青金
麻巳子さんがただぼんやりと立っている夜を慌てて回収する。
私は真正面から信を睨みつけた。 周囲はきっちり私達に注目しているが、私は容赦する気はなかった。
「うるさいんだよ、あの餓鬼が俺の脚にぶつかって、いらん迷惑かけただけだろう」
「子供に責任を押し付けようっての、どこまで根性腐ってんのよ」
「証拠はあるのか証拠は」
平行線になるかと思いきや思わぬところから、助け船が、まあ信には破滅の使者だけど。
「あの、すべてビデオに収められていると思われます」
式次第をデジタルビデオで撮っていたそれを再生すれば、はっきりと脇によけた夜。そしてわざわざそれを蹴とばした信の姿がはっきりと映っていた。
動かぬ証拠を突きつけられて、信は青ざめる。
そして、そろそろとやってきた信の両親に、被害にあった女性の旦那さんからクリーニング代を弁償するようにと要請された。
くすくすと押し殺すような笑い声が聞こえてきた。
それはさざ波のように広がり、嘲笑は、さらにあからさまになった。
再び、信は夜を睨みつけた。
この場で腹いせの対象が小学生なんて、本気で情けない男だ。
「いい加減にしなよ、だいたい彼女がいるくせにこんなところでナンパして、それで振られて小学生に八つ当たり、どんだけみっともないの」
信の顔が真っ赤に染まる。
「あんな女どうでもいい」
「もしかして、あの彼女ともう別れた、まあ振られたとか…?」
どうやら図星をついたようだ。
「そう、あんたの彼女になるなんて、ボランティアの鏡だと思ってたけど、それにも限界があったのね、まあ、仕方ないわよね」
思ったことをそのまま言うと、今度はやっと私に向き直った。
来るなら来いという感じでファイテングポーズを決める。
「やめろ」
声は思わぬところから来た。そう下のほうから。
振り返れば、そこにいたのは、空だ。
つかつかと、空は信に近寄っていく。その足取りはよどみない。
「いい加減、飯がまずくなる騒ぎはやめてもらいたいな、せっかくの飯が台無しだ」
いや、これ結婚式だから、食事会じゃないから。
思わずそう突っ込んだが、空は全く気にした様子もなく。信を睨みつけたままだ。
そして、プライドのかけらも持ち合わせていない信は、再び小学生相手の喧嘩を買ってしまった。
空の襟首を掴んで、持ち上げようとしたのだろうか。
しかし、空が、その手首をつかんだ瞬間信の情けない悲鳴が上がった。
空は軽くつかんでいるようにしか見えない。にもかかわらず、信はつかまれた手首を放すことができないでいた。
軽く力が入った、と思った時には、信の情けない悲鳴が聞こえてきた。
空が腕を軽く動かすとさらに悲鳴が大きくなる。
「これだけ騒げばもう気が済んだだろう。なら隅っこでおとなしくしてな」
空はそのまま腕を放り出すと信はそのまましりもちをついた。
「空?」
恐る恐る私は空に話しかける。
「コツがあるの、合気道のとこに通ってるんだけど、すごく痛いつかみ方とかあるんだ」
空はいたずらっぽく笑う。
日本古来の武術って侮れないなと私は感心した。
次から怪奇現象が始まります。




