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第28話:裏切りの末路

 灯火の無い生活では、日と共に生活する事が多くなる。

 レディンは日沈と同時にベッドへ入り、眠気が訪れるのを静かに待っていた。

 寝間着として使っているのは故郷から持ってきた貫頭衣。生地は少しゴワゴワするものの、砂漠の民が好んで焚く香が染み込んでおり、この香に包まれているとよく眠れるのだ。

 しかし、今夜だけは違っていた。

 妙な胸騒ぎがして、ソワソワといつまでも落ち着かない。


「あの、シュルトさん、起きてますか?」

「……ああ」


 シュルトもベッドの中で起きていたらしく、ぶっきらぼうな返事が返ってきた。出合った当初を考えればシュルトが素直に返事をするなど想像もしなかった事だった。

 その要因は――考えるまでも無くアルマだろう。彼女に会ってからシュルトの持っていた険しさが少しずつ消え、それどころか笑顔まで垣間見えるようになったのだ。

 あの笑顔こそ本来のシュルト=デイルトンなのだとアルマは言っている。もしそうなら笑顔で「おはよう!」と挨拶するシュルトがいつか見られるのだろうか。


「プッ! クククッ」

「――貴様、失礼という言葉を習わなかったのか?」

「あ、いや、これは違うんです。それより、あの、今日アルマさんと出かけた時、何かあったんですか?」


 つい爽やかなシュルトを想像してしまったレディンは、慌てて気になっていた疑問を投げかける。別に誤魔化している訳ではない。夕方、部屋に戻ってからシュルトの様子が少しだけおかしかったのだ。


「……どうしてそう思う?」

「帰ってから、シュルトさんの様子が少し、その――怖かったもので」

「怖い、か」


 シュルトは自嘲気味に鼻で笑うと、少しだけ体を起こした。


「……悪い話だ。それでも聞きたいのか?」


 真剣に問われ、レディンはうっと言葉を詰まらせる。

 しかし、最近はアルマの様子も変だ。1人で思い悩む姿を多く見かけるようになった。このまま知らないところで亀裂が深まる事は、絶対に嫌だった。


「シュルトさん、お願いです。教えてください」


 数秒の沈黙が流れ、やがて、シュルトは静かに語り出す。


「俺達の情報が漏れていただろ。あれは――」


 扉がけたたましく叩かれたのは、その時だった。


 ダンダンダンダンダンッ!


 扉よ壊れよ、とばかりの乱暴なノックだ。

 何事かとベッドから飛び起きたレディンは戸口へ走り、扉を少しだけ開いた。

 扉の隙間から覗いたのは空色の瞳、その胸にはイモシシの子供がちょこんと鎮座している。


「アーシェル! こんな時間にどうしたんですか!」


 扉を開け放ったレディンは、アーシェルの格好にさらに驚いた。

 背には大きく膨らんだリュックがあり、アーシェルがゼイゼイと呼吸する度に上下に揺れていた。

 さらに膝からは真っ赤な血が流れ、頬や肩には土がこびりついていたのだ。


「アーシェル、まさかこの暗い中走ってきたんじゃ――」

「カンナが、変なの!」

「変?」


 首を傾げて聞き返したレディンは次の瞬間、背後に走り寄ったシュルトに横へ押し退けられていた。

 シュルトはそのままアーシェルに詰め寄り、怒鳴るように尋ねた。


「どう言う事だ! カンナに何があった!」

「わ、分からない。アルマの部屋が、ぐちゃぐちゃで。それでカンナ、アルマの事――忘れてた」


 その言葉に、シュルトは呼吸を忘れたように息を止めた。

 そしてグラリと一歩下がると、両手で自らの頭をギリリと掴んだ。


「まさか……くそっ! 俺は、また……くそおおっ!」


 らしくないほど動揺したシュルトは、我に返ると弾かれたように部屋へ戻り、半月刀を引っつかんだ。

 そして、レディンとアーシェルの間を矢のように通り過ぎると、そのまま廊下の壁を蹴るようにして駆け出した。

 そこでようやく、レディンもただ事ではないのだと悟る。


「僕も行きます。アーシェルはここにいて下さい」


 そう言って駆け出そうとすると、アーシェルがレディンの貫頭衣をガシと掴んで引き止めた。


「アーシェル?」


 星明りに照らされたその顔は、悔しそうに歪んでいた。

 本当は一緒に行きたかったのだろう。しかし、足手まといにしかならない事も理解しているから、何も言えないのだ。

 レディンはその小さな肩に静かに手を置いた。


「大丈夫です。かならず僕とシュルトさんで何とかして見せますから」


 アーシェルは小さく頷き、その後、レディンを見上げて言った。


「カンナ、すごく嫌な感じがした……お兄ちゃん、気をつけて」

「え?」


 そこでアーシェルはしまったと顔をしかめ、逆にレディンの顔は綻んだ。

 大きな不安のせいか、貫頭衣に染み付いた香が彼女を過去に戻したのか、アーシェルが兄と呼んでくれたのだ。

 もう二度と呼んでもらえないだろうと思っていただけに、それは万の言葉よりも嬉しかった。


「ありがとう、アーシェル。できる限りの事はやってみる。もし僕が――」


 そこで口をつぐむと、レディンは首を振って笑った。


「もし疲れたのなら、僕のベッドで休んでいてください」


 レディンは持っていた鍵をアーシェルの手の平に押し付け、既に階段に差し掛かっているシュルト目掛けて駆け出した。


 やがてレディンの後ろ姿は、闇に溶けて見えなくなる。


(もし僕が――)


 アーシェルはその言葉の先を考えまいと兄と同じように首を振った。

 代わりに手に残された鍵を見つめ、祈るようにギュッと握りしめた。




 アルマは強い衝撃を感じ、うっすらと目を開ける。どうやら床の上に落ちたようだ。

 ベッドから転がり落ちたのかと思ったが、頼りなく揺れるランプの灯りを見て、ここが自分の部屋ではないと気が着く。

 そして、鈍い痛みが顔にズキンと走った。


「むっ――むぐっ?」


 苦痛の声を上げようとしたが、口が何かにふさがれて声が出ない。

 手を口に当てると布が固く巻かれていた――口封じの布だ。

 そこで思考が一気に繋がった。


(私、アグリフに捕まって、それで……)


「目が覚めたか」

「手間が省けてちょうどいいじゃねえか、ゲハハハッ!」


 上半身を起こすと、ランプに照らされた凶悪な顔が2つ、こちらを見下ろしている。

 慌てて逃げようとしたが、半歩下がったところで背中に机が当たる。左右を見ても、逃げられそうな場所は無かった。


「ゲハハハッ! バーカ、逃げられねぇよ」


 毛むくじゃらな巨漢の男が熊のように近づき、神経質そうなもう1人は後ろから油断無く忠告する。


「メシャク、お前に任せる……分かってるな」

「チッ、分かってるよ」


 メシャクと呼ばれた男は舌打ちすると、おもむろにアルマの髪を掴んだ。


「今から命乞いをするチャンスをくれてやる」


 そう言うと、物でも扱うように乱暴に引っ張った。

 たまらずアルマは床に膝をつき、前のめりの姿勢を強要される。額は床すれすれまで押し付けられ、痛みに涙がにじんだ。

 無論、そんなことなどお構い無しにメシャクと呼ばれた男はアルマの首の後ろをグリグリといじる。口封じの布を緩めているのだ。


(これが、最後のチャンスだ)


 絶対に諦めてなんかやらない。こいつらの思い通りになんかならない。

 アルマは大人しくその時を待った。

 やがて、布が僅かに緩んだ。


「そらよ、命乞いを――」


 メシャクの言葉を遮るように、アルマはありったけの叫び声を上げる。

 だが、姿勢が悪くて思うように声は響かない。すぐさま口封じの布が引き絞られ、メシャクはアルマの腹を思い切り蹴り上げた。

 激痛――屈強な男が無防備な腹を遠慮無しに蹴り上げたのだ。暴力とは無縁の世界で生きてきたアルマにとって、それは堪え難い痛みだった。

 痛みはすぐに恐怖へと変わり、声が出せないと分かっても悲鳴が口から止まらなかった。


「やってくれたな。そうこなくちゃ楽しみがいがねぇ」


 メシャクは嬉しそうに呟くと、髪を掴んだままアルマを吊り上げ、床の上に引き倒す。

 そして息を吐く間もなく、メシャクの巨体が蹴り上げたばかりの腹の上に乱暴に飛び乗った。

 痛みと重圧、そして這い上がる嫌悪感に呼吸が止まる。

 嫌だ。怖い。痛い。感情がグチャグチャになり、アルマは無我夢中で圧し掛かる男を引っ掻いた。

 だが、メシャクは余裕の笑みすら見せてそれをいなす。


(誰か、助けて――シュルト! カンナッ!)


 しかし、その叫びは口に詰められた布のせいで音にすらならない。

 恐怖と悔しさで、アルマの目から涙がこぼれた。


 コンコン


 その時、控えめなノックの音が部屋に入ってきた。

 メシャクは不機嫌そうに舌打ちすると、もう1人の男に言う。


「隣のカスどもだ。この際だから少し脅しておくか?」

「……そうだな」


 控えていたもう1人の男はやれやれと肩をすくめ戸口に向かう。


「てめえのお陰で余計な面倒が増えちまった。これはお仕置きしないと、なぁ?」


 ニタリと笑ったメシャクは腰からダガーを引き抜くと、アルマの喉元に押し当てた。

 その冷たい感触に、顔から血の気が引く。


「そんな顔するなよ。まだ殺してやらねえよ。ゲハハハハッ!」


 メシャクはむっとする息を吐きつけ、ダガーを制服の襟元(えりもと)に引っ掛ける。


(何を――)


 そう思う間もなくダガーは滑り、制服を胸元まで引き裂いた。





 全てが闇に沈むのが嫌で、カンナは窓を開け放ったままにしていた。

 星明りに紅姫を照らし、鈍く光る様をぼんやりと見つめている。


(誰か、来る)


 獣のように荒々しい足音が近づいくる。

 それがこの部屋を目指しているのだと、カンナは何故か確信できた。


 バンッ!


 一息に扉は開き、渦を巻いた気流にカンナの黒髪が小さく揺れた。

 そこにいたのは半月刀を構えたシュルト――これもなんとなく予想していた。

 表情は暗くてよく分からないが、荒々しい呼気が怒りの程を表している。


「……カンナ。貴様、アルマを斬ったな」

「アルマ? それは誰の事で――」


 ギインッ


 部屋へ飛び込み様に放ったシュルトの突きを、カンナは後ろに下がりながら正確に払う。


「危ないですね。斬られたいんですか?」


 そこまで言って、カンナの肌が粟立った。

 肌がビリビリするほどの凄まじい殺気をシュルトから感じたのだ。


「……また、守れなかった……また、俺は……」


 肩を戦慄(わなな)かせ呟きながら、シュルトはゆっくりと中段に構えた。

 その蒼い隻眼の奥に、怨念じみた炎が揺らめく。


「貴様を、殺す」

「――いいですよ。カンナ、あなたなんて嫌いでしたから」


 カンナも刀を正眼に構えると、息を細く吐き出した。

 暗い。だがそれは相手も同じ事だ。むしろ、ここまで殺気を垂れ流している相手など、目を閉じても斬れる自信があった。

 相手を斬る未来(イメージ)を何十と頭に思い描き、僅かな剣先の動きに全神経を集中する。


「なっ――何やってるんですか!」


 新たな人影が飛び込んだのは、その時だった。



 レディンは、目の前で繰り広げられる光景が信じられなかった。よりによってシュルトとカンナが斬りあっているのだ。

 激しく困惑するレディンに、シュルトは吐き捨てるように告げた。


「レディン、こいつは敵だ! こいつがアルマを斬ったんだ!」

「き、斬ったって、そんなシュルトさん、何を――」

「裏切り者はこいつだったんだ! 情報を漏らしていたのもこいつだ! こいつはラーゼ家お抱えの暗殺者なんだよ!」


 そう叫ぶシュルトの憎悪が偽りとは、とても思えない。

 静かに刀を構えるカンナを、レディンは(すが)るような目で見た。


「カンナさん。あ、あの、アルマさんを斬ったなんて――嘘、ですよね?」


 しかし、カンナはレディンを見もせずに言った。


「だから、アルマなんて人、カンナは知りません」

「嘘だ! 嘘だと言ってください!」


 叫ぶレディンを、カンナは苛々とした口調で突き放す。


「レディンさん、出て行ってください。カンナ、あなたまで斬りたくありません」


 その態度も嘘など言っているようには思なかった。

 本当なのだ。本当にカンナは暗殺者で、アルマを斬ったのだ。

 こんな時、無力な自分にできる事など無い。カンナの言う通りここを去るべきなのだろう。

 しかし、服に染み付いた香の匂いが、アーシェルと交わした約束を思い出させる。

 きっとなんとかしてみせると、自分にできる事はやると、妹にそう約束したのだ。


(でも僕なんかに、いったい何が――父さん。もし、父さんなら)


 一瞬だけ見えぬ空を見上げたレディンは、震える足を前へと踏み出した。

 進む先はシュルトとカンナの構える刀の間。つまり、張り詰める死線の只中。

 突き刺さる殺気を、拳を硬く握りしめて辛うじて耐えた。


「お、おい、レディン! 死ぬ気か! そこをどけ!」


 シュルトの咎める声を無視し、レディンはカンナの瞳を正面から見つめる。

 そこでようやくカンナはレディンと視線を交錯させた。


「いったい、何ですか?」

「カンナさん、お願いです! もう止めて下さい! こんなの、おかしいですよ!」


 いくら叫んでもカンナの漆黒の瞳は微動だにしない。

 だが、まだあきらめる訳には行かなかった。


「カンナさん。もし罪を犯したのと言うなら、僕も一緒に償います。神様は絶対にカンナさんを見捨てたりしません!」


 クツクツと湯が煮え立つような音が、闇の中からせり上がる。

 カンナが、肩を震わせて笑っていたのだ。


「何が、おかしいんですか」

「だって、おかしいですよ……レディンさん。カンナの名前の意味、教えてあげましょうか?」


 クツクツと笑い続けるカンナの顔が、一瞬だけ、窓から入った星明りに照らされる。

 それは笑っていながら、泣いているようにも見えた。


「神なんていない。それがカンナの意味です」




 神などいない――母は耳が擦り切れるほどカンナにそう言い続けた。

 誰も信じるな。信じれらるのは己が技のみ。身に付けた技だけは、決してお前を裏切らない。

 それが、母の絶対の教えだった。


「神なんて何も助けてくれない、神に見捨てられた母が絶望してつけた名前、それがカンナ。そんなカンナを神が見捨てないだなんて、笑っちゃいますよ!」


 笑いながら、カンナの心はどこまでも冷めていた。


「……では、何故でしょうか」


 レディンがポツリ呟く。


「何故、アルマさんがカンナさんの前に来たのですか。何故、同じ部屋になったのですか!」

「だから、カンナはそんな人……」


 言われる度に頭が痛くなり、言葉を遮ろうと切っ先をレディンの喉に向ける。

 しかし、レディンは忌々しいほど真っ直ぐな視線を逸らす事もしない。

 それどころか、さらに一歩近づいた。


「きっとアルマさんはカンナさんに与えられた希望だったんです! 神様がくれた奇跡(チャンス)だったんです! あんな人がまた、カンナさんの前に現れるとでも思っているんですか!」


 胸がざわつく。言葉が刃になって胸を抉る。

 そうか、この目の前にいる男は自分に絶望したのだ。そんなの、いつもの事ではないか。


「みんな、カンナの事嫌いになるんですね。なら――もういいです」


 全て忘れよう。決意して刃を突き出した。

 だが、レディンは動かなかった。

 迫る刃先ではなく、ただカンナの目だけを見て、叫んだ。


「大好きに決まってるじゃないですか!」


 刀はレディンの喉に触れる直前、何かと衝突したように止まった。その事に一番驚いたのは、カンナ自身だ。

 目は吸い込まれるように、レディンの瞳から逸らす事ができない。


「でも、カンナさんは知ってるはずです。僕よりもっと、ずっと、あなたを大切に思ってた人がいた事を」


 刀を持つ手がカタカタと震え、切っ先はレディンの喉元で揺れる。

 シュルトの殺気でも怖気づかなかったのに、何の殺気も武器も持たないレディンがひたすらに恐ろしかった。


「そ、それ以上近づくと、殺しますよ」


 しかし、レディンは喉元に刃があるにも関わらず、さらに一歩を踏み出す。

 刀の先に当たった感触が恐ろしくて、カンナは声を上げて刀を取り落とした。


「アルマさんはきっと全部知っていたんです。カンナさんが暗殺者だって事も、いつか裏切られる事も。それでも、カンナさんを信じていたんです!」

「そ、そんな人、カンナは、忘れて――」


 レディンがさらに一歩――つまりカンナに触れるほど近づき、そして抱きしめた。


「だから、お願いです。アルマさんの事、忘れないでください!」

「っ!」


 耳元から聞こえたレディンの叫びに『お願い、忘れないで!』と願う声が鮮烈に蘇える。

 冷たかった胸の奥が灼熱に沸騰し、頭に巣食っていた黒い塊が霧散する。

 アルマとの数々の思い出が涙と一緒に溢れ出て、カンナは力尽きたように膝を着いた。


「そこをどけ、レディン。こいつはアルマを斬ったんだ。俺は許すつもりなど無い」


 シュルトの声が遠くから聞こえた。レディンはカンナから離れると、その前に立ちはばかる。

 アルマを斬った――シュルトは確かにそう言った。

 だがそれは違う、カンナはアルマを斬っていない。だってアルマは今、


「アルちゃん!」


 カンナは紅姫を逆手に掴むと、驚く二人の脇を駆け抜けた。




 カンナは闇の中を文字通り全力で駆けていた。

 アグリフはアルマの所持品を強奪した。生かすつもりなど毛頭無いのだ。

 そして、時間は絶望的なまでに過ぎている。


(――アルちゃん)


 溢れてくる涙を拭ったカンナに、甲高い耳障りな声が告げる。


『戻れ! 道場が潰れてもいいのか!』

「道場――」


 道場がそんなに大切だったろうか?

 いや、むしろ幼い日々から消えて無くなれと思っていたはずだった。そんな事すら忘れていたのだ。


『愚かな! もうあの娘とて間に合わぬ!』


 その言葉に動揺したのかカンナは木の根につまずき、地の上を派手に転がった。


「カンナ!」


 倒れたカンナに、後ろからシュルトが声をかける。

 この闇の中を追いかけてきたのだ。


「どう言うことだ! アルマが、生きてるのか?」

「わ、分かりません。でも、きっと――」


 きっと、アルマは生きている。

 カンナは歯を喰いしばって立ち上がると、アグリフのいる寮を目指し、再び走り始めた。



 寮に入り階段を駆け上がろうとしたところで、カンナはその足をピタリと止めた。

 1階に1つだけ、開いた扉から明かりが漏れ出ている部屋があったのだ。


「あの部屋、確かあの2人の……っ!」


 カンナは嫌な予感に顔を蒼白に染め、明かりの漏れる部屋へと駆け寄った。

 中途半端に開いている扉に手をかけ、思い切り開く。


「アルちゃんっ!」


 部屋に飛び込もうとしたカンナは、慌てて飛びさすった。

 入口近くにナイフを持った男が立っていたのだ。

 手足の異様に長い男――どこかで見た事があり、おそらくこの男もアグリフの手下なのだろう。

 そして、その男の脇から部屋の中が見えた。


「あ、あぁ……」


 奥の床で、ランプに灯りに照らされて、アルマが静かに倒れていた。

 制服の胸元が、無残に裂かれている。

 カンナの頭の中が沸騰した。


「うわあああああああっ!」

「カンナ、待てっ!」


 カンナが男に斬りかかろうとした時、後ろから追ってきたシュルトが鋭く制止した。

 何故止めたのかとカンナが怒鳴ろうとした時、男の腹に深々とダガーが刺さっている事に気付く。

 幾人も殺してきたカンナには、それがあきらかな致命傷だと分かった。

 困惑するカンナを抑えるように、シュルトは進み出て呟いた。


「……ビスキム」

「遅いぞ。非国民」


 男――ビスキムは、僅かに唇の端を上げて応えた。


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