夜
空気が変わったのを感じて空のほうを見れば同じものを感じたのか空も私を見ていた。
確かめねばと思った。だから会場を飛び出した、会場には窓がない。外を見ることができない。
会場を飛び出して窓を探し求めた。この廊下の端に、大きな窓つきのロビーがあったはずだ。
走り抜けた先にあった窓、それは庭園とその向こうの街並みが一望できたはずだった。
そこには何もなかった。いくら夜が近くても、街の明かりは見えるはずだ。いや、庭園のライトはどこにある?
確か入ってくるときに、それらしい鉄塔を見た記憶がある。
ギシ。
骨がきしんだ。
締め付けられるように骨がきしんで痛い。
身体がかしいで床が近くなる。
視界の隅で空も床にうつぶせているのが見えた。
骨がきしむ。背骨も肋骨も指一本一本まですべての骨が。
それは始まったのと同じように唐突にに終わった。
荒い息を整えながら、身体を起こす。脂汗で張り付いた髪を頬から引きはがしながら、周りを見ていた。
何かがおかしい。
さっきまでと何かが違う。メモ前で空もそろそろと体を起こす。空の顔を見て私は目を剥いた。
今の空の顔は一年生のころの空だ。
起こした身体の上で、さっきまでぴったりだった上着がだぶついている。
そして何かがおかしいとさっきまで感じていた理由が分かる。
スカートがすかすかする。ウエストが緩んでいるからだ。
「縮んでる?」
「お前もだ」
自分のことを言われたと思ったのか空が唇を尖らす。
立ち上がろうとしてズボンがずり落ちそうになったのだろう。慌ててベルトを一番絞めれるところまで締め直す。
残念ながら私のスカートはベルトがついていないのでその技は使えない。
やむなくスカートを捨てて、上着を腰に巻いた。
パンツがゴムなのがわずかに救いだ、かろうじてだけど、ずり落ちてこない。
「まず一番肝心なのは」
「ママ以外にこの姿を見られてはまずい」
空がそう断言する。
確かにまずい、説明がつけられない。
振り返るとこの会場の職員らしい女の人が、たぶんどうしてこの子供達はだぶだぶの服を着ているのだろうと思っているんだろうけれど、不思議そうに私達を見下ろしていた。
どうしようと空と顔を見合わせていた私の視界に妙なものがよぎった。
それは一番似ているものを出せと言われれば深海魚に似ていた。
体に比例して、頭が特に口だけが大きい。
尖った長い歯が不ぞろいに伸びているのもそれを連想させた。
たぶん職員の人はそれに気が付いていない。
それは大きな口をあけて、職員の人の上半身を食いちぎった。
床に座り込んだまま。私達はぽかんとその光景を見ていた。
上半身という錘を失った下半身が、くなくなと倒れ、こぼれた臓腑からはじけた血が私達の頬を叩いた。
空が私の腕を掴んで走り出した。