青金
一人、また一人と石を選ぶ。
玉響媛はそのたびに何か口にしているようだけどそれは私には聞きとれない。
その人だけに聞こえる言葉らしい。
白い石を選ぶ人のほうが多いかもしれない。信は早々に白い石を選んだ。
だから自分の方に残るように誘導しているわけではないようだ。
私の目の前で。今円さんが石を選ぼうとしている。円さんは黒い石を取った。
「あ、青金ちゃん、ま、こっちも面白いかなって思って」
円さんは屈託なく笑う。
面白いって、さっき黒い石を取ったのは、最初の段階で、両親を失ったと言っている子だった。
家族のいないあちらに戻っても仕方ないからって、それに比べて円さんのノリは軽すぎる気がした。
「で、青金ちゃんはどっちを選ぶの」
言われてはたと固まった。
決めていない。
白い石を選べば、家に帰って、その後、確実に享年六十七歳。短命でもないけれど長生きとは今どき言わないだろう。
黒い石を選べば、来年死ぬかそれとも二三百年後かそれを知ることはできないその時になってみないと。
ああ、もう少ししか残っていない、ああ、最後の一人が石を選んだ。
ど、どうしよう、困り果ててその場に立ち尽くす。
「正しさなぞないぞ」
不意に玉響媛が口を開いた。
「この世界に正しなんてない」
正しさがない?
「というよりそんなものを追求する奴らがいないというだけだろうがね」
正しいというものを誰も理解していない。
そう言えば麻巳子さんも言っていなかったっけ。月無のことをあきらめたと。
より良い行動など求めるほうが間違っているのだろう。
「たぶん、こちらの世界の連中が求めているのは気分だけ、それ以外関係ない」
玉響媛はそう言って笑う。
こちらの常識から離れて、こちらで生きていた時間以上を過ごしてしまった人。
そして今は人でないものになり果てた人。
そして彼女のいる場所を選べば、私もそうなってしまうであろう人。
「だけど、あちらでもこちらでも、正しさに何の意味もない」
言葉の意味を計りかねて私は目を瞬かせた。
「正しさとは、人の弱さの塊にすぎない」
人であることをやめた彼女は人の弱さを言う資格があるのかそれはよくわからないけれど。まっすぐな目で私にそう語った。
「正しいとは何だと思う」
いきなりの禅問答に私は答えに詰まった。
「正しいって、その社会道徳とかそういうものじゃないですか?」
「道徳は何をもって正しいという」
「人に迷惑をかけないとか」
玉響媛は表情を消した。
「なんとなく覚えているが、社会や歴史の授業を受けただろう。そんな断片的なものを見ても、正しさを追求した連中に碌なやつがいない」
正しさを妄信して碌な事がなかったもの。脳内を検索してみる。
ナチス。十字軍。宣教師。ナチスはともかく十字軍と宣教師は功罪合い打ちって感じだろうか。
十字軍に虐殺されたエルサレムの皆さんや。宣教師に悪魔親交者と決めつけられ、文化を根こそぎ破壊されたあっちこっちの原住民の皆さんなら別の意見もあるでしょうけど。
その時、彼らは自分達の行いが正しいと信じていた。そして数十年、数百年たつうちに歴史上の最大の過ちになった。
なるほど、こう言いたいのか、正しさは流動的なものなのだと。




