第53話:前夜祭(中)
夜も更けた頃、アーシェルは片手に松明を持ち、倉庫のような巨大な建物へゆっくりと足を踏み入れた。張り詰められた古い木床がキイと甲高い声を上げたが、建物の中に広がる闇に飲み込まれ、あっけなく溶けて消える。
その暗闇の奥に一点だけ、薄ぼんやりとした明かりが見えた。
アーシェルは手に持った松明をそれに向かって掲げて歩を進めると、やがて、暗がりの中から一艘の船が浮かび上がった。100人は乗れるだろう大型の帆船が、組んだ丸太の上に静かに佇んでいる。
その悠々たる出来栄えに、強張っていたアーシェルの頬が自然と緩んだ。
(完成……したんだ)
そう、この船こそ兵舎に住む300人が心血を注いで作り上げた、云わば希望の光そのものだった。
特にアーシェルにとっては感慨深い。
兵舎に住むほとんどの生徒は船を造りながらも、その傍らで狩りなどの食料調達に勤しんでいる。
しかし、アーシェルとシュルト、及び数名の技術者はその才能を買われて造船作業に専念させてもらえたのだ。
兵舎に来てから船造りしかしなかったアーシェルは、既に懐かしささえ感じるようになった建物の中をゆっくりと見回した。
(この造船所が無ければ、あと何日かかったのかな……)
造船所――そう呼んでいるこの建物には、別にノコギリやクギなどの肝心な道具や材木があった訳ではない。ただその代わりに、木材を吊り上げられる滑車や船を支える可動式の支柱、そして海に通じる水路があったのだ。
造船所の東半分は作業スペースになっており、地面はごっそりと掘られ、床の代わりに水が張っている。そこは短い水路を通して海に繋がっており、造った船を出入りさせることが可能だった。無論、東側の壁は船が出入りできるよう巨大な扉まで備え付けられている。お陰で直射日光や風雨をしのぎながら作業でき、体力のないアーシェルにとっては救いであった。
さらに造船所に隣接すように川が流れており、それが木材の運搬にどれだけ貢献したか分からない。
『ツェン島が軍事演習場だった頃に、おそらくこの建物は船の修理施設として使われていたんだろう』
シュルトはこの建物を見るなりそう言っていた。
学院を作った者達は、いったいどういう意図でこの設備を残したのだろうか。
そもそも生徒だけをこんな島に押し込めるなど、いったい何の目的があるというのだろう。
脱出すれば全てが明らかになるのだろうか。
じっと思いをめぐらせていると船底の部分からカタンと小さな物音が聞こえた。
アーシェルは音の聞こえた方を素早く照らし、暗闇に目を細めながら呼びかける。
「シュルト?」
その声に反応し、船底と丸太の隙間から誰かがゴソゴソと這い出てきた。
まぶしそうにこちらを見つめる不機嫌そのものの顔は、間違いなくシュルトだ。
シュルトは船を支えている丸太をトントンと器用に飛び渡り、あっという間にアーシェルの前へ降り立った。
「アーシェルか、何の用だ?」
「……部屋に帰ってこないから、心配して来た」
その言葉を聴いてシュルトは面倒くさそうにため息を吐くと、親指で背後の船を指した。
「今朝船底に防水油を上塗りしただろ。その仕上がりをチェックしていただけだ」
「こんなに暗いのに?」
「下手に見えるより、暗い場所から指向性の強いランプで照らした方がよく分かる。こんな突貫で造ったボロ船だ、どれだけチェックしようが万全とは――」
そこまで言って、シュルトは言葉を止める。
「この程度のこと、お前だって知っているはずだ。心配して来たと言うのも――嘘だな?」
シュルトの鋭い眼光の前に、アーシェルは塗り固めようとした嘘を飲み込んだ。
追い詰めるようにシュルトは一歩迫り、再び尋ねる。
「もう一度聞くぞ、なぜここへ来た?」
松明がパチリと爆ぜるまでの間、アーシェルは言うか言うまいか悩んだ。
しかし、隠してもすぐに分かる事だと自分を納得させると、ゆっくりと口を開く。
「明日の前夜祭に、アルマが来る」
この言葉を聞いても、シュルトの顔に変化は無かった。
眉どころか瞼すら動かさず、唇だけを動かして言葉を発する。
「それがどうした。なぜそんな事を俺に言う」
まったく感情を滲ませない無機質な声。
シュルトに変化はない。いや、変化が無さ過ぎた。
アーシェルは言った事を少しだけ後悔して俯いた。
アルマには会って欲しくない。会えば、彼は変わってしまうかもしれない。
父の仇である片腕の男を見つけ出して復讐を果たすためには、どうしてもシュルトの力が欲しいのだ。
「シュルトは、前夜祭には――」
「そんなものに出る訳がない。出航は明後日だ。どれだけチェックしようが完璧などありえない。さっきも言ったはずだ」
シュルトは少し強い口調で言い切ったので、アーシェルは「そう」と安堵のため息を吐く。
それでいい。このまま島を出て行けば全て解決する。
用はそれだけかと尋ねるシュルトに、アーシェルは大きく首を振った後、小さく微笑んだ。
「ううん。ボクも、手伝う」
「ちょっと、ザイルさん。待ってくださいよ! 台車が引っかかってるんですってば!」
カンナは木の根に車輪を取られた台車を支えながら、悲鳴のような声を上げた。
ザイルは「またかよ」と天を見上げて立ち止ると、早く帰りたくて仕方が無いと言う表情を隠しもしないで振り返った。
だが、早く着きたいと思っているのはカンナも同じで、一刻も早くご馳走の山へ突撃する瞬間を夢見て、周囲に号令を掛ける。
「皆さんいきますよ! せーのっ!」
カンナと一緒に荷を押していた男達は、掛け声に併せて歯をむき出しにして台車を押し上げようとした。
しかし、たっぷりと食材を詰め込んだ大鍋を載せた台車は、車輪に根でも生えたのかと思うほど持ち上がらない。
「おーい、がんばれよ。この坂を越えれば後は下るだけなんだからさ」
「そんな事言うくらいならザイルさんも手伝ってくださいよおおぉぉ――っと!」
カンナが怒りに任せて踏ん張ると、ゴトリと車輪が木の根を越える。
押していた男達は額の汗をぬぐいつつ、疲労感の滲んだため息を吐いた。
しかし、腰を下ろして休んではいられない。
なにせこの台車は先頭車両で、すぐ後ろには八台もの台車が山のような食材を載せて後に続いているのだ。
忌々しいほど重い台車をカンナはじっとりと睨み付けた。
「ごめんね、カンナ。無理させちゃって。大丈夫?」
背後からかかった声に振り向くと、アルマだった。
後列で指示を出していたはずだが、止まったのを心配して様子を見に来たらしい。
「さすがにちょっと疲れました。明日は絶対筋肉痛ですよ。そう言うアルちゃんこそ、だいぶ辛そうですけど」
指示を出しているとは言え、アルマとて楽をしているわけではない。ずっしりと重そうなリュックを背負い、その額からは汗が噴き出している。
むしろ全ての台車の間を行ったり来たりしている彼女こそ、一番疲れているのではないだろうか?
「私が泣き言なんか言ってられないもの。でも、ちょっとだけ休憩をとりましょうか」
アルマは休憩の指示を後ろの台車に伝えると、お疲れ様と水の入った革袋をカンナに手渡す。
その水がちゃぽんと弾む音を聞いた途端、カンナは喉が渇いている事を思い出し、いそいそと口紐を解くや喉の奥へと一気に流し込む。
「うくっ、うくっ……」
ひんやりとした水が体中に染み込んでいくようだ。
一気に水を飲み干してしまったカンナを見て、アルマは物憂げな表情を浮かべ、ザイルに尋ねた。
「ねえ、ザイル。もっと楽な道はなかったの? これじゃ、着くのが夕方になっちゃう」
「大型の台車が通れそうな道はここしかないんだよ。大丈夫、もうすぐ下り坂になれば道もマシになるから――って、キャラバンもここを通ってるんだろ? アルマだって知ってるはずじゃないか」
「あー、その、私はちょっと……」
アルマはバツが悪そうに言葉を濁すと、バツが悪そうにずり落ちかけたリュックを背負い直す。
「アルマ。まさかとは思うけど、兵舎に来たことがないのか?」
「ええと……うん」
「はぁ!? 今じゃ学院と同じくらいの人数が兵舎にはいるんだぜ? なんで、こっちには来てくれないんだよ」
「それは、その……なんとなく、かな」
「なんとなくねえ」
ザイルはしぶしぶと引き下がったが、納得がいかないという表情がありありと浮かんでいる。
その後姿にカンナは誰にも気付かれないほど小さく頭を下げた。
(ごめんなさい、ザイルさん。たぶん、カンナのせいです)
水のなくなった革袋を大鍋の中に詰め込みながら、カンナは思い出していた。
シュルトやアーシェルが黙って去り、部屋に閉じこもったあの日の事を。
『アルちゃん、知らなかったんですか。シュルトさんとアーシェルさんは愛し合っていていたんですよ』
二人に見放されたと落ち込んでいたアルマに、カンナがこっそり耳打ちした言葉だった。
『きっと、誰にも邪魔されないよう二人きりになりたかったんですね』
シュルトなんかに振り回されることなく、アルマらしく立ち直って欲しい――その想いから、つい口を出た嘘だ。
長い長い沈黙の後、アルマは震える声で『そっか……そうだったんだ』と呟くと、カンナにぎこちなく笑ってみせた。
しかし、その顔は涙を流していないだけで、泣いているようにしか見えなかった。
(きっと、アルちゃんは自分の気持ちに気付いてなかったんですね)
これまで人と触れ合う機会が極端に少なかった彼女は、優しさや友情と言った感情は理解できても、芽生えかけていたその感情が何か、きっと分からなかったのだ。
だからアルマは泣くことすらできず、自分がなぜ苦しいのかも分からず、作り笑いを浮かべたのだろう。
(でも、アルちゃんはすぐに立ち直ってしまいました。本当に、強い人です)
例えシュルトの事を頭から追い出すためだったとしても、アルマはアルカンシェルのリーダーとして十分以上に責務を全うしている。まさにカンナの狙い通りだった。
不安があるとすれば嘘がばれてしまう事だったが、結局アルマは二人の事を詮索するどころか、聞くことすら避けていた。
そして、とうとう明日はシュルトが島からいなくなる。
いまさら何を心配する事もないだろう。
(これで良かったんですよ。アルちゃん)
じっと空を見上げているアルマを見て、改めてそう思う。
アルマの人生がシュルトなどに狂わされるなど、カンナには到底耐えられない事だった。
彼女ならば無限の選択ができるはずだ。もっと明るく優しい人を見つける事だって、容易くできるはずだ。
そう、たとえばあの人なんてどうだろうか。
顔がちょっと綺麗過ぎるかもしれないが、彼なら大人だし、きっとアルマを――
「アルマさんじゃありませんか!」
想像していた人の声がいきなり飛んできて、カンナは思わず立ち上がる。そして慌てて左右を確認すると、そこにいたのは長い髪に稀代の美女と見紛うばかりの美貌の男――マティリアがゆったりと坂を登っていた。
アルマも彼の姿を見つけるや、懐かしさにパッと顔を輝かせた。
「マティリアじゃない、久しぶり! ちゃんと生きてたのね!」
「お陰さまで病気もしておりません。アルマさん達も前夜祭へ出席されるのですか?」
「もっちろん。ほら、これぜーんぶ今夜のご馳走なの。期待しててね」
「ほほう、これは素晴らしい。謹んで、ご相伴に預からせていただきます」
マティリアは柔らかい微笑みを浮かべながら優雅に一礼した。
その一挙一動が芝居がかってはいるものの、ため息が出るほどに様になっている。
カンナがうっとりと見つめていると、マティリアの後ろから軽薄な笑みを浮かべたもう一人の男が顔を出した。
「やあ、アルマちゃん。相変わらず元気そうだね」
マティリアの情報屋で働いている男で、名を確かリーベルと言ったはずだ。
おそらく彼も貴族の端くれなのだろうが、カンナは彼を見るたびに胸がざわついて、どうにも好きになれない。
顔立ちは悪くない。むしろ、野性味と気品のバランスの取れた整った顔である。能力もあのマティリアが認めているのだから、よほどの傑物と考えていいだろう。
でも、なにか彼の態度に危険な臭いのようなものを感じるのだ。
それはアルマも同じようで、挨拶を返した声音がほんの少しだけ低くなっていた。
「お久しぶり、リーベル。あなたも元気そうね」
「元気。今夜のご馳走期待してるから、頑張ってね」
「……あ! じゃあ、これお願い!」
アルマは背負っていたリュックを肩からはずすと、リーベルの胸元によいしょと押し付けた。
「うお!? っとっとっと!」
リーベルはその重さにバランスを崩したものの、腰を落としてなんとか踏みとどまる。
「なんだよこのリュック、人でも入ってるのか?」
「人聞きの悪い事言わないでよ。でも、中身を見たらきっと驚くわよ」
アルマの言葉にリーベルが恐る恐るリュックの口を開くと、そこには真っ白な体毛を生やした動物が2頭、寄り添うように入っていた。
リアクションを期待するアルマの視線の先で、しかし、リーベルは怪訝そうに眉をしかめる。
「……なんだい、この動物は」
「は? リブよ、リブ。あなたリブも見たこと無いの?」
「へえ! これがリブか。始めて見たよ」
感慨深げに見つめるリーベルに、アルマはこれだから貴族様はと言わんばかりのため息を吐いた。
「こんなの郊外に行けば誰だって飼ってるでしょ。毛を刈って衣類にも出来るし、メスなら乳も出す、平民にとってはありがたーい必需動物なのよ」
「知ってるさ。確か、乳歯が生え変わるまでをリブ、大人になるとラムと言うんだよね?」
「そう。そういうことは知ってるのね。リブとラムじゃ、肉の柔らかさと臭みが全然違うんだから」
子供の頃に食べちゃうなんて、ちょっと可愛そうだけどねとアルマは肩をすくめたが、リーベルは大きくかぶりを振った。
「美味しいものは美味しい、それは事実だからしょうがないよ。しかし、また思い切ったね。そう何匹も居るわけじゃないんだろう?」
「うん。でも、最高のご馳走を用意したかったから」
そういった後、アルマが一瞬だけ覗かせた寂しそうな表情を、カンナは見逃さなかった。
ベストを尽くしたかったのは、誰のためにですか。
あの人に認めてもらいたかったんですか。
カンナはその質問を胸の奥にしまうと、黙って台車を押しはじめた。
「おーい、見えたぞ! 兵舎だ!」
そのザイルの声が響くや、疲れて俯いていたアルマはハッと顔を上げた。
背中の荷を弾ませながらザイルの傍に走り、その指差す方をじっと見つめる。
「どこ?」
「あそこだよ。ほら、あの隙間から見えるだろ?」
どこに見えるのか最初はよく分からなかったが、密林の隙間に焦げ茶色の建物の一角が垣間見えた。
こうなると現金なもので、疲れていたはずのアルマ達一行はぐんぐんと速度上げ、曲がりくねる林道を下って行く。
「わあ!」
密林が一瞬切れ、兵舎の全容が眼下に見えた瞬間、アルマは感嘆を漏らした。
「広い! 学院より大きいんじゃない?」
「ああ、平屋だから面積だけ言うと学院より広いはずだ。収容可能人数はざっと1200人、生徒全員がここに住むことだって出来るんじゃないか」
「はぁ……」
ザイルの得意そうな口上にアルマはもう一度感嘆の息を吐いた。
考えてみれば大規模演習用の兵舎ともなれば、確かにこのくらいのサイズが必要だったのだろう。100人程度がぶつかり合う軍事演習なら本国で十分なわけで、周囲の被害を気にしなければならないほどの大規模な演習を行いたかったからこその設備だろう。
しかし、これだけの設備がいらなくなったのは何故だろうか。
シュバート国は北の国々とは停戦状態になっているが、学院長が最初に言った通り海向こうの強国からは狙われているはずだ。
これだけの軍事設備を潰してまで、この学院になんのメリットがあるのだろうか?
じっと立ち止まって考え込んだアルマの肩を、ザイルがポンと叩いて笑いかける。
「大丈夫か? 後の道はほとんど真っ直ぐだから、サクサク下っちまおう……って、あれは、迎えか?」
ザイルの怪訝そうな視線の先をたどると、確かに兵舎の門から5,6人が出てきて、こちらへ向かって歩いてくる。
それに向かってザイルが手を振ると、向こうも盛大に手を振り返したばかりか、中心にいた男が大声で叫んだ。
「アルマさーん!」
臆面も無く名を叫ばれ、アルマは一歩後退さる。
男の奇行はそれに留まらず、迎えの一団から一人だけ抜け出すと、坂を懸命に駆け上がってきた。
「な、なに? あの人なんなの?」
「さあ――っていうか、迎えが来るとも聞いてないんだけどな」
尋ねてみてもザイルは首を傾げるばかりだ。
そうこうしているうち、男はぐんぐんと迫ってきて、とうとうアルマの眼前まで完走してしまった。
ぜいぜいと上がった息を懸命に隠しながら、ずり落ちかけた眼鏡をくいと中指で押し上げるや、爽やかさを若干履き違えた微笑をアルマに向ける。
「ア、アルマさん。ゼィ――お――オフンッ、おひさしぶりです――ゼィ」
「フィ、フィロゾフ?」
フィロゾフ=メンシュハイト、クーデターのリーダーで幸いにもあの日に一命を取り留め、たしかそのまま兵舎のリーダーになっていたはずだ。
アルマが名を呼ぶや、フィロゾフは目を丸くして歓喜の表情を浮かべた。
「おお! 覚えていてくださったんですね!」
「え、ええ、そりゃまあ……お久しぶり、元気そうね」
「勿論ですとも。こうして生きていられるのも、全てアルマさんのお陰です。おお! ますますお美しくなられて」
大げさに叫ぶとアルマの手をスッと取り、膝を地に着けて手の甲に熱く口付ける。
(ひいっ!)
悲鳴を喉元で抑える事にアルマは辛うじて成功した――が、果たしてそれが良かったのか悪かったのか。
引きつった顔で困惑するアルマに、フィロゾフは立ち上がるや満面の笑みを送る。
「それにしても、一度もこちらへ来て下さらないなんて。自分は――あ、いえ、我々は随分と寂しく思っておりました。何か理由でもあったのでしょうか?」
「あの、ごめんなさい。ちょっと、その、忙しくて」
「多忙でしたか。いえ、そうでしょう、そうでしょうとも。このフィロゾフ、分かっております。あなたほど優秀であれば、さもありなんです」「はあ……」
「さあさあ、さぞやお疲れでしょう。アルマさんには特等部屋を用意しましたので、そのご多忙の疲れも含めて一泊と言わず何泊でもしていてtください」
「な、何泊って……兵舎のみんなは明日脱出するんじゃないの?」
「いえいえ。船には100人ほどしか乗れないのですよ。そして自分はこの兵舎の生徒を預かる責任者、おいそれと逃げ出すわけにはいきません。次の船を造る予定はありますが、まずは最初の脱出者達に救援を求めてもらおうと言う訳です」
と言う事は、シュルトやアーシェルはどうなのだろう。ひょっとしたら明日出発しないのだろうか。
(――でも、そうだとしても、それが何なの)
浮かない顔になったアルマを見て、フィロゾフはパンパンと手を打ち鳴らし甲高い声で命じる。
「これ! ザイル! アルマさんはお疲れのようだ! お荷物をお持ちしなさいっ!」
「……誰だよ、お前」
ザイルの冷たい視線に、フィロゾフはごほんと咳払いをして「いいから合わせろ」と小声で訴える。
その一部始終を見たカンナは、妙なテンションで空回りするフィロゾフにボソリと評価を下した。
「この人はバツ……っと」