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第24話:光の中で目を開け

 アルマ達は背の低い草の上で円を描くように座り、額を突き合せるように計画を煮詰めていた。

 今はアーシェルが油脂の活用方法について提案している。

 たどたどしい彼女の説明は返って無駄な情報が無く、理学の苦手なアルマにもすんなりと理解できた。 

 説明の最後にアーシェルは、油脂の塊をむんずと掴み、アルマに掲げて見せる。


「だからこれは、ランプの燃料に、向いてないの」

「それで松明(トーチ)にした方がいいってわけね」


 小さく頷いたアーシェルは、ナイフで油脂の表面を削るジェスチャーをした。


「油脂を細く切って、棒の先に布と一緒に巻く。それで松明の完成」

「へええ、結構簡単ね。布は前に買った麻布が使えるかも……カンナ、20本ほど欲しいんだけど、作れそう?」

「もちろんです!」


 カンナはにっこり笑って頷いた。切り難い油脂も、彼女ならば問題無いだろう。

 アルマは指折り数えながら、残りの作業を確認する。


「じゃあ、松明の作成はカンナにお願いして、レディンは料理担当でしょ、あと薪割りは――」


 シュルトが分かっていると頷き、あぐらをかいたまま半月刀を肩に担いだ。


「俺がやろう。たしか、大校舎の裏手に伐採されたままの木が山積みになっていたはずだ」

「でも折角立派な剣なのに、刃こぼれしちゃうんじゃない?」

「剣はいつか必ず折れる。それに刃こぼれしないように斬るのも、鍛錬のひとつだ」


 不機嫌そうな顔で言い放ったものの、それはアルマ達に気遣いをさせない、彼なりの不器用な配慮なのだろう。

 本来、シュルトはとても優しい性格なのかもしれない。それを捻じ曲げてしまったのは、周囲からの視線や言葉ではないのか。

 そう思ったアルマが見つめていたせいか、シュルトは視線を逸らし、落ち着きなく首の後ろを掻いた。


「別に、必要無いならやらないが……」

「ううん、すっごい助かる――さて、あと足りない物って何かある?」


 アルマの問いにスッと手を上げたのはレディンだった。

 料理担当を自ら引き受けてから責任感に目覚めたのか、疲労困憊といった表情はすっかり影をひそめているようだ。


「まずスープをつげる大きなオタマが欲しいですね。あと、この前使わせてもらった塩は絶対必要です」

「塩? ――ああ、スープの味付けに使うのね」

「それもありますが、下ごしらえとして肉にすり込んで置きます。そうすると旨味がじわりと染み出てくるんですよ」

「うわ、聞いただけで美味しそうです!」


 カンナは思わずよだれをぬぐう。

 無論、肉を食う事などほとんど無い貧民アルマも、完成が待ち遠しくてしょうがないのだ。


「分かった、すぐに布と一緒に部屋から取ってくるね。オタマに、あとスプーンも足りないか。アーシェル、すぐに作れそう?」

「スプーンは、すぐには無理……串でもいいなら」

「十分よ。お願いね。よし、これで必要なモノは揃――」

「待って下さい! まだあります!」


 叫んだのは再びレディンだった。半ば腰を浮かせ、声高に主張を始める。


「スープの具が肉とキノコと少しの香草だけじゃ寂しいでしょう? そう思っていたら向こうの露店で、ネギとホワイトラディッシュが売っていたのを見かけたんです!」

「へ、へえ」


 呆気に取られたアルマの生返事をしぶい反応と判断したのか、レディンは両手を大きく開いて、さらに熱く語り出す。


「いいですか? ネギがあると、肉の臭みを消してくれるばかりか、スープの味に一本の芯が通るんです。まさに鍋料理の影の主役! それにホワイトラディッシュは砂漠ではダイコンと呼ばれて――」

「わ、分かった! 分かったから。野菜の調達は後で私がやるから、ね?」


 語り足りなそうなレディンを制し、アルマは内心で苦笑した。


(ああ、こう言う人を鍋貴族って言うのか)


 鍋貴族とはノイン領の言葉で、鍋を任せた途端に性格が豹変する人種を指す。

 何故そんな言葉があるのか不思議だったが、これで得心いったとアルマはひとり頷いた。


「アルマ、いいのか? 野菜を買えば準備にも人がいる。水汲みや皿の回収にも人手がいるだろう。少し手が足りないと思うが」


 言われてみればシュルトの意見は確かにその通りだった。どこからか人手を借りねば、とても間に合わないだろう。

 しかし、ゆっくりと手伝いを募集している時間も無い。迷っているこの時間すら惜しいのだ。


「まあ人手については私が何とかしてみるから、みんな心配しないで」


 士気を落としたくなかっただけの苦し紛れの返答だった。

 しかし皆は「出来るのか?」とも「どうやって?」とも聞かない。

 無論、諦めているのではない。アルマが何とかすると言えば、やってくれると信じているのだ。


(これじゃ、出来ませんでしたなんて、とても言えないじゃない……でも)


 その信頼が泣きたくなるほど嬉しかった。

 心地良い緊張感にブルリと身を奮わせ、アルマは飛ぶように立ち上がった。


「よぉし、それじゃ――」


 続いて皆も当たり前のように立ち上がり、アルマの号令を待つ。

 かつて、自分が羨ましくて見る事すら出来なかった仲間が、今この目の前にいるのだ。

 なんとしても成功させたい、握った右手を高らかに空へ突き出し、その思いの丈を叫んだ。


「やったりますかっ!」




「ふっ、ふっ――ふざけるなっ!」


 怒声が上がったのは、大広場で野菜を売っていた露店からである。

 店長はふっくらとした体格の男で、穏やかな印象の人物――だった。そして今は目を吊り上げ、真っ赤になって怒っている。

 左右には男の仲間らしき男女がいたが、2人とも激昂する店長とその前で微笑むアルマを、呆気に取られて見つめていた。


「俺達はこのネギの山を1500リアで買ったんだ! そっ、それを、500リアにしろ、だと?」

「そう言ったつもりよ。それにそっちのホワイトラディッシュの山も500リアで買うわ」

「かっ、ごひゃ、ケホッ、ケホッ!」


 よほど興奮したのか小太りの店主が咳き込み、隣にいた気の優しそうな大男がトントンとその背中をさする。


「ナバル、落ち着こうよ。別に売らなければいい話じゃないか」

「そうよ。無理してこんな生意気なガキに売らなくてもいいでしょ?」


 反対側にいた少し神経質そうな女も加勢したところで、ナバルと呼ばれた男はようやく落ち着きを取り戻した。


「ああ、そうだったな――アルマさんとか言ったか、その値段じゃ話にならん。さっさとお帰り願おう」


 猫でも払うように追い出そうとすると、アルマは心底意外そうな顔で「あら」と驚き、小首を傾げた。


「気に入らなかったんだ。せっかく適正以上の値段を出したのに」

「て、適正以上の値段、だとうっ?」


 顔を赤くして憤慨するナバルに、アルマは事も無げに「そうよ」と言ってのけ、一本のネギを手に取ると無造作にひっくり返す。


「ほら見て、せっかくの立派なネギなのに傷んできてる。このままだと明日にはしなびちゃうんじゃない?」

「くっ――しかし、いくらなんでも500リアは。せめて1000リアで」

「甘いわよ!」


 手に持ったネギの先を、ナバルの大きな鼻先にびしりと突きつけた。


「野菜の日保ちも考えないで買った事が既に間違いなの! このネギの山はもう500リアの価値もない。明日には100リア、明後日にはゴミね。被害を最小限に食い止めるにはどうすればいいか……分かるわね?」

「ぐうううう!」


 ナバルは、歯を食いしばって悩む。

 その様子を見たアルマは、肩をすくめてさらりと呟いた。


「そう、そんなに嫌なら無理強いはよくないわね。ネギもラディッシュもどうしても欲しいって訳じゃなかったし、ごめんなさい」


 クルリときびすを返した瞬間、ナバルは「待ってくれ!」と悲鳴のような声でアルマを呼び止めた。


「……分かった。ネギとラディッシュ、全部合わせて1000リアだ」


 思わず口元がニタリと歪む。後ろを向けていなければまずかっただろう。

 口元を引き結んで振り返ると、腰に巻きつけた袋から青い1000リア硬貨(コイン)を弾き、ナバルはそれを力無く受け取った。


「――確かに」

「そんなに気落ちしないでよ。お礼と言っちゃ何だけど今からスープを作るの。出来上がったらあなた達3人には大盛りでご馳走するから。もちろん無料(タダ)で」

「すまん。地味に助かる」


 ナバルは苦笑して礼を言った。

 無論、この事を最初に告げていれば交渉はもっとスムーズになったかも知れない。しかしこれも後にある交渉をさらにスムーズにしたいと言う、アルマの駆け引きなのだ。

 ネギを両手一杯に抱えたアルマは忘れていたように「あっ!」と声をあげる。


「そうそう! 今、こっちで人手が足りないの。報酬は払うから手伝ってみない?」


 その提案に、ナバル達3人組は顔を見合わせた。


「報酬は、いくらだ?」

「1人300リア。あなたたち3人でやれば、ちょっとは損失が減るんじゃない?」


 3人は後ろを向いて相談を始める、が、アルマには勝算があった。

 人間には利益よりも、無くなってしまった損失をどうにかしようと思う願望の方が大きいものである。失敗した商人はそうやって無理に損失を補おうとして、さらに借金を増やすのだ。

 やがて、ナバルはアルマを振り向き、神妙に頭を下げた。


「……よろしく頼む」


 ネギに隠れたアルマの口元がまた小さく歪んだ。




 すっかり日も落ちた頃、後は料理が出来上がるのを待つだけになっていた。

 皆が見守る中、静かにスープの味見をしていたレディンが、カッと目を見開く。


「完成です! 皆さん味見してください!」


 待っていましたとばかりに、アルマたちは鍋の周りに群がった。

 器についだスープを両手で慎重に持ち、その匂いを胸いっぱいに吸い込む。

 イモシシのクセのある重厚な匂いは、香り高い香草やキノコ、野菜たちの香りと見事に調和していた。


「うわああ、体が溶けちゃいそうな匂いです!」


 カンナがとろんとした表情で叫んだ。

 アルマにしても、これほど具沢山のスープは初めてで、その複雑な匂いを嗅いだだけで唾液が止まらない。

 レディンがコホンと咳払いをし、得意満面で語った。


「キノコで出汁(ダシ)を取るのは初めてでしたが、かなりの出来だと思います。さあ、どうぞ!」


 勧められ、アルマは恐る恐る口を付けた。


「はふっ、はふっ!」


 熱いスープが口内に飛び込み、程よい塩味が舌に染みてきた。

 鼻先から息を通せば、奥深い山の香りが頭の上まで突き抜ける。

 続いて串で肉を突き刺し、ひょいと頬張った。

 薄切りにした肉はそれでも十分な弾力があり、噛む度に旨味があふれ出るのだ。


「あああっ、幸せ!」


 アルマはゆっくりと肉を飲み下し、そこでようやく言葉のために口を使う事ができた。


「気に入っていただけましたか?」

「気に入るなんてものじゃない! レディン、あなた料理の天才よ!」


 レディンが頬を染め何か言おうとした時、ぐうううと言う寂しげな音が薄闇の広場に鳴り渡った。

 振り向くと、険しい顔のアーシェルがスープを飲むアルマを、穴が開くほど見つめていた。

 どうやらアーシェルの腹の音だったらしい。


「アーシェル、無理しないで食べたらどう?」

「絶対いや」


 即答、それがイモシシの子供を育てようと言う、彼女の決意なのだろう。

 レディンは苦笑すると、努めて優しい声で妹に頷いた。


「分かりました。あとでチャパティを焼いてあげますから、それまで我慢してくださいね」

「……絶対ね」


 アーシェルはムスッとした顔のまま、小さく頷き返したのだった。




 松明(トーチ)の灯りがオーク材で出来た寮の壁をぼんやりと照らし、その壁には公用語で1と表示があった。

 つまりここは1寮――腹を空かせた男どもの巣窟なのだ。

 灯りを見つけたのか、数名の男子生徒が窓から顔を出し「来たぞ!」と歓声をあげる。昼間にアルマの口上を聞き、半信半疑で待っていたのだろう。

 アルマは松明の火を高らかに掲げ、大きく息を吸い込んだ。


「さあさあ皆様、長らくお待たせしました!」


 自分の声が予想以上に大きく響き、今更ながら緊張感が背筋を強張らせる。

 しかし、パチパチと爆ぜる松明の火の向こうに、カンナの心配そうな顔が見えた。

 その不安そうな顔に、肩の余分な力がスッと抜ける。

 認めねばならない。彼女がここにいるお陰で、アルマは胸を晴れるのだ。アルマ1人ではとてもこんな作戦は出来なかったのだ、と。

 感謝を込めてカンナに微笑むと、次々と窓から顔を出す男どもに向かい、さらに大きく声を張り上げた。


「大広場にて砂漠の大鍋料理が完成しました! 売り切れたらそれっきり! 道案内できるのも一度きり! さあ皆さま、お早くお集まりください!」


 1階の窓から顔を出していた男子が、負けじと声を張り上げる。


「1杯いくらだよ!」

「お代は200リア――ですが、器を返却して頂ければ100リアはお返しします!」


 それは器を盗まれないためのシュルトのアイデアだった。


「ってことは、一杯100リアか……」

「安いんじゃねえか? 広場の露店でちっこい魚が一匹200リアだったぜ」

「どうする? 行くか?」


 しばらく悩んでいたようだが、空腹に負けた男子が一人、また一人と玄関から人影が姿を表す。


「さあ、まもなく出発します! どうぞお早く!」


 にこやかに叫びつつ、アルマはカンナを肘でつついた。

 ハッとしたカンナは、慌てて手に持っていた松明の何本かに火をつけ、集まった男子に配っていく。


「いらっしゃいませ。ええと、暗いので足元にお気をつけください」

「あ、ありがとう」


 配られた松明をしげしげと見つめる客、反応は上々のようだ。

 帰りには松明を売ってくれと頼む人もいる事だろう。


「上手じゃない、カンナ。今日は頼りにしてるからね」

「は、はいっ!」


 アルマの言葉に、カンナは目一杯頷いたのだった。




「レディンさん! お客さんを連れてきましたよ!」


 火加減を調整していたレディンは、カンナとアルマの後ろから現れた男子生徒の群れに目を丸くした。

 アルマは男子達を誘導しながら、レディンに近づき「どう?」と胸を張る。


「すごい人数ですね……これ、本当に1寮だけなんですか?」

「そうよ。半分以上は来てくれたみたいね。まだまだ2、3寮と引っ張ってくるから、覚悟しなさい!」


 苦笑を漏らしつつ頷いたレディンは、「あ、そうだ」と手を打った。


「さきほど、女みたいな男の人がふらりとやって来て――」

「ちょ! それってマティリアのことじゃない?」


 アルマが顔をぐいと近づけ、その迫力にレディンはカクカクと小刻みに頷いた。


「ええ、そうシュルトさんが怒鳴ってましたね。それでそのままシュルトさんが向こうに連れて行ってしまったんですが――」


 レディンの指差した方には、チロチロとランプの明かりが見えた。


「ごめん、ちょっとだけ抜けるね。レディン、あとお願い。カンナ、手伝いの3人組に皿洗いの指示しといて!」

「えっ? えええっ!?」


 レディンとカンナが返事をする前に、アルマは脱兎の如く走っていった。

 呆然と取り残された2人。しかし、いつまでもアルマの背中を眺めている暇は無い。

 振り向けば、腹を空かせた100を超える(てき)がいるのである。




「ふざけるなっ! 俺達は貴様にしか話して無い!」

「ですが、私は情報屋のプライドに掛けて、その情報は売っていません」


 剣を眼前に突きつけられても、マティリアは一歩も引かなかった。

 その毅然とした態度がシュルトをさらに苛立たせる。


「では、なぜ情報が漏れた? 襲われると分かっていながら、それでも敵に話した馬鹿が俺達の中にいる、とでも言うのか?」

「――おそらく、そうでしょうね」

「なっ」


 嫌味で言った言葉を肯定され、シュルトは一瞬絶句する。

 ギリリと歯を噛み締め、マティリアの頬へと剣を押し当てた。


「お前はどこまで俺を騙せば気が済む」

「それは違います。私は一度だってシュルトさんを騙してなどいません!」


 マティリアは突きつけられた剣にも構わず、一歩を踏み出す。

 細く真っ白な首元へ、鮮血が一筋の線を描いた。


「シュルト、待って!」

「――ちっ」


 アルマの声が飛び込み、シュルトは舌打ちと共に静かに剣を引いた。


「アルマさん?」


 マティリアが手に持ったランプで、アルマの顔を照らす。

 しかし、やはりその顔は友好的な表情とは言い難かった。


「勘違いしないでね、マティリア。私も本当の事が知りたいの」

「……アルマさんにまで信じてもらえないとは」


 マティリアは沈痛そうに目を伏せた。


「止むを得ないですね。確証のある情報ではないのですが、明日、心当たりをお話しましょう」

「なら、今すぐ話せ!」


 シュルトが隻眼を細め恫喝するも、マティリアはゆっくりと首を振った。


「ここでは誰が聴いているかわかりません。明日、2人だけで私の(テント)に来て頂け無いでしょうか?」


 アルマとシュルトは顔を見合わせて互いの意思を計ると、再びマティリアに向き直った。


「私は、本当の事を話してくれるなら、それでいい」

「……俺も構わん。だが、簡単に信じると思うなよ。貴様は前にも俺を売ったんだ!」

「それは違います! シュルト、あなたは誤解しています!」

「さあて、どうかな」


 マティリアの叫びに、シュルトは一瞥を投げつけて去っていった。

 言葉を信じてもらえない、これ以上に悲しい事はマティリアに無いのだ。

 マティリアはすがるような目で、アルマを見た。


「アルマさん、あなたも私が売ったと思っているのでしょうね」

「……私はたぶん、あなたを疑いたいだけ、なのかも」

「っ! アルマさん、ひょっとしてあなたは――」


 それ以上の言葉を遮るように、アルマは自嘲気味に笑った。

 何も言わずにマティリアに背を向けると、アルマもシュルトの後を追って大広間へと歩き去った。

 その小さな背に見えたのは、大きな憂い。


「そうですか。あなたは、薄々感付いていたのですね」


 マティリアが手に持っていたランプを吹き消すと、その長身は瞬く間に闇へ溶けた。


「それは……辛い事ですね」


 その呟きは、闇に紛れてすぐに消える。

 マティリアは思い悩む時にはいつも、独りで闇に浸って心を落ち着ける。

 闇は優しい。

 闇の中に居る限り、誰にも見られず、何も見なくて済むのだ。


「ですが」


 彼女はそれを望まないのだろう。彼女は真実を話して欲しいと確かに言った。

 傷付くと分かっていても、歯を食いしばって光の中で目を開くのだ。

 そのような者にこそ、真実はふさわしい。

 マティリアは闇夜を見上げ、静かに呟いた。


「あなたなら全てを知っても、きっと――」


 その声は、大広場から響く歓声に飲まれ、誰の耳にも止まらずに火の粉のように消えた。

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