青金
選ぶ余地のない人はたった一つの選択をもぎ取ってさっさと消えてしまった。
麻巳子さんはもうあの家に戻るつもりはないのだろう。
だとすれば、家に帰る選択をすれば、もう麻巳子さんと会うことはないだろう。
そして、玉響媛は掌を上に何かを捧げ持つような形で突き出した。
掌の上でキラキラと光るものがある。
右の掌の上のものは真っ黒な黒曜石のような艶はあるけれど、不透明な石。左の掌にあるのは乳白色の半透明な色みのないオパールのような石。
「右を取るものはこちらに残り、左を取るものはあちらに帰る」
最初に玉響媛に近づいたのは洋君だった。
洋君はまるで火花を散らすようなぎらぎらした目で石を見つめていた。
「元に戻る」
そう言って白い石を手に取った。
「五十年あれば十分だ、これでかなえられる」
白い石は洋君の胸のあたりに消えた。
ゆっくりと身体が変化していく。きらきら光る鱗が皮膚の中に吸い込まれていく。
そして入れ替わるように正常な皮膚が現れた。
変わる時の苦痛もないようだ。
もともと大幅に変化したわけでもないが、普通の人間に戻った洋君がいた。
まじまじと自分の腕を見ている。
その顔は少し心細そうに見えるのは何故だろうか。
今の身体なら、ちょっとした傷くらいはあっという間に治る。だけど普通の人間ではそうはいかない。
いつの間にか、人間でない身体に慣れてしまっていたのだろうか。
洋君は背後に下がった。
次に、その石をつかんだのは理津子さんだった。
理津子さんは黒い石をつかむ。
黒い石も理津子さんの胸のあたりに消える。
その様子をじっと見ていた洋君が呟く。
「理津子さんはやり直す気はないんだ」
「ないわ、あいつとは永久に縁切りよ」
洋君は苦しそうに顔をゆがめた。そして理津子さんはかえってさばさばした表情を浮かべている。
「あいつがすべてを忘れていても、私は忘れないし、忘れられない、だから全部捨てていくわ」
石を吸いこんでも理津子さんは何が変わったというわけでもない。
額にあいた目もそのままだ。
「あいつはたぶん、新婚初日に花嫁を亡くした悲劇の新郎とでも呼ばれて、ワイドショーのネタにでもなるんでしょうね」
理津子さんは吐き捨てるように言うと、玉響媛をもう一度見た。
玉響媛は広間の隅を指差す。それが理津子さんの場所だというように。
そして、再び二つの石が玉響媛の掌に載っていた。
「さて、次はだれが選ぶ?」
視線が私達の上を一巡りした。




