青金
麻巳子さんはいつの間にか誰かの手を握っていた。
白いほっそりした女性の手だ。
「お前まさか」
あのけばいのはそう言って目を瞬かせた。
だが麻巳子さんはかすかな笑みを浮かべて、自分の握りしめた手を見つめていた。
それは、まるで誰かが麻巳子さんの手にすがってよじ上って来るように見えた。
闇のように真っ暗な中光る眼だけが見えていたけれど、次第にその顔の輪郭が見えてきていた。
やや丸顔、丸い目が目立つ小作りな顔。
闇の一部は、その輪郭を彩る長い髪へと変化した。
漆黒の髪に漆黒の衣装。ちょっと見ただけならまるで長い髪をまとっているようだ。
キラキラと福や髪についた水滴のような飾りが光った。
それはビーズより少し大きいだけのものなので、控え目な装身具に思えた。
そして、顔を認識した時、はっきりとつりあがった唇が見えた。
目が笑っていない。
唇だけで刻まれた笑み。
ざわっと背中の毛が逆立った気がした。
同じように感じたのだろう、空も、飛びのいて遠ざかろうとしている。
そして、左手を麻巳子さんに預け、もう片方、右手で誰かの手を握っている。
今度の腕はやや太い、がっしりとした筋肉の付いた男性の手だ。それぞれの手首をしっかりと握りあっている。
そして、同じように黒づくめの若い男を引き上げた。
長い黒髪に、ぴったりとした黒い衣服。
まるで人形のように整った顔立をしていて、同じく人形のように表情がなかった。
いきなり増えた二人は、麻巳子さんから手を放すと、じりっとあのけばいのに近寄って行った。
「久しぶりだねえ。鴆」
表情だけはにこやかに、だけど周囲から殺気がにじみ出ている。
鴆と呼ばれたあれは、じりじりと後ずさる。
「玉響媛」
その言葉を口にする。それとも木下優花。麻巳子さんの従妹、そしてたぶん私には又従姉に当たるかもしれない人の名前。
「どうした私が怖いか?」
なぶるような声音。怖いだろう。切り札無に勝てないからこそ、私達と言う切り札を手に入れようとしていた。
しかしその切り札を手に入れる前に、当の本人に乗り込まれてしまったのだ。
麻巳子さんは一歩離れた場所で、空と並んでいる。
「ああ、場所が開いたわ」
麻巳子さんが明後日のほうを見て呟いた。
何があるのか、私にはさっぱりわからない。
「風が吹いている」
麻巳子さんはそう言って、空の頭をなでた。
「散、ここは私一人でいい、お前は、殲滅しろ」
傍らの男にそう伝えれば、男の輪郭がぼやけた。
黒い霧になった彼は風に流されるように消えた。だけど風は吹いていない。
麻巳子さんの言う風も私には感じられない。
「お前、お前は」
震える手で、鴆と呼ばれていた代物は麻巳子さんを指差した。
鴆は、羽毛も肉も血も骨もすべて毒という鳥です。
空想上の生き物といわれていましたが、ピフトーイという羽毛に毒のある鳥が発見されました。