2・これが、シャアナなんだし、それが、可愛いんだから
向かった先はバイラスビースト討伐。
「ん~っ、やっぱ、働かざる者は食うべからずよねぇ!」
……ではなかった。
「まだ働いてもいないだろうが。それをいうなら、腹減っては戦にならぬだ」
「そうともいう!」
アホだった。
こいつ、本当に大丈夫か?
シャアナに連れられていったのは、ネオジパングのエルザの酒場だ。
今日は昼時なのもあって、満席ではないものの結構な賑わいがあった。
全身重々しい鎧を身につけて顔を隠したまま食事をする重装備の騎士二人組。
美少女を4人つれて、ハーレムを堪能している青年。
五メートルはありそうなヘビをグルグルと服代わりにしている女性。
など色々だ。
サラリーマンがランチを取りにやってきた、という格好の奴もいて、ご飯目当てに異世界に来る人もいるようだ。
伝言板に、他にもリクエストが来ているかと確認しようとしたら、シャアナが「最強の仲間がここにいるじゃない」と俺の書き込みを消してしまった。
「昼飯のまえに、一稼ぎをしたかったんだ」
こいつの大遅刻のおかげで、午前の稼ぎは0ギルスだ。
「まあまあ、あたしたち会ったばかりだし、先にこうやって親睦を深めた方がいいわよ。闇雲にエムストラーンの大地を彷徨ったって、運悪く、凶悪なバイラスビーストに遭遇してやられちゃうかもしれないでしょ。ご利用は計画的にって言うじゃない」
「まあ、そうだが……」
「つーわけで作戦会議ー! わー、パチパチパチパチ」
一人で盛り上がっていた。
「リーダーやりたい人ーっ? はいはーい!」
手を大きくあげる。
「つーわけで、リーダーは私で決定!。レベル高くて、先輩で、ナビを連れてないんだし、私が適任よね! つーわけで、言うことをきけい。命令。いまは食事に集中よ。以上!」
「おまえ、ここに来てどれぐらいだ?」
「おまえじゃなくてシャアナと呼んでよね。あさだせーん……じゃなくって、イブキくん」
なにを言いかけた、こいつ。
「シャアナ、エムストラーンにきてどれぐらいだ?」
「えーと、どうだっけなあ。だいだい、三ヶ月ぐらい?」
「結構長いな。それにしちゃあ、レベルが低くないか?」
「まあ、滞在時間なら一ヶ月ちょっとってところだし。それに、この顔にカスタマイズするのに、すっごい労力と時間をかけちゃったからねぇ。凄いでしょ。えへへ、シャアナになってから、多くの人が振り向くのよ、快感!」
「その顔になにかあるのか?」
「紅のシャアナって知らない?」
「知らん」
「うわぁ、これだからリア充は……」
「リア充ってなんっスか?」
「俺も知らん」
きっと、アニメのキャラクターかなんかを再現した姿なのだろう。
シャアナはマンガ肉という、その名を聞いてイメージする通りのものを食べている。一本の骨を手掴みして、大きな肉塊にかじりつくも、表面がゴムのように伸びるし、かなり硬いようで、かみ切るのに苦労している。
「それ、美味いのか?」
「まずい!」
店内で大声で出すものだから、モグッポが「まずいっポ……」とズーンと沈んでいた。
「それにしちゃあ、美味そうに食ってるな」
「いやあ、こんなアニメのようなものをリアルで食べれるんだもん。不味さを通り越して美味くなるってば!」
味はともかく見た目はまんまだし、異世界とマンガ肉のマッチさに、こいつのようにネタとして頼む人が多いのだろう。
「うるさいから、声を落としてくれ」
「え? なんで、いいじゃん!」
「耳が痛いし、店に迷惑をかけている」
周りにいる客の視線が痛かった。
食いながら喋っているし、片足を椅子に乗せるという、行儀の悪さだ。
「スカート短いから、下着、見えてるぞ」
白だった。格好に品がなさすぎて、うれしさもない。
「きゃっ! な、なに見ているのよバカ! スケベ!」
気付いてなかったのか、慌てて足を真っ直ぐにして隠した。
「べ、別にあんたに見せたって、な、なんてことないんだからね。でも、ちょっ、ちょっとぐらいなら……やっぱダメ!」
「それ、なんだよ?」
「ツンデレだけど?」
あえてやっているようだ。
「イブキさん、こいつ大丈夫っスかねぇ?」
ずっと呆れ通しだったセーラが俺の耳元で言った。
「大丈夫ではないな」
メールからして怪しかったが、会ってみても怪しい人物だった。
トイレだと席を立って、そのまま逃げようかとも考えてしまう。
「さあさあ、食った食った。私のおごりなんだから、いっぱい食べなさいよ」
「デザートにプリンアラモードいいっスか?」
「オッケー。2個でも10個でもドーンと頼みなさい」
「シャアナさん、いい人っス!」
「おまえを懐柔するの、すげぇ簡単だな」
俺は、山菜ピラフを食べる。エムストラーンで採取された山菜がたっぷり入っているし、ご飯の一粒一粒がパラパラとしていて美味しかった。
「イブキさ、いつまでナビを連れてく気よ?」
「いつまでって、俺は昨日始めたばかりだぞ」
「早く捨てなさい」
「セーラを捨てるなら、シャアナのほうを捨てる」
「ええー、なんでよ! つか、ナビってデメリット大きいでしょ。私なんか、直ぐお別れしちゃったよ」
「デメリットって、30%の取り分か?」
「それもあるけどさ」
「他にも?」
セーラはプリンの中から顔を出して、「あはは……」と苦笑いをする。
「監視されているみたいで嫌だったわ。青い原獣を倒したからペナルティーだとか、その区域は強いバイラスビーストがいるから行ってはいけないとか、あと一回で倒せそうなのにこれ以上踏み込むと危ないから逃げろとか、異世界転送機を利用してワープしたら本来は行けないことなんだとか、あれもこれもダメだダメだダメだってウザかった。いなくなったときは、自由になったーっ!て嬉しかった」
「ちきゅーさんのためを思ってアドバイスしてるのに、分かってくれないっス」
ナビはナビで言い分がありそうだ。
「俺たちが悪さをしないよう監視も兼ねてるのかもしれないな」
「むしろナビがいるほうが緩いんですけどねぇ……」
俺だけに聞えるようにボソッと言った。
「地球からわざわざ、バイラスビーストを倒しに来てるんだよ。ちょっとぐらいマナーやぶったって、いいじゃない」
「ちょっとも良くないだろ」
「ちきゅーでダメなことは、ここでもダメっス」
「あー、あー、だからナビは嫌いなのよ。ここは地球じゃないんだし、異世界ぐらいハメをはずしたって、別にいいでしょ」
「海外旅行で股が緩くなる女みたいな言い分だな。違った環境で開放感があるのだろうけど、それで後悔するのは自分だ」
「ま、まま、股とか言わないでよ、下品ね!」
「おまえは、相手が散々忠告しときながらも言うことをきかずに失敗をして、全く聞いてなかったとクレームを入れるタイプか?」
「う……」
図星らしかった。
「うっさい、いいじゃない。これが、シャアナなんだし、それが、可愛いんだから……」
不機嫌になって残った肉を食べていく。
中身は男だと思っていたけど、姿は違えど見た目通りの年頃の女なのかもれない。
「そういや、ペナルティーになったらどうなるんだ?」
俺はセーラに聞いた。
「一定数溜まったら、エムストラーンに来れなくなります。溜めていたお金も全部没収となるっス。でも、悪意を持って人を殺す、青の原獣を無意味に殺戮するとか、よほどのことをしない限りは、そこまで到達することはないんで、普通の人なら、気にしなくていいっス」
「一定期間、バイラスビーストを倒さなくてもペナルティーになることはないんだな」
「エムザさんのように、戦わずとも貢献されている方はいますからね。一番困るのは、ちきゅーさんが来なくなって、バイラスビーストを倒す人がいなくなることです。来てくれるだけで歓迎っスよ。それに倒さない方は、結構お金落としてくれるので、ありがたい所もあるっス」
「お金を落とす?」
「イブキさんの現所持金は8310ギルスっス。そのお金を誰が払うのかと考えたら分かりやすいと思うっすよ」
「つまりエムストラーンにも銀行があり、この料理に支払ったギルスなどから貯蓄される。俺が8000ギルスを円に換金するとき、銀行にある金で支払われるという仕組みなんだな」
「そうっス」
「もし銀行の金が底を尽きたら、どうなるんだ?」
「んー、その可能性はほぼないですねぇ。むしろ、増える一方ですから。エムストラーンにいる全てのちきゅーさんが、全額引き落としても、マイナスにならず、たっぷり余るから心配無用です。100万はいく超凶悪バイラスビーストを何千と倒せばそうなるでしょうけど……」
「けど?」
「そのまえに、エムストラーンが死ぬっス」
「100万もするバイラスビーストなんているの!」
つまんなそうに俺たちの会話を聞いていたシャアナが目を輝かせていた。
「いるには、いるけど。絶対にやめとけっス。うちとしては倒してくれるなら大助かりだけど、高レベルのちきゅーさんが10人束になっても倒せるかどうか……」
「あーはっはーっ! あたしらが倒してみせるわよ!」
自分に絶対的自信があるのか強気だった。
無謀なこととはいえ、高額のバイラスビーストは魅力的だ。取り分が半分でも50万ギルスなのだから、あっという間に目的金額を達成できる。
「スロットで高レベル状態なら、なんとかいけるかな?」
「高額のバイラスビーストは知能あるのもいるから、気をつけるべし。別のバイラスビーストにいる場所におびき寄せて、スロット効果を消してから、ガブッとやっちゃうかもしれないです。強くなっているからと油断は禁物っス」
セーラはプリンで体中がベトベトになったと、セーラー服から白のビキニに変えて、コップの中で水浴びをする。
「実はあたし、目をつけているバイラスビーストがいるのよね。そいつの賞金額はいくらと思う?」
「1万か?」
違うとブンブン、ちぎれそうなほど大きく首を振った。
「なんと22万ギルス!」
「うわぁ。相当強くないっスか」
「でっかいけど、レベルは高くなかったわ。賞金が高いのは、新種ものだから、どんなバイラスビーストか分かってないからでしょうね。なんとしてもあいつを倒してみせる。そのために私は、イブキをスカウトしたんですもの。私たち最強コンビでやっつけるのよっ!」
「いや、俺、お前の実力しらないんだが」
「無敵よ。あたし、強いから!」
シャアナは飛び上がって、テーブルの上でポーズを取った。
「愛と正義に荒ぶる乙女、紅のシャアナだもん! さあイブキ、22万をゲットしにいくわよっ! おーっ!」
「お断わりだ」
シャアナは盛大にずっこけた。