で、今はなにやってんの?」
俺は少し考えてから。
「エムストラーンで金稼ぎ……」
「その前は?」
「………」
聞かれたくない質問だ。
「おまえは、そのシャアナというキャラが好きだから成り切っているのか?」
「話題を逸らしたっス」
ほっとけ。
「んー、別に、好きというわけでもないんだけど。ああ、ツンデレ的に、すっ、好きじゃないんだからね! じゃなくって、あたし、アクア派だったし。アクトはなんで、アクアとくっつかなかったのかしら。そりゃ、タイトルにもなってるし、メインヒロインだから当然なんだけど、今だ解せぬ」
主人公だか別のヒロインだかの名前なのだろう。
シャアナは、人差し指を天に向けて、先っぽから小さな炎を出した。
「ここに来たとき、私が魔法使いで、炎の属性だったから、真っ先にシャアナが浮かんできたの。それで、シャアナになることに決めたわけ」
炎を大きくした。地面の砂から黒焦げとなったミカンのようなバイラスビーストが現われた。レベル5のザコだ。シャアナはそいつに火を投げていった。
俺が剣で留めをさすことなく、そいつは燃え上がっていった。
「似せるのに、随分とお金使っちゃったわねぇ。だからこそ、こんなにそっくりになれたんだけどね。可愛いでしょ? 紅のシャアナ、ここにて参上!」
くるっと回って、ポーズを取る。
「ふっふっふーん、イブキならあたしたって、惚れたっていいんだからね。99%フッてあげるけど、1%の可能性にかけてみなさい。それが男ってものよ」
「中身を知ったら、惚れる気もならん」
休憩は終わりだと、バイラスビーストのいる所へ俺は歩いて行った。
※
「女だ」
「は?」
俺はバイストを斬りつけながらいった。
『ドロッケイ レベル13』
沼に生命を与えたようなドロドロとした中型のバイラスビーストだ。賞金は1200ギルス。群れを作っているので、全滅できれば、かなりの額が入ってくる。
「なによ、そりゃ、あたしは女だけどさ。あ、まさか、女になりたくなったとか?」
「趣味のことだ。女だった」
「風俗にハマッてたわけ? この炎、イブキにあげちゃおっかなあ……」
「また現われたっス!」
一匹、倒したと思ったら、さらにドロッケイが姿を現わした。
後ろを振り向くも、同じくドロッケイがいた。数えてみると7匹。じわじわと、近づいてくる。
「囲まれたか……」
「ザコのくせに知恵は回ったみたい」
シャアナと背中合わせになる。
「どうしよっか?」
「俺が切り込む。シャアナはその後に続け」
「おっけー。て、そればっかね」
「尤も効率のいい戦いかただからな」
俺は突きのポーズで驀進する。
ドロッケイの手のようなものが、ロングソードを狙った。沼がスライム状になったような奴だ。真っ直ぐに斬っても、通り抜けるだけ。奴の体内に触れると、その部分が硬くなって身動きが取れなくなる。なので、素早く斬りかかって、直ぐに離れなくてはならない。
ロングソードに触れる寸前で、飛び上がった。奴の真下で勢いよくロングソードを回して、背中から腹へとスパッと斬った。切り込んだ肉体にへこみができた。紫色をした球体のようなのが剥き出しとなっている。
奴の弱点だ。
ドロッケイを飛び越えて、直ぐにくるりと体勢を変えてバックする。
「フレイヤ!」
体が修復するまえに、シャアナは炎の攻撃をしかけた。
一匹が消えて、道ができた。彼女は左右にいるドロッケイにフレイヤを連続で飛ばしながら走ってくる。
シャアナの足首が掴まれそうになる。素早くその部分を斬った。
「おまたせ!」
ドロッケイの囲みを突破する。
右足を出して急ブレーキをかけて、ドロッケイの方に身体を向けると、合わせた両手首を前方に突きだした。
「フレイムドゥーエっ!」
フレイアよりも上位の魔法を飛ばす。魔法力を強く消費する分、破壊力に攻撃の範囲は相当なものだ。何匹ものドロッケイが吹き飛んでいった。
「惚れてたんだ。女に。そいつに夢中になっていた。恋愛にハマッてたというべきかな。まあ、それが俺の趣味になっていた」
トドメを刺しながら、俺は続きを言った。
さらに俺は斬りかかっていく。
「どんな奴よ?」
シャアナはなせこんなときに?という顔を浮かべていた。
こんな時だからこそだ。それ以外の時は、酒が入っていても、言えそうにない。
「大空の空に、夕凪の凪で空凪といった。同じ会社の、二年上の先輩でな、ノルマが達成できなくて、仕事に追い詰められて、途方に暮れてたときに助けてくれた。惚れたよ。完全に、ノックアウトだった」
力任せに斬りつける。いい具合に急所に入った。ドロッケイは、ただの沼となり、泡と共に消えていく。
「さらに来たっス!」
どうやらドロッケイの巣に入り込んでしまったらしい。
次から次へと沸いてくる。
「これは、一旦逃げたほうが良くない?」
「いや、全滅するまでやろう」
シャアナが驚いた顔をする。
「勝てない敵ではないんだ。限界までやってみたい」
「オッケー、むしろ大歓迎。あたしたち最強コンビで片付けちゃいましょう」
「ただし、シャアナのMPが切れたら一旦切り上げる。ちゃんと確認しておけよ」
「りょーかい!」
シャアナはフレイアを飛ばした。
魔法力は、使わなければ少しずつ回復をする。なので、休み、休み、使っていく必要がある。そのチャージ時間、俺がシャアナを守っていくこととなる。
「それで、彼女とはどうなったの?」
「付き合ったよ。有給なんてないに等しいブラック企業に勤めていた俺にとって、空凪はオアシスだった。あいつのおかげで仕事にやりがいができたし、成績だって上がっていって、トップに入ることもしばしば、よく表彰されるようになった。俺は、空凪と結婚しようと、指輪を買う資金を貯めていた」
「そこまで、好きだったんだ」
「ああ、彼女無しでは生きられないってぐらいにな」
「それが、どうして?」
「愛人だったんだよ。上司のな」
シャアナは言葉を失っていた。
ドロッケイと部長の顔を重ねた。憎しみが増した。
知った当時は、無気力、絶望だった。
今では怒りに変わっている。
よい感情の変化だ。
「妻子持ち。空凪のことは、好きというよりも、若い体目当てだったんだろう。離婚をして、空凪と結ばれる気はなかった。空凪もそのことを知っていた。だから、俺というガキのような男をキープにしたんだ。しかも、愛人関係を続けたまま。上司の許可ありで」
「うわぁ……」
「部長が、俺をみてニヤニヤしていたわけだ。そいつの愛人だと知らずに、空凪に首ったけになり、彼女の自慢話をしていたんだからな。俺と付き合ってからのほうが、燃え上がったらしいぜ」
思い出すだけでもヘドがでる。
「彼女はなんだって?」
「泣きながらごめんなさい。寂しかった。申し訳ないとずっと思っていた。どうしようもなかったの。キブキと別れるぐらいなら死ぬ。見捨てないで」
「浮気女の言い分のテンプレまんまじゃない……」
「悲劇のヒロインになりきってたよ。しかも、バレながらも、上司との関係を続けようとしていた」
「最低」
「ショックのあまり、一週間声がでなくなった。冗談抜きに、本当に声がでなくなったんだ。俺が立ち直れないでいる間に、部長は根回しを完了させていた。俺はDVをする最低な奴で、空凪に相談を受けてた部長は、そんな悪党を成敗した正義のヒーローになっていた」
「彼女は?」
「もちろん、その口裏に合わせていた。そうでなきゃ、自分の身も危ないからな。彼女は俺を裏切り、上司についた。その時のショックのほうが、愛人だと知った時よりも大きかった」
空凪が、今どうしているのかは知らない。知りたくもない。
今だ部長の愛人を続けようとも、捨てられていようとも、どうでもよかった。
「どんな言い分も聞いちゃくれないし、名誉挽回する気力もない。会社の居場所を失った俺は、追い出されるように、辞める以外になかった」
その後は人間不信となって、貯金が尽きるまで家の中にこもっていた。
運が良かったのか悪かったのか、結婚指輪のために蓄えていた金が、俺のひきこもり期間を長引かせてくれた。
「そのあとは、まあ、趣味という趣味は見つけられなかったな」
趣味の話だったのを思い出し、俺は付け加える。
「ああ、それこそ、寝ることが唯一の楽しみだったな。昼寝だけはやめられない趣味だ」
その間は、嫌なことを忘れることができるから……。
自嘲の笑みする。同情したのだろう。セーラが切なげな顔を浮かべていた。
「…………」
シャアナは、顔を真っ赤にしてワナワナと震えている。
「かああああぁぁぁぁーーーーっ!」
大空にむかって盛大に叫んだ。
「それって、すっごい腹立つ! すごいどころじゃない。殺したいぐらい! クソ野郎の完全勝利なんて、スッキリしないじゃない!」
「現実なんてそんなもんだ」
「そんなことない! フレイムドゥーエっ! フレイムドゥーエ!」
シャアナは、フレイムドゥーエを二連発唱えていった。
「無茶するな!」
火力の大きく、爆風に巻き込まれそうになった。
僅かに残っていたドロッケイたちが、炎の中で悲鳴をあげていく。
今ので、シャアナの魔法力が尽きた。俺は、火の攻撃で弱まったドロッケイを片っ端から始末していく。
全滅。
時間はかかったが、なんとか達成できた。ギルスも二万近く稼げただろう。
「すればいいじゃない」
「なにを?」
「もちろん」
ビシっ!と俺に指を向けて、シャアナは笑った。
「復讐よ!」




