青金
「何しやがる」
信が起き上がって叫ぶ。さっきまでのどこか焦点の合っていない目ではない。
どうやら正気に戻ったようだ。
「錯乱したから殴り倒して正気に戻しただけでしょう」
「手加減手ものを考えろ」
信のぶつかった壁は、壁紙がめくれあがり、下のコンクリートにひびが入っていた。
「しょうがないでしょう、力加減が分からないんだから」
今現在の自分の体力がどれくらいあるか、ちょっと見当がつかない。
信の身体が無駄に強化されていなかったら真っ赤なトマトにしてしまっているところだ。
ふと気がつくと、中の人間?はいつの間にか三つに分かれていた。
一つは、何の変化を起こさなかった普通の人間。
もう一つは変化を起こして異常をきたした人間?
そして、もう一つは、人間と、変化を起こしてしまった家族をどうしていいのかわからずおろおろとそのはざまを見回している人間だった。
父さんと母さんもその中にいる。
そして、花婿は、三十代初めの真面目そうな男だった。彼はイの一番に第一のグループになっていた。
そして花嫁は、私達と同じ変化したグループ。
二十代初めの少し歳の差夫婦だったようだ。
縦に裂けた、額の目と合わせた三つの目で恨みがましく花婿を睨みつけている。
そして花婿はそんな花嫁から完全に視界を外して。明後日のほうを見ていた。
花嫁が花婿に近づけば、一歩分で三歩後ずさる。そして決して目を合わせようとしない。
花嫁の額の目は麻巳子さんのようにビンディーのような丸い形ではなくまんま縦長な目で瞳もくっきりと分かる。
ぼろぼろと三つの目から涙を流して、花嫁はくずおれた。
もしかして、自分の額に目ができたのに気が付いていないのだろうか。
私が動くと最初のグループの方達は一斉に私から離れようと身体を寄せ合う。
その目を見て、私は何かをしようとする気も失った。
麻巳子さんは花嫁のそばに膝をついて慰めているようだった。
しかし、これからどうしよう。
唯一の出入り口は、あの巨大な顔がふさいでいる。
「お前があの化物をぶっ飛ばせばいいだろう」
信が無責任なことを言う。実際に私にどれくらいのことができるのか、まったくわからないのに、そう言うならまず自分が突っ込めばいいんだ。
「あれ相手に一人で勝てるわけないでしょ、加勢する気あるの」
そう言えば、あっさりと意見を引っ込める。
このへたれ野郎。
「とりあえず、何ができるのかよ」
麻巳子さんが花嫁を置きあがらせながら呟く。
しゃくりあげながら花嫁は、麻巳子さんに手をひかれながらこちらにやってきた。そして意を決してウェディングベールをはぎとった。
それをまず涙をぬぐってから投げ捨てる。次いで薬指の指輪も同じように床に落ちた。
「ここにいてもただ手づまり、なんとか外の様子を伺えないかしら」
「私、見えるわ」
花嫁、もしくは元花嫁かもしれないが、彼女は小さく呟く。
「外も同じよ、得体のしれないものが飛びまわってる。そして、それは、なんだかほかの職員には見えていないみたい」
彼女は両目を閉じていた。ただ額の眼だけが開いている。
「私は雷光理津子よ、もう深森理津子になんかなるもんですか」
そして彼女は両目を開く。その時表情は一変していた。
最初の言葉はまるで夢のようにふわふわした口調だったが、あとの言葉は力強く、断固たる決意が垣間見れた。