青金
「欲深いことよな」
我に返った時、耳に届いたのはそんな言葉だった。
月無が明後日のほうを見つめている。細めたその視線の先に何があるのか私にはわからない。
空がうずくまっていた。
「大丈夫?」
そう言って手を差し伸べる。
「ママは、どこ? さっきまでいたんだ、でもいなくなっちゃった」
泣きそうに歪む。極力そっと私は空の頭を撫でてやる。
「それは最初から麻巳子さんじゃなかったんだよ」
「なんでわかるの?」
「さっきまで友達がいたから」
「どうしたの?」
「殺しちゃった」
するりと言葉が出た。
空だけでなく、他の連中も目を向いて私を見ている。
「友達の名前はね、斉藤真知って言うの」
その名前は空も知っていたと思う。怪訝そうに首をかしげる。
「その人、去年死ななかった?」
「ああ、死んだねえ、交通事故で」
まったく、死んだ人間をどうこうするもないだろう。死んだものにそれ以上のことなどできるはずもないのに。
「たぶん、頭の表面の施行を読むのが限界だったんでしょうね、だからちょっと頭にあった斉藤真知がとっくに死んでいると気づかず、その姿に擬態した」
空が斉藤真知を知っているのは、彼女の交通事故にあったいきさつのせいだ。
ほんの数分、立ち話をして別れた。
私が彼女の死を知ったのは翌朝、テレビのニュースだった。
居眠り運転の衝突事故に巻き込まれた。
その後しばらくノイローゼになった。
あと一分長く彼女と話していれば、彼女は事故に巻き込まれなかった。
あと一分短く話を切り上げていれば、彼女は死なずに済んだ。
プラスマイナス一分。そのことにくよくよと悩んで、時々麻巳子さんのところにも相談に行った。
その時のことを空も思い出していたのだろう。
たぶん、真知を思い出したのは、自分に死が迫っていると思ったから。だから一番印象に残っている死を思い出しただけ。
思い出すと笑うしかない。そうだ今まで生きていた世界もまた常に生きて明日を迎えられない可能性はいくらでもあった。
毎日のニュース。事故や火災で、自然災害で迎えるはずの明日を奪われた人は毎日のようにいるのに。
真知もそうした一人にすぎない。そんなことにくよくよと悩んで、馬鹿みたいだ。どうしてそんな記憶を拾い出したのか、それを考えるとあれの運のなさに笑ってしまう。
「何を笑っているんだ」
信が言う。どういう幻覚を見せられたのか、どこか憔悴している。
「お前、人の顔をしていない」
人の顔ってどんな顔?
交通事故のニュースを見るたびに思います。
ほんのわずかなタイミングとアクセルの踏み具合で起きるんだなと。




