麻巳子
掌の中に先ほどまでなかった感触がある。
つるんと滑らかなそれを握りしめる。
受け取った時は余りに光り輝いていたのでどのような色をしていたのかさっぱりわからなかったそれから伝わってくるもの。
どうやら時が来たようだ。
私は目を開き、手を目の前の壁に押し当てる。
すべてが砕かれていく。
欠片はさらに砕け、細かなチリと化して私に降り注いだ。
そして私は一歩を踏み出す。
手の甲に浮かんだ唐草模様のような文様。その手を私は手近な壁に押し付けた。
文様が浮き上がり、それは手をついた場所から徐々に建物を侵食し始めた。
白い壁が文様に埋め尽くされていく。
徐々に私の支配下に下りる。
事態に気づいてあの派手な女の部下が駆けつけてきた。だがもう遅い。
壁が波打った。波打つ壁は私の身体の一部のように動きそれらの行く手を阻む。
すでに自由の身だ。青金ちゃんをまず助け出そう。それから理津子さん達も。
背後で轟く音。何が起きたかはすぐに分かった。振り返れば、破壊された壁の向こうで空が立ち尽くしていた。
「けがはない、大丈夫」
そう言って手を広げれば、勢いをつけて飛び込んでくる。
「体当たりじゃないんだから」
どうやら今の私は体力強化もなされているらしい。今までの私なら吹っ飛ばされている衝撃を受け流し、なんとかその場に踏みとどまる。
「なんだかずっと会わなかった気がするわね」
そんなことを呟きながら、小さな息子の固い髪を撫でてやる。
やわらかいサボテンの表面を撫でているような感触。それは今までと変わらない。
「行こうか、ほかのみんなを助けに」
そう言って私は空の手を引いた。
右手は壁に付けたまま、左手で空の手を引いて、私は歩きはじめた。
おや、いた。
あの派手な女と、ガラスの試験管っぽいものに閉じ込められている青金ちゃんが。
ああ。目玉を取りこぼしそうな顔で私を見ている。
私はにっこりと笑って見せた。
壁を伝って文様が浸食を続ける。それは青金ちゃんを閉じ込めていたものにまでおよび、それを粉々に砕いた。
「え、ええ?」
いきなりのことに状況がつかめないのだろう。忙しく首を左右に振って、青金ちゃんは私とあの鳥の悪趣味を交互に見た。
あの鳥の悪趣味は憎々しげに私を睨む。
どうやら事態を悟ったようだ。
私は空の手を放した。空も心得たように身構える。
茫然としていたはずの青金ちゃんが、姿勢を低くしたままあの鳥の悪趣味の足を払った。




