第45話:アルカンシェル攻防戦(上)
ザイルは息を切らしながらも、休むことなく森の中を駆けずり回っていた。
「はぁっ――はぁっ――くそっ! 目印はどこだよ!」
ゆっくりなどしていられない。なにしろ赤犬達の本体が既にアルカンシェルに到着しているはずなのだ。
しかし、帰り道を示す目印はなかなか見つからなかった。敵に見つからないよう分かりにくい場所へ墨で小さく書いてきたせいだ。
こんなことならもっと目立つように書けばよかった――そう後悔しても事態は好転などしない。かえって気ばかりが焦って空回りしていた。
(落ち着け、落ち着くんだ。シュルトに言われたとおりに狼煙はちゃんとあげた。アルカンシェルは――クレアは絶対に大丈夫だ)
ザイルは深呼吸を繰り返して気を落ち着けると、目を皿のように見開いて目印を探した。
やがて、約束の場所にたどり着き、川のほとりいた人影を見つけた時は、嬉しさのあまり手を振って叫んでしまった。
「おーい、シュルト!」
その声にシュルトは怒りの形相で振り返った。
右手で黙れ、左手で伏せろの合図をザイルへ送りつける。
よく見るとシュルトは茂みの影に隠れており、耳をすませば葉の擦れ合う音に混じり、遠くから怒鳴り声が風に運ばれてきた。
敵が向こうにいるのだ――ザイルは慌てて身を伏せると、忍び足でシュルトの傍まで近づいた。
「悪い、戻るのがずいぶん遅れちまった」
「そんな事より二度と大声は出すな。あと、尾行はされなかっただろうな?」
「お、おう。狼煙を上げた後はダッシュで逃げたし、ちゃんと遠回りもして帰ってきた。目印だって奴らに分かり難いように工夫したんだぜ」
確認するように二度三度と頷きながら報告したザイルの肩に、シュルトはポンと手を置いた。
「狼煙は無事アルカンシェルから確認できたようだ。こちらにまだ被害は出ていない……よくやったな」
その言葉にザイルの目尻に涙が浮かんだ。
クレアたちの無事にも心底ほっとしたし、そしてあのシュルトに褒められたのだ。
安堵と嬉しさと恥ずかしさが入り混じって、ザイルは頭の後ろをガシガシと掻きむしった。
「あ、いや……でもさ、シュルトの言った通りの場所に敵が来たからだよ。実を言うと俺、半分くらい疑ってたんだ」
「問題ない。疑いながらでもお前はやり遂げた。俺の人選に間違いが無かったと言うことだ」
そう言ってシュルトに肩をグッとつかまれた。
認められたのだ――そう思った瞬間、体がブルリと振るえ、胸がどうしようもなく熱くなった。
そんなザイルの気持ちを見抜いたのか、シュルトは表情をひきしめる。
「だが本番はこれからだ。アルカンシェルの様子を確認したいだろうが、先に次の作戦を説明する。いいな?」
「あ、ああ。分かった」
正直を言えば、危険を冒してでもクレアの無事を目で見たかったのだが、今は我慢すべきだろう。
その覚悟を見てシュルトは満足そうに頷いた。
「よし、ではザイル、種火はあとどれくらい残っている?」
ザイルは手に持っていた取っ手付きの小鍋をシュルトに見せる。中には炭化した樹皮が何枚も重ねられており、そこから小さな煙が出ていた。
その樹皮の枚数を確認し、シュルトはよしと頷く。
「これだけ残っていれば補充はいらないな。いいか、それを絶対に手放すなよ」
「分かった。それにしてもコレってスゲー便利だよな。あっという間に火が付いちまったぞ」
「既に火が付いているのだから、その表現は正しくないな。それに、こうやって種火を保存する方法は大昔からある方法だ」
「へえ……」
見ただけでは分からないが、この真っ黒な樹皮の中で火が隠れてくすぶっていると言う。
最初に使う時はこんなものがと、やはり半信半疑だったが、黒い樹皮を一枚取って息を吹きかけただけで、瞬く間に狼煙からは真っ黒な煙が立ち昇ったのだ。
こんな知識を非国民と罵られ日陰で生きてきたはずのシュルトが、いったいどこで知りえたのか――
「おい、ザイル。次の作戦を説明するぞ。いいか?」
「あ――ああ。すまん」
「しっかりしてくれ、次の作戦はタイミングが大事なんだ。まずはあれを見ろ」
言われてシュルトの指した先に目を向けるが、そこには小川がチョロチョロと流れているだけだ。
何の変哲も無い川で、途中で少しあふれているくらいの特徴しか、
「……あっ!」
そう、川は途中まで増水し川縁を越えてあふれているのだ。そして途中から急激に水位が減っている。
境目をじっと見ると、大きな板と幾つもの石で流れがせき止められていた。
板にはつっかえ棒があり、これを取るなり折るなりすれば、あの溜まった流れは一気に開放されるだろう。
「この川ってアルカンシェルの前に流れてる川だよな……ひょっとして、水攻めをするんだな!」
ザイルは興奮を隠せなかった。
この仕掛けで敵を一掃するのだ、そう考えるだけで胸が高鳴り――しかしそこで気付いた。
「……ちょっと待て。こんな小さな川をせき止めて、いったい何になるんだよ? せいぜい川辺で寝てるヤツしか殺せないぞ?」
「殺す必要など無い。いいか、これは――」
シュルトが説明しようとした時、それを遮って地鳴りのような音が森に響き渡る。
それは何百もの人間が上げる喚声だった。
びりびりと狂喜を孕んだ声が木々を震わせ、何羽もの鳥達が森のあちこちから飛びたつ。
ザイルは身をすくめると、きょろきょろ不安げに周りを見回した。
「な、なんだ? なにが始まったんだ?」
「決まっている。赤犬どもの攻撃だ……大丈夫だとは思うが、念のためやつらの動きを確認しておいた方がいいな。ザイル、木登りは得意か?」
「お、おう!」
「ならあの木に登れ。学院側に一際大きくせり出している枝が見えるだろう? あの上からなら、学院の様子が見えるはずだ」
学院の様子を見ることが出来る――ザイルは大きく頷くと、種火の入った鍋を地面に置き、無我夢中で木のうろへと手を伸ばした。
「おい、見えたか?」
「――ちょ、ちょっと待て……あ! 見えた!」
一望とまではいかないが、木々の隙間からアルカンシェルの壁が小さく見えた。
そのまま枝の上でゆっくりと立ち上がると、砦の扉に押し寄せている制服姿の一団が確認できた。
まるで巣穴を埋められた蟻のように、扉の前に群がっている。
「おい、ザイル。アルカンシェルの様子はどうだ?」
「扉は無事みたいだ。いや、ちょっと待てよ――」
扉の前にいた数人が、なにやら始めたようでザイルは必死で目を細めた。
彼らはなにやらギラリと鈍く光るものを取り出したかと思うと、一斉にそれを振りかざす。
次の瞬間、ガチンと言う鈍い金属音が遠いここまでハッキリと届いた。
「お、おい、シュルト。あいつらでかいハンマーみたいなもんで扉を壊してるぞ! やばいよ!」
「だから大声を上げるな。いいか、砦の扉は鉄製で厚い。そう簡単には壊せないはずだ。それより橋は見えるか?」
「橋? 橋って砦の前にあるあのちっちゃい橋の事か? なんでこんな時に――」
「いいから、橋を探せ!」
ザイルはしぶしぶと橋を探し始める。
すぐに川にかかる小さな橋を見つけたものの、ガチンガチンと悲鳴のような音が響く度にチラチラとそちらに視線が戻ってしまう。
「おい、ザイル。橋は見つけたのか? 橋の両端はちゃんと見えるか?
「両端? ああ。一応見えるぞ」
「よし、では――」
「ちょ、ちょっと待て! おわっ――」
その時、ザイルはとんでもないものを目にして、危うく木の上から落ちそうになった。
「おい、シュルト、大変だ!」
「だから、大声を上げるなと――」
「それどころじゃないんだ! 赤犬の奴らがアルカンシェルの壁を登ってる!」
「なっ」
シュルトの言葉に始めて驚愕の色が浮かんだ。
「おい、登っているのは何人だ?」
「ええと、見えるだけで20、いや30人はいる」
次から次へと素手で壁を登り始めているのだ。
頂上からはそれを見つけ、あたふたと騒ぐ生徒達の姿もあった。
確かにアルカンシェルの外壁は石切りの精度が悪く隙間は大きい。考えれば登る事も不可能ではないだろう。
しかし、巣穴を塞がれた蟻が別の入り口をもとめて這い上がっているような光景に、ザイルはとてつもないおぞましさを感じた。
「お、おい、シュルト、どうするんだよ? あいつらどんどん登ってるぞ!」
「いや、奴らが登りきる事は無い。外から侵入される対策は既に打ってあるからな。だが、問題はそこじゃない」
その言葉にザイルは砦から目を離し、下を見た。
シュルトは険しい顔で宙を見つめている。その先にあるのは、おそらく赤犬の首謀者だろう。
「ただ登るだけでも難しいあの外壁を、上から妨害されながら登るなど不可能だ。あいつがそんな事をするなど……待てよ、奴らはまさか」
ブツブツとつぶやいている内容の半分はザイルには理解不能だった。
シュルトは押し黙って考え込んだ後、最後にふっと鼻で笑った。
「……ふん、そうか。それが狙いか。だが、お前の誤算はあいつが相手だと言う事だな」
そう言ったシュルトの声には、もう焦りの色はどこにも見えなかった。
「おい! どうするんだ! 奴らはそこまで迫ってるぞ!」
「まさかこういう時の準備をしていないのか!」
ヅィーガーを中心とした生徒達がアルマに詰め寄っては怒鳴り散らしていた。
その顔には恐怖と焦りがあり、アルマは言うか言うまいか悩む。
一応、こういう時のための準備はある。大きな梯子や櫓を敵が用意していた時のためにシュルトが準備させていた物があるのだ。
「おい! 答えろよ!」
「でかい事を言って、結局これかよ!」
「いつまで黙っている! 今は貴様がこのアルカンシェルのリーダーなのだぞ!」
男達の目に殺気が混じり、アルマは肩を落とした。
そして、人ごみに紛れている屋上の中央部分にある小さな倉庫をゆっくりと指差した。
「……梯子の脇に、大きな石が50、竹で作った長槍が10本、それに少しだけど油があるわ」
「おお!」
「でもちょっと待って――」
アルマは呼び止めようとしたが、血気にはやったヅィーガー達はもう聞こうともしなかった。
ヅカヅカと歩き出すと、邪魔な生徒達に向かって怒鳴り散らす。
「敵が来るんだぞ! 戦う気の無い奴はさっさと中に降りよ!」
すると、アルマがあれほど言ってもきかなかった生徒達は我を争って下の階へと駆け込んでいった。
この有事においてはアルマの言葉より、ヅィーガーの決断力が遥かに力を持つのだと思い知らされた気分だった。
しかし、このままヅィーガーに任せてはアルカンシェルの周りが血で染まる事だろう。
――訳もわからないままに争って、納得しないまま手を血で汚してしまって、本当にいいの?
考える間でも無かった。
アルマは嬉々として石を持ってきたヅィーガーの前に立ちはばかる。
「なんだ? まさか止めるつもりか?」
「そ、そうよ! だって、相手は同じ生徒なのよ? ついこの間まで、仲間だった人じゃない!」
「仲間だと!」
ヅィーガーは一瞬憤怒の表情を見せ、その直後にわざとらしい笑い声を高らかに響かせた。
「姫様はなんと寛大なことか! 黙って殺されるつもりだぞ! 皆も聞いたか!」
「違う。そうじゃないの、ただ――」
「田舎育ちの姫にはこの状況がまだ理解できぬらしいな! 黙って死ぬほど、我々は博愛主義者ではないぞ!」
「で、でも――」
「うるさい! そうまで言うなら、奴らを止めてみせろ!」
外を指差したヅィーガーはあざけり交じりの顔でアルマを見下し、周りにいた生徒達も冷たい目を向ける。
それでも負けたくないとアルマは分かったと頷き、アルカンシェルの壁から身を乗り出した。
敵は既に中ほどまで登っており、石壁の隙間へ手足の先を丁寧に入れながら一心不乱に屋上へと迫っている。
だが、平気なわけが無い、怖くないわけが無いのだ。
「引き返しなさい! 私達には石も槍も準備してあるの! その状態で登るなんて馬鹿げてるわ!」
登っていた生徒達が一斉にアルマを見上げ、その手を止めた。
だが、すぐに誰かが登り始めると、波が広がるようにその周りの者も這い上がってくる。
「やめて! それ以上登るなら、私達は攻撃しないといけない! なんでそこまでするの!」
アルマの悲痛な声を押し返すように、下からはカイツの怒声が返ってきた。
「止まるな! 登れ! 一斉に登って、あの貧民に正義の鉄槌を下せ!」
アルマの声には全く反応しなかった者達が、カイツの声にだけは「おお!」と声をあげ、歯を食い縛って登ってくる。
だが悲しんでいる暇など無い。
それならもう一度――息を吸い込んだ瞬間、肩を乱暴に引かれ、アルマは後ろに転がった。
「もう十分だ! これ以上茶番に付き合う余裕など、我々には無い!」
屋上の床に転がったアルマを忌々しそうに見下ろしたヅィーガーは、その手に持った顔ほどもある石を高らかに振り上げた。
「――ま、待って!」
アルマは飛び起きてヅィーガーに詰め寄ろうとした――だがしかし、その静止は間に合わない。
石はあっけなく投下され、それを追って壁から身を乗り出したアルマは、祈るような気持ちで下を覗いた。
――お願い
しかし、その祈りもまた聞かれなかった。
石は登っていた男の肩を直撃し、その生徒の全身から力を一瞬だけ奪い取る。
それだけで十分だった。
男の手が壁から離れ、その手は再び壁を掴むことなく宙を彷徨う。
そして、体はゆっくりと後ろへと倒れていった。
「うわあああああ!」
男の顔が恐怖に歪み、絶叫が空へと消えていく。
アルマはそこで目を閉じた。
最期まで見るべきだったかもしれないが、それ以上男の顔を見ることは出来なかった。
「まずは一匹だな……おい、石をジャンジャン持ってこい!」
「――待って!」
ヅィーガーの嬉しそうな号令を、アルマは怒りの声で止める。
「ヅィーガー! 三日間は耐えるって言ったはずよ! その約束を忘れたの!」
鬼気迫るアルマの表情と、その目に溜まった涙にヅィーガーは忌々しげにうなった。
納得はされなかったが、攻撃の手は止まった――おそらく、これが最後のチャンスだ。
アルマは目に溜まった涙をガシガシとこすると、息を大きく吸い、再び壁に張り付いている生徒達に心から問いかけた。
「なんでこんな場所で死のうとするの! こんな馬鹿なことで死んで、それでなんで満足なの? あなた達が死ねば悲しむ人がいるんでしょ! お願いだから、それを思い出して!」
最初の犠牲者が出てひるんでいた生徒達の心の隙に、その言葉は待っている人の影を甦らせるのに十分だった。
「降りるなら、私達は攻撃しない……だから、お願いだから、もう引き返して」
涙に濡れた声に、誰かが一段だけ下がった。その隣にいた男も下の隙間を探し始める。
やがて、満ちていた潮が引くように、アルカンシェルの壁を囲っていた生徒達は一様に引き返し始めたのだった。
下からカイツが何か怒鳴っていたが、その流れは一向に止まらない。
アルマは安堵の息を吐き、そしてゆっくりと振り返ると正面からヅィーガーを睨んだ。
「もし今攻撃するなら、私が絶対に許さないから」
「……やはり、お前はリーダーの器じゃない。今、それがハッキリと分かった」
ヅィーガーは心底あきれ果てたように首を振り、立ち去る間際にアルマへ言葉を吐き捨てた。
「三日だ……三日経ったら、お前をここから投げ落としてくれる。覚えておけ」
木の上から覗いていたザイルは、降りていく赤犬達を見て安心したものの、最大のチャンスに何もしないアルカンシェルの生徒達に腹を立てていた。
「くそ! なんで攻撃しないんだよ! バカじゃないのか!」
川の辺にいたシュルトは、その声にゆっくりと振り返りザイルを見上げた。
「いや。今はあれで十分だ」
「は? 十分だって? ふざけるなよ! 俺は何だってする覚悟を決めてきたんだ。それなのにあんなぬるいやり方で、どうやって勝つつもりだよ! アルマ相手だとずいぶん甘いじゃないか!」
「……俺が甘い、だと?」
シュルトの隻眼が下からザイルを射抜く。
底冷えするようなその視線に、ザイルは鳥肌がたった。
「ザイル、お前には敵の弱みが分からないのか? 敵は何のために戦いを仕掛けている?」
「は? ええと、目障りだから、だろ」
「違う。そんなものは建前に過ぎない。奴らの本当の狙いは何だ?」
「ええと……ああ、そうか! 食料だ!」
「そう、食料だ。裏を返せば、それこそが奴らの急所――そこまで言えば分かるな?」
シュルトの諭すような説明に、それでも分からないザイルは焦った。
額に指を当てると必死で考える。
(ええと、弱点が食料って事で、それで敵を殺さないのは……ああ!)
冷静に考えれば、すぐに出る答えだった。
「敵を殺さないのは、食料の消費を早めるため……なのか?」
「そうだ。兵糧攻めを行う場合、敵に全く攻撃を加えない事などザラにある。食料が尽きれば、敵は勝手に死んでいくのだからな。アルマは違う考えだろうが、結果的に敵を追い詰めれば良い」
「とは言ってもなぁ……飢えるのを待つなんて、悠長だろ」
それでも納得しないザイルに、シュルトは肩をすくめ、また質問をした。
「かつてシュバート国が創立した時、死刑の最上位に餓死刑と言うものがあったが、10年も経たずに廃止された……何故だか分かるか?」
さっきからシュルトは質問ばかりだ。まるでザイルを試し、鍛えるかのように。
分からない事だらけだとザイルが首を振ると、シュルトはそこでニタリと唇の端を上げた。
「看守の気がもたなかったからだ。同じ部屋に監禁された人間同士は、やがて血肉を求めて食らい合う。そして最後まで残った人間は、とても人とは思えぬ形相になり、呪いの言葉を吐き続けて死んでいく……それを近くで聞き続けた看守は徐々に狂気に犯され、やがては親しかった人間を次々に――」
「わ、分かった。分かったよ! もういい!」
シュルトが言うと、遠い出来事じゃない気がして昔話でさえ空恐ろしかった。
ザイルの非難がましい視線を受けて、シュルトは腕を組んで真顔に戻った。
「中途半端な優しさは、時に残酷な結果を生む。それさえ知っていれば、善意を意図して使うことも出来るという事だ。誰かを守りたいなら覚えておけ」
「分かった。甘いのは、俺だったよ」
なんとなくだが、ザイルは分かった。
シュルトはザイルの状況を自らに重ねているのだ。
愛する者を守る、この状況を。
ならば少しでもその知識を身に止めておく必要だあるだろう。
「つまり、このせき止めた川も敵の食料をどうにかする仕掛け――って事だろ?」
「ああ。奴らは奇襲のために行軍を急いだが、補給部隊はそうはいかない。おそらく半日は遅らせてくるだろう。あの人数の兵糧を運ぶには大きな荷車が必要だろうが、荷車ではあの密林はとても通れないからな」
「補給部隊……確かに、それらしいのはいないな」
「そして、荷車が通れるルートで敵本隊と合流するなら、必ずあの橋を渡る」
「……まさか、橋に何か細工をしたのか?」
シュルトは再び唇の端を上げる。そして、
「さて、奴らを滅ぼすぞ」
なんでもない事のように宣言したのだった。