夜
鏡の中ではすべてがあっという間に終わってしまった。
ママと青金も無事合流できたようだ。
青金はずいぶんと驚いていた。そう、こんな事態は私が生まれる前から馴染んでいた世界だ。
物心ついた時には、私は両方の世界を知っていた。
だけど、こんなことは初めてだった。
こちら側にこんなにも大規模に侵入してくるのを見た覚えは生まれてこのかた全くない。
もしかしたら、私の知らないところではそんなことが起きていたのかもしれないけれど、私は知らなかった。
ましてや、こんな風に命の危険を感じたことなんて一度もない。
「そう言えば、一度も聞いたことなかったな」
物心ついた時から見ていると言っても、まわりの同級生や、訪ねてくる親戚、そうした人たちは全く見えていないということも、気が付いていた。
実はママも最初は見えていなかったのだそうだ。
どういうきっかけでこちら側を見るようになったのかはいまだに聞いていない。
これから聞いてみるべきだろうか。
「あちらに送ってやろうか」
日無がそう言った。
「でも大丈夫? 玉響媛の結界とか危なくない?」
「結界を破るくらいなら大丈夫だろう、その後、玉響媛と対決しろと言われれば御免こうむるが、お前を送っていくくらいならな」
日無はそう言って、私に手を差し伸べた。
「日無は、ママの友達なの?」
「いいや、会ったこともない」
私は首をかしげた。
「ママの知り合いじゃないならなんで?」
日無は黙って私の手をつかんだ。
「話はあちらでしようか、お前を送っていくならあの女怪もそう手荒なまねはしないだろう」
ふうっと視界が揺れる、世界は真っ白で何も見えない。
かすかに浮いているような感じになる。エレベーターを降りていくような、そしていつの間にか見知らぬ別の部屋に私はいた。
部屋の内装の趣味は悪くない、というか、慣れ親しんだものに似ていた。
母が子供のころ、しばらく一緒に暮らしていたと聞いた。少し前に聞いたはずなのに、ずいぶん前に聞いたことのような気がした。
「人のいる場所に現れたら混乱するだろう」
日無がそう言って笑う。
その通りだけれど、人がいないからって誰にも気づかれないわけではないと思う。
背後のドアを振り返る。
そのドアの隙間から細く黒い煙が侵入してきた。
普通なら火事を疑うところだけど、その煙は広がることなく、ひと塊りにわだかまる。
そして、煙が入ってくるのをやめた時には、その煙は大きな人くらいの黒い塊になっていた。
まず最初に見えたのは白くくりぬかれた目の形、そして頭の部分に長い黒髪が現れた。
煙から、徐々に輪郭がはっきりしてくる。そして、目の前には背の高い男の人が立っていた。
「敵対する気はないんだがね」
日無の言葉を気のない表情でその男は無視した。
そして私の顔を見た。
不意に男の身体が消える。そして耳鳴がした。
「保留にすることにしたらしいな」
空間が閉じられたのが分かった。




