青金
しばらくして洋君は落ち着いたようだった。
信に関しては全員が見捨てていたのでどんなに痛いとわめいても、完全無視した。
やり返してやると騒ぐと円さんが足蹴にした。
「少しは黙ってなさい、つうか気持ちが切れそうなのはみんな一緒、それを何、一人で被害者ぶって、みっともない。今度そんな真似したら一人で置き去りにするわよ」
団体行動で安全かはともかく。置いて行かれるのは嫌だったのだろう。
むしろ私の精神安定上心の底から置いて行きたいけれど。
「ごめん、みっともないとこを見せて」
「いや、まあ、こんな状況で今まで切れなかっただけ立派なんだから」
私は結構切れまくっていた自覚があるので、何ともいえず言葉を濁す。
「ずっと、夢だったんだ。パイロット」
わあ、男の子の夢の定番。
ほかに野球選手とか、あとサッカー選手とかプロスポーツ選手が並ぶけど。
「航空大学に入学するはずで資料も集めて、ずっと」
洋君はそのまま言葉をつぐんだ。
夢があってそのために努力するってことが私にはわからない。
中学校の同級生に看護師になりたいからと隣の県の看護専門学校に行った人がいたけれど、中学生で進路を決めなくてもいいんじゃないかと思った。
それでもわざわざ越境入学してもなりたかったんだろう。
私はたぶん、なんとなく高校生になって、なんとなくたぶん女子大生になって、そのままOLになるんだろうなと思っていた。
その点では信と全く変わらない。夢のために努力したことはない。
だから夢を断たれた人間の苦悩なんて理解できない。でもたぶん理解できないではだめなんだろうな。
まあ、私も普通のOLになるという夢?を断たれたわけだけど。
何もない空間が切れて、別の場所につながっている。
シュルレアリズムの絵でたまにある構図だ。
何もない空にあいた窓のように。
「これって何?」
恐る恐る覗き込んでみる。
中の風景は、緑滴る樹海だ。
「こういう場所がいくつもあるわけ?」
確かさっきも、不意に、あの会場につながる窓があった。
「入ってみる?」
洋君の提案に私はかぶりを振る。
「だめだよ、こんな見通しの悪いとこ、何が出てくるかわからない」
「見通しのいい場所でも結構襲われたよね」
そう言われると一言もないが。
「遮蔽物があるということは、相手からも見つけにくいってことだろう」
しかしその提案には問題がある。
誰かがはぐれた時、見つけるのが事実上不可能になる可能性が高い。
「そうね、この場合、団体行動している場合じゃないかも」
円さんが妙なことを言いだした。
「私達が狙われているのは確かよ、それなら分散するのも手だわ」
「円さん、この場合はぐれたら二度と会えなさそうですけど」
「そうなるわね、でも、高々ちょっと近いだけの親戚でしょう。会えなくても支障はないわ」
ハッキリ言いきられて、ちょっとへこんだ。
まあ、本来はあの結婚式が終われば、たぶん年単位合わなかった気はするけど。
「というわけで、私は行くわね」
止める間もなく、円さんはその場所から飛び込んでしまった。
「円さんについて行く人」
そう言ったけれど、後に続く人は誰もいなかった。




