円
気がつけば水はすっかり消えていた。
水底で見た極彩色の水草すらない。珠魂とともに消えてしまった。
珠魂、巨大な湖、それとも海とともに移動する人魚。着ているものを確認すると、襦袢も髪も全く濡れていない。
さっきまで濡れていたわずかな滴すら珠魂とともに消えてしまった。
そして、水底だった場所を、奇妙な獣たちが歩いているのが見えた。
私は枝を拾った。
棒倒しの要領で、棒を立て、目をつぶって、棒を倒す。
倒れた方向に足を進める。
どこへ行くあてがあるわけじゃない。だったら棒っきれで決めてもいい。
珠魂は言った、「選択の時」とああいう生き物が言ったことなら何らかの意味があるような気がした。
その時があるなら、どちらに行ったとしても、その場所に私は立つことになるんだろうと思う。
棒は、斜め右に倒れていた。
だから私は斜め右に歩いて行く。
どうせこのあたりの地図など頭に入っていない。それに目的もない。
ああ、あったか、一つだけ。
玉響媛。とにかく、その面じかに拝んでぶん殴ってやる。
一度だけ見た、玉響媛の顔。
血の近い親戚だけあって、麻巳子さんに少し似ていたので心が痛むけれど。
とにかく決めた。ぶん殴る。
どこにいるかわからないけど。気持ちがそちらに向いているなら、必ず会えると信じよう。
私は、そのまま着実に足を進めた。
どれだけ歩いただろう。もはや、時の感覚はない。
もともとアウトドアではない。歩くペースなど考えていないのに、結構な時間歩き続けたと思う。
風景は一変していた。
さっきまで、なんとなく温暖な気候のはずなのに、今は肌寒さを感じる。
さっきから急速に寒くなってきた。
ただ徒歩で歩いているうちに、気温が変わるほど気候が違うなんて常識ではありえない。
進めば進むほど、寒さは増していく。
「どうしよう」
私は一度立ち止まった。
「こうなったらもう一回やるしかないか」
適当な、棒を探す。しかし、いつしか足元は崩れやすい砂になっている。
一面の砂漠だ。
さっきまで歩いてきた方向を振り返る。
そこもまた砂漠になっている。
「うそ」
さばくなら足跡が残っているはずだけど、その足跡は、ほんの十数歩分しかなかった。
私は、ただ歩いていただけなのに、いきなり砂漠に出現したらしい。
薄薔薇色の砂しか視界に入るものはない。
「こんなバカな」
もう進む気力もない。私はそのまま座り込んでしまった。




