夜
新郎新婦が着席し、親戚の誰かか、それとも、新郎の仕事先の上司かそんな人なんだろう。バーコード頭の小父さんががマイクを持って話し始めた。
それを機に料理が運ばれてくる。
空は早速フォークをつかんだ。
もくもくと空は食べている。その分私の食欲はない。なんとなく空に合わせているだけだ。
空の皿に、薄く切られたハムの切れっぱしを乗せる。
空は無言で口に入れた。
「よく食べるね」
口いっぱいに詰め込んだ料理をもごもご言わせていた空は漸く口を開く。
「お腹が空くんだ」
そう言ってそれでもある程度お腹に詰め込んだ後なのでようやく周囲を見回す余裕が生まれたようだ。
スピーチも終わり、テーブルを回り始める者達も現れている。
「あ、信の奴」
フォーク片手に青金が呟く。
「ちゃんと彼女がいるくせに、なんでこんなところでナンパしてんのよ」
見れば高校生くらいのお兄さんが、振り袖姿の女性に盛んに話しかけている。
なんとなく話しかけられている女性の様子からもともと知り合いじゃないんだろうなと思う。
「最低、ばらしてやろうか」
青金がいきまいている。そんな青金をママは笑っていなしている。
「ママ、あっちにジュース取ってきていい?」
ジュースを口実に、あちらこちら見て回ろうかと思う。
子供の私に関心を払う人間はあまりいない。
新郎新婦の入場扉、そのわきにジュースに満たされたデキャンタが置かれている。
そのわきに、深森家、雷光家ご結婚という文字が置かれている。
私の苗字は深森なので、どうやら新郎の親族なのだろう。
私は親戚に本気で興味がなかったので、それすら確かめていなかった。
さっきオレンジを飲んだのでグレープをもらう。
念のため空の分も。
いらないなんて言うはずないし。
二つのグラスを持ったまま、さっき信と青金が読んでいたたぶん高校生が、こっちにやってきた。
さっきの振袖の女の人にいい返事がもらえなかったのだろう。なんとなくふてくされた顔でそっぽを向いて歩いている。
危ないな、とっさに脇によけた。
なのに、どうしてよけたほうに身体を傾けるんだろう。私は思いっきり弾き飛ばされて、私の手から吹っ飛んだグレープジュースは、目の前の高そうな礼装に思いっきりぶちまけられた。
幸い毛足の長い絨毯と、もともとやせぎすで体重が軽かったので、怪我はしてない、問題は目の前で紫色に染まったもともとは薄い青だったらしい着物だ。
「何やってんだよ、このくそがき」
どうやらすべての責任を私の負わせることを選んだようだ。倒れた私の襟首を掴んで、信とかいう馬鹿がわめき散らす。
「ふざけたこと言ってんじゃないわよ」
そう言って、青金がやってきた。
「ちゃんと見てたんだから、その子はわきによけたでしょう、それをわざわざ蹴とばしたのはあんたじゃない」
そう言って、私の身体を奪い返す。
そのまま罵り合いを始めた二人に、小さくため息をついて、茫然としているおばさんにとりあえず頭を下げた。
「ごめんなさい」
スタッフの人が、おばさんを連れてどこかに去っていく。たぶん着替えとクリーニング店に手配するんだろう。結構遅い時間なのに開いている店があるんだろうなと推測する。