第6話:戦争開始、はじまった
万感の思いでその部屋を見つめ、アルマは胸の前で手の平を合わせる。
「これが、私の部屋」
真新しい木材のツンとした香りとフローリングに引いた油の匂い。正面には両開きの木窓、その下にはガッチリした机と椅子が仲良く2つ並んでいる。そして、左右の壁にピタリと押し付けられたシンプルなベッド。
「いいじゃない! すごく!」
「そうでしょうか、ちょっと地味で狭くないですか?」
後ろから水を差したカンナに振り返り、指を突きつけた。
「なぁに言ってるの、ベッドよ、ベッド! 私ん家じゃ毛布に包まって床で寝てたの! これは革命なのよ!」
続いてアルマはバッグから制服を取り出し、うっとりと吐息を漏らす。
シャツはグレーの綿生地で、滑らかなのにしっかりしている。スカートも濃緑の染色剤を惜しげもなく使っている高級品である。黒い革靴はしっとりと濡れたような光沢があり、そして下着には下だけじゃなく上まであるのだ。
「いいじゃない! すごく!」
「そうでしょうか、ちょっと地味できつくないですか?」
自分の発展途上とカンナの育ちまくった胸を見比べる。既に制服に着替えているカンナの胸元は、確かに少しきつそうだ。
「……カンナ、弱者の気持ちを理解しろって言われたこと無い?」
「ありますっ! お父様によくそう言って叱られました。すごい、どうしてわかったんですか?」
(お父様!)
聞き慣れぬ言葉にアルマは改めてカンナを観察する。
少し童顔の彫りの浅い顔立ち、真っ黒で艶やかな髪、赤味がかった肌。それらの特徴が示すことは間違いなく黒髪種という事だ。つまり西の国から来た難民という事であり、まず貴族ではない。
しかし、この言動や気品ある立ち振る舞いから、かなり裕福な家のお嬢様あたりだと目論見をつけた。
見つめられたカンナは少し赤面すると、恐る恐る口を開く。
「あの、もしよろしければ、そろそろお名前を教えて頂けないでしょうか」
「ああ!」
アルマはうっかりしていたと薄茶色の髪を掻き揚げた。
「ごめん、すっかり忘れてた。私はアルマ=ヒンメル、ノイン領出身の14歳、学部は経済学部ね」
「わぁ、アルマ様は経済学部なのですね」
「ストオオオップ! なにそのアルマ様って? あなた私より年上でしょ?」
詰め寄られたカンナは、たちまち泣きそうな顔になる。
「そんな顔したって様なんて絶対に嫌なんだから。アルマって呼び捨てるの。はい、やってみて」
「その、アルマ…………さん?」
「却下! そんな他人行儀な呼び方を1年間もするつもり?」
「うううぅ……あっ! それではアルちゃんと言う呼び方はどうでしょう?」
「アルちゃん!?」
アルちゃんと呼ばれるくらいなら、さん付けの方が遥かにマシである。だが妙案とばかりにはしゃぐカンナを見ていると、これ以上あれこれ言うのも気が引けた。
「……わかった。でも、私はカンナって呼ぶけど、それでもいい?」
「もちろんです。よろしくお願い致しますね、アルちゃん」
改めて言われると背筋が歪みそうになるほどこそばゆかった。
「これも慣れね……あ、カンナはどこの生まれなの?」
アルマは気を紛らわせるため、ランプをテーブルに置きながら聞く。カンナはアルマが着替え終わるまで待っているつもりらしく、姿勢よく椅子に腰掛けてニコニコと微笑んでいた。
「ええと、カンナはゼクス領の生まれです」
「ゼクス! いいなぁ、いつか行ってみたい。じゃあ学部は……あ、待って。学部は当ててみるから」
これも人を見る目を養うチャンスだと思い直した。
学院は7学部で構成されている。政治学部、軍学部、経済学部、工学部、医学部、農学部、神学部の7つだ。
カンナのホワーンとした顔を睨むように凝視し、ひとつひとつ当てはめていく。
(医学……は、無理ね。血を見ると卒倒しそうだし。となると)
「ずばり、神学部でしょ?」
「いいえ」
「あっれぇ……じゃあ、ひょっとして私と一緒の経済学部?」
「違います」
「まさか、政治学部じゃ!?」
カンナはクスクスとさもおかしそうに笑う。
「違います、そんな難しそうな学部はとても無理ですよ。カンナは軍学部です」
「面白い! カンナって面白い冗談言えるんだ。ちょっと意外だったわ。で、本当は何学部? ひょっとして工学部?」
「いえあの、本当にただの軍学部で――」
「……うそっ!?」
軍学部。確かに学科試験の難易度は低い学部だが、鬼のように厳しい実技試験があると聞いていた。馬術検定や剣術の試合まで試験科目にあったくらいだ。
アルマはもう一度カンナを上から下まで眺める。
少し垂れ目のおっとりした容姿は迫力の欠片も無い。平均的な身長で、ボブカットの似合う控えめで可愛らしい女性だ。悔しいことにグラマーですらあるのだ。それが……
「カンナの家はオリベ剣術道場と言いまして、それでその」
「強いの?」
「……その、たぶん」
なんとも弱々しい返事をしたものだった。
アルマが着替え終わり、学院長の挨拶を聞くためにテント横の広場に戻って来た頃、そこは制服を着た生徒達でごった返していた。
広場の片隅には木枠で作った昇降台が設けられており、それが正面と分かった。
「ねえカンナ、あの台の前まで行かない?」
「あのぅ、カンナは後ろで良いのですが……」
「それが聞きなさい、学院長はもの凄い色男らしいのよ」
「っ!」
(あ、食いついた)
アルマは内心ほくそ笑んだ。こう言うところは普通の女性である。
「しょうがないですね、では前から5列目くらいまでですよ」
念を押すカンナの言を「はいはい」と聞き流し、人ごみの中へと引きずり込んでいった。
「それにしても凄い人ですね。砂漠の民までいらっしゃいます」
「え、どこどこ?」
カンナの指差す方向に、確かに砂漠の民がいた。柔らかい猫っ毛の黒髪、黒髪種のカンナと似ているが、明らかに違う点は日焼けではありえない褐色の肌をしている事だ。
彼は誰かに声をかけようとして、何度もためらっているようだった。
「あ、シュルトだ」
「へ? あの砂漠の民の方、アルマさんのお知り合いなのですか?」
「ううん。その前にいる、すっごい不機嫌そうな人いるでしょ? 褐色の髪で片目の」
「ああ、確かに。目の前でエサを取られた猫みたいな顔してますね」
「うわ、それ絶妙な例えじゃない……よし、採用! シュルトに報告しなくちゃ」
そのままアルマはシュルトに向かってずんずんと進む。これにカンナは慌てふためいた。
「ちょ、ちょっと、アルちゃん、まさかシュルト様にカンナが言ったって」
「言うつもりに決まってるじゃない。おーい、シュルト!」
「きゃああああっ!」
シュルトはアルマの声に弾かれたように振り返り、右目を見開いた。
「アルマ……ヒンメル」
そう呟いたかと思うと、シュルトはくるりと背を向け、人ごみに紛れてしまった。
「あれ、行っちゃいましたね」
「あーあ、ほんとに嫌われちゃったみたい。おかしいなぁ……心当たりなんてまるで無いのに」
アルマが頬を掻いて首を傾げると、背後から声が掛かった。
「あの、シュルトさんとお知り合いの人ですか?」
「え?」
アルマが振り返ると、そこに砂漠の民がいた。先程、シュルトに話し掛けようとしていた彼である。
「あの、僕、シュルトさんのルームメイトでカサマ=レディンと言います」
「そりゃまた難しい相手と相部屋になっちゃったわね。あ、私はアルマ=ヒンメルよ」
「よろしくお願いします。アルマさん」
苦笑しながらレディンは軽く会釈をする。年上なのだがどっちかと言うと可愛いと言うイメージの笑い顔だとアルマは感じた。良い人の雰囲気がにじみ出ている。これでは確かにシュルトとウマが合いそうに無い。
「それで、シュルトさんと何とか仲良くなろうと思ったのですが」
「レディンは、あいつが何者か知ってるの?」
このアルマの問いに、彼はあっさりと頷いた。
「知っています。ですが、1年間も無視して過ごすのなんて、ちょっと寂しいじゃないですか。なので、もし会話のきっかけになるような事があれば教えて頂きたいのですが」
「うーん、実は私も嫌われちゃっててね。よく分かんないのよ、あいつ」
「そうですか……」
レディンは残念そうにうつむいた。そのタイミングを見計らったようにカンナがアルマのスカートの裾をクイクイと引く。そして、目でアルマになにやら訴え始めたのだ。
(何?……お腹すいた? いや違うわね。ああ!)
「レディン、こっちは私のルームメイトのカンナよ」
「おっ、お初にお目にかかります、オリベ=カンナです。よろしくお願い致しますっ!」
「ご丁寧にありがとうございます。カサマ=レディンです。こちらこそよろしくお願いします」
(こういう誠実そうなのが好みなのね。なるほどなるほど)
アルマがそう邪推した時、広場に1人の青年が姿を現し、場の空気が変えた。
皆がその青年に視線を吸い寄せられ、そして一様に息を飲む。
純金のような輝きを放つ髪、白磁のような肌、遠目からでも分かる意志の強そうな大きな瞳と凛々しい顔立ち。金色の貴公子、そんな言葉が自然と思い浮ぶ。
マティリアを月とするなら、彼は太陽だった。
(まさか、あれが学院長? いや、流石にまだ若過ぎるよね、まだ20そこそこじゃない)
しかし、彼は止まることなく台に昇ってしまう。そして、生徒達をゆっくりと愛しそうに見回した。
「みなさん、はじめまして。このシュバート国立学院の学院長、エドガー=グロスターです」
不思議とよく通るその声に、ザワリと生徒達が色めき立つ。
エドガー=グロスター。シュバート国の最後の王子。アルマ達から見れば吟遊詩吟の綴る詩歌の住人だ。さらに、マティリアの話によれば学院を設立したのは彼なのだ。
(なるほど、だからあんなに若いのに学院長――マティリアの話は本当だったんだ)
エドガー学院長は軽く頷き、生徒のざわめきを微風のように受け流した。
「どうやら自己紹介は必要が無いようですね。改めて入学おめでとうございます」
そこで言葉を切りため息を1つ吐く。まるで、これから言おうとしている事をためらっているかのようだ。
「知っての通り学院へは20歳未満しか入れません。そんな若いあなた方に、今から私がやろうとしている事は、後に批難されるべき愚行なのでしょう。ですが、私はあなた方の可能性に、この国の命運を賭けたいのです」
脈絡の無い意味深な言葉に、妙な空気が場に漂う。アルマも手をギュッと握り、言葉の意味を必死で推し測ろうとしていた。愚行とはいったい何の事なのかと。
エドガー学院長は今一度だけ逡巡し、その答えを口にした。
「……あなた方にこれからやって頂く事、それはこの無人島に新しい文明を築く事です」
(は? 文明?)
アルマはカンナやレディンと顔を見合わせたが、カンナは首を傾げ、レディンも不明とばかりに肩をすくめた。
「これから一年、多くの者が傷つき、私を恨む事でしょう。ですが、願わくば……」
そこで、さらに声のトーンが落ちる。だが、切実さを増した次の言葉は、アルマの心に深く残る事になったのだ。
「願わくばそれを越え、ここに集う997人全員が未来を照らす光の剣とならんことを、心から祈ります」
そう言うと静かに金色の頭を下げた。それはまるで、謝罪のような一礼だった。
その後、いよいよ授業が開始されると言う事で、生徒達はそれぞれの教室に誘導された。
教室のある建物はテントを中心に寮と反対方向にあり、どの学部もその建物の中に教室がある。従ってその建物は寮よりもさらに巨大だった。
その威風堂々たる外観を見て、アルマはポツリと漏らす。
「こんなすごい建物があるのに、何で新たな文明を築け、なんて言ったと思う? 矛盾してると思わない?」
「ええと、カンナにはちょっと分かりません。レディン様は分かりますか?」
「カンナさん、様はちょっとやめて下さい」
レディンは苦笑いを浮かべると、ゆっくりと首を振った。
「僕にもちょっと分かりかねます……ですが、先程の学院長の言葉、何かあると思って備えたほうがいいでしょうね」
そりゃあそうだけどねと、アルマは風に乱れた髪を直しながら答える。
(でも、何があるか分からなきゃ、備えようが無いじゃない)
やがて、それぞれの教室へと別れ、アルマも指示された教室に入る。
明り取りの大窓が5つもポッカリと開いている広い空間。そこには100脚程の椅子が整然と並んでいるが、机は見当たらない。既に50人ほどが腰掛けて待ち呆けており、アルマもそれに習い椅子に座った。
すると、後から後から生徒が増え、すぐに椅子が足りなくなった。
(ちょっと、何人いるのよ? 本当にここで授業するの?)
アルマが不安に思いアレコレと不安を思い巡らせていると、ふいに肩を叩かれた。
振り返った先では赤毛の長身の女性が不機嫌を顕わにしていた。何かしたかとアルマが思ってしまった程、目が怒っている。
「あの、私、何かしちゃいました?」
「言わなきゃ分からないの? 早くお立ちなさい」
「え? あ、はい」
言われるままにアルマが立ち上がると、赤毛の女は空いた席にスッと座ってしまったのだ。
「ちょ、ちょお! あなた、何考えてるの!?」
抗議もむなしく涼しい眼でアルマを一瞥すると、ツンと前を見る。気持ち良いほど綺麗さっぱり無視されたのだ。アルマの気持ちを一言で言えば「最悪」である。
「ちょっと、あなたいったい何なのよ!」
肩に手を置くと、猫の糞でも付けられた様に眉をひそめて振り返る。ふわりと浮いた赤髪は胸元まであり、貴族か、富豪級の娘だとは見当がついた。
案の定、その女は胸を張って言った。
「私はシュバート国で最大の貿易商であるラーゼ商会の娘、クレア=ラーゼ。世が世なら男爵家の人間ですわ。卑しい人間が席を譲るのは常識じゃなくて?」
「いやよ! 何考えてるの? バカじゃない?」
クレアと名乗った女の顔は、青いトマトが熟れていくように真っ赤に染まった。
(やば、ひと言多かった――かな?)
アルマの不安通り、クレアは立ち上がるや掴みかかりそうな勢いで吠えた。
「この汚らわしい貧民が! 制服を着たくらいで騙せると思って? あなた風情が私に暴言を吐くなど許される事じゃないわ。今すぐひざをついて謝りなさい!」
周囲の視線は2人に釘付けである。だが、厄介なアルマのプライドはちっとも黙ってはくれなかった。
「冗談やめてよ! そこは私の席よ。後から来たんだから立ってるのが当然でしょ。寝言は寝て言って!」
「なっ、なんて、ぶ、ぶ、無礼をっ!」
「無礼はそっちでしょ? 頭悪いんじゃない?」
クレアが怒りに震え、手を振り上げようとした時だった。
ガラリ
1人の女性が教室へと入ってきた。女性は制服ではなくパープルのタイトスーツを着ており、あきらかに30歳は越えている。学院にいる20歳以上の大人はイコール職員か教官であり、この状況からおそらく教官だろう。
初日から悪い印象は与えたくない、そう思ったのかクレアがさっさと椅子に腰を降ろしたので、アルマも納得いかない気持ちで壁にもたれかかった。
「うん、若いねぇ」
アルマの憮然とした顔を見て、女はニタリと笑った。
(なんだろ、すごい迫力……)
アルマの肌が粟立った。
完璧な化粧に阻まれ女の正確な年齢は分からない。丁寧に身だしなみを整えてあるその姿は全く隙が無い。やり手と言う印象を見る者へ一方的に叩きつけていた。
女は教室の前方に進むと、生徒を一望した。
「あたしはユノン=ウンジェ、ユノ教官とでも呼びな。経済学部へようこそ、金の亡者ども」
ユノは困惑する生徒達を愉悦の表情で見つめ、指をパチリと鳴らした。
「うん、じゃあ、まずはプレゼントをあげようか」
ユノの合図と共に廊下から2人の男が現れ、1人1人に厚手の綿袋を配っていく。中にはジャラジャラとしたものが入っていた。
アルマは配られた袋の中を覗き込む。
数字の入った羊皮紙と、色のついたコイン形の固体。その固体にも数字が見て取れた。
「さて、今配ったのは数字の入ったおもちゃ、名前はリアだよ。リア王のリアと同じスペルだ。覚えやすくて良いだろう? うん、まぁ、このままじゃ道端に落ちていても誰も見向きもしないようなゴミだろうさ。でもね、たった今から価値を与えてやる。いいかい?」
(モノに価値を?)
アルマは当惑しながらも、ユノ教官が発する圧倒的なバイタリティを感じていた。化粧をびっちりと決めているから年齢が分からないのではなかった、彼女が内包している活力の故に若くも老獪にもみせているのだ。
「ここに来る前にテントがあったろう? あそこは今頃、大型商店に生まれ変わってるよ。そこで大抵の物がこのリアで買えるようになってる。このツェン島の土地も下にある事務所に申請すれば1年間借りることが出来るはずさね。その代わり、学院から支給するモノは今後一切ないから悪しからず」
ユノは立て板の水の如く淀みなく説明を続ける。誰も口を挟むことが出来なかった。
「これはムゥ帝国の通貨制度を真似たヤツさ。価値が変わって維持費のかかる金貨や銀貨に代わって、学院ではこれが価値を持つのさ。次に通貨の種類だ」
同じ袋から1枚、1枚と異なる紙やコインを取り出す。
「1と書いてある紙が1リア、10と書いてある大きな紙は10リア、黄色のコインが100リア、青いコインが1000リア、赤いコインが1万リアだ。紙やコインに数字が書いてあるんだ。二度と説明しないよ? うん、それじゃあたしが1年間で教えることは以上だ」
ザワリと困惑の色を見せた生徒達を眺め、ユノは満足そうに唇の端を吊り上げた。
「ちゃんと授業をして欲しいって顔だね? でも残念、あたしは生きる為に必要な事しか学ばない主義なんだ。あたしが好き勝手に教えるのはあたしのルールに合わない。そうだね? うん、それじゃ卒業試験を始めようか」
アルマは悲鳴をあげそうだった。この急展開に頭がついていかないのだ。
「ルールは簡単かつシンプルさ。リアを1番稼いだヤツが主席、元金を切ってたヤツは残念賞。わかったかい? うん、それじゃしっかり稼ぎな」
「ユノ教官、すみませんっ! 質問いいですかっ?」
アルマはとうとう悲鳴のように手を挙げて聞いた。
「気に食わないけど1つだけ許可してやるよ。さっさとおし」
「はい。その、ルールみたいなものはないんですか? マネはダメとか、盗んじゃダメとか」
この質問にユノ教官はケラケラと声をあげて笑った。
「そんなもん知ったこっちゃないね。あんたたちで勝手に決めな。ほら、あんた達の大好きな自由とか言うヤツさ。うん、良い言葉じゃないか。反吐が出るよ」
ルール無用、その言葉にアルマは目の前がクラクラと揺らめいた。こんなのは授業でもなんでもない。
では、授業で無ければ何なのだろう?
(現実に決まってるでしょ! 覚悟を決めろ、アルマ=ヒンメル!)
「さて、いい加減始めるよ。まだ質問したい馬鹿はいるかい? 私は大抵、事務所にいるから、質問したい事があったら聞きにおいで。その僅かな時間のロスが致命傷にならない事を祈りながらね」
その通りだと思う、特に今日、最初にこの金をどう使うかは1年間を左右するだろう。
腕の見せ所ではないか、さっきのクレアを初め、貴族のボンクラどもに目にモノ見せてやるチャンスなのだ。
アルマはブルリと体を振わせる。それは正真正銘の武者震いだった。
(よし、覚悟できた!)
そして、ユノン=ウンジェは1年に及ぶ戦いを、事も無げに切ってのけたのだ。
「うん。それじゃ、さっさと初めて頂戴」